石持浅海『心臓と左手 座間味くんの推理』(光文社 カッパノベルス)

 警視庁の大迫警視は、新宿の書店で偶然彼に出会う。沖縄で起きたハイジャック事件のとき、解決と子供救出に尽力したニックネーム『座間味くん』である。彼に好感を持っていた大迫は、時々食事に誘い話をする。食事が終わる頃、大迫から聞いた事件は『座間味くん』によって姿を変えたものになってしまう。
 交通事故から判明したテロ組織「貧者の軍隊」のメンバー。彼らの隠れ家に乗り込んだはいいが、そこで起きていたのは密室殺人事件だった。「貧者の軍隊」。
 左手をかざす患者を回復させる新興宗教の教祖がショック死した。彼は4人の幹部に遺言を残していた。自分が死んだら、君たちはこの肉体を食べなければ行けないと。通報を受けた警官が見たのは、三等分された心臓、心臓と左手を切り取られた教祖の死体、殺しあいをして死んだ3人の幹部。「心臓と左手」。
 過激派組織のアジトに踏み込んだSAT(警視庁特殊急襲部隊)だったが、捕らえるべき戦闘隊長は窓から逃げようとして転落死した。そして助けるべき弁護士も、隊長が仕掛けた罠によって死亡した。「罠の名前」。
 日本固有の生物種を守ろうとする過激な環境保護団体のビルに訪れた刑事たちは、違法にボートを改造した容疑で訪れた男性の部屋で、別の死体を見つける。男性の側には、外国種のカブトムシが歩いていた。そして犯人は、部屋の持ち主である男性だった。「水際で防ぐ」。
 貿易会社の社長と連絡を取れなくなったという社員かからの通報が所轄署にあった。自宅を調べると、地下室で殴られた死体があった。そして翌日、犯人である女性社員が自殺した。彼女は警察に、社長が外為法に違反しているとの密告電話をしていた。「地下のビール工場」。  アパートで見つかったのは、日本人女性と白人男性の心中死体。沖縄に配備された米軍に所属する男性は、心中前に過失で日本人を死なせていた。「沖縄心中」。
 沖縄で起きたハイジャック事件から11年後。事件の人質だった小学六年生の聖子は、従姉の勧めで沖縄の進学校を見学することにした。そして那覇空港で出会ったのは、命の恩人ともいえる『座間味くん』だった。「再会」。
 「小説宝石」に2004〜2007年に掲載された、連作短編集。

 『月の扉』で事件を解決した通称座間味くん(本名は出てこない)が登場する連作短編集。警視庁の大迫警視と食事をする際に、解決した事件の話を聞かされ、ちょっとしたことから事件の背後に潜む本当の真実を暴き出すシリーズである。
 この手の短編は、表面的な事実からは想像もできないような突飛な事実が、誰もが見逃しているようなちょっとした出来事に着目し、論理的な推理を組み立てることによって導き出されるところに面白さがある。かなり難しい技ではあるが、それを難なくクリアしているところがさすがである。特に表題作「心臓と左手」が素晴らしい。この事件の隠された真相と、それに至るまでの推理の素晴らしさは、日本の短編本格推理小説史上に残されてもいいぐらいの出来である。
 問題は、徐々にレベルが落ちていることだが、こればかりは仕方のないことか。それでも他の短編集に比べれば、充分に我慢できる範囲だろう。飄々としながらも事件を通して社会の問題をえぐり出す結果となっている点や、各短編冒頭に出てくる料理の描写など、事件と関係のない部分でも楽しむことが出来るようになっているのも秀逸である。
 最後の短編である「再会」は、『月の扉』の後日談である。説教臭い、出来すぎな話であるのは事実だが、こういうのも私は大好きである。




香納諒一『第四の闇』(実業之日本社)

 インターネット心中で妻の恭子を失い、ネット古本屋を営む「私」は、心中事件を追っていた旧知のライター、小杉の切断死体を発見する。恭子と運命を共にした女性の弟であるジローや、渋谷のアウトサイダー仲間らと私は事件を探り始める。小杉より前にも、ネット心中サイト主宰者などが同様の殺され方をしていたことが判明。事件が不可解な進展を見せ始めた折、私のもとへ正体不明の人物から深夜に電話が入る。電話の主は「過去に抱えている闇を理解しろ」と挑発、その後も執拗に自己中心的な発言を繰り返した。事件の闇はマスコミへの犯行声明をもって公開殺人へと変貌を遂げ始め……。(帯より引用)
 「ジョイ・ノベル」2004年12月号から2006年8月号まで連載。

