W・H・ホジスン『夜の声』(創元推理文庫)

 若くて市船員生活を送った二十世紀怪奇小説の鬼才W・H・ホジスンは、異界への憧憬と恐怖を大海原に求めた。本書は、闇の海から聞こえてくる奇妙な声が、とある島の怪異を語る傑作「夜の声」をはじめ、巨大な口と触手を持つ海の魔物が襲いくる「熱帯の恐怖」、死の海サルガッソーに入りこんだ船を待ち受ける、海藻の下に潜む恐怖を描いた「グレイケン号の発見」のほか、海に浮かぶ石の船やカビに覆われた廃船にまつわる海洋奇譚全七編に、<カーナッキ>シリーズの先駆をなす「水槽の恐怖」を併録した。(粗筋紹介より引用)
 日本オリジナルの短編集。1985年8月刊行。

 ジョージが乗っていた小さな船に、年寄りの男がボートで近づいてきた。光を怖がる彼は、船の主であるウィルから食料を貰い、立ち去った。再び現れた彼は、自分と婚約者に降りかかった出来事を話し始める。6か月前に遭遇した沈没と、二人だけ辿り着くことができた島での出来事を。「夜の声」。映画『マタンゴ』の原作となった。
 航海中に襲ってきたのは、巨大な海蛇。トムプソンは甲板室に逃げることができたが、他の船員は次々に襲われた。「熱帯の恐怖」。
 凪で二晩停止していた船の見習い水夫が廃船を見つけた。そこへ別の船がやってきて、銃撃戦が始まった。翌日、船の一行は廃船へ調査に出向いたが、廃船はネズミの巣窟だった。慌てて逃げる彼らに、ネズミが襲いかかる。「廃船の謎」。
 グレイケン号の消息がわからなくなって1年。乗っていた恋人が行方不明となり、気落ちしていたバーロウの気分転換をさせようと、主人公は彼を航海に誘うが、バーロウは乗組員とともに船を乗っ取る。バーロウは主人公達を監禁し、恋人を捜しにサルガッソー海へ向かった。「グレイケン号の発見」。
 航海中のデュプレイとジェンセンが聞いたのは、小川が山腹を流れ下るような音と悪臭、謎の灯りだった。船長達はボートに乗り、調査に繰り出す。そこで見つけたのは、石の船だった。「石の船」。
 老船医が語り出したのは、若かりし頃の話。航海中に見つけた廃船へボートで近づいて乗り込むと、その廃船は薄汚れた白いカビの巨塊だった。船長は更に探索を続けるが、カビが彼らに襲いかかった。「カビの船」。
キャビン・ボーイで甲板員の少年ピビーは、ジャット船長達とボートで島に乗り込む。その島は、原住民から「悪魔の島」と呼ばれ、悪魔を崇拝する巫女達が多く住んでいた。船長は、ウドの巫女と呼ぶ彼女たちが取ってくる真珠を狙っていた。少年冒険物と言ってよい「ウドの島」。
 水の供給口である巨大な水槽で、老人と警官が続けて絞め殺された。老人が盗られた時計と財布を持っていた水槽管理人が逮捕され、絞首刑が言い渡された。しかしトレイトン医師は、彼は無実だと叫ぶのだった。「水槽の恐怖」。

 1995年の復刊フェアで購入した一冊。本棚の奥から見つけてきたが、ブックカバーが、今はなき「深夜プラス1」だよ。とりあえず買って、そのまま放置していたんだろうなあ、と我ながら呆れた。「あのH・P・ラヴクラフトが多大な影響を受けた鬼才ホジスン」って書いてあったから買ったのだと思うけれど、そもそもラヴクラフト自体読んだことがないのに、なぜ買ったのだろう。同時に出ていた『鎧なき騎士』もあったから、多分フェアの中で読んだことがない本を適当に選んで買ったのだろうなあ。
 船乗り生活を8年間送ったというホジスンならではの、海洋恐怖物。一編一編は短いが、まとめて読むと、現在の海洋物の原型のようなアイディアに溢れている。少ない文章から溢れてくる恐怖というか。現代読者が読むと物足りなさを覚えるかも知れないし、よくあるパターンじゃないか、と思う人がいるかもしれないが、これが1905年から1913年に発表された作品であることを知れば、逆にそのアイディアに感心するだろう。
 巻末の長谷川晋一による「ホジスンの生涯」も、コンパクトにまとめられているがなかなか面白い。ホジスンという作者の波瀾万丈の人生が描かれている。




藤林愛夏『北の殺人童話』(扶桑社)

