坂東眞砂子『蟲』(角川ホラー文庫)

 めぐみは平凡な主婦として穏やかな日々を送っていた。ある夜、夫が古い石の器を持って帰宅。富士川のほとりで拾ったというその器には「常世蟲」と彫られていた。この時から彼女は奇怪な夢や超常現象に悩まされ始める。そしてある日、夫の体から巨大な緑色の虫が這い出るのを目撃してしまった! 深まる謎は、古代の俗信仰「常世神」へと遡ってゆく……。日本人の心の底に眠る恐怖を鮮烈なイメージで呼び起こす秀作。高橋克彦氏曰く「私にとって忘れられない作品」。(粗筋紹介より引用)
 1994年、第1回日本ホラー小説大賞佳作受賞。同年4月、ホラー文庫より刊行。

 既に『死国』『狗神』で評判を得ていた作者であり、なぜ日本ホラー小説大賞に応募したのかがよくわからない。元々角川が書き下ろしで依頼していた作品だったが、日本ホラー小説大賞の応募作品のレベルが低かったため、編集者が目玉として応募させたという噂を聞いたことがあるが、これは阿久悠『殺人狂時代ユリエ』と似たような話であるため、多分嘘だろう。
 古代の俗信仰「常世神」など日本の土着信仰を題材としたあたりは、初期の作者ならではのジャパネスクホラー作品である。ただ蟲が体内に入りこむという設定はありきたりであるから、そこにもう一つか二つアイディアを盛り込んでほしかったところ。前半における妊娠中の女性の心情は上手い描き方であったが、後半のヒステリックな部分はだらだらと間延びしてしまった感があり、恐怖よりも苛立ちの方が強い。夫の変化の正体も説明が不十分なことも、苛立つ原因の一つである。
 結局主人公の独り相撲に近い形で終わっており、読んでいても面白くない。ただ小説技術はあるものだから、それなりに読ませることはできる作品に仕上がっていることが、最後の苛立ちに拍車をかけている。失敗作といっていいだろう。




カシュウタツミ『混成種―HYBRID』(角川ホラー文庫)

 それは、天才が生み出した一つの発明から始まった…。学界から異端視されている黒田博士の発明「金属植物」は、画期的であるにもかかわらず、学界やマスコミから全く相手にされなかった。――なんとかして世の人々に認めさせたい。黒田は、金属植物「チップ」を代用神経として使うことを思いつき研究を重ねた。実験が進むにつれ、黒田は妄想と狂気のはざまに入り込み、ひとつの想いに捕らわれていった。そして……。衝撃的なテーマで新たな恐怖を描いた異色のホラー。(粗筋紹介より引用)
 1994年、第1回日本ホラー小説賞佳作受賞。同年4月、角川ホラー文庫より刊行。

 第1回佳作を受賞した3作品のうちの1作。金属イオンで蔦が成長するアイディアは始めて見たが、もしかしたら過去作品にあったのかもしれない。そこから代用神経につなげる発想も面白い。しかし、蔦が人間を乗っ取るというのは、手段はどうあれよくある展開。ここでもう少し面白いアイディアがあれば、と思ったのだが、最後はなぜか漫画チックなバトルの展開になってしまい、興醒め。前半の展開が悪くないだけに、後半をもう少し考えてほしかった。これでは佳作止まりも仕方がない。
 もっと静かに侵食していく展開の方が、不気味さがより伝わっただろう。何とももったいない作品。




芹澤準『郵便屋』(角川ホラー文庫)

 結婚をひかえ、平凡な幸福を満喫していた萩尾和人の前に、ある日突然現れた不吉な影――今日もまたあの郵便屋が、忘れていた忌まわしい過去を配達にやってくる。住所も宛名もない不気味な封筒を、古ぼけた配達鞄にしのばせて……。
 日常を蝕む超自然的な恐怖を丹念に描き切った、正統派ホラーの力作。(粗筋紹介より引用)
 1994年、第1回日本ホラー小説大賞佳作受賞。1994年4月、文庫オリジナルで刊行。

 うーん、ここまでストレートというか、単純な作りのホラーも珍しいのではないか。子供のころにいじめられた被害者が復讐に来るという展開は、特にひねりが感じられない。郵便屋というアイディアにしても、執筆当時でも新しいものではないだろう。これでまだホラーならではの描写に工夫があればよかったのだが、それも特になし。丁寧に書いていることは認めるけれど。よく佳作に拾われたものだと、別の意味で感心してしまった。
 作者はこれ1冊だけのようだ。本人も、出版されるとは思っていなかったのではないだろうか。




瀬名秀明『パラサイト・イヴ』(角川書店)

