岡嶋二人『ダブル・プロット』(講談社文庫)

 市場調査会社へ侵入した男が社員に抵抗されたうえ、持っていたナイフで逆に殺された。近くの公園で殺人事件が起きたとき、ちょうど人の出入りを調査していたフィルムに、犯人らしき姿が映っていたらしい。被害者の女性は文通相手の男性にしつこく迫られていたという。事件は簡単に解決するかと思われたが。証言と会話文のみで構成されている「記録された殺人」。
 テレビ番組で人生相談を受け持っている小説家・辻村園子のところへ担当編集者である入江伸子は原稿をもらいに来たのだが、そこへ赤ん坊を抱えた古橋牧子が押し掛けてきた。赤ん坊の父親は結婚する気が全くなく、すでに別の女を作っている。翌日、牧子が殺害されたが、赤ん坊は行方不明になっていた。「こっちむいてエンジェル」。
 入江伸子は、交通事故死した前担当者の「舞台考証」という雑誌のコーナーを引き継ぐこととなった。協力をしてくれている旅行会社へ挨拶に行くと、担当である女性課長は会議中に倒れ、病院に運ばれていた。「眠ってサヨナラ」。
 女性1人男性2人の売れないコーラスグループ「スリー・パーセント」。数日前、解散してデュエットでやりたいと言い出したところを説得している状況だが、すでにやる気が見られない。ある日、マネージャー木暮が拳銃を持った男に襲われた。思い当たる節は全くなかった。「バッド・チューニング」。
 渋沢哲次のところへ今年の年賀状が届いたのは1月5日。初出勤では会社の皆がよそよそしく、誰も声をかけてこない。そして課長からは叱責を受け、退職を迫られる。無修正ポルノ雑誌の通信販売広告の申込先に、渋沢の名前と住所があったのだ。「遅れてきた年賀状」。
 しつこい女性と別れ話を持ち出したドライブ。雨の中で道に迷い、正面から来た車に激突。運転手の男は、ぶつかった拍子に同乗者の女性が死んだと告げてきた。やくざの情婦と逃げ出してきたところだったという男に脅迫され、女性の死体を捨ててくる羽目になった。「迷い道」。
 警備員二人が詰めている深夜のビルで、残業をしていた社員が殺された。そのビルは管理が万全であり、誰にも知られず出入りすることができないように思われた。「密室の抜け穴」。
 映像会社が管理する撮影用カメラが、女性の遺体とともに島根県の湖から引き上げられた。記録簿を見ると、そのカメラは東北にいるロケ班が使っているはずであった。「アウト・フォーカス」。
 作家岡嶋二人のところに編集者の滝口は、新聞記事を題材にした短編ミステリを競作させるという依頼をした。ところが、全く同じ規格を岡嶋二人はすでに『小説現代』から受けていた。しかも新聞記事も全く同じものだった。重なる依頼の裏側にあったものは何か。「ダブル・プロット」。
 1989年9月に講談社文庫から出版された短編集『記録された殺人』に、単行本未収録だった「こっちむいてエンジェル」「眠ってサヨナラ」「ダブル・プロット」を追加して刊行。岡嶋二人、最後の最新刊。

 2011年にもなって、まさか岡嶋二人の最新刊が読めるとは思わなかった。数多く読んでいる作家ではないが、こういうケースなら思わず読みたくなってしまう。そもそも、『記録された殺人』自体読んでいるわけではないので、全て新鮮な気持ちで読むことができた。
 久しぶりに岡嶋二人の作品を読んでみると、まあ筆達者なこと、といいたくなる。リーダビリティの高さは、当時の長編と変わらず。井上夢人長編と比べると、何も考えずにグイグイ読み進めることができるぞ(苦笑)。トリックやアイディアとしてはありふれたものが多い。「送れてきた年賀状」なんか、すぐに仕掛けはわかっただろう。それでも見せ方や料理の仕方が巧いから、作品に引き込まれてしまう。
 ただ追加された作品について言えば、今まで収録されなかったのも仕方がないかな、といったところか。「こっちむいてエンジェル」「眠ってサヨナラ」は『月刊カドカワ』でシリーズものにする予定が二編で終わってしまったものだし、「ダブル・プロット」は楽屋落ちに近い。それでも岡嶋二人だから読ませてしまう、といったところはある。
 とりあえず、単行本未収録作品が収録されたのだから、それでいいや、という作品集。読んでみて損はないけれど。
 音楽だと、ケンカ別れしても当たり前のように再結成するバンドがあるけれど、この二人も一作品限定でいいから再結成しないかな。久しぶりにちょっとやってみようか、みたいな軽いノリでいいからさ。




