皆川博子『花の旅 夜の旅』(扶桑社文庫 昭和ミステリ秘宝)

 新人賞を受賞後、作家としては芽のでなかった鏡直弘の元に、ある旅行雑誌の編集者から連作小説の依頼が舞い込んだ。花の名所を題材としたグラビア「花の旅」に小説を添えるというその企画に張り切って取り組んだ鏡は、撮影班の取材旅行に同行するのだが…。作家自身の覚え書と作中作を交互に配置して驚愕の物語を紡ぎあげてみせる幻の初期傑作『花の旅夜の旅』、皆川ミステリの最高作との呼び声も高い、甘美かつトリッキーな恐怖小説『聖女の島』。現代最高の語り部・皆川博子の、まさに完璧な二長篇を一挙に収録。(粗筋紹介より引用)

『花の旅夜の旅』は1979年の作品。デビューからすでに7年が経っているから、初期という言葉にはちょっと疑問符がつく。『聖女の島』は1988年の作品。
 どちらも技巧が優れている……のだが、個人的には苦手。『花の旅夜の旅』はまだしも、『聖女の島』なんてどうしてこんな構成にする必要があるのかわからない。だめですね。どうも生理的に拒否してしまいます。うーん、肌が合わない以上の言葉が出てきませんね。




我孫子武丸『弥勒の掌』(文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ)

 浮気が原因で3年前から冷戦状態だった妻が失踪した。高校教師、辻恭一は新興宗教団体<救いの御手>に手掛かりを求める。
 刑事である蛯原篤史の妻がラブホテルで殺害された。しかも蛯原には汚職の疑いまでかけられ、自宅謹慎を命じられる。蛯原は、自宅にあった弥勒像の置物から、新興宗教団体<救いの御手>に目を付ける。
 同じ新興宗教団体に目を付けた辻と蛯原。二人は団体支部の前で遭遇することになる。

 『殺戮にいたる病』から13年ぶりの書き下ろし長編である。そんなこと、わざわざ帯に謳う必要があるのかな。その間も長編や短編集を発表していたわけだから、作品を全く発表しなかったわけということではないし。まあ、書き下ろしが久しぶりということでこう書いたんだろうけれど、これって、雑誌連載作品を低く見る行為じゃないのか? まあ、作品評価とは全く別の部分でぐだぐだ書いているだけなんだが。
 「教師」と「刑事」という章が交互に続くから、まあ何らかの仕掛けがしているんだろうと思って読んでいたが、それでもだまされてしまった。とはいっても、読み終わればただのワンアイディアものでしかない。仕掛けを成立させる構成力はうまいと思うし、新興宗教団体の書き方は面白いけれど、それだけかな。シンプル・イズ・ベストというのが私の方針なのだが、あまりシンプルすぎてもね。ただ、結末は疑問だな。ああいう風に残すメリットが全くないと思う(この書き方なら、ネタばれじゃないでしょう)。
 まあ、ぶっちゃけて言ってしまうと、この程度の作品に1800円も払わされたのかよ、というのが本音。はっきり言えば、うまいけれど小粒。これが文庫だったら、拍手していたかもしれない。本の体裁なんて、作品そのものの評価には何の関係もないのだが。

 どうでもいいけれど、この作品を何人が「本格ミステリ」として評価するのかな。私の考えからいったら、どこにも「論理的(にみえる)推理」がない作品なので、本作品は本格ミステリではない。




東川篤哉『館島』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 巨大な螺旋階段の下に倒れていた当主の死因は、転落死ではなく墜落死だった!? 天才建築家・十文字和臣の突然の死から半年が過ぎ、未亡人の意向により死の舞台となった異形の別荘にふたたび事件関係者が集められたとき、新たに連続殺人が勃発する。嵐が警察の到着を阻むなか、館に滞在していた女探偵と若手刑事は敢然と謎に立ち向かう!
 瀬戸内の孤島に屹立する、銀色の館で起きた殺人劇をコミカルな筆致(!)で描いた意欲作。『密室の鍵貸します』でデビューした気鋭が放つ、大トリックと謎解きの面白さを楽しめる本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)