 …………永島利明は大学の薬学部に勤務する気鋭の生化学者で、ミトコンドリアの研究で実績を上げていた。ある日、その妻の聖美が、不可解な交通事故をおこし脳死してしまう。聖美は腎バンクに登録していたため、腎不全患者の中から適合者が検索され、安斉麻理子という14歳の少女が選び出される。利明は聖美の突然の死を受け入れることができず、腎の摘出の時に聖美の肝細胞を採取し、培養することを思いつく。しかし、"Eve1"と名づけられたその細胞は、しだいに特異な性質を露わにしていった。常識をはるかに超える増殖能力をもち、またミトコンドリアが異常に発達していたのだ。一方、腎を移植された安斉麻理子も、毎夜襲われる悪夢に怯えていた。――何者かが、自分の病室を目指してやってくる。そして移植された腎は、それを喜々として待ちうけている……? 聖美の死をひき起こしたものは何だったのか? そして"Eve1"の正体とは? 「人間」という種の根幹を揺るがす、未曽有の物語が幕を開ける!…………(粗筋紹介より引用)
 1995年、第2回日本ホラー小説大賞受賞。加筆し、同年4月、刊行。

 まったく新しい……かどうかは知らないが、日本のホラー小説でここまで完成度の高い作品は初めてではないだろうか。医学・科学知識をふんだんに盛り込み、専門用語が飛び交う世界なれど、読者に読みづらさをおぼえさせない文章は特筆もの。知識にストーリーが負けない作品も珍しい。物語そのものも非常によく考えられており、少しずつ蓄積された恐怖が最後で一気に飛び散るあたりは、まさに圧巻。これが弱冠26歳の大学生(大学院博士課程)が書いたというのだからまたもや驚き。傑作を超えた傑作である。
 この作品が無かったら、日本ホラー小説大賞は続かなかっただろう。そうなると、日本のホラー小説はより縮小していたに違いない。そういう意味ではエポックメイキングとなった一冊だったと言える。




小林泰三『玩具修理者』(角川ホラー文庫)

 玩具修理者は何でも直してくれる。独楽でも、凧でも、ラジコンカーでも……死んだ猫だって。壊れたものを一旦すべてバラバラにして、一瞬の掛け声とともに。ある日、私は弟を過って死なせてしまう。親に知られぬうちにどうにかしなければ。私は弟を玩具修理者の所へ持って行く……。
 現実なのか妄想なのか、生きているのか死んでいるのか――その狭間に奇妙な世界を紡ぎ上げ、全選考委員の圧倒的支持を得た第2回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。(粗筋紹介より引用)
 1995年、第2回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作「玩具修理者」に書き下ろし「酔歩する男」を加え、1996年4月、角川書店より単行本刊行。1999年4月、文庫化。

 MEIMUの漫画は読んだ記憶がある「玩具修理屋」だが、ストーリーはほとんど忘れていた。今頃読んでみたのだが、確かにこれは衝撃的。背景の説明もないまま男女2人の会話で始まり、続いては女の独白が続く。驚愕の展開に驚きのラスト。少々グロい描写があって苦手な作風ではあるが、ストーリーの奇抜さとラストの驚きは読む価値があった。絶賛されたのも頷ける。
 書き下ろしの「酔歩する男」だが、こっちはメインの登場人物が3人のみ。いわゆる永遠に繰り返される人生を描いた作品だが、自分の読解力が低いのか、説明が難しすぎるのか、この作品の"真の恐怖"を理解するのに苦労する。というか、いまでもよくわからない。説明文が多すぎるし、似たような展開が延々と繰り返されるし、読んでいるこちらの方が酔ってふらふらしそうな作品である。




貴志祐介『十三番目の人格(ペルソナ)―ISOLA』(角川ホラー文庫)

 賀茂由香里は、人の強い感情を読みとることができるエンパスだった。その能力を活かして阪神大震災後、ボランティアで被災者の心のケアをしていた彼女は、西宮の病院に長期入院中の森谷千尋という少女に会う。由香里は、千尋の中に複数の人格が同居しているのを目のあたりにする。このあどけない少女が多重人格障害であることに胸を痛めつつ、しだいにうちとけて幾つかの人格と言葉を交わす由香里。だがやがて、十三番目の人格「ISOLA」の出現に、彼女は身も凍る思いがした。第三回日本ホラー小説大賞長編賞佳作。(粗筋紹介より引用)
 1996年、第3回日本ホラー小説大賞佳作受賞。応募時タイトル「ISOLA」。同年4月、角川ホラー文庫より発売。

 ベストセラー作家貴志祐介が世に出た初めての作品。読んでいる途中は、「なぜこれが佳作?」と思いながら読んでいたのだが、読み終わって納得した。さすがに大賞までは届かない。もっとも翌年、『黒い家』という傑作が出たから結果オーライだったが。
 主人公の賀茂由香里がエンパスという設定はちょっと安易かと思ったが、もう一人の主人公である多重人格の少女森谷千尋を理解するためには一番わかりやすい設定である。ただ、震災が原因で生まれた「ISOLA」は、謎としては面白かったけれど、ホラーとしてはちょっと反則な真相ではなかったか。個人的には少々古くさいと思い、拍子抜けしてしまった。ISOLAと「吉備津の釜」の絡みが面白かっただけに、ちょっと残念である。精神科学との融合が上手くできていただけになおさら。ただ、鬼ごっこの展開は少々エンタメを意識しすぎている。
 由香里の多重人格のネーミングには非常に感心した。また結末はかなり怖い。こうやって見てみると、部分部分はいいのだが、全体的には少々構成の甘さを感じる。13人も登場させる意味は無かったよね、これ。エンパスならではの由香里の苦悩などは詰め込みすぎと思った。逆に由香里と大学准教授との関係をもう少し書き足せば、二人の恋愛に唐突な印象を与えなかっただろう。あの准教授のどこに惚れたのか、読み終わってもさっぱりわからない。
 どうでもいいけれど、風俗で働きながら、キスの経験すら無いというのはちょっと無理がないか。
 よくできた話だとは思う。他の賞なら大賞に選ばれてもおかしくはなかったと思うが、この頃はまだ選考委員も高いレベルの作品を目指していたのだと思われる。




