今野敏『疑心―隠蔽捜査3』(新潮社)

 大森署署長に左遷されたキャリア組の竜崎伸也であったが、今ではその地位にも慣れてきた。アメリカ大統領が来日するということで警視庁内はてんやわんやだったが、一署長はただ上からの命令に従うだけでよかったはずだった。ところが竜崎は、第二方面の方面警備本部長に任命される。伊丹に頼んで藤本警備部長にも確認したが、間違いのない人事だった。これは過去に因縁のあった第二方面本部野間崎管理官らによる、竜崎を追い落とす陰謀か。そして藤本警備部長から応援の秘書官として配属されたのは、美貌のキャリア、畠山美奈子。妻の冴子からでさえ唐変木と言われていた竜崎が、美奈子に恋をした。初めての感情に悩む竜崎。しかも大統領専用機の到着する羽田空港におけるテロ情報が入り、アメリカからシークレットサービスがやってきて、羽田空港の封鎖を求める。優秀だがひねくれ者の刑事戸高は、テロ情報と何の関係もない、事故を起こしたまま消えたトラック運転手を単独で追い続けていた。
 『小説新潮』2008年6月〜10月号連載。2009年3月、単行本化。連載時タイトル『乱雲―隠蔽捜査3』。

 『隠蔽捜査』シリーズ2作でようやく名実ともに名前が広がった、作者のシリーズ第3作。このシリーズでは初の連載、ということでいいのかな。
 事件としては、訪日するアメリカ大統領を狙うテロという大事件なのだが、実際の規模としてはスケールが小さすぎて、迫力に欠けた。むしろ本作品では、何事も原理原則で行動してきたあの竜崎が恋をして苦しむという心情の方に、大きな焦点を向けるべきだろう。もっとも、10代でとっくの昔に迎えているべき感情を、50歳を過ぎたおっさんがいい年こいて何をしているんだ、という印象しか受けないのだが。
 苦しんでいる竜崎の迷いを晴らすのは禅の公案。事件を解決するきっかけとなるのは、単独で別の事件を追いかけていたはずの戸崎。一つ目標が見つかれば回り出す優秀な官僚組織。この辺の筋の組み立ては、前作『果断』と変わらない。意外な事件の真相というものがないため、『果断』ほどの面白さはない。それにシリーズものの特徴とはいえ、『果断』は第1作『隠蔽捜査』を読んでいなくても十分楽しむことができる作りだったが、本作では、すでに左遷されたはずなのに上からの評価は異様に高い竜崎の実力をすでに皆知っていて、一部は心酔しているという前提条件があるため、そこを知らないと竜崎という主人公像に首をひねるかもしれない。本作は、シリーズを読んでいる人という前提があって、初めて面白く読めるタイプの小説である。
 まあ、過去2作が面白かったからか、自分は十分に楽しむことができたけれどね。キャラクターに頼りすぎるのではなく、事件の謎そのものでも面白いものを作ってほしい。そう思っているだけのことで。




笹本稜平『春を背負って』(文藝春秋)