ジェイムズ・エルロイ『ブラック・ダリア』(文春文庫)

 1947年1月15日、ロス市内の空地で若い女性の惨殺死体が発見された。スターの座に憧れて都会に引き寄せられた女性を待つ、ひとつの回答だった。漆黒の髪にいつも黒ずくめのドレス、だれもが知っていて、だれも知らない女。いつしか事件は〈ブラック・ダリア事件〉と呼ばれるようになった――。“ロス暗黒史”四部作の、その一。(粗筋紹介より引用)
 1987年発表。1994年3月、翻訳。

 当時のベスト10関連で話題になった作品。ということで買った割には今頃読む。実際に起きて迷宮入りした「ブラック・ダリア事件」(エリザベス・ショート事件)を題材としている。
 読んでも読んでも終わらない。いったい何が本筋なのかわからなくなるぐらい色々な事が、これでもかとばかりに綿密に書かれ、しかも熱すぎる情念と圧倒的な力で迫ってくるから、読む方の精神力を削いでしまう。読み終わったときは思わずホッとしてしまった。
 それにしても、ブラック・ダリアと呼ばれる女性、エリザベス・ショートの魅力というのがよくわからなかった。大の男二人、しかも凶悪な犯罪者を見てきたはずの警官2人が、周囲に不幸をまき散らすとわかっていながらも取り憑かれたかのように残像を追いかけ、狂っていくその姿を見てしまうと、余計にその魅力がわからない。そんな不可解さすら超越したところが、この作品の面白さなのかもしれないが。
 元々暗黒小説というジャンルが苦手なこともあり、構えながら読んでしまったことが、本作品の面白さを見つけられなかった原因かもしれない。それなりに事前情報を持っていたことが徒になったかもしれないが、例え知らなくてもこの文章を読み始めただけで、苦手な人は構えてしまうだろう。それぐらいの力を持っている作品ではある。




佐々木丸美『夢館』(講談社文庫)

 北の涯に建つ謎の館。誰も足を踏み入れぬ冷い地下室に私を閉じこめた重い石の扉。あの人を愛した罰で私は殺されるのだろうか。見えざる悪魔は第三の生贄に私を選んだのだろうか。私は必死に幻の電話のダイヤルを回しつづける。既視感覚に導かれて会いえた二人を襲う不可思議な事件を通して、精神世界の神秘と恐怖を描き出す超常ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 1980年3月、書き下ろしで発表。1988年12月、一部加筆修正のうえ文庫化。

『崖の館』『水に描かれた館』に続く館三部作最後の作品。前二作を読んでいないと、何のことだかさっぱりわからない。さらに言えば、『雪の断章』シリーズも読んでいた方が、よいかも。
 冒頭に死んだはずの小さい千波が登場。しかも吹原が出てきて、何だこれはと首をひねる展開。よく読むとそれは、過去の作品に出てきた千波とは別人であることに気付かされる。あとは延々と心理的愛憎劇が繰り返されるだけ。周囲の人物を狂わせるぐらい愛されているのが吹原なんだが、一体どこにそんな魅力があるのかさっぱりわからない。そもそもそういう人物なんだよ、という前提で書かれているのだから、言うだけ無駄なんだろうが。
 輪廻転生の概念に付いていけないから、読んでいて苦痛。とことんぶつけるだけの愛情も重いだけ。そこを受けいれるだけの好みがないと、この人の作品は読めないのだろうなあ。ドロドロのマグマを底に秘めたメルヘン恋愛小説。結局この人の館三部作は理解できなかった。




松岡弘一『狂悪の遺産』(祥伝社 ノン・ノベル)