櫻沢順『ブルキナ・ファソの夜』(角川ホラー文庫)

 大手旅行代理店に勤務し、マニア向け少人数ツアーの企画をしている男。彼はツアーのネタになる珍しい場所や物を探して、世界中を飛び回っていた。そんなある日、飛行機の給油のために着陸した西アフリカの小国ブルキナ・ファソで、彼は一夜の不思議な出来事を経験する――。
 普通の「旅行(ツアー)」に飽き足らない人に贈る、儚く美しいファンタジック・ホラー。(粗筋紹介より引用)  1996年、第3回日本ホラー小説大賞短編賞佳作受賞。加筆修正のうえ、書下ろし「ストーリー・バー」を収録し、2002年1月刊行。

 1996年に受賞しながら、2002年まで出版されてなかった理由は不明。単に仕事が忙しくて加筆修正が追い付かなかったのか、それともしばらく編集部で寝かされていたのか。
 表題作は、旅行代理店の男が体験する不思議譚。知らなかったが、ブルキナ・ファソは実在する国である。ホラーというよりファンタジーと言った方が正しい内容であるが、読みごたえはある。ただ、前半の説明調が惜しい。オチも弱い。特殊なツアーの内容をいくつも並べるより、不思議譚の方をもうちょっと詳しく書けなかっただろうか。
「ストーリー・バー」は、都内某所にある会員制のバーが舞台。ホステスならぬストーリー・テラーが、客に不思議な物語を語るという設定。会社仲間のアダチに紹介してもらったが、そのアダチが失踪。ある日、お気に入りのテラーであるユリエを指名すると、ユリエはアダチから聞いたというインドの古城の奇妙な話を語る。主人公は、バーが入っているビルの中庭で、不思議な情景の中にアダチがいるのを見かける。
 これも不思議な話をいくつか組み合わせ、一本のストーリーとして仕上げている。長編ならともかく、短編でこのような構成は内容が散漫になりがち。バーの設定で十分短編に仕立て上げられるのだから、最初のサファリの話はいらなかったのではないか。
 出来るのなら、もうちょっと長い作品を読んでみたかった気がする。あっさりしすぎで今一つだった。




貴志祐介『黒い家』(角川書店)

 人はここまで悪になりきれるのか?人間存在の深部を襲う戦慄の恐怖。巨大なモラルの崩壊に直面する日本。黒い家は来るべき破局の予兆なのか。人間心理の恐ろしさを極限まで描いたノンストップ巨編。第4回日本ホラー小説大賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

 日本ホラー小説大賞で大賞が出たのはあの傑作『パラサイト・イヴ』以来二年ぶり。当然、パライヴくらいの面白さを期待したが、この作品はその期待を裏切らなかった。保険会社の請求査定という分野からの切り口も面白いし、サイコパスという手法をとりながら、後半に入るまでその人物の恐ろしさを出すことを控え、事件と主人公の心情のみに視点を置くという手法も上手い。そのため、後半からの怒濤のような攻撃がより一段と怖さを増している。選評で『ミザリー』より数段怖いとあったが、その評に間違いはない。一番怖いのは、人の心だね。




中井拓志『レフトハンド』(角川ホラー文庫)

 製薬会社テルンジャパンの埼玉県研究所・三号棟で、ウィルス漏洩事件が発生した。漏れだしたのは通称レフトハンド・ウィルス、LHVと呼ばれる全く未知のウィルスで致死率は100%。しかし、なぜ三号棟がこのウィルスを扱っていたのかなど、確かなことはなにひとつわからない。漏洩事故の直後、主任を務めていた研究者・影山智博が三号棟を乗っ取った。彼は研究活動の続行を要請、受け入れられなければウィルスを外へ垂れ流すと脅かす……。選考委員絶賛の衝撃作!!(粗筋紹介より引用)
 第4回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作。1997年、単行本で発売。翌年、加筆訂正の上文庫化。

