笹沢左保『求婚の密室』(光文社文庫)

 『有栖川有栖の密室大図鑑』に紹介されていた作品。笹沢左保はもともと「新本格派」と呼ばれたほどのトリックメーカー。この作品の密室は、トーチカのような地下貯蔵庫。鉄扉には内側から南京錠、一つしかない鍵は室内の排水用の土管の底。採光用の天窓は3m80cmの高さ。死因は砒素による毒殺。殺された老夫婦の近くには、毒入りのミネラルウォーターのペットボトル(小説では合成樹脂の瓶)が二本。そしてWSというダイイングメッセージ。これだけの舞台を設定されて読まないわけにはいかない。そして現代の騎士物語という有栖川有栖の表現もお見事。密室を解いた方が娘を嫁にもらうという、一歩間違うと女性蔑視の物語だが、書き方が上手いので読む方は納得してしまう。すいすい読んで、そして結末の鮮やかさにあっと叫ぶだろう。笹沢左保には、まだまだ面白い作品が隠れていることを再認識した作品。とはいえ、ダイイングメッセージはちょっとお粗末ですが。




『有栖川有栖の密室大図鑑』(現代書林)

 古今東西の密室40編について、有栖川有栖が解説を、磯田和一がイラストをそれぞれ詳細に紹介。
 この本、有栖川有栖の解説がいい。読書心をくすぐるのが本当に上手いのだ。「この本を読みたい」と思わせる解説は北村薫と有栖川有栖ぐらいだろう。プロの書評家はもっと考えてほしいね。セレクトも誰でも知っている作品から埋もれた傑作まで長短編問わず幅広く取り上げており、初心者からマニアまで楽しむことができる。そしてイラストである。これが何とも味わい深い。イラストで見る密室は、小説で想像する密室とまた別の面白さがある。
 ミステリ紹介本って、やっぱりこういう風にわかりやすい文章で、なおかつ「これは絶対読んでほしい」という情熱に溢れているものがいい。面白いということに、小難しい理屈はいらない。




松村善雄『ふたりの乱歩』(コスモノベルス)

 演壇の上に黄金仮面が立っていた。「さすが、名探偵北見小五郎だな。俺は少々、お前を舐めていたかもしれない。」間髪を入れずに、黄金仮面をとった。「これがおれの素顔だ。」小林少年は我が眼を疑った。その顔は江戸川乱歩…。(粗筋紹介より引用)

 虚構と現実が入り交じった、不思議な感覚の作品。ただ、実際の乱歩について書かれている部分はおもしろいのだが、フィクションの部分はどうも今ひとつ。趣向に負けてしまった作品である。




三好徹『パピヨンの身代金』(カッパノベルス)

 野瀬大蔵大臣の夫人・玲子の愛犬ルイが何者かに誘拐され、一千万円を用意せよという脅迫状が届く。秘書の青井は、極秘に渋谷警察署に届け、本庁も動き出す。やがて犯人からは、九百九十九万円をアメリカン・コマシャル・バンクに振り込めとの奇妙な指示。続いて、残りの一万円分として日銀の第一号券AA000001Aを要求してきた。困惑する玲子。やがて、野瀬の派閥事務所に勤める桑原カオルが死体で発見。傍にはSMプレイ用の器具が。しかも室内から驚くべきものが発見され、事件は過去の重い歴史を引きずる意外な新局面へ!著者十五年ぶりの"身代金シリーズ"書下ろし傑作。(粗筋紹介より引用)

 びっくりである。15年ぶりに「身代金」シリーズが出たのである。『パピヨンの身代金』がカッパノベルズから出版された。ところが、裏の作者の言葉を読んでがっくりきた。ポリティカル・フィクション……犯罪小説ではない。過去のシリーズの主人公、泉も出てこない。
 今回の対象は、有力政治家の妻が飼っているプードル。要求金額は1000万円。しかし、999万円と1万円を分けての要求。一応、不可能趣味は残っている。ただ、「身代金」シリーズと比較すると、あまりにも落ちる。ましてやその後、殺人事件さえ起きてしまう。
 これが「身代金」シリーズでなかったら、珍しい誘拐物+政治小説として、全体、特に後半の荒れ方は、慌てて書いたという印象が強いものの、それなりに評価できたかも知れない。ただ、これを「身代金」シリーズとして出されると、ガクッと評価が落ちてしまう。血を一切流すことのない、知恵を競う犯罪小説として、ミステリ史に確固たる地位を築いたシリーズと相反する舞台設定を設けた理由が分からない。生島治郎が『総統奪取』で紅真吾シリーズの地位を落としてしまった(って、これは受け売り)ように、「身代金」シリーズの地位を落としてしまうようなことを、三好徹はやってしまったのである。残念なことである。カッパノベルス40周年に合わせ、かつての人気シリーズの復活を編集者に頼まれ、書いてしまったような気がするのは私だけだろうか。実に勿体ないことをしてしまったものだ。これをただの政治推理小説として書けば、ベテランの至芸と言われる作品になったかも知れないものを。残念である。