<お・ま・え・を・こ・ろ・ちゅ>奇妙な電話を受けた直後、悪徳不動産屋猪野直哉は、何者かに惨殺された。捜査を開始した“死神(ゾンビ)”の異名を持つ刑事冷泉(れいぜい)は、かつて猪野が仲間三人と数多の悪業を働き、そのうち二人が相次いで変死していた事実を掴んだ。やがて残る一人、暴力団組長島田へも<こ・ろ・ちゅ>の予告電話が。犯行はこの四人組への復讐だと推理した冷泉は、彼らに嬲られ失踪した遺伝子学者香川を追ううち、島根の山中で、人か獣か判別不能の巨大な足跡を発見したが、直後、屈強な男たちに取り囲まれた。はたして冷泉の運命は? 謎の巨足(ビッグ・フット)の正体とは……。空前の着想と圧倒的迫力で堂々「黒豹小説賞」を受賞した超弩級新人のサスペンス巨編ここに登場!(粗筋紹介より引用)
 1991年、「黒豹小説賞」受賞。

 確か「このミス」でこの作者に対し、誰かが「歴戦の敗北王」みたいなことを書いていた記憶がある。この作品でようやくプロとなり、以後B級小説作家として数々の作品を発表することになる。「黒豹小説賞」は祥伝社20周年記念企画として開催されたもので、応募対象はエンターテインメント小説全般。選考委員は新戸雅章、関口苑生、新保博久、三橋暁、祥伝社フィクション出版部であった。ちなみにこの1回限り。ミステリの公募が乱立された頃の賞だが、第1回と謳われていなかったのは正解かも。
 主要登場人物全てが異様と言える人たちばかり。特殊捜査班に属し、闇に葬る必要がある事件の時に登場し、主犯の生存率はゼロという一匹狼の刑事冷泉正人。一人で暴力団組織を作り上げたが、実はマザコンで、今では痴呆症の母親を世話することが心の支えとなっている島田元。整形し、女性として理想的な体型を持ちながらも、今も男の逸物を持って男を犯す同性愛者の殺し屋・切り裂きお嬢こと高石明。4人組に嬲られ、妻を強姦されて自殺させられた過去を持ち、その復讐に燃える遺伝子学者香川新太郎。さらに謎の巨足を持つ殺人者。主人公は冷泉と思えるのだが、他の登場人物の個性も強すぎて、誰が主人公なのだかわからなくなってくる。脇役連中もとんでもない行動をとったりするものが多く、本当にここは日本かと思えるぐらいの殺し合いが繰り広げられる(大藪ファンがそんなこと言っちゃ駄目だな)。殺人者の正体そのものはそれほど珍しいものではないと思えるが、登場人物のほとんどがここまで突飛な連中ばかりであるのは確かに珍しい。しかも暴力シーンのオンパレード。ハードアクションが好きな人なら別だが、読んでいて気持ち悪くなってくるのも確か。圧倒的な迫力はあるし、文章もそれなりに読みやすいけれども、これでは他の賞へはとても応募できない。テレビ化も絶対無理。祥伝社もよくこの作品を受賞作にしたな、と本気で感心した。
 超弩級B級ハードアクションという言葉がピッタリくる作品。もっともそんな言葉があるのかどうかは疑問だが。そういう作品が好きな人なら話は別だが、それ以外の人には余りお薦めできない。




東野圭吾『麒麟の翼』(講談社)

 日本橋にある麒麟像の下で巡査が声をかけた相手は、ナイフで刺された男性、青柳武明の死体。そして武明の財布を持っていた人物が交通事故に遭い、意識不明の重体となった。容疑者からの証言は取れないものの、簡単に終わるかと思われた事件だったが、決定的といえる証拠が無く、捜査は難航する。日本橋署の加賀恭一郎は、従弟である警視庁捜査一課の松宮脩平とともに事件の真相を追い続ける。
 東野圭吾作家生活25周年特別刊行第1弾。2011年3月書き下ろし。