 受賞作がらみのコンプリートを目指して読んだ一冊。作者には悪いけれど、元々ホラーというジャンルが苦手であるため、最初からマイナス評価の視点で読んでいた気がしなくもないが、それを除いても単なるB級ホラーだったような気がしてならない。文庫の解説者が言うような、カンブリア紀をネタにしているところなんかでも、その斬新さというものが全く伝わってこなかったのは、単に自分が無知なだけか、それとも作者の表現力が今ひとつだったからか。
 テーマとしてはバイオホラーの一つになるのだろうか。感染者の左腕を捕獲し、脱皮して左腕単独で動き出すという未知のウィルスが題材となっているのだが、左腕だけが動き回るという恐怖感があまり伝わってこないのは自分の想像力が低いからなのだろうが、それを取り巻く人たちからも怖さがほとんど伝わってこないというのは描写力不足だと思う。
 事実を知りながら隠蔽を続ける企業。何も知らず、また知ろうともせずに目の前の災厄がただ消えて無くなることを祈りながら動く職員。自らの組織と身に難題と非難が降りかからないようにお役所論理を振りかざす厚生省役人。研究だけに頭をとらわれ、周囲の動きなどを無視し、自らの行動論理だけで動き回る科学者。いかにもといったステロタイプな登場人物は多く出てくるが、それ以上の性格付けはされていないため、読んでいても記号体が動いている気にしかならなかった。プレテンの部分で、枝葉末節な部分に食い下がる科学者なんか、いかにもという感じで笑ってしまった。
 結末の曖昧さも含め、なんかアイディアだけだなと思ったのは私だけだろうか。実験体として連れてこられた2人なんて、もう少し動かし方があっただろうに。




沙藤一樹『D‐ブリッジ・テープ』(角川書店)

 近未来の横浜ベイブリッジは数多のゴミに溢れていた。その中から発見された少年の死体と一本のカセットテープ。そこには恐るべき内容が……。斬新な表現手法と尖った感性が新たな地平を拓く野心的快作。第4回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 1997年、第4回日本ホラー小説大賞短編賞受賞。同年6月、ハードカバーで刊行。

 あまりにも薄いのでまさかと思ったけれど、本当に短編1本だけだった。再開発計画のために会議室へ集まった人々の前で再生されるテープ。カセットテープから流れる少年の独白が進み、所々で人々のおしゃべりが入る形式になっている。
 D‐ブリッジに不法投棄されたゴミの中に捨てられた子供。足を一本失いながらも、虫などを捕まえて必死に生き延びる日々。数年経った頃、盲目の少女、エリハが捨てられた。必死に生きる二人。
 誰からも見放された世界で、二人が必死に生き延びようとする姿はわかる。ただ、首をひねる部分も多い。問題は、橋の外がどのような世界か、今一つわからないこと。橋の外で見つけてもらえば、最低でも保護してもらえるのではないだろうか。橋の外の方が食べ物はいっぱいあることだって、いくら小さくてもわかるだろう……なんて考えてしまうのだ。逆に日常的に子供が捨てられているのなら、死体がもっとあるか、ストリート集団みたいなものが結成されているだろうし。自分の腕を切り落として、愛する人に食べさせるというのはよくある話で、それほど珍しいものではない。手塚治虫や清水玲子にもある。
 ホラーの部分は、動物や虫を食ったり、身体がが虫に食われたりするところのグロテスクな描写が該当するのかな。うーん、まあ、生き延びようとする描写に妙な迫力があるのは事実。それだけに、背景が今一つわからず、すっきりしない作品になっているのが非常に残念だったりする。テープを聴かせる相原の動機もあやふやだし。もやもやが残る作品でしかなかった。




岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』(角川ホラー文庫)

――教えたら旦那さんほんまに寝られんようになる。……この先ずっとな。 時は明治。岡山の遊郭で醜い女郎が寝つかれぬ客にぽつり、ぽつりと語り始めた身の上話。残酷で孤独な彼女の人生には、ある秘密が隠されていた……。
 岡山地方の方言で「とても、怖い」という意の表題作他三篇。文学界に新境地を切り拓き、日本ホラー小説大賞、山本周五郎賞を受賞した怪奇文学の新古典。(粗筋紹介より引用)  1999年、第6回日本ホラー小説大賞を受賞した「ぼっけえ、きょうてえ」。
 隠れているコレラ患者を密告させるべく設置した函がもたらす悲劇。「密告函」。
 酌婦から小島の漁師の嫁になったユミの物語。「あまぞわい」。
 貧乏な村の、貧乏すぎる兄と妹の物語。「寄って件の如し」。
 以前は別名義でジュニア小説を刊行。1999年に発表された本短編集で、第13回山本周五郎賞を受賞。

 今頃読むか的な一冊。表題作だけは、「ミステリ・エクスプレス」か何かに載っていたのを読んでいたので、あまり読む気が起きなかったというのが正直なところ。
 四短編を読んでみたが、ホラーや怪談を読んだという恐ろしさよりも、貧乏な人たちの悲哀さだけが浮き彫りとなり、それも作り物めいていてリアルさがあまり伝わってこない(ホラーだから当たり前のことかもしれないが)ので、退屈としか思えなかったというのが正直なところ。自分は感受性が低いのか?
 実際に当時の村々は貧乏だったのだろが、ことさらに強調されてもどうなのかな、と思ってしまう。ここまで陰の部分ばかりを表に出すやり方がそれほど好きになれないというか。結局は肌が合わないのだろう。
 まあ、こういう作品で退屈という感想しか出ないというのは、読む資格がない、と言われてしまえばそれまでなんだろう。別にいいけれど。




