伊達邦彦全集1(光文社文庫)
『野獣死すべし』



【初版】1997年1月20日
【定価】600円+税
【解説】野崎六助
【概要】
 あまりにも突然に、伊達邦彦は警官の額を射ち抜いた!
 殺人には生命の昇華が、非情美がある……。強烈なストイシズムを漂わせ、己と金と武器のみを頼りとする若き邦彦。彼は緻密に練った大学入学金強奪計画を実行にうつした!
 ――野獣ここに誕生す。日本ハードボイルドの先駆となった表題作と“復讐篇”に加え、文庫で初めて“渡米篇”を収録。
(裏表紙より引用)

【備考】
 写真は若き日の大藪春彦。


【収録作品】

作品名
「野獣死すべし」
初 出
 早稲田大学の同人誌「青炎」1958年5月号に掲載。江戸川乱歩の目に止まり、『宝石』1958年7月号に転載。
粗 筋
 大藪春彦伝説のデビュー作。仕事帰りの刑事を殺して拳銃と警察手帳を奪うところから、伊達邦彦の殺戮の人生は始まる。そして国際賭博の胴元を襲って売上金を強奪し、現金輸送車を襲い大金を手に入れる。最後は私立大学の入学金1600万円を奪い、無事逃げおおせたままハーバードの大学院へ留学する。
感 想
 伊達邦彦の生い立ちは、そのまま大藪春彦の経歴と重なる。国からは何も助けてもらえなかった大藪が国と権力、政治を何も信用しなくなったように、邦彦も何も信じない人になっていた。このあたりは社会の教科書にはどこにも載っていないし、当然『教科書には載らなかった歴史』にも載っていない。当時の植民地朝鮮から一般民衆がどのように日本に帰ってくることができたのか、誰も何も語ろうとはしないし、国も口を閉ざしたままだ。「野獣死すべし」が「引き揚げ者の文学」といわれるのはそこにある。
 他に語ることはないであろう。それほどの衝撃作である。この作品に何の感銘を受けないのであれば、あなたに小説を読む資格はない。この小説をただの殺人小説だという輩には、最後の真田への射殺シーンをもう一度読めと言いたい。
備 考
 処女作。

作品名
『野獣死すべし 復讐篇』
初 出
 『週刊新潮』1959年10月号〜12月号掲載。
粗 筋
 ハーバード大学院修士課程を終えた邦彦は、コロンビアの博士課程に転じていた。そんな邦彦が日本に帰ってきた。きっかけは妹晶子からの一通の手紙であった。何のいたずらか、晶子は京急コンツェルンの大事業家矢島裕介の御曹司、雅之との愛におちいっていた。矢島裕介は、ハルビンにおける邦彦の父の会社新満精油を乗っ取った憎き敵であった。邦彦は矢島への復讐を決意する。もちろん今の邦彦は徒手空拳に等しい。しかし邦彦には冷徹な頭脳と使い慣れた銃器があった。そして若さが。邦彦は目的を追求する行為の中にのみ生き甲斐を感じていた。
 邦彦は京急コンツェルンの系列会社である新東商事に入社する。社長の愛人である女性秘書に近づき、手形パクリと不正証拠の強請で資金を得る。雅之が持つ豪華客船でのクリスマスパーティを襲い、賭博の売上金を巻き上げる。三星銀行の現金輸送車を襲い、8200万円を手に入れる。とりあえずの荒稼ぎを終えた邦彦は新東商事を退社し、母校大学院の講師に着く。給料は安いが時間の余裕が十分にあるのが便利だからだ。そんなとき、晶子の危篤を知る。晶子は雅之の子供を身籠もっていたが、雅之は九條財閥の娘と婚約をしたため、晶子は捨てられた状態になっていた。邦彦の中で何物かが音を立てて崩れた。邦彦は復讐を新たに誓う。雅之は一度も邦彦の前に姿を見せず、替わりに5000万円の小切手が手元に残った。
 邦彦は母校の後輩である町田を仲間とし、パクリ会社をでっち上げ、京急コンツェルンの子会社を含む多数の会社から倒産詐欺で荒稼ぎを行う。そして邦彦の復讐の手は雅之の妻、典子に向けられる。典子の心を奪い取り、その痴態をフィルムに収め、それを雅之に見せる。不安と焦慮に耐えかねた典子は雅之と無理心中する。
 その頃邦彦は京急電鉄の株を買いあさっていた。そして最後の大バクチ、三星銀行本店の大金庫室を町田と共に襲撃する。
感 想
「復讐篇」と書いてあるが、父や妹の復讐というのはあくまで目的の一つでしかない。邦彦がそこまで肉親の情に熱かったとは思えない。いや、表向きには取り繕いながらも、内面ではそういうものを切り捨てていくのが伊達邦彦という男ではなかったか。一体邦彦が求めた復讐はいったい何だったのだろうか。それはただ、富と権力を持った巨大財閥を徒手空拳で倒すという野望でしかなかったのではないか。淡々と、しかし着実に計画は実行されていく。そこには邦彦の意志しか感じられない。巨大な敵を倒すという意志しか。
 元々大藪春彦に、伊達邦彦の続編を書く意志があったとは思えない。幸いといってよいか、「野獣死すべし」で父が会社を乗っ取られていたという設定にしてあったからこそ思いついたストーリーではないか。大藪春彦の分身とも言うべき伊達邦彦だったが、父が会社を乗っ取られると言う部分だけは創作である。なぜこの部分だけこのような設定にしたのかは不明だが、僥倖と呼ぶにはあまりにも恐ろしい。
 些細なところだが矛盾もある。「野獣死すべし」で晶子は嫁ぐことになっていたのだ。母と妹に対するサービスに自虐的な幸福を感じていた頃の邦彦の姿が『復讐編』にはない。それでいながらも晶子の死に何かを失う邦彦を見ると、まだ邦彦にも人間の感情が残っていたのかと逆に驚きを感じる。
 最後、邦彦は犯行が露見し、警官隊に包囲される。

 邦彦の周りに着弾が集中し、フードを削った弾は青白い火花を発して縦横無尽に跳ねた。

 当然の事ながら、読者はここで邦彦が死ぬものと思うだろう。邦彦自身も死を覚悟していたはずだ。しかし邦彦は死ななかった。いや、死ねなかったのかも知れない。大藪があえて新たなる舞台を設定したのか、それとも時代が邦彦の死(=大藪の死と同意義だ)を許さなかったのか。邦彦は予期せぬ舞台を与えられ、再登場することになる。
備 考
 

作品名
「野獣死すべし 渡米篇」
初 出
 『ヒッチコック・マガジン』1960年3月号掲載。1966年11月刊行の『歯には歯を』(路書房)所収。
粗 筋
 渡米中の伊達邦彦がマイク・ハマー、メイヴィス・セドリッツとジョニー・リオ、リュー・アーチャー、フィリップ・マーロウと「スペードの禿鷹」の争奪戦を行う。途中で出てくる封筒に記されているのはハンサム&ビンゴ(クレイグ・ライス)。最後に出てくる美女は、ペリー・メイスンの秘書であるデラ・ストリートである。
感 想
 これは番外編である。伊達邦彦の歴史には含まれない、単なるパロディでしかない。各章のタイトルも、それぞれの探偵が出てくる作品を茶化している。もっとも、アンチアメリカンハードボイルドな人であれば、彼らが伊達邦彦にいいようにやられる姿を見て笑ってしまうかも知れない。そういう作品である。
備 考
 文庫に収録されるのは初めて。

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