三好徹『オリンピックの身代金』(光文社文庫)

「三十億円を用意せよ、すべて千円礼で!さもなくばオリンピックの衛星中継を妨害する!!」万一、放送が中断すれば、視聴者の苦情が殺到、局は大混乱になる…。日本最大の放送局に奇妙な脅迫状が届けられ、早くも電波が乱れた。犯人の妨害工作と報道局長との手に汗握る駆け引きの数々。犯罪小説の傑作"身代金シリーズ"。(粗筋紹介より引用)

 前作『モナ・リザの身代金』から1年経った1984年。再び泉は動き出す。ロサンゼルスのオリンピック大会が標的である。
 日本最大の放送局NBCの社長宛に脅迫状が届いた。報道のあり方、番組制作上の公私混同、経営の姿勢などにつき、改善を勧告したにもかかわらず、いっこうにその様子が見られない。そのペナルティとして30億円を要求する。すべて千円札で揃えること。要求が認められないときは、オリンピックの衛星中継を妨害する、と。

 『オリンピックの身代金』というタイトルにふさわしく、舞台は世界に移る。しかし、スケールがでかすぎるわりに、なんとなく印象が薄い。オリンピック衛星中継という対象がわかりにくかったことが原因に挙げられるのではないか。ただ、この作品は「身代金」シリーズの完結作にふさわしい設定が隠されている。この作品を読むと、三好徹は最初からこの三部作を頭に入れて、『コンピュータの身代金』を書き出したのではないかと思えるほどだ。その意味で、『オリンピックの身代金』は完結作として読み応えのある作品に仕上がっている。

 このシリーズには大きな特徴がある。身代金の対象が人間ではないことだ。この点を考えついた時点で、このシリーズはまず大きなポイントを稼いだ。誘拐対象を物にすることで、血を流すという可能性が全くなくなった。そのため、人間誘拐ものと比べ、陰惨な印象を全く排除することが出来たからだ。いくら知恵の対決を中心に据えた犯罪小説とはいえ、血を流す可能性があるとなったら、その点でどうしても作品に暗い影を落とすことになる。この「身代金」シリーズに暗い影はない。読者は極めてライトに、そして純粋に知恵の勝負を楽しむことが出来る。
 そして忘れてはならない泉の存在である。経歴不詳、外国帰り。正体不明なれど魅力ある男。そして不可能を可能にする男。それが泉である。泉の魅力溢れる姿が、廻りの人間を取り込むように、読者も泉に惹かれていく。そしてこのシリーズを、より面白くしているのである。
 この三部作は、犯罪小説の歴史を考える上で忘れてはならない作品である。読了後、読者は気持ちの良い爽快感を味わうことが出来るだろう。




三好徹『モナ・リザの身代金』(光文社文庫)

 『コンピュータの身代金』から2年後の1983年。『モナ・リザの身代金』で泉は帰ってくる。タイトル通り、次の標的は「モナ・リザ」。
 世論調査で最低の支持率が続く春田首相が、支持率回復を目論み、政界の最大実力者黒沼派の黒沼代議士、悪名高い政商小野田貫次の力を借り、「モナ・リザ展」を開くことになった。泉の狙いは、その「モナ・リザ」であった。東京での展覧会は大成功、次は京都の展覧会だった。厳重な警備の中、東名高速道路を通り、運ばれるはずであった。しかし、その路上で「モナ・リザ」が強奪された。そして首相の下に20億円の身代金が要求された。世間に公表できるわけがないが、20億円の金なども用意できるはずもない。しかし、政商小野田は身代金を立て替えると申し入れを行った。いったい、その真意は何か。

 前作『コンピュータの身代金』が泉vs銀行・警察・ガードマンという頭脳対決といった図式であったが、今回は泉vs政府・警察である。犯罪小説として、より痛快な展開になるはずである。しかし、残念ながらそうはならない。なぜか。はっきり言えば、いとも簡単に「モナ・リザ」を盗んでしまったからだ。もちろん、色々と知恵を絞っているのだが、残念ながら小説上に表れてこない。「三億円犯人」のように、シンプルかつ大胆な行為による犯罪といえるのである。この作品単独であるならば、それはそれで面白かったのかも知れないが、残念ながら前作が傑作すぎた。
 この作品のもう一つの欠点は、やはり政治劇を前面に出しすぎたことだろう。泉の犯罪の爽快さが、政治劇によってかなり薄められてしまい、焦点をぼやけさせてしまった感がある。犯罪小説に政治劇は似合わない気がすると思うのは私だけだろうか。
 とはいえ、これらの欠点が目立つように見えるのは、先にも書いたとおり、前作が傑作すぎたことにある。犯罪小説として十分鑑賞に堪えうる傑作であることには違いない。




