呉勝浩『道徳の時間』(講談社)

 ビデオジャーナリストの伏見が住む鳴川市で、連続イタズラ事件が発生。現場には『生物の時間を始めます』『体育の時間を始めます』といったメッセージが置かれていた。そして、地元の名家出身の陶芸家が死亡する。そこにも、『道徳の時間を始めます。殺したのはだれ?』という落書きが。イタズラ事件と陶芸家の殺人が同一犯という疑いが深まる。同じ頃、休業していた伏見のもとに仕事の依頼がある。かつて鳴川市で起きた殺人事件のドキュメンタリー映画のカメラを任せたいという。13年前、小学校の講堂で行われた教育界の重鎮・正木の講演の最中、教え子だった青年が客席から立ち上がり、小学生を含む300人の前で正木を刺殺。動機も背景も完全に黙秘したまま裁判で無期懲役となった。青年は判決に至る過程で一言、『これは道徳の問題なのです』とだけ語っていた。証言者の撮影を続けるうちに、過去と現在の事件との奇妙なリンクに絡め取られていく――。(帯より引用)
 2015年、第61回江戸川乱歩賞受賞。応募時名義檎克比朗。加筆修正のうえ、2015年8月刊行。

 作者は昨年に続いて最終候補に残り、見事受賞。昨年の『闇に香る嘘』がとてもよかった(文春だけでなくこのミスでもランクインするとは思わなかったが)ので、今年も少しは期待したのだが、読み終わってみたら首をひねる結果となった。
 前半は面白い。帯で辻村深月が言っているように、「謎の立て方が際立って見事だった」。鳴川市で起きた連続イタズラ事件に陶芸家の死亡事件がリンクするのみならず、13年前に起きた殺人事件でも黙秘していた犯人が唯一語った言葉が「道徳の問題」。これで一気に興味を惹かれた。しかも伏見祐大にカメラマンを依頼してきたドキュメンタリー映画の監督である越智冬菜が28歳の女性で、映画を撮る動機が不明。現実の事件では、自分の息子である友希が関わっている可能性が出てきて伏見が疑心暗鬼になるし、過去の事件では、犯人である向晴人の周辺人物へのインタビューを続けるうえで不審な点が浮かび上がってくる。自殺と思われていた陶芸家の死亡に他殺の可能性は出てくるし、そもそも「○○の時間を始めます」が意味するところは……。これだけ面白い謎を提示してくれ、しかもその見せ方が非常にうまい。描写が大げさだし、読んでいて誰が喋っているんだろうと思うところもあったが、その程度には目をつぶってもいいと思うぐらいの謎だった。これはどんな傑作になるだろうかと期待していたのだが、読み終わって完全に裏切られる。
 読了して、ここまで裏切られた思いをしたのは久しぶり。何、そのつまらない終わり方、と言いたい。作者、これ書いてて楽しかったのかと問い詰めたい。
 詳細に書くと完全なネタバレになってしまうのでぼかして書くが、謎の答えがじつにつまらない。帯にある「過去の現在の事件との奇妙なリンク」については絶叫したくなった(池井戸潤の選評を読むとわかる)。越智冬菜の正体自体は最初からバレバレだったが、もう少し描きようがなかったのかね。陶芸家の青柳南房についても、もう少し背景を書くとかできなかったものだろうか。そして一番言いたいことなのだが、13年前の殺人事件の動機については、あまりにもアホらしい。リアリティ以前の問題。出版社の人、これを読んで怒らないのかね。
 選評を読むと、有栖川有栖、石田衣良、辻村深月が本作を推し、今野敏が別作品を、池井戸潤が受賞作なしとの結論だった。長時間の討議が行われ、文章や設定の不備に修正を施したうえで多数決で受賞となったらしい。池井戸は最後まで反対に回っている。「完成原稿の応募とはいえ、細かな部分を修正することについての異論はない。だが、この小説に求められる加筆修正は犯行動機を形成する根本に関わり、広範に及ぶ。私には、この小説がどのような完成形を見るのか、正直なところわからない。それなのに、なぜ受賞作として推すことができようか」と不満を述べている。今野も「広げた風呂敷のたたみ方がもう少しうまかったら、私の評価も高かったと思う」と書いている。仰る通り。元々どのような形だったのか非常に気にはなるが、今より悪いものだったのだろう。加筆修正したうえでこれでは、とがっくりきた。
 とはいえ、出版された物については仕方がない。これだけの選評がついてしまうと、売れるのは厳しいかもしれないが、せめて次作では受賞させてよかったと思われる作品を書いてほしいものだ。まあ、『天女の末裔』や『風のターンロード』、『浅草エノケン一座の嵐』『マッチメイク』に比べれば、まだまだまともだった。
 最後に、作者も編集者も常識を知らないなあ、と思ったこと。作品にそれほどつながる部分ではないから選評では見逃したのかもしれないが、警察小説を書いている今野敏ならこれぐらい指摘してほしかった。向晴人の事件だが、9月9日に事件が起きて、年が明けた頃に無期懲役判決。かなり短いが、これ自体はまだ可能性はある(とはいえ、滅多にない)。しかし裁判で鑑定が行われたのであれば、これは短すぎる。精神鑑定ならそれだけで最低3か月は必要。この程度は事前に調べてほしいところだ。さらに言えば、無期懲役判決が出て、13年で仮釈放されることは有り得ない。事件が起きた2001年時点でさえ、平均所在期間は22年8か月。作品時間である2014年なら、31年4か月だ。普通に有期懲役でよかったじゃないか。1殺で前科なしなら、普通は有期懲役だ。文庫化されるときは、これぐらいは直してほしい。そして作者に言いたいのだが、無期懲役の仮釈放は、「罰を終えた」わけではない。これは根本的な間違いだ。