牧野修『スイート・リトル・ベイビー』(角川ホラー文庫)

 ボランティアで児童虐待の電話相談をしている秋生。彼女自身、かつて育児ノイローゼになりかけていたところを保健婦に救われたという過去があった。人はなぜ、幼い子供を虐待しなくてはならないのか――そんな疑問を抱く秋生のもとにかかってきた一本の電話。それをきっかけに、彼女は恐ろしい出来事へと巻き込まれていく――。(粗筋紹介より引用)
 1999年、第6回日本ホラー小説大賞長編賞佳作受賞。同年12月、文庫化。

 1992年に『王の眠る丘』で第1回ハイ!ノヴェル大賞(早川書房から出ていた少年向け雑誌。すぐに廃刊となっており、第2回はない)を受賞してデビューした作者の作品。なぜ応募したのかはわからないが、この作品でメジャーになったのは事実だと思う。
 内容としては児童虐待もの。ボランティアの女性が児童虐待の対応に携わるうちに不可解な事件に巻きこまれていく。この頃既に問題となっていたとはいえ、興味深い問題を読者にわかりやすく描く腕はさすがにプロの作家ならでは。現実の問題かと思われているうちに、徐々にホラー化していく手法は非常にわかりやすい。登場人物の内面も過不足なく描かれている。これはと思いながら結末まで来たのだが……。結末を読んでがっかりした。一言で言えば、落ちが弱い。
 最後にホラーとなるべく設定が、正直言って唐突すぎた。一応伏線は張っているものの、読み終わってみると、何、こいつと言いたくなるぐらい、説明が足りない。結局虐待というテーマは何だったの、というぐらいつまらない終わり方になっている。もっと物語と密接に絡みそうな岸田茂も、終わってみるとただの脇役でしかなく、これだったら出なくてもよかった。
 結局面白くなる場面をつなぎ合わせ、一つのストーリーに仕立て上げただけの作品だった。プロの小説家らしい技術は見えたが、それあけ。これで芯の通った作品に仕上がっていれば、佳作で終わるようなことはなかっただろう。




瀬川ことび『お葬式』(角川ホラー文庫)

 『チチキトク』というポケベルのメッセージを受け、慌てて病院へ駆けつけた高校生の竹村だったが、残念ながら父は病死した。カタログを抱えてやってきた葬儀社へ母は「うちには先祖伝来の弔いかたがございます」といって言って追い返した。家に帰ると、見たこともない多くの親戚が山ほどやって来た。母と娘は彼らのために肉料理を振る舞う。「お葬式」。
 獣医学系の学会とカルト人気を誇るロックバンドのコンサートが重なったため、平日なのにホテルエクセレントは大忙し。新米フロントマンの杉野は、エレベーターの中で老婆の幽霊を目撃。慌てる杉野へ、先輩の広瀬はホテルの怪談話を聞かせる。夜中の巡回中、杉野は階段に隠れていた追っかけの女の子を見つけた。「ホテルエクセレントの怪談」。
 一人暮らしの西田直人のアパートへやって来たのは、アルバイト仲間の田嶋だった。ただし、車にはねられて、顔の左半分がつぶれたゾンビの状態で。なんだかんだで直人は彼女を部屋の中へ入れるのだが。「十二月のゾンビ」。
 3年間付き合っていた麻美が別の男と付き合ったことを知り、かっとなった祐二は思わず首を絞めて殺してしまった。祐二は遠い山奥へ彼女を捨て、帰る途中の山道で事故を起こし、車がひっくり返ってしまった。なんとか外へ這い出た祐二は、歩いている途中で尼と出会い、山奥の寺に一晩泊まることとなった。「萩の寺」。
 東ヨーロッパの某国で、原子力発電所が火災を起こした。大学生の鳥山は新聞記事でそのことを知り、文芸部の部室で伊東亜依子にそのことを知らせると、彼女は「チャイナシンドロームですね」と叫ぶ。鳥山は、後から来た窪田と一緒に「チャイナシンドロームだー」とふざけながら叫んで周る。外では灰が降り続けていた。「心地よくざわめくところ」。
 1998年、第6回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した「お葬式」と、書き下ろし4編を収めた短編集。1999年12月、オリジナル文庫として刊行。