 久しぶりに読む東川篤哉。なんで瀬戸内の孤島を舞台にするかなと思って作者プロフィールを見たら、広島生まれで岡山大卒じゃないか。地元か。だったら許せるけれど、さすがに岡山や瀬戸内の描き方は、地元に住む身にとってはちょっとムッとくるところがあったな。
 墜落死ということで館になんらかの仕掛けがあることは容易に想像できるし、ある程度はその答えに辿り着くだろう。ただ、著者の狙いの全てを見破るのは難しい。よくぞこんな馬鹿馬鹿しいことを考えついたものだ、と逆の意味で感心してしまう。この遊び心が本格ミステリの楽しみなんだよな。うん、満足満足。
 孤島で館ものだから、つい誰が犯人かということばかり追いかけてしまいがちだが、コメディタッチの物語の展開もこの作品の見所。いかにも軽いという感じの若手刑事と、美女で酒好きの女探偵のやり取りも、慣れてしまえば結構面白い。ただ、いかにも笑わせようと狙っているところが見えるのは気のせいか。
 この作者、コミカルな筆致に目を取られがちだが、小説の構成はしっかりしているし、登場人物の書き分けも悪くない。あとはこれぞ!と思わせる作品を一つ書くことができれば、ブレイクすると思うんだけどね。いざというところでシリアスな部分を見せることができれば、普段のコミカルな部分がいっそう引き立つと思うのだが。
 面白いし、満足できるのだが、何か一つ物足りない。ちょっとした隠し味を入れることができるようになれば、この人は人気作家の仲間入りをすると思うよ、たぶん。




桜井一『86分署物語 名探偵退場』(青樹社 BIG BOOKS)

 巨大団地ができて「村」から「市」になったせいで「駐在所」からいきなり「署」に昇格してしまった86分署はてんやわんや。刑事たちの名前だけは内外の名探偵にそっくりだが、実はつい先日までは経験の浅い平巡査だったものばかり。しかしこんな86分署にも事件は舞い込む。抱腹絶倒の迷推理と珍解決が展開する傑作短編集。(粗筋紹介より引用)
 1985年3月〜1987年3月まで「ミステリマガジン」に連載された短編パロディ小説を86分署シリーズに書き改め、新たに短編1本を書き下ろした連作短編集。

 古本屋で見つけ、実家にあることを知りながらも思わず買ってしまった。このシリーズは、連載の頃から好きだったんだよね。馬鹿馬鹿しいものがほとんどだけど、その馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう。連載の頃も好きだったけれど、こうして一冊にまとめられたものを読むと、馬鹿馬鹿しさが二乗、三乗に重なってよけいに笑ってしまう。わざわざ86分署もの(マクベインの八十七分署シリーズのパロディ。余計なことだが、念のため)に書き改めたのだから、大したもの。収録されていない短編があるのは残念。珍しくシリアスな「罪の老人」は87分署ものに改めるのは難しいかもしれないが、最初から伽羅警部が出ている「水晶の瓶」(だったっけ?)が収録されなかったのは悲しかった。




夏樹静子『密室航路』(角川文庫)

 恋人へ会いに、東京から高知行きの大型フェリーに乗った総子。その船内で、会社社長が特等室で血だらけの死体となって発見された。密室状態であったことから、自殺であると警察は判断したが、社長の妻とともに死体を発見した総子はある疑念を抱いた。「密室航路」。
 杉江警部補は、指名手配中の強盗殺人犯を追うため、大井川鉄道に乗り犯人の故郷である山村へ向かう。「逃亡者」。
 バンクーバーへの社用旅行中、観光バスが事故に遭う。炎があがるバスの中から辛うじて逃げ出した堺社長、長谷専務であったが、堺の息子、洋一がバスの中に取り残されたままだった。長谷は炎の中、洋一を助けにいくが、二人とも大やけどで亡くなってしまう。なぜ長谷は洋一を助けにいったのか。日本に帰った堺は弁護士の真田に相談する。「バンクーバーの樹林から」。
 福岡に住む沢田光子の元へ小牧警察署から電話があった。姉である吉実が名古屋空港のそばで殺害されていた、と。なぜ吉実は名古屋へ行ったのか。アリバイトリックに挑む光子。「結婚しない」。
 米子発東京行きの航空機90便は、急遽大島空港へ着陸することになった。実は脅迫状が届けられたからだったが、犯人は姿を現さなかった。犯人の狙いは何だったのか。「90便緊急待避せよ」。
 昭和50年代前半に雑誌に発表された5つの短編を集め、昭和55年にカッパ・ノベルスから刊行された作品の文庫化。