佐藤究『QJKJQ』(講談社)

 西東京市に住む私の名前は市野亜李亜、高校生。友達は誰もいない。街角にあふれる監視カメラとスマホが大嫌い。アメリカのバンド、マリリン・マンソンが好き。本物の鹿の角を自分で削って作ったペーパーナイフ「鹿角(スタッグ)ナイフ」を持ち歩いている。今日もナンパをしてきた男とドライブで林へ行き、キスの隙を狙ってスタッグナイフで相手を殺す。
 母親、紀夕花(きゆか)はフィットネスジムでのウェイトトレーニングで20代のスタイルを保つ42歳。三角形のものが好き。街へ出て若い男を誘い、三階の専用の部屋で男をシャフトで殴って殺害する。ラクダのこぶに興奮するので、死にかける前に色々なところをシャフトで叩き、こぶを作って遊ぶ。
 兄、浄武(じょうぶ)は二階の部屋に引きこもる21歳。亜李亜は11歳になるまでその存在すら知らなかった。180cm近い長身で、妹ですら見惚れる横顔。革製品が好きで、黒い革ジャンを着、ベルトを首に巻きつけている。インターネットで女の子を家まで呼び寄せ、三階の専用部屋でマウスピースを付けて女の喉を噛み千切る。胸につるはしを突き立て、シャベルを突っ込み、心臓を取り出して、床の上の天秤に載せる。
 父、桐清(きりきよ)は住宅販売員の52歳。亜李亜は小さいころ、父とよく遊んでいた。趣味は無く、テレビもネットも見ないが、毎週木曜に届く「日本住宅売買新報」だけは必ず目を通す。父は外で殺すので、亜李亜は10数年前の一度しか父が手にかけたところを見たことが無い。その死体は、地下の物置に転がっている。
 その日、父は早く家に帰ってきていた。学校から帰ってきた亜李亜は部屋に戻ると、いつも締め切られている兄の部屋が細く開いていて、中から血が流れていることに気付く。部屋を除くと、パン切り包丁で滅多裂きにされた兄の死体があった。亜李亜は一階に戻り、父を呼んで兄の部屋に行ったが、兄の死体は無かった。しかも廊下にこぼれていた地もきれいにふき取られていた。父は落ち着いたまま。母は部屋にいた。どの部屋にも兄の死体はない。ルミノール反応にも引っかからない。次の日の夜、学校から帰ってくると、母が消えていた。しかし、父は落ち着いている。そして父は言う、何も知らないと。そして「おまえならいずれみんなわかるだろう」と告げた。
 2016年、第62回江戸川乱歩賞受賞作。応募時名義犬胤究。加筆修正のうえ、2016年8月、刊行。

