山田彩人『眼鏡屋は消えた』(東京創元社)

 気がつくとあたしは演劇部の部室の床でのびていた。そのうえ八年間の記憶が失われ、現在あたしは母校で教師になっているらしい。しかも親友の実綺が高二の文化祭直前に亡くなっていたなんて!!! 八年前と同様に学園内では、彼女の書いた脚本『眼鏡屋は消えた』の上演を巡るごたごたが起きている。実綺の死には何か裏がありそうだ。上演を実現し、自分の記憶を取り戻すため、元同級生の探偵に事の真相を探ることを頼んだ。あたしが最も苦手とする、イケメン戸川涼介に――。青春時代の切ない事件と謎を、リーダビリティ抜群の筆致で描くミステリ。第21回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2011年、第21回鮎川哲也賞受賞作。同年10月、単行本刊行。

「リーダビリティ抜群の筆致」と書かれている時点で嫌な予感がしていたのだが、結末まで読んで的中。そこしか褒めることがない!
 事件は3つ。藤野千絵が演劇部の部室で殴打された事件。8年前、千絵の親友だった竹下実綺が自殺した事件。実綺が書いた脚本『眼鏡屋は消えた』のモデルであり、脚本を書いた3年前に事故死した橋本ワタルの事件。8年間の記憶を無くした千絵は、同級生で探偵を職業としている戸川涼介に事件の真相を探ることを依頼する。
 事件の真相だが、1つについては物語序盤からの違和感で早々に気がつくものだったと思う。というか、これだったら嫌だなあ、と思えるものだった。まあ、あと2つについては調査が進むにつれてわかるものではあったが、選評で北村薫が指摘しているとおり、「推理」ではなくて「推論」を繰り返しているだけのものだった。警察は絡まないし、過去の事件なので物的証拠なども無いことから仕方が無いのだろうけれど、鮎川賞で期待されている本格ミステリの面白さには欠ける内容である。
 不満に思うところは多い。実綺の事件と橋本の事件に絡む関係者の整理ができていないからわかりづらい。戸川と千絵の会話に無駄が多いから、中だるみしている。探偵の戸川もイケメンという設定が最初しか生かされていない。主人公の千絵が結末を除くと脳天気でやかましいだけの存在で終わっている。演劇の上演結果ぐらいもっと筆を費やしてほしいところ。舞台が高校ならもっと高校生を絡めてほしい。結末の決意はとってつけた感が強い。そもそも、記憶を失う前の性格と結末のある部分を比較すると首をひねるところがある。それとそんなところまでリアリティを追ってはいけないのだろうが、高校2年生の能力で高校の授業をやるという設定はさすがに無理があるし、派手に金を使っていそうな割には探偵を雇う金がよく残っていたものだ。
 選評を読んでも、積極的に本作を推している人がいない。いわゆる消去法で選ばれたとしか思えない。これだったら受賞作無しでもよかったのではないかと思うのだが、何らかの将来性を感じたのかも知れない。単に量産できるタイプだと思ったのかも知れないが。それと島田荘司の選評はピントを外していると思う。そんな犯罪者、小野悦男の模倣に過ぎないじゃないか。
 作者には関係の無い所だが、この表紙も頂けない。粗筋もピントを外しているんじゃないか。ライトノベル風味を強調したかったのだろうが、中身と一致しない点は編集側の問題である。
 作者はシナリオライターだったらしい。読みやすいという点についてはその経歴で納得。ただそれだけの作品。甘くも切なくもありません。駄作とまでは言わないが、「微妙」という言葉が一番しっくり来る。イケメンの戸川涼介は次作『幽霊もしらない』にも出てくる。イケメンだったら、いっそのこと女をくどきまくって証言を得ながら事件を解決するぐらいすればいいのに。




青崎有吾『体育館の殺人』(東京創元社)

 放課後の旧体育館で、放送部部長・朝島友樹が何者かに刺殺された。外は激しい雨が降り、現場の舞台袖は密室状態だった!? 現場近くにいた唯一の人物、女子卓球部の部長・佐川奈緒のみに犯行は可能だと、神奈川県警捜査一課の仙堂警部と袴田勇作刑事は言うのだが……。死体発見現場にいあわせた卓球部員・袴田柚乃は、嫌疑をかけられた部長のため、学内随一の天才・裏染天馬に真相の解明を頼んだ。なぜか校内で暮らしているという、アニメオタクの駄目人間に――。エラリー・クイーンを彷彿とさせる論理展開+抜群のリーダビリティで贈る、新たな本格ミステリの登場。若き俊英が描く、長編学園ミステリ。(粗筋紹介に一部追記)。
 2012年、第22回鮎川哲也賞受賞作。同年10月刊行。