三好徹『コンピュータの身代金』(カッパノベルス)

 三好徹の身代金シリーズは、犯罪小説というジャンルの中で一際光り輝く作品群だと、私は思っている。『コンピュータの身代金』を読んだときの衝撃は、忘れられない。普段黒岩重吾や梶山季之、西村寿行、門田泰明といった作品を買うことの多い父が、この本を新刊で買っており、その数年後に私が何気なく本棚から引き抜いて読んでみて、こんな面白い本があったのかと驚いたことを覚えている。
 身代金シリーズは全三作。いずれも、経歴不詳の天才犯罪者、泉が主人公となっている。

 『コンピュータの身代金』は1981年、カッパノベルズより刊行された。
 この作品での標的は、都市銀行の心臓部・コンピュータ。二人の犯人が東西銀行の電算機室を占領した。犯人の要求金額は10億円。さもなければコンピュータを爆破する。コンピュータ本体、インプットされているデータ、そしてオンラインシステムを使えない事による信用失墜。様々な損失を合わせてみると、最低でも500億円の損失になってしまう。コンピュータを破壊させるわけにはいかない。電算機室に侵入したのは二人だが、外に仲間がいったい何人いるのかは分からない。しかも二人は、東西銀行の勢力争いのこともよく知っていた。警察に知らせることの出来ない銀行側も、ガードマンを雇い、対抗策を考えていたが、結局何も出来ないだけだった。しかし、10億円は150kgもの重さになる。それをどうやって運ぶのか。しかも電算機室は、銀行やガードマンの面々に囲まれている。どうやって脱出するつもりなのか。

 二人のうちの一人が泉である。全ての計画を掌握しているのは泉だけ。他の面々は、いったい何人共犯者がいるのかもわからない。全ては泉の頭の中にある。我々もある程度、泉の犯行計画を知ることは出来るが、全体を知っているわけではない。この小説は犯罪小説というだけではなく、本格推理小説でもあるわけだ。いったいどうやって脱出するのか、そしてどうやって10億円を持ち出すのか。読者と泉との知恵比べでもある。
 1981年、社会がコンピュータ化されていった時代である。と同時に、犯罪がハイテク化されていった時代でもある。生活が多様化する時代、犯罪も多様化する。推理作家も、そのような多様化に追いつき、追い越していかなければならない。社会と犯罪、そして推理作家のいたちごっこは今後も続く。元新聞記者の三好徹が持つ取材能力、そして時代を斬る目があるからこそ、社会と犯罪に追いつくことが出来るのだ。




山村正夫編『殺人ゲームに挑戦』(ソノラマ文庫)

 都築道夫、江戸川乱歩、大谷羊太郎、斉藤栄、山村正夫、草野唯雄、辻真先、楠田匡介、加納一朗、氷川ろう(王へんに龍)、藤村正太の中高生向けの短編11編を収録。主人公も少年が中心、謎の設定も書き方も中高生向け。幻の「奇妙なアルバイト」(江戸川乱歩)を読みました。一応小林少年が出てきますが、やはりこれは代作でしょう。もしかしたら、乱歩の死後に書かれたんじゃないか?
 乱歩に限らず、収録作品の半分は作者紹介だけで終わっている。どこに発表したのか作家自身が忘れたのかも知れないが、やはり不親切であると言わずにいられない。




霧舎巧『カレイドスコープ島−≪あかずの扉≫研究会 竹取島へ』(講談社ノベルス)

 八丈島沖に密やかに寄り添い浮かぶ月島と竹取島。昏く謎めいた因習に呪縛されたこの島を《あかずの扉》研究会メンバーが訪れた時、五月の日差しのなかで惨劇の万華鏡はきらめき始めた…。(粗筋紹介より引用)

 新本格の悪いところを集めた作品……って前作と全く一緒。未整理と複雑を勘違いしている舞台に関係者、同人誌に書いてくださいといわんばかりの主役グループの性格付け、どうにかならないものか。謎はよく考えられているのに勿体ないな。




歌野晶午『安達ヶ原の鬼密室』(講談社ノベルス)