 自動車事故で亡くなった父の後を継ぎ、4年前から奥秩父にある山小屋「梓小屋」を経営する長嶺亨。そして父の後輩であり、今年も山小屋を手伝いに来てくれた、ホームレスの多田悟郎、通称ゴロさん。元々は東京のサラリーマンだった亨に、山小屋経営のノウハウを教えてくれた恩人であるが、4月下旬から11月下旬までの営業期間以外は都会でホームレスとして生活している。しかし亨には気がかりなことがあった。今年の2月半ば、山を下りていた亨に、東京から来た尾木という刑事が現れた。6年前に中野区のコンビニで起きた強盗殺人事件の容疑者に、ゴロさんが似ているという。その時は否定した亨だったが、時期的には父を手伝って山に入った年であり、可能性はあるかもしれない。そして尾木は、逮捕状を以て、山小屋に現れた。「春を背負って」。
 6月上旬、奥秩父を代表する花であるシャクナゲが、父が発見したシャクナゲの群生地である「天上の花園」から盗まれた。プロの仕業と見た亨は、群生地に赤外線センサを取り付けた。別の小屋から、行方が確認できない女性の登山者がいるという。母に聞くと、その高沢美由紀という女性は昨日、母が経営する麓の旅館に予約なしで泊まったという。遭難ではなくて一安心した亨だったが、二階に飾ってあったシャクナゲの群生地の写真をじっと見つめていたと聞き、不安になった。「花泥棒」。
 高沢美由紀が梓小屋で働くようになった。客からの不満や苦情が少なくなり、リピーターが増え、夏場の繁忙期を過ぎても客足は順調であった。さらに元ウェブデザイナーの腕を活かしてHPを新しくし、アクセス風も増えた。料理レシピにも載っていない、美由紀のひらめき料理も好評であった。そんな9月のある日、登山客のダブルストックで荒れた路肩を直している途中、ガレ場で白骨死体を見つける。過去の行方不明者に該当する人物はないが、事件性はなさそうだった。そして数日後、梓小屋へ宿泊を予約していた84歳の男性が、夜になっても到着しなかった。「野晒し」(「野晒しの秋」改題)。
 登山シーズンも終了し、山から下りてきた亨たち。亨と美由紀は、母の民宿で働くのだが、ゴロさんは今年も東京周辺へ戻って野宿生活に入るという。打ち上げをしようと民宿まで来たが、ゴロさんが脳梗塞で倒れた。宿泊客で、山小屋の常連でもある医者の処置により、病院へ運ばれたまではよかったが、医者が勧めるtPA(血栓溶解剤)療法をゴロさんは拒絶する。「小屋仕舞い」。
 結局ゴロさんも民宿で働くようになった3月後半。今日下山して旅館に泊まる予定だった3人のパーティが、二つ玉低気圧による吹雪と積雪により、身動きが取れなくなった。梓小屋の隣にある甲武信小屋まで辿り着いたとの連絡が亨に入り、一安心。しかし、パーティの女性の夫が交通事故で重体になっているという連絡が入ったため、夜になって好天を理由に下山しようとする。亨は擬似好天だから動かないようにと説得し、パーティも了解したのだが、女性は一人で山を下り始めた。「擬似好天」。
 ゴールデンウィークが近づき、小屋開きの準備をしていた亨とゴロさんと美由紀。そこへ小屋に猫がやってきた。雪の残る山へ登るはずもなく、まだ客がいるわけでもない。さらに夕方、荷物の間にうなだれていたのは小学校低学年の女の子。一人で来られるような場所では無いのにと不思議がる亨たちであったが、なんと彼女と猫は小屋へヘリコプターで運ばれた荷物の中に隠れていたのだった。宮原真奈美と名乗る少女は、猫のこと以外は何もしゃべろうとしない。ヘリポートはバスも通らない辺鄙な場所なのに、なぜそんなところへ行ったのか。「荷揚げ日和」。
 『オール讀物』2009年6月、9月号、2010年2月、6月、9月、12月号掲載。2011年5月、単行本化。

 最近は山岳冒険小説と警察小説を主に執筆している笹本だが、本作は奥秩父の山小屋を舞台にした連作短編集。毎回事件は発生するが、冒険やハードボイルドといった要素はなく、山における人間ドラマを主体とした作品に仕上がっている。
 山の魅力を伝え、山における触れ合いの魅力を伝え、山で生きる人たちの魅力を伝える。一人一人の言葉が時に軽やかで、時には重く、そして真実を突いてくる。読み終わってよかったなあ、と思える作品に全てが仕上がっている。山には癒やしがあるのだろうね、きっと。奥秩父という、どちらかと言えばメジャーでは無いところを舞台として選んだことも、本作の良さの一つとして加味されている。
 ただし、主人公に都合よく展開が回りすぎだろう、という批判はされても仕方が無いかも。毎回小さな事件は起きるものの、終わってみれば前より良くなってばかりというのはどうだろう。短編だからなのかも知れないが、どれも綺麗にまとまりすぎた感はある。
 それでも、もう一度会いたい、そう思わせる登場人物たちばかりであった。亨と美由紀がどうなるか、さあ、これからというところで単行本が終わっている。当然続きがあるのでしょう、と作者に言いたくなった。それぐらい、続編が待ち遠しい作品である。




別冊宝島編集部『週刊ファイト スクープの舞台裏』(別冊宝島1812)