 タイトルは綾辻行人の「館」シリーズを意識したもの。「クイーンを彷彿させる論理展開」とあるが、とある物と現場に残された黒い傘を基に一つずつ検証していって可能性を潰し、ロジックを展開してただひとり残された犯人を導き出すところはなかなかの迫力。ただ選評でも指摘されているとおり、その推理展開が粗く、本来考えるべき所を簡単に切り捨ててしまっているのはちょっと問題。面白ければいいや、という人にはそれほど気にならないだろうが。
 小説自体は確かに読みやすいのだが、人気のある生徒が殺されたわりには動揺している学生がほとんどいないというのはどうかと思う。特に同じ放送部員が、あそこまで冷静に語れるとは思えない。普通だったら親も騒ぎ立てるだろう。警察に反発する学生もいないしなあ。本当に高校生か、君たち。さらにこの動機はちょっと軽すぎるんじゃないか。まあ、現実でもこんなことで、という動機があるから有り得ないとは言わないが。ただ、エピローグは不要だった。あれのおかげで、動機や行動そのものがおかしくなったことに気付かないのか、作者は。
 それと、依頼を受ける動機と、時々発せられる言動ぐらいしかアニメオタクの設定が生かされていないのは残念。服装もコスプレをするとか、ミス・マープルみたいにトリックや登場人物の動きをアニメに置き換えて説明するとかしてくれないと面白くない(それはそれで結構引きそうだが)。
 個人的に言えば、悪くはないのだが、どれもこれも今一歩。鮎川賞受賞ならこれでもいいかもしれないが、シリーズ化を意識したような書き方は好きになれない。




市川哲也『名探偵の証明』(東京創元社)

 そのめざましい活躍から、1980年代には「新本格ブーム」までを招来した名探偵・屋敷啓次郎。行く先々で事件に遭遇するものの、ほぼ10割の解決率を誇っていた。しかし時は過ぎて現代、かつてのヒーローは老い、ひっそりと暮らす屋敷のもとを元相棒が訪ねてくる――。資産家一家に届いた脅迫状の謎をめぐり、アイドル探偵として今をときめく蜜柑花子と対決しようとの誘いだった。人里離れた別荘で巻き起こる密室殺人、さらにその後の屋敷の姿を迫真の筆致で描いた本格長編。選考委員絶賛の本格ミステリの新たなる旗手、堂々デビュー。(粗筋紹介より引用)
 2013年、第23回鮎川哲也賞受賞作。同年10月刊行。

 久しぶりに鮎川賞を手に取ってみた。アイドル探偵に興味を持ったこともあるが(苦笑)、年老いた名探偵というテーマに真っ正面に取り組んだ作品も今時珍しいと思ったからだ。
 主人公の屋敷啓次郎は既に60歳を超え、体力も推理力も衰えていた。元秘書で妻の美紀とは別居中。相棒だった刑事の武富竜人も退職。仕事は断り続け、金にも困っている状況だったが、かつてのファンは今でも仕事を依頼してくる。そして現代の名探偵、蜜柑花子との遭遇。
 結局この作品、名探偵の矜持と宿命を描いた作品であり、本格ミステリとは異なるものであった。蜜柑花子が屋敷に憧れていた、ということもあり、推理合戦が生じないのは非常に残念であるし、そもそも二つの密室殺人事件が陳腐だったのはもっと残念だった。
 鍵にテープの目張りという完全密室殺人事件は起きるが、よくあるパターンのトリック……というか、あのトリックを検討するのならこのトリックの可否を検討するだろうと言えるぐらい使い古された有名なトリックでしかなく、衰えを示すにも程があるだろうといいたくなる。その後のエレベータ密室殺人については、警察でも最初に検討しそうな内容だ。
 最初の事件の真相は、名探偵に関わる悲劇といったようなもので、ある意味現代的なテーマと組み合わさって興味深いものだったが、それを除くと名探偵の悲劇というテーマが今一つだった。それは、屋敷啓次郎が結婚していること。かつての秘書だった妻・美紀の存在も、辞める理由の一つになっている。しかし、神のごとき名探偵で、結婚している者はいったい何人居ただろうか。ホームズもポワロもクイーンも金田一も独身なのである。例え重傷を負おうが、バブルではじけようが、名探偵はプライベートを捨てて事件に向かって突き進まなければいけない。そんな原則を忘れた名探偵など、所詮エセ名探偵なのである(おいおい)。いや、まあ、名探偵も人間なんだと言われればそれまでなんだが。
 屋敷の活躍で新本格ブームが始まったなどの部分や、蜜柑花子のスレッドなんかは笑わせてもらった。現実とのリンクという点は上手く扱っていると思う。問題は、この人に本格ミステリが書けるのだろうか、ということである。ある意味、一発ネタを処女作に持ってきてしまったのだから、次作が難しそう。