 トリックは面白いが、なにも別ストーリーを4本も入れなくてもと思ってしまう。
絵本、アメリカ、戦時中の人里離れた館、現代の別荘といった4つの舞台の物語が順に書かれ、その後逆に現代、戦時中、アメリカ、絵本と解決編が書かれる。「安達ヶ原の鬼密室」はその戦時中の話である。
 この4つの舞台のトリックの根本は同一である。だからこそ、現代の事件解決部分を読んだとき、してやられたと思った。絵本の謎解きはよくあるネタなのに、全く気がつかなかったのでかなり悔しかったのだ。そういう意味でこの本はよくできているなあと最初思ったのだが、途中から違和感を感じ始める。現代の別荘の殺人事件、戦時中の館での連続殺人事件は同じ探偵が解いているのでそれほど違和感がないのだが、アメリカの事件は別だ。前後の話とは全く関係なく、ただ話が挿入されているだけ。トリックを知ってから読むと実にくどいし、苦痛なのである。
 歌野の処女作『長い家の殺人』はワントリックで勝負した作品だが、そのトリックが見え見えでかなりがっくりした。しかもトリックを知ってしまうと、読み続けるのが本当に苦痛だった。それと同じ事が、今回の作品にも言えるわけである。
 アメリカの物語は全く必要がなかった。トリックに自信があったからか、ヒントを散りばめるためにこういう形にしたのだろうが、かえって小説自体をおかしくしてしまった。勿体ないことをしたと思う。間の二本だけの話にしてしまえば、純粋に本格を楽しむことのできる作品に仕上がったに違いない。




『人外魔境』(角川ホラー文庫)

 昭和44年、週刊少年キングの企画がようやくまとまった。原作は小栗虫太郎。もっとも、手塚治虫の2話分はオリジナル。ところが、1話分(桑田次郎だそうだ。日下様、ご教授有り難うございます)が抜けていて、無関係の松本零士が入っていた。収録されている内容が良い分、こういう編集はちょっと残念。次は昭和45年の江戸川乱歩・恐怖シリーズが出ないかな。




高里椎奈『銀の檻を溶かして 薬屋探偵妖綺談』(講談社ノベルス 第9回メフィスト賞受賞作)

 町の片隅に「深山木薬店」がある。この店には三人の少年が住んでいる。家主ですごい美貌と頭脳を持ち合わせている深山木秋、長身で穏やかな性格の座木、彼らの弟分である小さくて元気のいいリザベルだ。ところが三人は、数百年以上も生きている妖怪だった。薬屋は表の商売。実は、妖怪が絡んだ事件の謎を解くことが彼らの真の姿であった。
 ある日、立て続けに事件の依頼が舞い込んだ。悪魔と契約してしまった不動産屋の社員と、息子の幽霊を慰めてほしいという女性である。三人は早速調査を開始した。

 ヤングアダルト系の設定、登場人物であり、事件は二の次。いかにもシリーズを続けますよ、というキャラクターの作り方は、読んでいても感情移入できない。好きな人は好きなんだろうが、新人なのにシリーズ化を前提としているような小説の書き方は個人的に好きになれない。事件そのものも強引というか、無理矢理解決にもっていっている。まあ、薬屋探偵という設定ではあるが、ミステリとして評価するほどの作品ではないだろう。




角田喜久雄『虹男』(春陽堂 長編探偵小説全集第5巻)

 新聞に載っていた「麻耶家に告ぐ 虹の悲劇は起こるべくして起こるであろう」の広告。そして次々と殺される麻耶家の人々。麻耶家に伝わる「虹男」の仕業か。そして、変死する前に必ず「虹が見える」と語るのはなぜか。

 世界バカミス全集第十一巻(笑)ということで手に取ってみた。
 別にバカミスってほどじゃないよなというのが読後の感想。「虹が見える」理由、そして「犯人」と「結末」が最初の方で予想でき、その予想通りにデータを当てはめていったら間違いなかったという感じです。読んでいる間は快調に行くけれど、読み終わればはい、それまでといった作品でした。
 昭和22年8月から第一新聞に連載されていたとのこと。絶え間なく起きる事件、広がる謎、そして驚くべき結末……と広告なら打つところかな。新聞小説らしく、サスペンス重視の怪奇本格。所々でキズはあるものの、着地点ではきっちりとまとめ上げるところがベテランの腕と言えます。




馳星周『M』(文藝春秋)

 「目眩」「人形」「声」「M」の4編からなる短編集。とにかくエロス、エロス、エロス。全てがエロスです。読めば読むほどエロス度、暴力度が強くなります。大藪春彦あたりですと、暴力だらけでもそこに爽快感がありましたが、『M』には爽快感などありません。それが暗黒小説だよと言われたらそれまでなんでしょうが。読むのにとてもきつい作品です。暗くなります。ここまでエロスを前面に押し出されるとちょっときつい。しかしこれが直木賞候補か。エロス前面の短編集を直木賞候補にするとはちょっと意外。



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