 40年にわたりマット界の裏ネタを報道しつづけた『週刊ファイト』。90年代から00年代の誌面を中心に、スクープ記事の「裏舞台」を明かす。意外な「情報提供者」たちの顔ぶれからは、これまでとまったく違ったプロレス史が浮かび上がる。休刊に至るまでのプロレス「斜陽」の時代を深く解明する、ファン必読の歴史的資料。過去の名連載、珍連載、また記事に抗議してきた人々など、井上譲二元編集長が「受難」の歴史を赤裸々に告白する。(内容紹介より引用)
 2011年9月刊行。

 プロレス界の舞台裏を追い続けていた別冊宝島編集部だったが、とうとうひねり出すネタすら無くなったようで、本家プロレス舞台裏暴露誌「週刊ファイト」を引っ張り出してきた。とはいえ、ほとんどは井上譲二元編集長による舞台裏であるため、1990年代以降の内容が中心。この頃は結構読んでいた世代だから、懐かしいといえば懐かしい内容も多いが、今更感があることも事実。少なくとも、「週刊ファイト」を読んでいない読者にとっては、何が何だかわからない部分も多い。いっそのこと、マイナーコラム連載を再録してくれれば面白かったのに。なんか、井上氏の救済企画(生活費稼ぎ)にしか見えなかったのも事実なのだが……。
 宝島らしい「ファイトVOW」は笑えるが、こんな企画は数ページでよかったから、他の記者にも書いてほしかった。特にインディーネタを書いてほしかったな。




アントニイ・バークリー『ウィッチフォード毒殺事件』(晶文社)

 ロンドン近郊の町ウィッチフォードで発生した毒殺事件に興味をもったシェリンガムは、早速現地へ乗り込んだ。事件はフランス出身のベントリー夫人が、実業家の夫を砒素で毒殺した容疑で告発されたもので、状況証拠は圧倒的、有罪は間違いないとのことだったが、これに疑問を感じたシェリンガムは、友人アレック、お転婆娘のシーラとともにアマチュア探偵団を結成して捜査に着手する。物的証拠よりも心理的なものに重きを置いた「心理的探偵小説」を目指すことを宣言した、巨匠バークリーの記念すべき第2作。(粗筋紹介より引用)
 1926年、刊行。処女作『レイトン・コートの謎』に続く第二作で、当初“?”名義で発表された前作と同様、今作も“『レイトン・コートの謎』の著者による”という匿名で刊行された。翌年の第二版で、名前が明らかにされた。2002年9月、本邦初訳。

 処女作に続くロジャー・シェリンガム・シリーズ。以後も刊行が続き、全部で10作の長編がある(『毒入りチョコレート事件』以後も5作あるのだ)。
 前作のシェリンガム、アレック・グリアスンに、アレックの従姉の娘であるシーラが加わってのドタバタ劇。いかにして夫人の無罪を証明し、犯人を突き止めるために3人が動き出すのだが、ほとんど掛け合い漫才としか思えない捜査に苦笑するばかり。物的証拠がないため、色々な仮説を組み立てては自分で崩していくシェリンガムの暴走ぶりは、本来なら英国風ユーモアミステリとして笑うところなのだろうが、痛々しさしか感じないのは、自分が英国本格ユーモアミステリが苦手だからだろう。心理的証拠に重点を置きながら、物的証拠に一喜一憂する姿は、もはや冗談としか言いようがない。騒動ばかりが目立ち、結末はあっけない点も今一つ。もっとも、一つの事件に複数の推理が繰り広げられるという点では、作者の考えが如実に出ている作品とも言えそうだが。
 ちなみに本書で書かれている毒殺事件、実は1889年にリヴァプールで発生したフローレンス・メイブリック事件をほぼ忠実に再現したものだそうだ。本書と違うところは、被告の夫人は有罪となり、死刑が宣告されている。その後は、無罪放免を求める請願書への署名が50万に達したため終身刑に減刑され、15年後に釈放されている。




東川篤哉『謎解きはディナーのあとで 2』(小学館)