 『新参者』に続く加賀恭一郎日本橋署編。一見簡単に思える事件の真相を、地道で丹念な足による捜査で少しずつ求めていくもの。全く関係がないと思えるようなエピソードが実はここにつながっていた、という構成と展開はさすがと思えるものがある。福島県から夢を求めて東京へ出てきたカップル、八島冬樹と中原香織のその後と心情の描き方は、ややお涙頂戴のところはあるものの巧い。
 ただ、書き下ろしの割には作り込みが甘いと感じた。救われないキャラクターがいるのはまだしも、放り出されたまま終わってしまうキャラクターがいるのは残念。派遣切りや労災隠しの問題は、動機としてとりあえず付け足してみましたよ、という程度の内容でしかないし、被害者遺族が救われないままの状態で終わるのは、加賀シリーズとしてはやはり手落ちと思える。最後に親子愛が出てくるのも、それまでの展開から見るととってつけたような結末になっている。タイトルの付け方も今一つだし、そもそも日本橋の描写が知っている人向けにしかなっていないのも残念であった。
 看護士の登紀子とか、松宮などが出てくるエピソードは、一応事件の伏線を張っているつもりなのだろうけれど、やはりただのファンサービスにしか思えない。どうやら『赤い指』に出てくるキャラクターらしいけれど、その作品を読んでいない自分にはよくわからないまま登場して退場していったように感じた。結局本作品は、25周年を記念した、ファン向けのものでしかない。




ミッチェル・スミス『エリー・クラインの収穫』(新潮文庫)

 高級娼婦は死んでいた。自宅マンションの浴室で椅子に縛りつけられ、シャワーの熱湯を浴びせられて――。ニューヨーク市警の落ちこぼれ集団、遊軍部隊に所属する女性刑事エリー・クラインは相棒のナードンと共にこの事件の捜査に乗り出した。が、第二、第三の殺人が発生、捜査は難航する。多くを喪い、傷つきながらも、エリーが犯人を執拗に追いつめるまでを冷徹な筆致で描く警察小説。(粗筋紹介より引用)
 1987年、アメリカで発表。ミッチェル・スミスのデビュー作。1992年1月翻訳。

 分厚い文庫本に、当時の小さすぎる文字が襲いかかってくる。とにかく描写が細かい。細かすぎ。事件だけではなく、主人公エリーの日常、心情が一分一秒まで細かく描かれている。事件を追うだけなら、ここまで細かく描く必要はない。いったい何が作者をここまで駆り立てるのだろう、と思うぐらいだ。しかもその描写が細かいだけならまだしも、死体のグロテスクな部分、暴力描写、心の醜さまでもが細かく描かれるものだから、読む方は悪い意味で圧倒される。精神的攻撃を受けているかのようだ。
 内容としては、殺人事件の犯人を落ちこぼれ女性刑事が執念深く追い続けて逮捕する作品。言ってしまえばそれだけ。被害者の女性が娘に送る手紙の内容のところはちょっと変わっていてやや面白かったが、他の部分について内容だけをピックアップしてみると、それほど面白い作品とは思えない。ただ、その執拗とも思える描写が、この作品を際だたせている。
 筆力自体はすごいと思うけれど、他に関しては感心しなかった。まあ、それだけかな。




佐木隆三『正義の剣』(講談社文庫)

 現代社会のゆがみが引き起こした犯罪。罪を問われる被告人は、裁判では孤立無援の存在となる。そこで温情あふれる若き判事補が婚約者の応援を得て事件を解明していく。都内のアパートで一人暮らしの女性が、部屋に侵入した男に現金を盗まれ、猥褻行為を強要された。さて。英知と厚情で裁く連作裁判小説集。(粗筋紹介より引用)
 三か月前に都内のアパートで一人暮らしの女性が、部屋に侵入した男に現金を盗まれ、猥褻行為を強要された事件の裁判。目撃証言により前科のある男が逮捕されたが、被告は逮捕当初の証言を翻し、無罪を主張した。裁判官一年生で公判を担当する遠山欣一のフィアンセである沢由紀子、その友達である大友雅美と河田啓子は、公判を続けて傍聴するうちに、被告が無罪ではないかと思い、事件の謎を追いかける。「第一章 新米裁判官」。
 刑務所に服役中の男が犯した傷害事件。被告は傷害の事実こそ争わなかったが、証言内容に嘘があると怒声を浴びせ、挙句の果てに暴れて襲いかかろうとしたりした。事件は単純だと思われたが、実は裏があるのではないか。そう思った遠山は被告の背景をこっそりと調べて回った。「第二章 暴れる被告」。
 中学三年生の従弟が東京の進学塾へ通うため、十二月早々遠山のマンションに転がり込んできた。今回の裁判は、家庭内暴力を振り回す高校二年の息子を殺した父親が被告。受験戦争が背景にあることが他人事と思えなかった従弟は、法廷を勉強したいと裁判を傍聴する。「第三章 幼い戦士」。
 被告は14歳の息子、7歳と3歳の娘を放置していた母親であった。部屋の中には他に死後2,3年経った赤ん坊の遺体もあった。ところが、いるはずの2歳の女の子がいなかった。女の子は息子およびその友人たちのいじめの標的にあって死亡していた。母親の罪をどう裁くか。「第四章 女神の困惑」。
 八年前に起きた強姦致傷・殺人事件、いわゆる「正美ちゃん事件」の裁判は、物的証拠がなく、一度は自白した被告が公判では否認していることから、長く続いていた。由紀子と結婚し、もうすぐ子供が生まれる遠山は、二人で事件の現場を歩き回った。事件は有罪か、それとも無罪か。無期懲役の求刑に遠山はどう判決文を書くのか。「第五章 藪のなか」。
 1988年8月から1989年6月、三友社を通じ、北海タイムスから琉球新報まで十数社の地方紙に配信、連載。1992年7月、講談社より単行本として刊行。1995年8月、文庫化。

