桐野夏生『グロテスク』上下(文春文庫)




 名門Q女子高に渦巻く女子高生たちの悪意と欺瞞。「ここは嫌らしいほどの階級社会なのよ」。悪魔的な美貌を持つニンフォマニアのユリコ、競争心をむき出しにし、孤立する途中入学組の和恵。ユリコの姉である"わたし"は二人を激しく憎み、陥れようとする。圧倒的な筆致で現代女性の生を描ききった、桐野文学の金字塔。(上巻粗筋より引用)
 就職先の一流企業でも挫折感を味わった和恵は、夜の女として渋谷の街角に立つようになる。そこでひたすらに男を求め続けて娼婦に身を落としたユリコと再会する。「今に怪物を愛でる男が現れる。きっと、そいつはあたしたちを殺すわよ」。"怪物"へと変貌し、輝きを放ちながら破滅へと突き進む、女たちの魂の軌跡。(下巻粗筋より引用)
 『週刊文春』2001年2月1日号〜2002年9月12日号連載。2003年6月、文藝春秋より単行本刊行。同年、第31回泉鏡花文学賞受賞。2006年9月、文庫化。

 登場人物が東電OL殺人事件の被害者をモチーフにしているということで読んでみた作品。実際の事件は東電のエリート社員だが、本作品の佐藤和恵は家族主義で有名な業界最大手の建設会社に入社し、総合研究所調査室の副室長に昇進している。仕事は真面目だったが、夜の付き合いなどは一切なく、社内では浮いた存在だった。拒食症で入院後、退社後にクラブホステスのアルバイトを始め、3年後にはホテトル嬢、その4年後には渋谷界隈で売春をするようになった。就職するまでの生い立ちについては当然別だろうが、就職後については会社こそ違うものの、かなりの部分まで被害者に似せようとしている。とはいえ、作者はモチーフを借りただけであり、東電OL殺人事件の被害者の心情に迫ろうとしたというわけではないだろう。
 主要登場人物となる「グロテスク」な女は4人。ポーランド系スイス人の父と日本人の母親を持つ"わたし"、美貌の妹ユリコ(平田百合子)、"わたし"の高校時代の同級生である佐藤和恵、同じく同級生で頭脳明晰であったミツルである。それぞれの手記、手紙、日記などで構成されており、そのいずれもが自己中心的で、悪意や陰口、文句が並びたてられていることから、読んでいて気持ち悪い。ユリコは教師の息子と組んで売春を続けて航行退学となり、その後は売れっ子ホステスとなるも年を取って落ちぶれて街角に立つようになっている。ミツルはカルト教団の幹部になり、教団が事件を起こして自分も実刑判決を受けて出所したばかりである。おっと、もう一人の登場人物を忘れていた。ユリコと和恵を殺害したとして裁判にかけられている張万力である。張は中国福建省からの不法入国者であり、身上書に架かれた不法入国するまでの過去も凄まじい(中国人からしたらありふれているのかもしれないが)。張はユリコ殺しこそ認めているが、和恵殺しは否定している。
 いやはや、どれもこれも「グロテスク」としか言いようがない。よくぞまあここまで悪意を書けるものだ。しかしもっとも「グロテスク」なのは"わたし"である。大学卒業後は翻訳家を目指すも全く売れず、40歳の今は市役所のアルバイトで生活している。男性と付き合ったことは無く、結婚も当然していない。この名前すら出てこない主人公が、劣等感と悪意の塊としか言いようがない。和恵もユリコもミツルも、彼女に触れたから悪意がうつったのではないかと思うぐらいだ。
 結局悪意が渦巻くまま物語は唐突に終わる。そこに救いは全くなく、区切りすらない。悪意がばらまかれて終わるだけの小説である。その悪意に圧倒的なパワーがあるから困ったものだ。気色悪いのに魅せられてしまう。

【参考資料】
 桐野夏生『グロテスク』上下(文春文庫)


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