 次期教授の依怙贔屓で助教授になれなかった後藤峻介は、大学時代の先輩である警察副所長の大林智視に誘われ、北海道法医学研究所に入る。助教授になれなくてやけ酒を飲み、急性アルコール中毒で運ばれた病院で知り合った看護婦のリカちゃんこと増田襟香は、大叔母であり、北海道で有名なコンツェルン・利光の会長、利光郁子に呼ばれ函館に来ていた。郁子の唯一の、そして仲の悪い孫であり、放医研生理学に所属する津川幸彦の嫁候補の一人としてだった。ところがその家で、3人の嫁候補がそれぞれ危ない目に遭っていた。候補の一人がいなくなったことから襟香に乞われ、津川と、研究室の助手である清水緋紗子の3人で屋敷へ向かう後藤。しかしついた途端、襟香の義父である居候の増田が、落下した窓に直撃して死亡した。そして立て続けに起きる殺人事件。裏にはやはり財閥の跡継ぎを巡る争いがあるのか。
 第1回FNSミステリー大賞レディース・ミステリー特別賞受賞作。『殺人童話-北のお城のお姫様』を改題し、1989年10月、単行本化。

 サントリーミステリー大賞→朝日放送、乱歩賞→フジテレビ、横溝賞→TBS、日本推理サスペンス大賞→日本テレビと、ほとんどのテレビ局が、ミステリの賞を映像化していた頃、いっそのこと自分たちで作っちゃえとやったのがFNSミステリー大賞。大賞、レディース・ミステリー特別賞、ヤング・ミステリー特別賞と3部門あり、選考委員もプロデューサーの岡田裕、映画監督の川島透、シナリオライターの竹山洋、そして中島河太郎と、映像端の方が多かったことも特徴であった。ところが集まった作品は低調で、いずれも2時間ドラマの脚本みたいな作品だったらしい。結局選ばれたのが、レディース・ミステリー特別賞の本作品である。
『ミステリマガジン』で新保博久(結城信孝だったかも知れない)が酷評していたことしか覚えていない作品だったが、本棚から見つけてしまったので読んでみることにした(自分でも買っていることを覚えていなかった)。うん、読み終わるまでが苦痛だった。
 講評では「アクの強い文章」などと苦しい表現をしているが、要するに下手なだけ。描写も会話も独りよがりだし、さらに説明不足のところが多すぎるから、登場人物がどういう立場なのか、どういう位置付けなのか、どう考えているかなどが全然わからない。なんでこんな会話をしているんだろうと首をひねりながら読み続けて、後で説明がなされて前の会話の意味がわかるような書き方では、読む方が苦労するだけ。それに、主人公である後藤が、ただの優柔不断な中年男性でしかなく、どこにも魅力がないのにはまいった。
 内容の方も今一つ。元々説明不足のところもあるが、事件そのものが中途半端。大邸宅を舞台にしているんだから、もう少し派手な事件を起こすべきだろう、ここは。事件の真相に辿り着く過程も、行き当たりばったりというか。トリックらしき物には首をひねるしかない。
 とまあ、褒めるところが全く見当たらない。これが特別賞とはいえ受賞作なのだから、集まった作品はもっとレベルが低かったのかと思うと、選考委員や予選委員も相当苦労しただろう。
 この賞、第2回からFNSレディース・ミステリー大賞と、女性だけを対象の賞に名前も変わり、選考委員も中島河太郎、夏樹静子、林真理子、山口洋子に変わってしまったが、発表結果もないまま消えてしまった。まあ、仕方がないだろうね、この結果じゃ。




京極夏彦『百鬼夜行-陰』(講談社ノベルス)

『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』『狂骨の夢』『鉄鼠の檻』『絡新婦の理』『塗仏の宴』にかかわった人物の背景が明らかになるサイドストーリーを集めた1冊。『小説現代』に1995〜1999年に掲載された「小袖の手」「文車妖妃」「目目連」「鬼一口」「煙々羅」「倩兮女」「火間虫入道」「襟立衣」「毛倡妓」の9編を加筆修正し、書き下ろし「川赤子」を加えて収録。1999年7月刊行。

 新刊で買って、そのまま放置していた一冊。過去作品の登場人物、それも犯人や被害者を主人公としたサイドストーリー短編集。とはいえ、もう京極作品に興味がなくなっているし、長編群を読んだのも20年近く前になるなので、こんな人物が出ていたような記憶があるな程度の認識。覚えていれば少しは面白さが違ったかも知れない。まあ、それらを知らずに読んでもわからないではないが、今一つ感情移入できなかったことも確か。というか、中途半端に覚えている分、逆に苛立ってばかりだったりもした。
 普通に読めば怪談になるのだろうが、逆に構えてしまったなあ。そういう意味ではかなり残念。まあ、続けて読むべきだったね、ということで終わってしまう短編集ではあった。どうでもいいが、最後の「川赤子」を読むと、関口はよく結婚できたなあ、と本気で思ってしまう。



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