吉野泉『放課後スプリング・トレイン』(創元推理文庫)

 四月のある日、福岡市内の高校に通う私は、親友・朝名の年上の彼氏を紹介される。そのとき同席していた大学院生の飛木さんは、私の周りで起こる事件をさらりと解き明かしてみせる不思議な人だった。天神に向かう電車で出会った奇妙な婦人、文化祭で起きたシンデレラのドレス消失事件……。福岡の街で私はたくさんの答えを探している。解くことが叶わなかった問題も、真相に辿り着けなかった謎も、すべて覚えておこう。今日は見えずとも、形を変えて色を変えて、いつの日か扉を開ける鍵が手に入ると信じて。第23回鮎川哲也賞最終候補作を大幅改稿して贈る、透明感あふれる青春ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2013年、『カンタロープ』で第23回鮎川哲也賞最終候補。大幅に改稿のうえ、2016年2月、創元推理文庫より刊行。

 電車で隣に座ったおばさんが終点に着いても立たず、私はスカートの裾が挟まって立てなかった。しかし後から謝りに来た。これはなぜ。「放課後スプリング・トレイン」。
 学園祭で「シンデレラ」の英語劇をやることになったが、本番直前にシンデレラの衣装が消えてしまった。「学祭ブロードウェイ」。
 駅前で募金活動を行うことになったが、誘ってきた友人がなぜか不審な動きをしている。「折る紙募る紙」。
 親友・朝名の彼氏の小学校教師は、男子生徒が植物の観察日記でなぜか嘘をつくので困っていた。「カンタロープ」。

 鮎川哲也賞関連の落穂拾いの一冊。福岡を舞台にした青春ミステリ……との謳い文句なのだが、いくら日常の謎ものとはいえ、ここまでミステリ味が薄いと、受賞は難しい。謎があっても推理がないのは、日常の謎を勘違いしている作家に有りがち。もしかして最後のトリックが自信満々だったのかもしれないが、あまりにも軽い。大幅に改稿してこれなのだから、応募時はどうだったのだろうと逆に気になった。
 昔の『コバルト』に載っていたようなジュニア小説と言った方が早いのだが、その割には主人公を取り巻く人間関係の描き込みが不足しており、面白みに欠ける。恋愛関係を絡めるつもりであったのならば、もう少し心情を描き込むべきだろう。もしかしたら続編を見越していたのかもしれないが、それだったらあまりにも雑だろう。
 2020年に続編が出ているようだが、さすがに読む気にはならない。正直に言うならば、最終候補に残ったこと自体が不思議であるぐらい、書き込みが甘い作品である。




内山純『B(ビリヤード)ハナブサへようこそ』(東京創元社)

 僕――(あたり)(あきら)――は、大学院に通いながら、元世界チャンプ・英雄一郎先生が経営する、良く言えばレトロな「ビリヤードハナブサ」でアルバイトをしている。 ビリヤードは奥が深く、理論的なゲームだ。そのせいか、常連客たちはいつも議論しながらプレーしている。いや、最近はプレーそっちのけで各人が巻き込まれた事件について議論していることもしばしばだ。今も、常連客の一人が会社で起きた不審死の話を始めてしまった。いいのかな、球を撞いてくれないと店の売り上げにならないのだが。気を揉みながらみんなの推理に耳を傾けていると、僕にある閃きが……。 この店には今日もまた不思議な事件が持ち込まれ、推理談義に花が咲く――。事件解決の鍵はビリヤードにあり。安楽椅子探偵、中央のデビュー戦。(粗筋紹介より引用)
 凄腕レストランオーナーを殺害したのは、振られたマネージャーか、彼女に思いを寄せているボーイか、唯一の身内である甥か。大学院仲間の日下慎二郎が第一発見者となった殺人事件の謎を解く「バンキング」。
 影の薄いダメ社員が会社ビルの屋上から転落死した。動機のありそうな課長は先に帰っており、セキュリティの関係で容疑者となったのは同じ部署で残業をしていた3人だけ。しかし動機はない。「スクラッチ」。
 常連の美女に惚れて通っている男が気を引こうと、昔の事件を語りだす。それはオーストリアで行っていた薬の研究開発の最終成果発表の直前、天才肌の日本人スタッフが階段から転げ落ちて死亡したものだった。フロアにいた同じ研究員4人には時間の関係でアリバイがあり、事故として処理された。「テケテケ」。
 テレビで人気の女性獣医が購入したばかりの豪邸で殺害され、ビリヤード台の上に置かれていた。死体を発見したのは、偶々訪れた「ビリヤードハナブサ」のオーナー、英雄一郎だった。容疑者は若いツバメ、ビリヤード店のオーナー、社長秘書の3人。「マスワリ」。
 2014年、第24回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本化。