 東京地裁刑事三〇部を舞台に、新米裁判官遠山欣一が法と正義、そして真実に悩みながら、裁判官として成長する姿を描いている連作短編集。タイトルとなっている「正義の剣」とは、最高裁判所大法廷の正面大ホールにある女神像のことであり、右手に剣、左手に天秤を持ったポーズをしている。
 ノンフィクション・ノベルや犯罪ルポなどの著作が多い佐木隆三であるが、本作は現実の事件をヒントにしているものの、あくまでフィクションとして書かれた作品集である。そのため、裁判の関係者に会い、自ら調査するなど、本来なら許されない行為が所々で出てくる。作者自身「フィクションの世界では、裁判官がルール違反の証拠収集をするなどして、単刀直入に問題点に迫ることができる」と書いてはいるが、それなりにリアリティのある書き方をしている作品で、このような“ルール違反”に首をひねってしまうのは私だけだろうか。この裁判官、変な先入観を持って判決文を書いている、などと思ってしまうのだが。
 第五章は、島根県で起きた幼女殺人事件をモデルにしている。作者は後に、この事件の詳細を追った『闇の中の光』(徳間書店)という作品を出版している。




佐々木丸美『水に描かれた館』(講談社文庫)

 三人のいとこたちの連続殺人の謎を秘めた北の断崖の館は、朝から春の嵐に翻弄されていた。その日、財産目録作成のため四人の鑑定家が派遣されてくるはずだった。だが、現われたのは五人。"招かれざる客"は誰か? その目的は? やがて鳴り響く大時計の三点鐘とともに忍び寄る凶々しい殺意の影。人間心理の神秘を描くサイコ・ミステリー長編。(粗筋紹介より引用)
 1978年9月、講談社より刊行。1988年9月、文庫化。

『崖の館』に続く「館シリーズ」第2作。前作の続きという形になっているため、前作を読んでいないとわからない部分が多い点には注意。
 前作で生き残った登場人物に加え、今回は財産目録作成のための鑑定家たちが館の仮の住人として加わる。館の住人が現実感に乏しい透明さを持ち合わせているのに対し、鑑定家たちは興味を持つ分野以外には何も意識を向けようとしない人物として描かれている。どちらにしても、リアルとはかけ離れた位置にある人物たちであり、それらを理解しないと小説の世界観を把握することができない。
 毎度の事ながら、登場人物の行動原理や心理が理解できないため、なんでこいつらはこんなことを考えているのだろう、こんな行動を取るのだろう、と首をひねりながら読んでしまう。いつもの叙情溢れる文章に加え、哲学的、心理学的要素も加わるからなおさらだ。理解しようがないと言ってしまえばそれまでなんだが、それだけじゃないよなあ、とは思ってしまう作品でもある。
 本作品でも主人公である涼子の視点で物語は進むが、今回は涼子自身の恋愛も重要な要素となっている。ここまで独善的になれるものなのか、と思いながら読んでしまったが、これは少女と大人の間で揺れる恋情なのか、それとも単に佐々木ワールドの女性はみんなこうなのか。実は後者ではないかと思ったりする。
 なんだかんだ文句ばかり言いつつも、手元に本があるため読んでしまう。さて、三作目も手に取ることとしますか。