 香納諒一の新作は、ネット心中未遂者や関係者らの猟奇連続殺人を扱っている。インターネット心中とバラバラ殺人がどのように結びつくか、そして主人公の「私」がどう絡んでいるのかと思ったら、なるほど、そう来ましたか。ちょっと予想つかなかった。ただ、ちょいと作りすぎじゃないだろうか。
 面白かったかと聞かれれば面白かったと答えるけれど、『贄の夜会』ほどのインパクトはなかった。この手の作品は、いわゆる普通の人が登場しないと、サスペンスの盛り上がりに欠けるというか。登場人物が皆どこかちょっと壊れているので、異常さが異常として伝わってこないのはちょっと問題。
 もうひとつ、何かほしかったね。




真保裕一『追伸』(文藝春秋)

 単身でギリシャに赴任した悟に、一方的に離婚を切り出した妻の奈美子。納得できない悟に対し、奈美子は祖父母の間で交わされた手紙のコピーを送る。―――約50年前、祖母は殺人の容疑で逮捕されていた。頑なな態度を貫く祖母と、無実を信じ奔走する祖父。ふたりの手紙には、誰も知ることのない真実が語られていた……。(帯より引用)
 「週刊文春」2006年11月16日号〜2007年6月7日号掲載。

 真保裕一の新作は、全編が書簡形式である。最初は悟と奈美子の往復書簡。奈美子が一方的に離婚を切り出し、それに対する悟とのやり取りが何通か交わされる。そして悟に真実を話すため、奈美子は祖父母の書簡のやり取りを書き写したノートのコピーを送る。そこには、祖母が殺人容疑で逮捕されたこと。祖父が祖母の無実を信じて奔走したこと。そして、祖母が犯した、殺人より深い罪が告白される。そして最後、再び悟と奈美子の書簡が交わされ、全ての謎が解ける。
 全編が書簡形式になっているという作品は他にもあるし、珍しいわけではない。もちろん、作者もそんなことは重々承知だろう。作者が書簡形式を本作品で採用したのは、書簡という形には通常の会話では得られない効果があるからだと思われる。それは、会話では得られやすい回答を隠し続けることが出来るからではないだろうか。
 相手の表情が見られないもどかしさ。手紙という、言葉とは違った、目に見える形での心情の吐露。逆に、隠し続けることが可能である本音。さらに日本とギリシャの往復書簡という形により、時間の経過、そして心情の経過などを通常より長いスパンで取ることが可能である。二人のやり取りだけ、という形を取ることにより、二人の心情、愛情、そして真実を大きく浮かび上がらせることが、今回は可能になったと思われる。
 やり取りするもどかしさというのは当の二人でさえあるのだから、それは読む方も同様である。なかなか進展しない物語。本音を探る二人の手紙は、自分の心の奥底を隠し続ける心理戦のようにも見えてくる。
 祖母が隠し続けた真実というのは、現代から見たら大したことがないかも知れない。この程度のことで、殺人の罪を認めるのかと訝る人がいるかも知れない。しかし、それは間違いだ。大したことのないと思われる、しかし本人には最も重要なプライドで、重要な証拠を隠し、死刑の罪を受けてしまった者もいるのだから。
 作品の完成度は高い。隅々まで目が行き届き、文章の一つ一つまでが吟味され、短い描写で高い効果を得ている。ただ問題は、それが面白いかどうかだ。やや枯れたところもある文章と、少々地味ともいえる内容と結末は、必ずしも面白さと結びついているわけではない。じっくりと噛み締めれば面白くなるのかも知れないが、刺激に慣れきった読者には物足りなく感じるだろう。
 個人的には、直木賞を狙った作品のように思えた。ただ、最後のどんでん返しを識者はどう見るだろうか。ミステリファンなら、ひねりが足りないと思うだろう。ミステリが嫌いな人なら、伏線もなくひねるのはどうかと眉をひそめるに違いない。さて、どういう結果が出るだろうか。



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