 オンボロビリヤード店のアルバイト店員が、常連客の持ち込んだ事件を聞いて謎解きをするという連作短編集。ビリヤード用語が謎解きのヒントになるという点が本書のキーポイント。この手のパターンにありがちな日常の謎ではなく、いずれも殺人事件を取り扱っているところはちょっとだけ嬉しい。謎のクオリティも悪くない。年齢不詳の美女(美魔女?)、元エリート商社勤務のご隠居、愛犬家で商売の天才としか思えない喫茶店マスター、中央の大学院仲間である日下など、常連客たちのキャラクターもよく書けているし、ストーリーもテンポがある。何より新人作家にしては驚きなのが、作品に品があること。ちょっとだけお洒落な雰囲気も漂い、読後感は非常によい。ビリヤードの説明も過不足なかったと思う。
 欠点と言えば、肝心の探偵役である中央の存在感が希薄なこと。名前のように中央にドンと座って欲しかった。また台詞が全て―(ハイフン)から始まっていたため、何か特記すべきことが最後にあるかと思っていたが、そういった仕掛けは全くなかったのは期待外れ。あと、事件発生→みんなでがやがや→ビリヤードを見てヒント思いつく→解決、というだけで、物語の構成がワンパターンだったのは残念。連作短編集なら、もう少し仕掛けが欲しかった。それと、全話で同じ登場人物の説明が成されたところは無駄。雑誌連載じゃないんだから。
 内容的には、殺人事件を取り扱っているにもかかわらず、ライトなミステリ連作短編集と言ったところ。今後も雑誌で続編を書きますよ、と宣言するような書き方は首をひねるところがあるものの、受賞作としては平均点よりやや上レベルと感じた。出版社側が帯で「新・<黒後家蜘蛛の会>誕生」と書くのもわかるのだが、その域を目指すならもっと1編あたりの分量を短くし、謎解きにアッといわせるものが欲しかった。




市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)

 特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行機<ジェリーフィッシュ>。その発明者であるファイファー教授を中心とした技術開発メンバー六人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能の最終確認試験に臨んでいた。ところが航行試験中に、閉鎖状況の艇内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もない中、次々と犠牲者が……。
 二十一世紀の『そして誰もいなくなった』登場! 選考委員絶賛、精緻に描かれた本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2016年、第26回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本刊行。

 帯に「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」と書かれていたら、たとえどんな出来か想像するのが恐ろしくとも、本格ミステリファンなら読まないわけにはいかない(と言うほど、本格ミステリファンじゃないが)。しかしこれはいい意味で裏切られた。これは確かに、「21世紀」の『そして誰もいなくなった』と言っていいだろう。この作品が下敷きにあったからこそ書けた作品で、なおかつこの作品の読者にもあっと言わすことができる作品なのだから、見事というしかない。
 舞台は1983年なのだが、実際の世界には存在しない小型飛行機<ジェリーフィッシュ>が舞台。新型機の実験途中で雪山に不時着させられ、オリジナル開発メンバーである六人が一人ずつ殺害されていく。一方では六人の死体の発見後、U国A州F署刑事課所属のマリア・ソールズベリー警部と九条漣刑事が、雪山の中腹に燃えていたジェリーフィッシュが発見され、機体の中から六人の他殺体が見つかった謎に挑む。捜査の過程で、ジェリーフィッシュの開発過程に疑惑が生じる。
 片や閉ざされた空間で一人ずつ仲間が殺害されていくサスペンス、片や少しずつ明かされる不可能さにがんじがらめとなる本格ミステリ。本格ミステリ……というよりは、むしろ新本格ミステリの伝統的な型であることは間違いないが、気?式浮遊艇というSFっぽい設定が読者の興味を惹くし、さらにその裏が少しずつ明かされる過程もよくできている。探偵役のキャラクターも、なかなか考えられている。ただ、キャラクターが強すぎて活かし切れていない感もあるが、この編は次作への引きなのだろう。誰の視点なのかわからないところがあったのは弱点だが、些細なものだろう。
 型どおりの作品だから、誰がどう考えても犯人は特定できるわけで、ではどうやって終わらせるか。ここがいちばんの興味どころだったが、読み終わって見事膝を叩いてしまった。なるほど、この手があったのかと思わせるトリック。読者の頭の中に情景を浮かべることができる、まさに映えるトリックと言っていいだろう。これを考え出しただけで、お見事と言いたい。これはすれたファンでもアッと言うと思う。
 作者は多分、遠くの彼方へ去りつつある『十角館の殺人』の輝きを自分の手で取り戻したかったのだろう。新本格ミステリファンが、原点に返って読みたい作品を自ら書いた、そうとしか思えない作品である。そしてその目論見は、成功したと言っていい。素直に面白かったと言える作品だった。鮎川賞でも五本の指に入る作品(あと四本は後で考えよう)だと思う。