 ホラー小説は苦手なのだが、短編賞受賞ということでとりあえず手に取ってみる。読み終わった感想は、それほど怖くないけれど面白い。
 特に「お葬式」は、よくよく考えると怖い内容を、女子高生のライトな視線で描いているものだから、どことなくピントの外れたやり取りが笑いを醸し出す。もっともこれは、小説だから成り立つ世界かもしれない。映像にすると、そのギャップが激しくて納得できなくなる気がする。
「十二月のゾンビ」もお薦め。台詞だけ読むと、切ない恋物語のはずなのだが、実際の彼女は血だらけで目玉は垂れ下がっているゾンビ状態なのだから、そのギャップに笑い、どことなくほろりとしてしまう。
 初めて読んだけれど、ユーモアホラーとでもカテゴライズをすれば良いのだろうか。ユーモアタッチで描かれていても、最後にゾクゾクと来るのがホラーだと思うのだが、この人の短編集は、怖いはずの非日常な世界を、登場人物がライトで現実的な言動で最後まで突き進むものだから、ニヤッと笑って終わってしまう。もっともそれは「十二月のゾンビ」くらいまでで、「萩の寺」はちょっとした仕掛けがあるとはいえ古典日本怪談の焼き直しにすぎず、「心地よくざわめくところ」はもうちょっとわかりやすく書いてもよかったのではないだろうか。できることなら、ずっと最初の作品と同じユーモアタッチのテイストで書いてほしかった。
 それにしても手慣れた仕上がりだと思ったら、瀬川貴次名義で「聖霊狩り」シリーズなどのライトノベルを書いている人だった。どうりで巧いわけだ。




伊島りすと『ジュリエット』(角川書店)

 バブル期に建設されたものの開業されなかったゴルフ場跡地の管理人として、南の島にやってきた小泉健次と2人の子供。妻であり看護婦長だった美佐子は阪神大震災時の激務が元で亡くなっており、その暗い影が3人を常に覆っていた。思春期を迎えているるルカは登校拒否とリストカットの過去を持っていた。まだ幼い洋一は母の顔を知らない。3人は島へ来た日、タブーの儀式である「水字貝の魂抜け」を目撃してしまった。3人は跡地のクラブハウスで生活を始めたが、やがて彼らの周りで不思議なことが起こり始める。
 2001年、第8回日本ホラー小説大賞受賞作。

 日本ホラー小説大賞といえば第2回が瀬名秀明、第4回が貴志祐介、第6回が岩井志麻子と、ホラー小説のみならずその年のミステリ界を代表する作品、作家を輩出したことで調べる。そして2年おきの受賞という規則通りに出てきた第8回受賞作ということで期待値は高かったようだが、どうも評判は今ひとつだったようで……。
 死体が腐敗して土に帰るプロローグ、バブルの名残ともいえる無駄に大きい建物、そして心に傷を負っている登場人物。文章や描写はうまいと思うのだが、肝心の物語が今ひとつ。ころころ変わる3人の視点によって話の流れが掴み辛いし、さらにその一人一人の語り口がモノローグ風で、抽象的というか、霧の中にあるような不透明さがあるため、いったい何を言いたいのかさっぱりわからない。水字貝とかのエピソードもうまく生かされているとは思えないし、そもそもこのタイトルにする必然性があったかすら不明。選考委員がほめる理由がよくわからない。三人称にしたほうが、もっとすっきりしたと思うのだが。
 肩透かしを食った気分で読み終わった。あまりホラーという気もしなかったし。




桐生祐狩『夏の滴』(角川ホラー文庫)

 僕は藤山真介。徳田と河合、そして転校していった友達は、本が好きという共通項で寄り集まった仲だったのだ――。町おこしイベントの失敗がもとで転校を余儀なくされる同級生、横行するいじめ、クラス中が熱狂しだした「植物占い」、友人の行方不明……。混沌とする事態のなか、夏休みの親子キャンプで真介たちが目の当たりにした驚愕の事実とは!? 子どもたちの瑞々しい描写と抜群のストーリーテリングで全選考委員をうならせた第八回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作。 (粗筋紹介より引用)
 2001年、第8回日本ホラー小説大賞長編賞受賞。同年6月、単行本化。2003年9月、文庫化。

 主人公・真介は小学四年生で、舞台はテーマパークが失敗して多額の負債を抱え込んだ町。そしてクラスは、両足が不自由な車椅子の徳田芳照を支え合うというドキュメンタリー「とっきーと3組のなかまたち」が県のケーブルテレビで定期的に放映されている。その裏では、八重垣潤という少女がクラス中から虐められている。「目」がある時はいい子ぶって、裏では平気で残酷になれるのは子供ではよくあること(中高生でも、大人でも当然あるよな)。それぐらいは物語として許せるが、その他の考え方や行動が、とても小学生のものではない。徳田たちが行方不明の友達を追い求める方法なんてほとんど大人のもの。真介の考え方は子供とは思えないぐらい老成しているというか。所々で小学生らしい行動も出てくるから、違和感が半端ない。
 前半はそんな大人びた小学生たちが動き回るだけでホラーの要素は全然無く、読んでいて退屈だったが、後半を過ぎたあたりから物語は一気にヒートアップする。
 子供が行方不明になった真相、というかネタ(町の秘密)は昔からあるものだが、それを取り巻く大人たちが気持ち悪い。秘密を守る側も、秘密を暴こうとする側も。そしてエピローグの展開はひどい。ひどすぎる(褒め言葉)。よくぞここまで世界を堕としたものだと言いたくなるぐらいひどい。もっともこれはこれで結構面白かったが。
 主人公である真介たちも救いが全く無い。最も結末まで行っても、真介たちを可哀想と全く思えないのは、作者の筆がよかったのだろう。河合みゆきはちょっとだけ可哀想だったなあ(苦笑)。ただ結末の話が広がりすぎたため、彼らの話がぼけてしまった感があるのは否めない。いわゆる町の秘密と、教室でのいじめとその顛末については、どちらかに絞った方がすっきりしたのではないかと思う。普通の小学生が、友人の失踪を追うだけの展開にした方がわかりやすかった。そうすれば、後味ももう少し違ってきただろう。
 それにしても「子どもたちの瑞々しい描写」というのは皮肉か? 子どもって、残酷だよね。これも昔からあるテーマだけど。