戸松淳矩『剣と薔薇の夏』(東京創元社 創元クライム・クラブ)

 万延元年の遣米使節団歓迎に沸き立つニューヨークで、次々と起こる不思議な事件。アトランティック・レヴュー社の敏腕記者ウィリアム・ダロウと挿絵画家フレーリは、日本人漂流民のジューゾ・ハザームの助けを借りながら、サムライ使節団の取材と並行して、怪事件の謎を追っていく。綿密な時代考証に裏打ちされた歴史小説のおもしろさと、本格ミステリの醍醐味を併せ持つ、ディクスン・カーを彷彿とさせる歴史ミステリの傑作が登場。(粗筋紹介より引用)
 2004年、書き下ろし。2005年、第58回日本推理作家協会賞長編賞受賞作。

 『名探偵は千秋楽に謎を解く』『名探偵は九回裏に謎を解く』を1979年、1980年にソノラマ文庫より刊行。『隅田川幽霊グラフィティ』を1987年に『獅子王』に連載後、長く沈黙していた作者が、十数年をかけて書き上げた畢生の大作。『鮎川哲也と十三の謎'90』(だったっけ?)で予告されてから10年以上。創元らしく幻のままで終わるかと思われた作品がまさかの出版。毎度の如く新刊、しかもサイン入りで購入しながら、あまりのボリュームに今まで手を着けられなかった。今回、積ん読状態のものをようやく引っぱり出した。
 読了後の感想を一言でいうと、面白かった。ただしそれは、歴史小説としての面白さ。日米修好通商条約の締結に伴って派遣された日本使節団のニューヨークにおけるその歓迎ぶりと、隠された政治的配慮、さらに日本使節団側の事情など知らないことばかり。人物、背景、風景、文化などが事細やかに記載されており、それが事実の羅列に終わるのではなく、小説として読めるように配慮されているから、最初こそ上長に感じたが、途中からは思ったよりページの進みが早かった。ただ、その面白さに事件の謎が隠れてしまっている。南北問題やそれに絡む奴隷の問題などを事件に絡めた手腕は買えるのだが、気が付いたら殺人事件が起きており、気が付いたら解決していた、という印象しかないのである。その連続殺人事件の謎が見立て殺人や密室を含む不可解なものばかり。特に必ず置かれている聖書の一部や、使節団が絡んでいることを暗示させているという謎は非常に魅力的。それでも、歴史的事実の圧倒的な記載に、これらの謎が印象の薄いものになっていることが非常に残念である。
 確かに大作だし、待たされた甲斐はあったと思える作品である。ただし、職業作家ならここまで書かないだろう、と思わせる作品でもある。




マーガレット・ミラー『眼の壁』(小学館文庫)

「私をたくさんの眼の壁が取り囲んでいる。私を憎み、私が死ぬのを待っている人たちの眼が…!」
 交通事故で視力を失い、ボーイフレンドとの婚約を自ら一方的に解消しながら、なぜか屋敷から彼を離さない富豪の娘ケルジー。眼の壁は彼女の心の傷が生み出した幻覚か? それとも本当に誰かが彼女の命を狙っているのか? バラバラな家族の絆が彼女のモルヒネ服用事件でにわかに、見えない緊張の糸でからめ取られ始めた。そしてついに不可解な死が…。江戸川乱歩の紹介以来、その名のみ高く、長いことその刊行が待たれていたサイコサスペンスの女王M・ミラーの長編傑作、本邦初訳なる! 巻末に作者の作品全リストを掲載した、ファン待望の一冊!(粗筋紹介より引用)
 1943年発表。ミラーの長編四作目。1998年、本邦初訳。