今村昌弘『屍人荘の殺人』(東京創元社)

 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究会の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。
緊張と混乱の一夜が明け――。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった……!! 究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り、謎を解き明かせるか?! 奇想と本格が見事に融合する選考員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2017年、第27回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本刊行。

 タイトルがあまりにも新本格、という感じだったので、なんとなく手に取るのをためらっていた一冊。登場人物が大学生だし、夏休みのペンションというのもベタな展開だし、などと思って軽視していた。久しぶりの連休となったので手に取ってみたら、これが傑作だった。なぜ、もっと早く手に取らなかったんだ! 嗅覚が衰えるのもほどがあるだろう、自分。
 とはいえ、粗筋紹介以上の粗筋を書くのが難しい作品。選評でも加納朋子がわざわざ○○○と書くぐらいだし。今なら十分に有り得る、クローズサークルの設定。これを思いついただけでも拍手したい。しかも極限の状況で繰りひろげられる連続殺人。不可能殺人、密室殺人など、本格ミステリファンなら泣いて喜ぶ設定が、これでもかと迫ってくる。一つの証拠から容疑者が次々に消えていき、論理的に導き出される犯人。歓喜喝采である。死体を動かすことができるのか、となどいった細かい点まできちんと考えられている点に感心する。ホワイダニットを探偵が重視するのに、犯人の独白まで解けないホワイがあるのも奮える。しかもこれにサスペンス要素が加味されているからたまらない。
 登場人物の設定も巧いし、描写もよくできている。所々で差し込まれるラブコメ要素はいい息抜きになっており、読者の肩の力を抜く効果になっている。リーダビリティは抜群。多すぎる登場人物を勘案してか、語り手である主人公と探偵の会話を通し、登場人物のおさらいをしている点は心憎い。本当に作者は新人か、と疑いたくなるぐらい、よく描けている。しかも
 さらに本作品のすごいところは、人工的装飾が見受けられない点。今まで現実には一度も起きていない設定なのに、実際に起きたかのようなナチュラルな描き方をしている。本格ミステリにはどこか現実離れした不自然な点が見受けられることが多いが、本作品にはそれが見当たらない。事件の背景から発端、そしてトリックや動機に無理も無駄もない。これは本当にすごいことだと思う。実際のところ、最後の殺人はちょっと疑問符(固まらないのか?)があったのだが、些細なところだろう。
 今年読んだ本の中でベスト。大を付けてもいいぐらいの傑作。本格ミステリ大賞、間違いなし(他を読んでいないが)と言いたくなるぐらいの作品。オールタイムベストに選ばれてもおかしくはない。ちょっと出遅れたが、これを今年中に読めて本当によかった。大満足。これがあるから、ミステリを読むことは止められない。これはシリーズ化してほしいなあ。
 それにしても、この大傑作を相手に「第4回(近藤史恵と貫井徳郎)以来の激戦」と書かせる他の候補作は、一体どんな出来なんだろう。優秀作の一本木透『だから殺せなかった』もぜひ読んでみたいし、左義長『恋牡丹』も非常に気にかかるところである。
 読み終わって検索してみたら、文春、このミス、本ミス1位の三冠だと。凄いわ、本当に。




戸田義長『恋牡丹』(創元推理文庫)

 北町奉行所に勤め、若き日より『八丁堀の鷹』と称される同心戸田惣左衛門と息子清之介が出合う謎の数々。神田八軒町の長屋で絞殺されていたお貞。化粧の最中の凶行で、鍋には豆腐が煮えていた。長屋の者は皆花見に出かけており……「花狂い」。七夕の夜、吉原で用心棒を頼まれた惣左衛門の目の前で、見世の主が殺害された。衝立と惣左衛門の見張りによって密室状態だったはずなのだが……「願い笹」。惣左衛門と清之介親子を主人公に描く、滋味溢れる時代ミステリ連作集。移りゆく江戸末期の混乱を丁寧に活写した、第27回鮎川哲也賞最終候補作。(粗筋紹介より引用)
 2018年10月、刊行。

