佐藤友哉『フリッカー式−鏡公彦にうってつけの殺人』(講談社ノベルス)

 第21回メフィスト賞受賞作。大学生鏡公彦の仲のよかった妹が自殺した。素性不明の男、大槻涼彦が公彦を訪れ、一本のビデオを見せる。それは、妹が三人の男に陵辱されているシーンであった。公彦は、大槻から渡された三人の男、そして娘たちのプロフィール、行動スケジュールを渡され、娘たちをさらうことを決意する。一方、公彦の幼馴染み明日美は悩んでいた。若い女性ばかり77人も殺害している突き刺しジャックの殺害状況だけが“接続”してしまうのだ。気が狂いそうになった明日美だったが、ある事件をきっかけに突き刺しジャックと対決することを決意する。

 うん、わけがわからない。主要登場人物が全て壊れているミステリは始めてでないだろうか。よくこういう小説を出版できたものだ、と感心してしまうが、メフィスト賞ならこれも有りか。ご都合よすぎるぐらいの設定、独りよがりの文体には辟易するが、文章そのものは意外と読みやすい。それに、小説の中から得体の知れないパワーを感じさせる。見え見えではあるが、ミステリらしい仕掛けも用意してはある。
 ただ、これ一作の作家、いわゆる「一発屋」の匂いをプンプンさせている。同じ設定の作品を二作、三作書かれてもつまらなくなるだろうし、全く別の文体、小説を書かれても面白くないだろう。このまま流星となることを希望する。ひどい希望だ。




東野圭吾『片想い』(文藝春秋)

 13年前に卒業した帝都大、アメフト部のメンバーとの定例の飲み会の後、西脇哲郎と須貝は10年ぶりに元マネージャーの美月に出会う。美月を連れ、哲郎の家に行く三人。そこでアメフト部のマネージャーで今は哲郎の妻であるカメラマン理沙子を加え飲み直すが、そこで美月に秘密を告白される。美月は体こそ女だが、心は男だった。心と体の違いに苦しみ、とうとう夫と息子の元を離れ、バーテンとしての生活を始める。ところがある日、働いていた店の女の子につきまとうストーカーを殺害してしまった。哲郎と理沙子は美月を助けようと隠蔽工作を始めるが、途中で美月は失踪。美月を捜す哲郎の前に、意外な事実が次々と明らかになっていく。

 相変わらず巧い。「性同一性障害」という重いテーマを取り扱いながらも、そのテーマに振り回されることなく、物語を進める力はさすがである。美月を追っていく過程で次々と明らかになる謎。さらに深まる謎。その謎がいつしか哲郎の問題にもなっているという点はお見事としか言い様がない。事件そのものの謎も、複雑ではないがよく考えられたものだし、元アメフト部という設定も要所要所で生かされている。と文句の付けようがない……はずなのだが、釈然としないものが残る。
 例えていうのなら、数学の問題で、公式の選択、計算方法はなんら間違えていないのに、なぜか答に余りが出るという感じだろうか。なぜ余りが出るのか。問題の数字を読み違えているから。そう、この小説、スタートの部分が不可解である。。
 哲郎や理沙子は、なぜ美月をそこまで無条件にかばうことが出来るのか。第一に浮かぶ疑問が、最後まで解消されなかった。そのことが引っかかり、どうしても楽しむことが出来なかった。“友情”という言葉が、かばう理由になるとは思わない。とてもじゃないが思えない(だからチャンドラーが嫌いなのか、私)。早田や須貝が取った行動の方が、理解しやすい。無条件にかばうのであれば、それだけの理由を書くべきであろう。
 細かい点だがもう一つ。東野圭吾は登場人物を切り捨てている。本作品であれば美月の元夫。一度登場したきりである。ひどい切られ方だ。結末でそれなりのフォローをする(無用な部分と思えたが)のであれば、一応の登場人物にはそれなりにフォローすべきであろう。かなり冷酷な感じがする。
 上手さという点ではミステリ界ピカ一だと思うのだが、感動というファクターは低い。『白夜行』でも思ったが、登場人物を突き放しすぎなのだ。だからこそ、『秘密』のような作品も、『名探偵の掟』『超・殺人事件』のような作品も書けるのだ、東野圭吾は。物語の構成に囚われず、感情にまかせたミステリを読ませてほしい。今の東野圭吾は、様々な仮面を被って素晴らしい演技を見せながらも、裏で冷酷に笑っている姿しか見えてこない。




邦光史郎『黄金海峡』(真樹社)

 倒産寸前のサルベージ会社に勤務する男は、ちょっとした偶然から、戦時中に沖縄に沈んだ船の宝を廻る争いに巻き込まれていく。
 読みやすいし、出だしは快調。ところが張ってあったはずの伏線はどこかへ消えてしまうし、ご都合主義が目立つ。テーマのことを考えると、もっとページを費やしてもよかったのではと思うのだが、多分枚数制限なのだろう。
 独身時代、3冊100円で買った1冊。未読本の中には、こういうのが意外と多い。




