高木彬光『神曲地獄篇』(角川文庫)




 見さかいなく奪い、人を殺す革命とはいったい何なのか。推理界の巨匠がいどんだ迫真のノンフィクション・ノベル!
 昭和46年11月25日――彼らはまさに地獄を創りはじめた。警察の厳しい追及を逃れた連合赤軍が榛名山中に設けた最後の基地"榛名ベース"がそれだ。狂気に支配されたリーダー永田洋子は、「殺せ、敵を殺せ!」と血を求めてやまぬ一匹の悪鬼と化し、同志をまで虐殺していった。
 そして、彼らは日本中を恐怖の坩堝に叩込んだ、あの"あさま山荘の銃撃戦"へと、破滅の道を一気に駈けおりていった……。(粗筋紹介より引用)
 第一回分は昭和47年9月の『推理』増刊号に、第二回分は同年12月の同じ増刊号に発表された。第三回以降は『小説推理』昭和48年1~4月号に掲載。完結後、当時刊行中だった「高木彬光長編推理小説全集」(光文社)第12巻に収録。同年9月、独立した単行本(カッパ・ノベルス)としても出版された。

 戦後犯罪史でも最もおぞましい事件の一つ、連合赤軍事件を取り扱ったノンフィクションである。内容としては連合赤軍結成以前に2人を殺害した印旛沼事件から12名を殺害した山岳ベース事件、そしてあさま山荘事件、最後に森恒夫の自殺までの流れを追っている。もっとも、このノベルが中心として取り上げているのは永田洋子であり、あさま山荘事件については流れを書いているのみである。
 本書における永田洋子は、まさに血に飢えた悪鬼のように書かれている。それは次の歌からも明らかだろう。

   「ホッテントットかピグミーか
    鬼神のお松か 鬼婆か
    永田洋子はそれ以上
    殺せ 殺せ……」

 ちなみにこの歌には原型があった。

   「ジャンヌダークか オアシンか
    巴御前か 板額か
    永田洋子はそれ以上
    つづけ つづけ……」

 連合赤軍関係者の本を読んでも、この歌については何も触れられていないので、本当にあったかどうかは疑問である。

 事件そのものについては触れたくもないほどおぞましいものである。その事件を引き起こしたのは、ほぼ永田の主張によるものというのが本書の書き方である。特に女性メンバーの殺害については、控訴審判決における「女性特有の執拗さ、底意地の悪さ、冷酷な加虐趣味」によるものという描き方である(もちろん、本書は裁判が始まる前に書かれている)。総括最後の犠牲者である山田孝が本書でこう語っている。
「悪魔だよ……人の血を、死ぬのを見ては、随喜の涙を流している女悪魔だよ……彼女に見込まれた男は運のつきなのだ……」
「彼女がこういう運動に加わったのも、本心は革命社会の実現というような理想のためじゃないだろう。ただ、自分でもどうにもおさえきれない破壊本能、血を見たくてしょうが吸血本能、それを満足させるため、あえて美名の看板をふりかざしていたんじゃないのかと、おれは、いまごろになって悟ったよ」
 特に妊娠していた女性メンバーへの総括の下り、さらに腹から赤子だけを取り出そうと元医大生のメンバーに相談する下りは恐ろしい。本当に「鬼」である。

 作者の高木彬光は「(前略)私はいま手に入るだけの確実な資料によって、この事件を「再現」してみた。もちろんこの作品が百パーセントの「真相」だとは私も言いきれない。しかし、おそらく九十パーセントまで、そのかくされた「真相」に肉薄できたものだろうと、私は自信をもって断言できるのである」と著者の言葉で語っている。
 本書は裁判前に書かれたものであり、その後の裁判や連合赤軍関係者による著書などで、本事件の詳細についても明らかになってきた。もちろん、この作品とは異なる部分もある。永田、坂口弘、坂東国夫は、事件の主導者が森恒夫であると訴えている。ただこの作品が、連合赤軍事件の恐ろしさを最もよく伝えているのではないかと私は思う。もちろん、小説家ならではの誇張した部分も多いであろうが。そして永田洋子という女姓の内面に迫ろうとした作品であることも。
 それにしても、永田がこの本に対して訴えを起こさなかったのは不思議である。


【参考資料】
 高木彬光『神曲地獄篇』(角川文庫)


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