 国立署の新米刑事で、正体は世界に名だたるコングロマリット・宝生グループの一人娘である宝生麗子。上司であり、よく壊れる国産車メーカー・風祭モータースの御曹司であることを自慢する風祭警部。二人が遭遇する事件の謎を、麗子から話を聞いただけで解いてしまう、毒舌執事・影山。三人の活躍を描いたシリーズ第二弾。
 女性が空きビルの一室で殺害された。元恋人が有力な容疑者として浮かび上がるのだが、被害者と容疑者に遭遇したという複数の証言からアリバイが成立していた。「アリバイをご所望でございますか」。
 元工場倉庫を改造した部屋に済んでいた若い女性が、風呂場のバスタブで溺死した。クローゼットからは、何故かたくさんの帽子が無くなっていた。「殺しの際は帽子をお忘れなく」。
 いつもの刑事姿ではなく、赤いドレスと緑色の宝石で着飾った麗子は、友人の父親の還暦パーティに出席した。友人たちとの話に花を咲かせていたが、ホテルの屋上で知り合いの女性が殴られる。病院に運ばれる寸前、「赤いドレスで緑色の宝石を付けた、よく知らない若い女に襲われた」と麗子に告げた。「殺意のパーティにようこそ」。
 雪が積もった、クリスマスイブの朝。予定があるという影山に怒り、初めてバスで出勤したはいいが、道に迷った麗子は、殺人事件に遭遇する。しかも、自転車の轍と発見者の足跡しかない、雪の中の密室だった。「聖なる夜に密室はいかが」。
 家電量販店チェーンを経営する花柳家は、当主が交通事故で亡くなり、愛人は出てくるわ、遺産相続でもめるわというスキャンダル続き。とうとう姪が刃物で殺害され、しかも自慢の長い黒髪がハサミで切られ、暖炉で燃やされていた。「髪は殺人犯の命でございます」。
 著名な画家が、自宅のアトリエで殺害された。現場にはハシゴが倒れていただけの密室状態。警察の捜査では何も見つからなかったが、麗子は影山とともに夜の現場へ捜査に乗り出す。「完全な密室などございません」。
『きらら』2011年1月号から10月号まで連載された短編5本に、書き下ろしの1本を追加した短編集。2011年10月刊行。

 前作は本屋大賞を受賞したミリオンセラーの第二弾。ちょうど桜井翔・北川景子でドラマ化されているということもあり、売るタイミングとしては最高だろう。タイミングが合ったとはいえ、出版社の戦略の勝利だね、こればかりは。
 売れた作品のシリーズものとなると、大抵は第1作よりはレベルが落ちるものというのが相場だが、本作の場合は相変わらずの東川クリオティと言ったところ。笑いを重ねながらも、しっかりと推理を見せるという点では、魔夜峰夫と双璧である(違うか)。ただ作中で本人が嘆いたように、安楽椅子探偵の位置にあった影山が動的な活動を見せるといった点については、少々ネタ切れの部分があるのかなと思ってしまうところもある。
 個人的には、「アリバイをご所望でございますか」が好き。殺人の動機やトリック、そしてオチまでがしっかりと一本
の糸でつながっている。「髪は殺人犯の命でございます」の推理における論理性もなかなか。
 「殺意のパーティにようこそ」について言えば、藤原宰太郎の某推理クイズを思い出してしまったと言っておこう(まあ、それも元々ものネタがあるのだろうが)。「聖なる夜に密室はいかが」の密室トリックは少々苦しい。
 書き下ろしの「完全な密室などございません」について言えば、テレビ向けに作られたような気がしないでもない。ただ、最後は麗子が言うように風祭警部が殉職した方がよかったんじゃないか(いや、違う)。
 個々で見ていくと粗もあるのだが、キャラクターや会話でそれが緩和されている点も見逃せない。どぎついシーンがあるわけでもないので、小学校高学年ぐらいからでも楽しむことができるだろう。ってことは、嵐ファンの小中学生も読むから、さらに売れ行きが伸びるかな。ただ、個人的には烏賊川市シリーズの馬鹿馬鹿しさの方が好きだったりする。
 どうでもいいんだけれど、麗子と書くとお嬢様に見えてくるのは何故なんだろう。やっぱり大原麗子? それとも白鳥麗子? もしかして秋本麗子?



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