 第27回鮎川哲也賞からは、受賞作『屍人荘の殺人』、優秀賞『だから殺せなかった』も刊行されている。近年まれにみるレベルの高い戦いだったようだ。とはいえ、三冊とも読んでみると、やはり受賞作が一枚も二枚も上手だなという印象を受けた。選評を読んだ時から本作には期待していたのだが、やはり受賞するには今一つだった残念なところがある。
 帯にもある通り、下手人探し、密室の謎、不在証明崩し、隠された動機の4つの謎が解き明かされる連作本格ミステリ短編集。江戸時代ということもあってか、謎自体はやや弱い気もするが、それでも十分楽しむことができた。背景や人物の描写も悪くないし、それ以上に雰囲気が心地よい。戸田惣左衛門が『八丁堀の鷹』と言われるような怖さ、鋭さが見られなかったのはとても残念ではあったものの、一つ一つの短編自体は面白かった。
 ところが問題は、これが連作短編集なところ。最初の短編「花狂い」で清之介は十一歳。次の「願い笹」はすぐ後の話だと思われるが、その次の「恋牡丹」は惣左衛門が隠居し、清之介が北町奉行所に勤めている。最後の「雨上り」は江戸幕府が倒れた時代で、清之介は25歳。1年前に惣左衛門の後輩となる同心菊池の娘・加絵と結婚している。せっかく一つ一つの短編がゆったりとした心地よい感じの作品なのに、時の流れがあまりにも早すぎ。多分時代の流れの中の家族の姿を描きたかったのだろうが、本作品集に限って言えば余計なことだった。「花狂い」のころの惣左衛門と清之介の年齢かつ関係のまま、ほかの作品を読んでみたい。そうすることで、彼らの姿がより深く描かれることになり、共感も増しただろう。
 ジャンルとしては捕物帖。だったらもう少し同じ時代の作品を読んでみたい。本作品の内容だったら、それも可能だっただろう。本作品が受賞できなかった大きな理由は、絶対そこ。一つ一つの短編のつながりがあるようで断絶している結果になっているのが、非常に残念だった。次作があるのならば、その点を考えてほしい。




一本木透『だから殺せなかった』(東京創元社)

「おれは首都圏連続殺人事件の真犯人だ」大手新聞社の社会部記者に宛てて届いた一通の手紙。そこには、首都圏全域を震撼させる無差別連続殺人に関して、犯人しか知り得ないであろう犯行の様子が詳述されていた。送り主は「ワクチン」と名乗ったうえで、記者に対して紙上での公開討論を要求する。「おれの殺人を言葉で止めてみろ」。連続殺人犯と記者の対話は、始まるや否や苛烈な報道の波に呑み込まれていく。果たして、絶対の自信を持つ犯人の目的は――
 劇場型犯罪と報道の行方を圧倒的なディテールで描出した、第27回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2017年、第27回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。2019年1月、単行本刊行。

 『屍人荘の殺人』と受賞を争った本作。読み終えてみると、劇場型犯罪を舞台にした社会派ミステリ。うーん、なぜ鮎川賞に応募した?
 かつて汚職事件を追いかけ、スクープしたのは恋人の父親の逮捕。父親は自殺し、そして恋人も姿を消して亡くなった。そんな過去を持つ太陽新聞の社会部記者、一本木透。「シリーズ犯罪報道・家族」で自分の二十数年前の苦い記憶を記事に書き、高い評価を得た。一方、無差別連続殺人犯から一本木宛てに手紙が届き、殺人を巡って紙上公開討論が始まる。そしてもう一つ語られるのは、江原陽一郎という青年の今までだった。
 作者が新聞記者だったのかどうかはわからないが、新聞社という会社自体の存在も含め、新聞記者や新聞紙の発行の部分にリアリティがある。公器を謳いつつ、ちゃっかりと営業に使って、じり貧だった購読数の回復につなげる展開には思わずうなってしまった(なんか、似たような展開がどこかであったような記憶もあるけれど、思い出せない)。
 紙上を使ってやり取りするという展開自体は面白いし、最後まで読ませる力はあったと思う。ただ、リアリティがある作品なだけに、不自然を感じてしまうところがあったのは残念。最後の自滅からドタバタするくだりはまだ許せるのだが、やはり犯行に手を染める動機については納得がいかない。これ以上書くとネタバレになってしまうから止めるのだが、どうしても不自然なのだ。それは自分だけかな。一応読者を納得させるような書き方にはなっているのだけれども。もしかしたら選評の指摘を受けて、書き直したのかもしれない。
 名探偵の出てくる本格ミステリならファンタジーで逃げれるのだろうが(暴言)、やはり社会派ミステリだと、読者が首をひねってしまうところがあるのはやはり減点だろう。今回は優秀作止まりだったが、多分『屍人荘の殺人』が無くても優秀作止まりだったと思う。そもそも、本格の味、全然ないよね。




川澄浩平『探偵は教室にいない』(東京創元社)