 江戸川乱歩の評論で取り上げられていたし、他の作品は出ていたことから、とっくの昔に訳されていたと思っていた一冊。小学館文庫から出たときは、これが初訳だとは夢にも思わなかった。サイコサスペンスは苦手だが、読んでみない手はない。
 とはいえ、中盤からの展開は今一つ納得できない。ケルジーを中心に不気味な雰囲気が持たれていたのに、ケルジーの自殺未遂以降はサンズ警部による捜査が途中で織り込まれるようになり、その後の殺人事件も含め、なんだか散漫な印象を与える結果となってしまった。最後にミステリ的な仕掛けを持ってきたところは、サスペンス作品としてはかえってマイナスに働いたと思える。
 うーん、これではまだミラーの本領発揮とは言えない。まだまだ荒削りなところが残っているというか、パズラーの残像を消し切れていないというところか。訳されていなかったのも、なんとなくわかったような気がした。




エド・マクベイン『被害者の顔』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 夏が近づくころ、夕方の街はいっとき静まり返る――アニイ・ブーンが殺されたのもそんな夜だった。酒屋のガラスの飛散したフロアにうつ伏せに倒れた彼女の周囲は一面血の海だった。バート・クリングは被害者の身許を洗っていった――丹念に忍耐強く。そして、明らかになったのは被害者の複雑な顔だった。貞淑な妻、優しい母、インテリ女性、情婦、酔いどれ……。どの顔が残忍な殺人者を招いたのか? しかし容疑者はいずれも堅固なアリバイを持っていた。
 警察活動の実態をセミ・ドキュメントな手法で描く好評の<87文書シリーズ>(粗筋紹介より引用)
 87分署シリーズ第5作。1958年発表。

 架空の街アイソラを舞台とした87分署シリーズ第5作。レギュラーキャラクターとなるコットン・ホース二級刑事初登場作品。逆に過去作品で登場していたロジャー・ハヴィランド警官が殺害されている。ただしその事件の方はメインではなく、中心に書かれるのは酒屋の女性店員が殺害された事件である。殺害された女性の人物像が、夫や店長、友人などによって全く異なるという展開であり、邦題もそれを意識して付けられているが、ありきたりな展開といってよく、そこに面白さがあるとは言えない(といっても、書かれた当時ならあまりない展開だったのか?)。動機のある人にはみなアリバイがあるという展開が待ちかまえているが、もう少し丹念な捜査をすればこの程度のトリックなどすぐに見破れたんじゃないかと思える。
 むしろこの作品の面白さは、比較的平和な街の分署から転任してきたコットンのドタバタ奮闘ぶりだろう。いきなりの失敗と、その後の頑張りについては思わず応援したくなる。
 87分署シリーズのよいところは、レギュラーキャラクターの背景を把握していなくてもそれなりに読むことができるところと、適度な厚さ。この作品のばあい、被害者の背景を捜査する展開ばかりで、途中にハヴィランド殺害の捜査を追う展開が交差するとはいえ、これ以上捜査の話ばかりされてもつまらなくなる、という寸前で事件の終結を向かえるから助かる。
 まあ、空いた時間を潰すように読むには十分に楽しく、そして読み続ければレギュラーに愛着がわき、いつしかはまってしまう。そんなシリーズである。




伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す』(ノン・ノベル)

 他人の嘘を必ず見抜くことができる市役所勤務でリーダーの成瀬、演説の達人で喫茶店主の響野、スリの天才で並外れた動物好きの青年久遠、正確な体内時計を持っているシングルマザーの雪子。四人はギャング、すなわち常に成功させる銀行強盗団であった。そして今日も成功するはずだった。しかし逃走中の車に突っ込んできた車は、同じく逃走中の現金輸送車強盗団。彼らに車だけでなく、奪ったはずの4000万円まで奪われる羽目となった。取り返す動き始めたのだが、雪子の息子である慎一に不穏な影が迫る。さらに他殺体まで遭遇する羽目になり。最後に笑うのは一体だれか。
 2003年2月、書き下ろし。

 1996年、第13回サントリーミステリー大賞佳作受賞作品『悪党たちが目にしみる』が原型と聞いていたので、今更ながら読んでみた作品。あとがきを読むと、登場人物は同じだが、作品の内容は違うということだったので、あえて読む必要はなかったなとちょっと後悔。ちなみにそちらの方は銀行強盗襲撃後、誘拐事件に巻き込まれるという話とのこと。
 クライムコメディとあるが、コメディの中に社会的要素や批判をシレッと入れてくるあたりは作者らしいところか。ただ四人のキャラクターが濃すぎて、それぞれが好き勝手に主張するものだから、どうもテンポに乗りきれない。慎一につきまとう影の正体が知れるあたりまで変調な流れが続くので、読みながら苛立ってばかりいた。言ってしまえば、行動より語りが多い。登場人物は思ったほど多くないため、筋書きがある程度予想できる分、その苛立ちは余計に募るばかり。結末の付け方も予定調和であったため、あまり楽しめなかった。まあ、細かい伏線を一気に回収する腕には感心したが。