吉永達彦『古川』(角川ホラー文庫)

 一九六〇年代初頭、大阪の下町を流れる「古川」。古川のほとりの長屋では、小学生の真理とその家族がつつましく暮らしていた。しかし、ある嵐の夜、真理の前に少女の幽霊が現れて――。ノスタルジックなイメージに満ちた、「癒し系」ホラー小説。第八回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2001年、「古川」で第8回日本ホラー小説大賞短編賞受賞。受賞作に「冥い沼」を収録して2001年6月にハードカバーで刊行。2003年9月、文庫化。

 「古川」「冥い沼」はどちらも1960年代の大阪の下町を舞台とした作品。思わず懐かしいと言いたくなるような風景が描写されていると、確かにノスタルジックなイメージに浸ってしまうのは事実。しかも小学生を主人公にした日常が描かれていることが、余計に郷愁を誘う。その点は認めるのだが、「癒し系」といわれてしまうと、どこを指しているのかよくわからない。
 どっちを選ぶかといわれたら、間違いなく「冥い沼」。「古川」は、小学生の真理と弟の真司とのやり取りのところは面白いのだが、三年前に死んだ真弓が出てくるところからの展開はあまりにも急すぎるというか、唐突というか。川から出てくるのなら、もう少し伏線がほしかったところ。「冥い沼」にはそれがあった。また「冥い沼」に出てくるやくざと父親のやり取りもよかったなあ。親子の関係もうまく書かれていたと思う。これを「癒し系」というのかどうかは疑問だが、下町らしい人情はよく描かれていたと思う。
 受賞作より併録の方が良いってどういうこと? まあ、作者がやりたいことはなんとなくわかった。この路線で進められるのだったら、続けてほしかったが。




遠藤徹『姉飼』(角川ホラー文庫)

 さぞ、いい声で鳴くんだろうねぇ、君の姉は──。
 蚊吸豚による、村の繁栄を祝う脂祭りの夜。小学生の僕は縁日で、からだを串刺しにされ、伸び放題の髪と爪を振り回しながら凶暴にうめき叫ぶ「姉」を見る。どうにかして、「姉」を手に入れたい……。僕は激しい執着にとりつかれてゆく。「選考委員への挑戦か!?」と、選考会で物議を醸した日本ホラー小説大賞受賞作「姉飼」をはじめ4編を収録した、カルトホラーの怪作短篇集!(粗筋紹介より引用)
 裕也に話しかけている女の子・亜矢乃の正体はキューブ・ガールズ。アダルトショップに売られている真四角のピンクの箱で、パソコンから自分好みの設定の情報をダウンロードすると、女の子になる。「キューブ・ガールズ」。
 公園のジャングル・ジムは、やってくる人たちに声を掛け、優しく包んでくれる。そのうち、夕方にやってくる女性に恋をしてしまった。「ジャングル・ジム」。
 瀬戸内の孤島にある果樹園を経営している吾郎は、自らの巨体の贅肉にオニモンスズメバチの卵を産み付けさせ、孵った幼虫に食わせる激痛に快感を得ていた。そんな彼が愛人に産ませた四人の子供も父親のように成長したが、虫が大量に増えた年、4人が次々に無残な肢体で発見される。「妹の島」。
 2003年、「姉飼」で第10回日本ホラー小説大賞受賞。2003年11月、4編を収録して角川書店より単行本化。2006年11月、文庫化。

 選考会で物議をかもしたという「姉飼」だが、読んでみるとここまで異様な作品も珍しい。蚊吸豚とか脂祭りなどという設定も異様だが、なんといってもおぞましいのは「姉」の設定。祭りの出店で、串刺しにされてぎゃあぎゃあ泣き喚いている売り物というのだから、いったいどんな設定なのかと聞きたくなる。私自身は見たくもないのだが、中毒性があるのもわからないではない。選評で高橋克彦が別次元から送られてきた作品といったのも納得できる。これは短編だから許された話だろうなあ。映像でも漫画でも見たくないよ、これは。文章から想像される姿を楽しむのが、この作品なんだろうと思う。
 「キューブ・ガールズ」と「ジャングル・ジム」はチープなアイディアのみの作品。とくに「キューブ・ガールズ」なんか、エロネタとして色々なところにありそうだ。
 「妹の島」は逆にもっと描写を濃くすることで、中編ぐらいに膨らますことができそう。色々ともったいない作品。