 船、鉄道、バス、飛行機といった乗り物を扱った短編を集めた、交通ミステリ短編集。といっても、たまたま書いた短編を集めてみたら、交通ものがそろったからそれでまとめよう、といった程度のものだろう。密室もの、アリバイもの、サスペンスもの、人情ものなど、内容はバラエティに富んでいる。どんなものでもうまく書くことができるんだな、と夏樹静子の実力を感じさせる一冊。個人的には殺人も事件も出てこない「バンクーバーの樹林から」がお勧め。




深谷忠記『審判』(徳間書店)

 1988年11月、小学二年生の少女、古畑麗に対するわいせつ誘拐、殺人、死体遺棄の罪で、柏木喬は懲役15年の一審判決を受ける。裁判長が判決文を読み上げる途中、麗の母である聖子はこう叫ぶ。「法律が死刑にできないのなら、私が犯人を死刑にします!」
 2004年、刑務所を出所した柏木は、警察を退職した村上宣之の前に姿を見せるようになる。村上は、逮捕当初から無実を訴えていた柏木から“自白”を引き出した刑事防犯課長であった。柏木は無実を再度訴えると同時に、ホームページを立ち上げ、事件の情報を求める。古畑聖子は別居中の夫からそのホームページの存在を知り、行動を起こす。そんなおり、村上の元部下であった男が殺害され、その嫌疑が村上にもかかった。

 深谷忠記は実力がありながら、巡り合わせが悪いのかなかなか評価されないというイメージがある。そんなことを言っている私も一・二作ぐらいしか読んだことがない。「ミステリマガジン」にあった西上心太のレビューで興味を持ち読んでみたが、レビューに書かれていた通り傑作であった。2005年度を代表する作品になる、これは。
 柏木、村上、聖子の三人の視点で物語は流れ、緊張感が高まったところで思いがけない殺人事件が起きる。あれよあれよというまに話が進み、本の中程でクライマックスをいきなり迎える。どうなるんだろうと思ったら、全く別の展開を迎えるのだ。さらに物語は二転、三転する。これには驚いた。ありきたりの冤罪問題を取り扱った作品かと思ったら、そんな単純なものではない。「犯人がすぐにわかったから面白くなかった」などという読者がいるかもしれないが、その読者に聞こう。この事件の全貌を予測できたか、と。表と裏、上と下、右と左。表面にみえていた事実がひっくり返ってしまうこの驚きが、本格ミステリの醍醐味である。
 この作品はすぐれた本格ミステリであると同時に、もう一つ別の顔を持っている。柏木、村上、聖子の視点で進むこの物語では、後に出てくる犯人の告白も含め、殺人事件と冤罪問題に対する被害者、被害者遺族、加害者、警察の言葉を過不足なく読者に投げかけているのだ。これはすごいことだと思う。今まで書かれてきた多くの作品は、被害者や遺族、もしくは加害者、もしくは警察と、片一方の立場の声だけを高らかに張り上げるものばかりであった。この作品は、そんな“相手のことを全く考えない”作品ではない。事件に関わるべくすべての立場の声を、登場人物の口を借りて発している。誰もが自らの発言を正と考える。そのいずれもが正しい答えであり、そしていずれもが間違いなのだろう。読者はその答えを探し求めなければならない。
 久しぶりに心震えるミステリを読んだ気がする。本格ミステリとしての衝撃と、殺人事件・冤罪という社会的問題への叫びという衝撃。この二つの衝撃を受け、さらに人としての重い命題を投げかけてくる本作品に対し、私は“傑作”という言葉しか思い浮かばないのが残念だ。それぐらい私は本作に惚れた。傷があることは否定しないが、それでもミステリ界のここ10年を代表する作品であろう。




石持浅海『扉は閉ざされたまま』(祥伝社 ノン・ノベル)

 久しぶりに開かれる大学の同窓会。成城の高級ペンションに七人の旧友が集まった。「あそこなら完璧な密室をつくることができる……」当日、伏見亮輔は客室で事故を装って後輩の新山を殺害、外部からは入室できないように現場を閉ざした。何かの事故か? 部屋の外で安否を気遣う友人たち。自殺説さえ浮上し、犯行は計画通り成功したかにみえた。しかし、参加者のひとり碓氷優佳だけは疑問を抱く。緻密な偽装工作の齟齬をひとつひとつ解いていく優佳。開かない扉を前に、ふたりの息詰まる頭脳戦が始まった……。(粗筋紹介より引用)