笹本稜平『白日夢 素行捜査官2』(光文社)

 警察組織の腐りきった体質は外からじゃ治せない。なかにいるおれたちじゃないとできない仕事だ。警務部人事一課監察係の本郷岳志たちは、山形へ元刑事の遺骨を引き取りに向かう。自殺したその男は元潜入捜査員で、退職時、多量の覚醒剤を持ち出していた。単独犯なのか? 背後関係を調査した本郷たちは、警察組織のなかに元刑事の男を追いつめた黒い人脈が存在する痕跡をみつける。裏切り者は誰だったのか。二転三転する真相! 最後まで息をつけない痛快警察小説最新作待望の完成。(帯より引用)
 『小説宝石』2009年10月号〜2010年9月号連載。2010年10月刊行。

『素行捜査官』の続編。警察官や組織の悪を身内から追求する物語であるためか、もしくは本郷たちが途中で無力さを感じるためかはわからないが、書き方がどうしても暗くなっており、帯にあるような痛快さはない。『越境捜査』シリーズのように脳天気なキャラクターを出してほしいと思うし、もっとストレートに「組織内の悪を正す!」という展開で押し進めてほしいと思うのだが、それはある程度リアリティを重んじようとする作者の本意ではないのだろう。
 雑誌連載という制約のせいかもしれないが、結末の付け方はかなりの駆け足で、かつご都合主義。結末が駆け足になるのは、作者の作品ではしばしば見られることであり、さらに急いで結末を付けようとするからご都合主義になるのも時々見られる。作者にはここらで腰を据え、書き下ろしを出してほしいところではあるのだが、人気シリーズを抱えていては、それも難しいだろう。
 読ませる力はあるのだから、連載を続けるのであれば、配分を最初から検討してほしい。この人の場合、あれもこれもと序盤で詰め込むから失敗している。




高田郁『小夜しぐれ みをつくし料理帖』(ハルキ文庫)

 季節が春から夏へと移ろい始める如月のある日。日本橋伊勢屋の美緒がつる家を訪れ、澪の顔を見るなり泣き始めた。美緒の話によると、伊勢屋の主・九兵衛が美緒に婿をとらせるために縁談を進めているというのだ。それは、美緒が恋心を寄せる医師、源斉との縁談ではないらしい。果たして、美緒の縁談の相手とは!?――(第三話『小夜しぐれ』)。表題作の他、つる家の主・種市と亡き娘おつるの過去が明かされる『迷い蟹』、『夢宵桜』、『嘉祥』の全四話を収録。恋の行方も大きな展開を見せる、書き下ろし大好評シリーズ第五弾!!(粗筋紹介より引用)
 2011年3月、書き下ろし。

 人気シリーズの最新作。種市とおつるの過去が明かされる「迷い蟹――浅蜊のお神酒蒸し」。楼主伝右衛門からの依頼で、翁屋における花見の宴の料理を作る「夢宵桜――菜の花尽くし」。美緒の縁談話と恋の決着、そして佐兵衛の生存が描かれる「小夜しぐれ――寿ぎ膳」。「嘉祥」の儀式にて城内で出す新たな菓子について思案する御膳奉行小野寺数馬の悩みを描いた「嘉祥――ひとくち宝珠」。
 過去の巻では描かれなかった話が明かされたり、澪を取り巻く恋模様に石が投じられたりと、シリーズの転換期になりそうな一巻。思わずお腹が鳴ってしまいそうな料理の描写は相変わらずだし、澪の傷ついた指がどうなるかも気がかりだし、と相変わらずの上手い引きについページが進んでしまう。
 意外と速いペースで巻が進んでいる。次作が楽しみなのだが、作者ものって書いているのだろう。そろそろNHKあたりでドラマ化しそうだが。



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