 粗筋紹介にもあるけれど、こういうのをカルトホラーっていうのかな。よくわからないけれど、確かにごく一部の熱狂的なファンを獲得しそうな作品ではあった。解説の大槻ケンジみたいに。




保科昌彦『相続人』(角川ホラー文庫)

 スポーツ紙の記者、牧野文哉は母校・東学大のアメフト部の試合取材中に美しい女性記者、北川沙織と出会い心惹かれる。しかし、その夜、東学大のアメフト部員が謎の事故死を遂げたのをきっかけに、主要なメンバーが次々と変死していく。なぜかその死の背後には、常に沙織の影がちらついているのだった。事件に興味を抱き、独自に調査を開始した牧野だったが……。人間の「罪と罰」を問う、ホラーミステリーの大作! 第10回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2003年、第10回日本ホラー小説大賞長編賞受賞。応募時のタイトルは『怨讐の相続人』。加筆修正のうえ、2003年11月、刊行。

 過去に殺された幽霊が、加害者に復讐するというのはよくある話。復讐者が対象本人ではなく、対象の子供を狙うというのもよくある話。そういうこともあってか、復讐する側、される側にちょっとした捻りを入れているのが、本書の特徴なのだろう。復讐される側にも色々と込み入った事情がある分、物語が複雑になっている。ただその捻りのせいで、犯人捜しに重点が置かれてしまったところがあるので、ホラーとしてはマイナスになっているだろう。
 また、復讐する側の規則性がないので、後味が悪い物になっている。加害者の子供を狙うというのはわかるが、子供がいないからといって教え子を狙うという発想がよくわからないし、しかもこの相手だけ4人狙うという理由も貧弱。復讐する側に法則なんか求めちゃいけないのだろうが、理不尽すぎるというか、いい加減すぎるというか。結局幽霊本人がやりたいようにやっているとしか見えないため、復讐する側への感情移入が全くできない。この手の作品としては大いなるマイナスだろう。幽霊側の能力がよくわからない点も、ご都合主義にしか見えなかった。
 選評でもあるように、物語を読ませる力は持っている。テンポもよいし、場面の切替も上手い。結局、小説力だけで長編賞を受賞している気がする。逆に言えば、面白い物語を作ることができれば、一気に人気作家になる可能性は秘めているわけだ。




朱川湊人『白い部屋で月の歌を』(角川ホラー文庫)

 ジュンは霊能力者シシィのもとで除霊のアシスタントをしている。仕事は霊魂を体内に受け入れること。彼にとっては霊たちが自分の内側の白い部屋に入ってくるように見えているのだ。ある日、殺傷沙汰のショックで生きながら霊魂が抜けてしまった少女・エリカを救うことに成功する。だが、白い部屋でエリカと語ったジュンはその面影に恋をしてしまったのだった……。斬新な設定を意外なラストまで導き、ヴィジョン豊かな美しい文体で読ませる新感覚ホラーの登場。第十回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2003年、「白い部屋で月の歌を」で第10回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。同年11月、「白い部屋で月の歌を」と「鉄柱(クロガネノミハシラ)」を収録し、角川ホラー文庫より刊行。
 作者は2002年に「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。2005年に『花まんま』で直木賞を受賞している。
 「白い部屋で月の歌を」は除霊を題材にしたホラー。ジュンの正体など読んでいるうちに予想はつくのだが、ジュンの一人称で描かれる切なさあふれる文体が作品世界にマッチしていて面白い。内容的にはホラーだが、どこかメルヘンチックなところもあり、独特の世界観が繰り広げられる。作者の美学がすでに組みあがっている、完成度の高い作品である。この回に「姉飼」がなかったら、大賞に選ばれていてもおかしくはないだろう。ただ、オチは少々弱かったか。
 しかし、本作品集なら同時収録の「鉄柱(クロガネノミハシラ)」の方を選ぶ。部長の女だった部下に手を出したことが会社にばれて左遷させられた雅彦は、妻の晶子とともに田舎の久々里町へ引っ越す。もちろん、左遷の理由は偽ってだ。晶子は子供が産めない体ということもあり人見知りで、過換気症を抱えていた。住民は、ここは世界一幸せに暮らせる町だという。事実、住民は皆親切だった。しかし、町の広場の端に一本の鉄柱が立っており、途中から90度に曲がっていた。
 人の幸せ、生きる意味という重いテーマを、作者ならではの文体と世界観で描いた作品。ある意味、このページ数でまとめたのはすごいと思う。ただ、自殺を肯定するような風習は間違っていると思いつつ、否定する言葉を持たせない舞台を書き上げる筆力は大したもの。色々と考えてしまうものがあった。
 後に直木賞を取る実力はすでに持っていたものと思われる。逆にホラーの色が濃くならないよう、大賞を取らなくて良かったのかもしれない。



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