 人工的につくられた密閉状況の中における本格ミステリを得意とする石持浅海。今回の舞台は高級ペンションである。しかも倒叙もの。近年、本格ミステリで普通の倒叙ものという形式はちょっと思いつかない。
 同窓会という設定が、特に我々の年代に魅力的である。旧友たちが繰り広げる会話は、くすぐったくも懐かしい。昔の友人が集まると、こういう展開になるよなと思ってしまう。こういうことを考えること自体、年寄りになった証拠なのだろうか。
 鍵のかかった部屋。通常ならぶち破って入るはずだが、そういうことができない状況下での事件。そして、閉ざされた扉を前に繰り広げられる頭脳戦。こういう舞台をよく考え出せるものだと感心してしまう。開けられるのに開けられないというジレンマと推理の戦いが見事にマッチしている。中で繰り広げられる推理も、犯人が内面で簡単に肯定してしまうこともあり、すんなりと受け入れることができる。
 2005年を代表する本格ミステリの一冊であり、倒叙ものの歴史に名前を残す一冊になるだろう。
 ただ、殺人を犯す動機についていえば、この作品の大きな傷である。確かに一応納得できる書き方にはなっているが、やはりこの程度の動機で、頭脳明晰な人間が殺人を犯すというのは、読む人にとっては受け入れがたいものがあるだろう。どんな高潔な理由があろうとも、殺人は殺人である。犯人はその罪を一生背負うべきであるはずなのに、いっさいそのことに触れられないというのは、やはり納得いかないのである。そんな考えは小説だから、ミステリだからナンセンスである、という考え方もあるだろう。私はそういう考え方があることを否定はしない。だがしかし、と思わず言ってしまいたくなるのである。本格ミステリは所詮ゲームである、ミステリの人物は駒でかまわない……とは思いたくない。




佐藤弘道『子どもはぜんぜん、悪くない。』(講談社)

 1993年から12年間、NHK「おかあさんといっしょ」で体操のおにいさんとして全国の子供やお母さんから絶大な支持を得ていた佐藤弘道さんのエッセイ。作者の生誕から体操のおにいさんになるまでや、体操のおにいさんの12年を綴った文章があるので、エッセイという表現で正しいと思う。だけど、子供たちへの視線や、大人たちへの投げかけ、そして自らの子育てを通して語られる言葉は、良質な子供論・教育論としても読むことができる。もっとも、子育てを○○論で計ろうとすることは間違いだろう。タイトル通り、子供は全然悪くないのだ。結局子供は親で決まる。そんな単純なことを投げかけてくれる。子供を持つ親、そしてこれから親になろうとしている人たちに、是非とも読んでほしい一冊である。




夏樹静子『目撃 ある愛のはじまり』(角川文庫)

 剣道の早朝げいこの帰り道の公園で、少年恭太は、崖から落ちるところを中年の男に助けられた。だが、男はその阿佐発生した金融業者殺しの犯人だった。同時刻、夫の出張中に愛する男性と密会していた麻子は、偶然その二人の姿を目撃してしまう。その後、少年が犯人から狙われていることを知った麻子は、名乗り出ることもできず、匿名の投書を警察に送り目撃事実を知らせたのだった。このことから、彼女は新たな殺人事件の罠にはめられていった……。
 自らの愛を貫こうとする、若き人妻の揺れ動く心を書いたサスペンス豊かな会心の長編推理。(粗筋紹介より引用)。
 『蒸発』『喪失』に続く書下ろし長編推理第三弾。1975年発表、作者中期の代表作。

 常に女性の視点から事件に巻き込まれる女性の姿と愛のかたちを書き続けた作者らしい、サスペンスとロマンスがあふれる作品。二転三転するプロット、事件に巻き込まれる女性や少年のサスペンス、そして意外な犯人と解決。そして愛する人を信じ続ける美しさ。脂がのりきった作者中期の代表作というその冠に間違いはない。まあ、メロドラマと酷評する人を否定することはできないかもしれないけれど。



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