 作者、佐藤(きわむ)は1977年生まれ。2004年、佐藤憲胤(のりかず)名義の『サージウスの死神』で第47回群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。本作は乱歩賞二度目の応募となる。
 家族全員がシリアルキラーという現実的ではない、異様な設定。兄が殺害され、死体が消え、母が失踪。これはもしかしてとんでもない家族内の、不可能殺人ものかと思って期待したのだが、いつしか主人公の自分探しに変わり、どんどん意外な方向に流されていく。これを面白く感じるかどうかで、本作の評価は大きく変わるだろう。そして私の感想は、ダメ。作者に都合のよい設定が後から出て、説明不足の登場人物が都合よく出てきて、話が転がっていくというのがどうも好きになれない。主人公が「理解」する展開が説得力に乏しく、説明が不足している。衒学的な内容や犯罪論などをつぎ込み、作者なりの世界観が作られているが、大きく広がったはずの風呂敷があまりにも小さかったという結末は非常に残念である。
 文章は巧い。読者を引きずり込むだけの力がある。また、伏線の張り方も巧い。何気なく飛ばしていたところにヒントが隠されていたところには、感心した。登場人物もよく描けている。タイトルはどう読めばよいのか今でもわからないが、小説にあっている。結局この小説の評価は、この作者の世界観が受け入れられるかどうかにかかっていそうだ。私は説明不足、描写不足に写ったが、好きな人は好きだろう。
 選評では、有栖川有栖が「平成の『ドグラ・マグラ』だ」と絶賛。同様に今野敏も絶賛している。湊かなえは一番高い評価をしているものの、作品自体はあまり好きでないと言っている。辻村深月は選考結果に納得しているものの、「新しい」ものではないと、評価は低い。池井戸潤は「謎解きは肩透かし」「これが周到に準備された小説といえるか」と評価は低い。強く推した二人とは、有栖川と今野のようだ。賛否両論が多いのは、売れる可能性があるということでもあるのだが、残念ながら「平成の『ドグラ・マグラ』」という評価は持ち上げすぎ。まあ、今までの乱歩賞にはない作品であることに間違いはない。これで説明が十分になされていればと思うと、残念でならない。




斉藤詠一『到達不能極』(講談社)

 二〇一八年、遊覧飛行中のチャーター機が突如システムダウンを起こし、南極へ不時着してしまう。ツアーコンダクターの望月拓海と乗客のランディ・ベイカーは物資を求め、今は使用されていない「到達不能極」基地を目指す。
 一九四五年、ペナン島の日本海軍基地。訓練生の星野信之は、ドイツから来た博士とその娘・ロッテを、南極にあるナチスの秘密基地へと送り届ける任務を言い渡される。
 現在と過去、二つの物語が交錯するとき、極寒の地に隠された"災厄"と"秘密"が目を覚ます!(帯より引用)
 2018年、第64回江戸川乱歩賞受賞作。応募時名斎藤詠月。加筆修正のうえ、2018年9月、刊行。

 昨年は受賞作が無かった分、今年への期待値は結構高まっていたのだが、読み終わってみるとややがっかりか。「到達不能極」は実際にある言葉だが、本作で初めて知った。
 現代パートでは南極で不時着するのだが、極限の寒さの描写が特に優れている。本当に身が震えるような寒さが伝わってくる。徐々に謎が明らかになっていく展開も巧いし、人物描写も過不足なくまとまっている。場面や視点の切り替えも違和感がない。過去パートでは、帝国海軍に所属する18歳の星野信之を含む台場大尉他が操縦する一式陸攻にて、実際はユダヤ人であるドイツの科学者、ハインツ・エーデルシュタイン博士と娘のロッテをペナンから南極の秘密基地へ送り届ける。ヒトラーのとある野望を達成するために、博士の研究成果が必要だった。飛行機の知識は分からないが、描写は臨場感があふれている。終戦間近にしてはずいぶんとフランクな雰囲気が流れているような気もするが、それは海軍ならではなのだろう。それほど違和感はなかった。戦場下における星野とロッテのロマンス、そしてそれを見守る上司たちの描写は心が温まる。
 小説のテンポもいいし、人物描写もいい。過去と現代が切り替わりながら、どちらも徐々にピンチとなり、二つの時代が重なり合う時、人類の危機が迫る。読んでいてワクワクした。
 しかしだ。肝心のアイディアがあまりにも古い。昭和ならともかく、平成のこの時代でこのアイディアは通用しないだろう。さらにいえば、二つの時代が重なった後の展開が、B級アニメより安っぽく、ドタバタしているのが残念。修正してこれなのだから、応募の時点ではもっとひどかったのだろうか。本当、最後で台無しである。
 もっといいアイディアを考え出してほしかった。勿体ない。この一言に尽きる。これだけの筆力がありながら、なぜこんな仕上がりになってしまったのか。作者はSFにあまり詳しくないのだろうか。
 乱歩賞でこのような作品が受賞するとは思わなかった。少なくとも、ミステリではないよね。



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