日本推理作家協会賞受賞作全集第45巻
『傷ついた野獣』伴野朗



【初版】1998年11月15日
【定価】581円+税(当時)
【解説】中津文彦
【底本】『傷ついた野獣』(角川文庫)

【収録作品】
作 者
伴野朗(ともの・ろう)
 愛媛県生まれ。朝日新聞外報部に勤務していた昭和51年、『五十万年の死角』で第22回江戸川乱歩賞を受賞。新聞記者物のほか冒険小説や、『大航海』などの中国の歴史を背景にした作品が多数。
(作者紹介より引用)
作品名
『傷ついた野獣』
初 出
「傷ついた野獣」:『野性時代』1982年7月号
「少年の証言」:『問題小説』1982年1月号
「予定稿解除」:『野性時代』1981年10月号
「姿なき殺人鬼」:『小説推理』1981年12月号
「美談の裏側」:『小説宝石』1981年3月号
「場外ホームラン」:『小説推理』1982年9月号
単行本『傷ついた野獣』(角川書店):1983年1月刊行
粗 筋
 愛車の7ハンを駆って警察周りに向かった俺は、若い娘の自殺騒ぎに出くわす。一命を取り留めた彼女についての取材で、かすかな違和感を覚えた。どうやら五ヶ月前に起きた農薬毒殺未遂事件と関係がありそうなのだ。好奇心旺盛なはみ出し記者の活躍を生き生きと描く傑作推理!(粗筋紹介より引用)
 県議会の本会議で保守党の議員が議長に選ばれたという予定稿記事があった。持ち場違いの俺はカバーするために議会を取材していたが、締切時間が間近に迫ったため、支局長は議長選出前に予定稿を解除した。ところが仮議長として座っていた当の議員が誤って議会を散会させてしまったため、その日には議長は選ばれなかった。予定稿は完全な誤報となった。そんな俺のところに、あるネタが飛び込んできた。「予定稿解除」。
 俺が県警の秘書課に勤める泰江と逢瀬を愉しんでいたとき、交通事故の遺児のために使ってほしいという現金2万円が県警本部長宛に毎月送られ、封筒が着く頃に女性から電話がかかってくるという情報を得る。美談に仕立て上げた記事は新聞県版のトップを飾ったが、別の記者から女性の正体探しの挑戦を受けることとなった。「美談の裏側」。
 非番の日曜日、俺は繁華街の百貨店で女性が踊り場から階段を落下して死亡するところを目撃する羽目になった。さらに取材に行った酔っぱらい運転による男性死亡事故で気になることを聞いた。女性と男性は死ぬ直前、ともに胸を掻きむしる仕草をしていたのだ。さらに鳶の墜落事故にも気になることが。「姿なき殺人鬼」。
 窃盗事件で何も知らなかったという少年のインタビュー記事を俺は載せた。ところがその少年が逃亡したことで犯人と判明し、5ヶ月後に少年は逮捕された。俺が自分を犯人と疑わなかったから逃げ切れると思ったという少年の言葉を、そりの合わない検事は噂話で流した。間抜けな記者のレッテルを張られた俺だったが、釈然としないものを感じていた。「少年の証言」。
 5ヶ月前に起きた殺人未遂事件。農薬を混入させた羊羹を食べさせようとしたその事件は犯人が見付からないままだった。ウマの合う刑事である辺見から、1週間前にある娘が犯人であるという投書が来たと教えられた。しかしその娘は完全なシロであると判断されていた。その夜、久しぶりにデートした泰江から、自殺未遂を起こしたOLが高校時代の同級生であることを聞かされ、好奇心が湧いた俺は取材を開始した。「傷ついた野獣」。
 ピンチヒッターで高校野球の県大会を取材する羽目になった俺。球場で非番の刑事がスリを現行犯逮捕した日、優勝候補の高校が敗れるという大番狂わせが起きた。「場外ホームラン」。
感 想
 東北の日本海に面した県庁所在地にて、一流とは言えないブロック紙の支局で警察周りをやっている地方記者の「俺」が主人公。30をすぎても独身で、気ままな生活を送っている。
 タイトルだけを見ると大藪春彦のような冒険小説かと思わせるが、実際は地方都市を舞台とした新聞記者を主人公とした連作短編集。新聞記者であった作者が、駆け出し時代に秋田支局で過ごしていた経験をベースとしているとのこと。そのせいか、俺という主人公の造形や記者としての内面、更に記者としての活動などについては臨場感溢れた書き方となっている。
 事件そのものは、主人公が不審に思ったことや偶然出くわしたことから取材を続けるうちに解決するものが殆どであるが、記者ならではの勘や刑事たちとのやり取り、さらに特ダネに対する嗅覚などがリアルに書かれており、冒頭の出来事とは異なった意外な結末にも納得がいくし、記者ならではのフットワークの軽さやスピーディーな展開と面白さを提供してくれる。一つ一つを読むだけではそれほど印象に残らない作品群も、こうやって本の形でまとめられるとその面白さが倍増するから不思議だ。胸のすくようなという言葉がピッタリくる連作短編集である。
 この主人公は『野獣の罠』で再び登場する。
備 考
 第37回(1984年)短編および連作短編集部門。

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