大倉崇裕『三人目の幽霊』(東京創元社)

 間宮緑は年四回発行の落語専門誌「季刊落語」の編集部員。といっても他には編集長の牧大路しかいない。ところがこの編集長、人並み外れた洞察力の持ち主。落語にちなんだ様々な事件を、いとも簡単に解決してしまう。創元推理短篇賞佳作受賞作「三人目の幽霊」他、「不機嫌なソムリエ」「三鶯荘奇談」「崩壊する喫茶店」「患う時計」の5編を収録した連作短編集。

 落語が絡んだミステリというと、どうしても北村薫の円紫さんシリーズが思い出されるのだが、切り方、読後感はかなり違う。探偵役を落語雑誌編集長にした分、より冷静に落語の世界を書いているように感じる。そのような視点があるから、落語界にちなんだ謎も簡単に解けるのだろう。といっても、謎は日常的だが、結構複雑。本格の楽しみを充分に味わうことが出来る。ただ、ご都合主義的な解決があるのは少々不満。その点を除けば、かなり完成度の高い短編集だと思う。読後の後味もよく、落語のように時には笑い、時には泣き、そして時には幸せに包まれる人情話のような物語。お薦め。




山前譲『日本ミステリーの100年―おすすめ本ガイド・ブック』(光文社知恵の森文庫)

 20世紀のミステリの流れを1年ごとに記載したガイドブック。今まで色々なガイドブック、ミステリの歴史ものがあったが、1年ごとというコンセプトは初めてではないだろうか。いいところに目を付けたと思う。今までのミステリ歴史ものは、作家、ジャンルなどを章立てて書くことが多かったため、時代の流れという点では掴みにくい所があったかも知れない。その点、1年ごとの歴史を並べるということは、話題が拡散する恐れがあるものの、どの作家とどの作家が同時代に書いてきたのかなど、異ジャンルが同列で語られるため、ミステリ全体の流れを知るという点で非常にわかりやすいものになっている。




大藪春彦『血まみれの野獣』(光文社文庫)

 世界最速と謳われた天才二輪ライダー・鶴田敏夫の前途に翳りなど微塵もなかった。が、悪徳金融業者の罠に陥ちた両親が自殺する悲劇が起きた! さらに敏夫は恋人と引き離され、レース界を追放される羽目に!
 両親の墓前に再起と復讐を誓った敏夫。そして数年後。F1界の頂点に彼の姿があった!
 復讐の結末は?――三億円事件のモデルと噂された衝撃作。(粗筋紹介より引用)
 『ボーイズライフ』1968年1月〜1969年1月連載。1969年4月、新潮社より刊行。
 四輪版ミニ『汚れた英雄』+復讐もの。二輪レース、借金で自殺した両親の復讐、不法な金の暴力による強奪、イタリアにおける四輪レース、抜群のテクニックによる頭角、現金輸送車の強奪、復讐の完結といった、大藪が今まで書いてきたものをコンパクトにまとめこんだ一冊になっている。
 現金輸送車から六億円強奪、場所が府中といったことから三億円事件のモデルではないかと噂され、取材も相次いだという曰くつきの作品だが、実際に読んでみると内容は全然異なる(そもそも銃を使って警備の警察官を皆殺しにしている)し、この程度の現金輸送車襲撃程度なら何度も書いている。この程度の一致で取材が相次いだというのは、いかにマスコミがろくに調べもせず動き回っているといういい証拠だろう。
 腕はありながらも資金力がない日本人がF1に挑戦するというコンセプトは面白い。もっとページを書き足してもよかったと思われる作品。そういう意味では、傑作になり損ねた作品かも知れない。




東野圭吾『超・殺人事件―推理作家の苦悩』(新潮社 新潮エンターテインメント倶楽部SS)

パロディーか自虐か。笑いの仮面の下に毒と皮肉を潜ませて、昨今の出版業界をメッタ斬り。作家の超舞台裏を描く爆笑短編集。これはすべてフィクションです。(粗筋紹介より引用)
「超税金対策殺人事件」「超理系殺人事件」「超犯人当て小説殺人事件(問題篇・解決篇)」「超高齢化社会殺人事件」「超予告小説殺人事件」「超長編小説殺人事件」「魔風館殺人事件(超最終回・ラスト五枚)」「超読書機械殺人事件」を収録。

 仕事が増えたのはいいが、支払う税金額に慌ててしまう作家の苦悩を書いた「超税金対策殺人事件」、理系ミステリ読者を皮肉った「超理系殺人事件」、犯人当て小説の舞台裏を書いた「超犯人当て小説殺人事件」、作品の長大化を皮肉った「超長編小説殺人事件」などを収録。作家、編集者、評論家、読者など、ミステリに関わるものたちへの皮肉とユーモアに溢れた作品集。全ての短編に作中作が含まれているのは、東野圭吾という作家の実力を示したものである。しかし、『名探偵の掟』には皮肉の裏側にひねくれた愛情があったが、今回の作品集には愛情が見受けられない。その点が、皮肉ったパロディ小説で終わらせているところである。



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