 わたし、海砂(うみすな)真史(まふみ)には、ちょっと変わった幼馴染みがいる。幼稚園の頃から妙に大人びていて頭の切れる子供だった彼とは、別々の小学校にはいって以来、長いこと会っていなかった。変わった子だと思っていたけど、中学生になってからは、どういう理由からか学校にもあまり行っていないらしい。しかし、ある日わたしの許に届いた差出人不明のラブレターをめぐって、わたしと彼――鳥飼(とりかい)(あゆむ)は、九年ぶりに再会を果たす。  日々のなかで出会うささやかな謎を通して、少年少女が新たな扉を開く瞬間を切り取った四つの物語。
 青春ミステリの新たな書き手の登場に、選考委員が満場一致で推した第28回鮎川哲也賞受賞作。
 2018年、第28回鮎川哲也賞受賞。応募時タイトル「学校に行かない探偵」。改題のうえ、2018年10月、単行本刊行。

 差出人不明のラブレターの謎を解く「第一話 Love letter from……」。クラス合唱の伴奏を演奏しない友人の謎を解く「第二話 ピアニストは蚊帳の外」。友人が彼女と会わない理由の謎を解く「第三話 バースデイ」。家出した真史を追いかける歩「第四話 家出少女」。
 主人公も謎解き役も14歳。日常の些細な謎が描かれた連作短編集。正直言って、いまさら何を、と言ってしまいたくなるくらい、古臭い設定になってしまった気がする。よりによって公募新人賞にこんな手あかの付いた設定の作品を送らなくても思いながら読んでいたが、読み終わってみるとそれほど悪くはなかった。良くも悪くも14歳の青春ミステリ、というか。
 舞台も登場人物も丁寧に描かれている。ちょっと大人びたところはあるものの、14歳らしさもよく描けている。謎はあまりにも小粒だが、推理の組み立て方は悪くない。鳥飼歩がなぜ中学校に通わないのかというところをもう少し書いてほしかった気もするけれど、それらは次作のお楽しみなのかな。ちょっと嫌らしい書き方のような気もした。読者側が悪くとっているだけどかもしれない。
 ただ、設定が古臭いという印象は変わらなかった。少なくとも、公募新人賞には不向きな作品。新味がまったくない。偶に読む分にはいいかもしれないけれど、これを鮎川賞と言われるとちょっと違うな、と思う。一つぐらい強烈な謎と推理があれば、もう少し評価が変わっただろう。




方丈貴恵『時空旅行者の砂時計』(東京創元社)

 瀕死の妻のために謎の声に従い、2018年から1960年にタイムトラベルした主人公・加茂。妻の祖先・竜泉家の人々が殺害され、後に起こった土砂崩れで一族のほとんどが亡くなった「死野の惨劇」の真相を解明することが、彼女の命を救うことに繋がるという。タイムリミットは、土砂崩れがすべてを呑み込むまでの四日間。閉ざされた館の中で起こる不可能犯罪の真犯人を暴き、加茂は2018年に戻ることができるのか!?
“令和のアルフレッド・ベスター”による、SF設定を本格ミステリに盛り込んだ、第29回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2019年、第29回鮎川哲也賞受賞。2019年10月、東京創元社より単行本刊行。

 そもそもアルフレッド・ベスターって誰?ということで検索してみたら、アメリカ合衆国のSF作家、テレビやラジオの脚本家、雑誌編集者、コミック原作者とのこと。ごめん、全然知らない。長編『分解された男』はテレパシーが一般化した未来世界を舞台にした警察小説だそうだ。作者は京大推理小説研の出身。
 都市伝説「奇跡の砂時計」は、砂時計のペンダントを拾うと願いを一つだけ叶えてくれるというもの。スマホにかかってきた声に導かれ、加茂冬馬が拾った砂時計は「マイスター・ホラ」と名乗り、竜泉家の呪いを解くべく、58年前に起きたN県詩野の別荘で起きた連続殺人事件と土砂崩れによって全滅した「死野の惨劇」の真相を解明するために冬馬を時間移動させた。ところが移動した先ではすでに2名が殺害されており、さらに妻・伶奈の祖母の双子の姉・文香に見つかってしまった。文香の協力の下、竜泉家の別荘に入ることとなった冬馬。
 SF要素はあるものの、時間移動後は普通の「陸の孤島」「見立て殺人」かと思ったら、SF要素ががっちりとトリックや事件の謎に組み込まれていた。うーん、個人的にはあまり好きになれない。結局自分が作ったルールで考えることになるので、たとえ伏線が張られていたとしても一般的には及びもつかない部分で謎解きされてしまうことになるからだ。せめてシンプルなルールが一つか二つだけあればまだよいのだが。だから謎解きのロジックを楽しむことはできるが、謎解きのカタルシスを味わうことは難しい。
 登場人物は多いわりにくどくなく、SF要素の説明もコンパクトにまとめており、すんなりと物語に入れる腕には感心した。協力者に中学生の少女を使うところは、読者の共感を呼ぶには良い手だったと思う。そういう物語自体を楽しむことはできたかな。だから読後感は非常に良い。
 いわば伝統的な本格ミステリにSF要素を交え、作者ならではの世界観を作り出せたことは特筆に値するだろう。そういうチャレンジ精神は受賞に値すると思う。十分楽しむことはできたが、できればもう少しシンプルな設定で読んでみたい。




