デレック・スミス『悪魔を呼び起こせ』(国書刊行会 世界探偵小説全集25)

 ブリスリー村の旧家クウィリン家には、家督相続人のみが代々受け継ぐ秘密の儀式があった。当主ロジャーはフィアンセとの結婚を前に、19世紀以来途絶えていた儀式の復活を思い立ち、周囲の心配をよそに、幽霊が出るという伝説の部屋"通路の間"に閉じこもった。そしてその夜、恐ろしい悲鳴を耳にして駆けつけた一同の前に、背中を短剣で刺されたロジャーの姿があった。厳重な監視の下、内部から施錠された密室内で、如何いして凶行は演じられたのか。あるいは言い伝え通り出現した悪霊の仕業なのか。そしてその翌日、第二の密室殺人事件が……。不可能犯罪ミステリ研究の第一人者が、その知識を結集して書き上げた密室ミステリの逸品。(粗筋紹介より引用)
 1953年作品。1999年11月、翻訳。

 作者はイギリス有数のコレクターで、いわゆる密室マニア。それが高じて自分で密室殺人事件を書いてしまった、という雰囲気が漂ってくる作品。『三つの棺』や『帽子から飛びだした死』等が引用され、『ビッグ・ボウの殺人』の初版本の話が出るなど、マニアらしい蘊蓄もある。ロバート・エイディー『密室殺人その他の不可能犯罪』で、「あらゆる密室コレクションの必須アイテム」と絶賛されていたことから、シリーズ第2期(第11巻〜25巻)で最も注目されていた作品だった。まあそれで買うだけ買っていたのだけども。
 一番目の密室は、秘密の通路がなく、内側から鍵のかかった"通路の間"での殺人事件。扉は弟のピーターと素人探偵のアルジー・ローレンスが見張っていて、窓は外からハーディング巡査部長が見張っている。しかも雨上がりであるため、足跡の無いことがわかるという状況。
 二番目の密室は、ロジャーに追い出された元管理人・サイモン・ターナーが事件当時屋敷の外にいたことから逮捕され、派出所の独房にいたところを絞め殺されてしまう。しかも独房へつながる執務室のドアを、アルジーとハーディングがずっと見ていた。
 本格マニア、特に不可能犯罪マニア、密室マニアならワクワクするような設定なのだろうが、大がかりなトリックはなさそうだとわかってしまうと、逆にある程度の形は見えてきてしまうというのが難点と言えば難点。設定がシンプルで文章が平易なのは普通だったら高ポイントなのだろうが、本作品では犯人がわかりやすくなってしまった分マイナスに働いてしまったと思う。トリックはよく考えられているのだろうが、一番目については解説者が指摘する部分が私も読んでいて気になった。綱渡りなところもある一番目より、二番目の密室殺人の方が好みだね。なぜ密室殺人を犯したのかという動機もわかりやすいし、その方法もシンプル。予期せぬ状況が付加されてがんじがらめになった点も好き。
 この作品のよいところは、密室殺人のトリックよりも、むしろ犯人を解き明かすロジックの方。犯人に迫る過程が一つ一つ丁寧に書かれているし、伏線の拾い方もきっちりとしている。ただ、小説として面白いかと言われると話は別。アッと言わせるサプライズというか、読者の驚きがないというのは本格探偵小説として面白味に欠ける。
 トリック重視、ロジック重視なら喝采するかも知れないが、舞台設定も含め、もう少しぐらい外連味があった方が面白くなるのにと思った。せっかく幽霊が出る部屋という設定だったら、幽霊という存在をもっと効果的に使うべきだっただろう。それと、アルジーとロジャーのフィアンセ・オードリーとのロマンスもどきは蛇足。いきなりのキスのところなんて、普通にビンタの一つくらいあってもおかしくはないと思う。




レスリィ・チャータリス『聖者ニューヨークに現わる』(ハヤカワ・ポケットミステリ 293)

「ロンドン発/ニューヨーク市警警視総監宛──現在、サイモン・テンプラーがアメリカ合衆国にいると信ずべき理由あり。彼の動きにご注意ください。その特徴は、身長6フィート・2インチ、体重175ポンド、31歳、眼はあい色、髪は黒くうしろへ撫でつけ、顔は日焼けしている。左肩上に貫通銃創、右の二の腕に8インチの傷。常に完全な服装で火器を携帯し、ナイフ投げの名手でもある。犯罪現場に、頭のまわりに後光をもった人間の線画を書き残しておく癖があり、そのことから、〈聖者〉(セイント)の名で呼ばれている……」
 セイントことサイモン・テンプラーが二ューヨークへやってきたのは、直接には富豪ヴァルクロスの頼みからだった。三年前、息子のビリーを誘拐して殺し、証拠不十分で釈放された五人のギャングを始末してくれたら百万ドルの報酬を支払うというのである。悪漢相手の仕事なら、セイントにとっても異存はなかった。
 だが、セイントの前に立ちふさがる悪党たちはなまやさしいものではなかった。判事や警察内部の人間も配下に置く巨大な組織がニューヨークの暗黒街を支配しているのだ。だが、セイントはひるまなかった。悪の組織に敢然と挑戦状を叩きつけ、さっそく行動を開始した!
 世紀の義賊セイントの手に汗握る大活躍! ルパンと並び、世界中に愛読者を持つ人気シリーズの最高作。(粗筋紹介より引用)
 1935年作品。1957年1月、翻訳。

 作者は自称殷の皇帝の正当な末裔。シナ人の医師が父、イギリス人が母。どうせほらを吹くのなら、これぐらい大きい方が面白い。
 いわゆる義賊・怪盗ものをセレクトする時、かならず挙がってくる名前の一人が聖者ことサイモン・テンプラー。名前は結構有名だと思うのだが、邦訳作品はほとんど無いというのが現状。ジュヴナイルの方が入手しやすいんじゃないだろうか。ちなみに自分も、そちらしか読んだことがない。ということで、今年最初の本はとりあえず薄いもので読み残しの一冊から手に取ってみた。
 義賊とあるが、ルパンみたいな怪盗ものは期待できない。法で罰せられない者と法の裏側で戦う話なので、現実の無力感とラップすることができないと、共感するのは難しいかもしれない。大人が夢想するような執筆当時のおとぎ話。法律体系が異なるから、日本ではあまり受けなかったんじゃないかと思う。  知恵よりも勇気で苦境を乗り越えていくタイプの主人公。読んでいても偶然や都合よい展開が所々で出てくるのには少しがっくりするし、途中で敵方の女が助けてくれるシーンなどは目を覆いたくなった。“大将”が誰か、というところぐらいかな、見どころは。
 テンポ自体はとても良いし、ストーリーもスリルのある展開が続くので、主人公さえ気に入ることができれば面白く読めるかもしれない。



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