千田理緒『五色の殺人者』(東京創元社)

 高齢者介護施設・あずき荘で働く、新米女性介護士のメイこと明治瑞希(めいじ みずき)はある日、利用者の撲殺死体を発見する。逃走する犯人と思しき人物を目撃したのは五人。しかし、犯人の服の色についての証言は「赤」「緑」「白」「黒」「青」と、なぜかバラバラの五通りだった! ありえない証言に加え、見つからない凶器の謎もあり、捜査は難航する。そんな中、メイの同僚・ハルが片思いしている青年が、最有力容疑者として浮上したことが判明。メイはハルに泣きつかれ、ミステリ好きの素人探偵として、彼の無実を証明しようと奮闘するが……。不可能犯罪の真相は、切れ味鋭いロジックで鮮やかに明かされる! 選考委員の満場一致で決定した、第30回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2020年、第30回鮎川哲也賞受賞。応募時タイトル「誤認五色」。改題の上、2020年10月、単行本刊行。

 ミステリ好きで、周りの受けもよさそうなメイが主人公であり、相棒のハルとのやり取りがどことなくユーモラス。殺人事件という殺伐した印象は全然なく、しかも気になる男性も出てきてというところは青春ミステリっぽい味もあり。読み心地は悪くないのだが、いかんせん肝心の謎が小粒すぎる。五人の目撃者による犯人の服の色は五通り。謎といえば強烈な謎のように見えるけれど、文章が素直というか、伏線がわかりやすいというか、大した謎になっていないところが大減点。消えた凶器の方もわかりやすい伏線のおかげでですぐにわかる。だいたいどっちの謎も、警察の捜査ですぐにわかるんじゃないかと言いたい。最後にこれだけはやらないでくれ、というネタが最後に出てきて、もう幻滅。読みやすい分、がっかり感が強かった。短編だったらまだ我慢ができたと思うが、この謎で長編を引っ張るのはかなりしんどい。
 登場人物のキャラクターはそれなりによかったので、まずはカチッとした謎を持ってきてほしい。そうでないと、二作目は厳しすぎる。




弥生小夜子『風よ僕らの前髪を』(東京創元社)

 早朝、犬の散歩に出かけた公園で、元弁護士の伯父が何者かに首を絞められて殺害された。犯人逮捕の手がかりすら浮かばない中、甥であり探偵事務所勤務の経験を持つ若林悠紀は、養子の志史を疑う伯母の高子から、事件について調べてほしいと懇願される。悠紀にとって志史は親戚というだけでなく、家庭教師の教え子でもあった。。誰にも心を許そうとしなかった志史の過去を調べるうちに、悠紀は愛憎が渦巻く異様な人間関係の深淵を覗き見ることになる。圧倒的な筆力に選考委員も感嘆した第三十回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2020年、第30回鮎川哲也賞優秀賞受賞。2021年5月、刊行。

 伯父の殺人事件の真相を追ううちに、伯父夫婦の養子で実際は孫の立原志史周辺に不審な死が相次いでいることがわかり、事件の真相を探る若林悠紀。才能に恵まれているのに、不幸にさらされてきた若者たちの物語。
 一見問題がなさそうな家にある、不幸な真実と虐待。外向けの顔と、そこに隠された闇。様々な絶望の形が、事件の中に描かれている。心理描写、情景描写がとてもうまい。そして真相を追ううちに見えてくる闇の深さが絶望の深淵を物語っており、そこから逃げ出そうとする者たちの「静かで激しい拒絶」がよく描けていると思う。
 正直本格ミステリとしては弱いと思う。関係者に当たっていったら、とんとん拍子に証言が出てきて、またその後のケアまでしてくれている。歩き回ったら回答に辿り着きました、みたいな作品だ。ただ、親族が探偵役ということもあるから、ギリギリ許容範囲だろうか。
 逆に動機の描き方が非常にうまい。なぜこの時期に殺したのか、というところまでしっかりと考えられている。こんな綿密に書くことができるのなら、推理する部分をもう少し書くことができたんじゃないだろうか。いっそのことハードボイルドにしてしまえばよかったのに、と思わせる。その方が変な謎解き部分を作ることなく、うまく描けたと思う。
 加筆修正したかどうかが書かれていないのだが、まさか応募時のままなのだろうか。完成度や面白さでいったら、受賞作の『五色の殺人者』より上。次作が楽しみです。



【「鮎川哲也賞」に戻る】