笹本稜平『その峰の彼方』(文藝春秋)

 孤高のクライマー・津田悟は厳寒のマッキンリーに単身挑み、消息を絶った。捜索隊に加わった親友・吉沢は、愛する家族を残しての無謀な挑戦を知り、悟のある言葉を思い出していた。「あっちの世界に引きずり込まれそうになる」―やがて捜索隊は、悟の生の痕跡に接し、驚愕する。悟は生還できるのか? そしてその生命の、魂の行方は?(粗筋紹介より引用)
 『別冊文藝春秋』299〜307号連載。2014年1月刊行。

 笹本お得意の山岳冒険小説。今回の舞台はマッキンリー。マッキンリーといえば植村直己などの有名な登山家が亡くなった場所という程度の知識しかなかったが、実際は米連邦地名局による正式名称であり、先住民が呼び習わしているのは「大いなる者」を意味する「デナリ」が使われいるとのこと。マッキンリーの山々は6194mでヒマラヤより高さは劣るものの、気象条件は負けないくらい。山麓からの高度はエベレストの3700mに比べて5500mに達しており、そういう意味では「世界一高い山」でもある。
 話としては、マッキンリーで消息を絶った津田悟を捜索する人々、そしてその周辺の人々を追ったものである。友を救うという想いのために、厳しい冬の山を捜し続ける人々、夫・友の生を信じ、救援隊を応援し続ける人々の姿は感動的である。また日本では理解されず、海外で孤高を貫きつつも、それだけの人々を動かす心と魅力のある津田という人物も、よく描けている。救援隊に入る親友吉沢國人、津田の妻祥子、救援隊に入るクライマー兼地元ガイドのハロルド・ジャクソンをはじめとする救援隊のメンバー、アサバスカ・インディアンの長老グレッグ・ワイズマン・ギーティング、アラスカ州空軍のニール・マシューズ州兵少尉など、魅力的な登場人物にあふれている。
 自らが犠牲になる恐れがありながらも「人生の友」を探し続ける展開は感動を呼ぶものであるが、逆い言えばありきたりな展開ともいえる。普通に感動させるさせる物語を書くなら、津田を救出して後日談を書けば終わりだろう。しかし作者は、その先を用意した。津田は「戻ってこれるのか」。読者からしたら「余計な部分」であると思われても不思議ではない部分である。作者はなぜ救出で終わらせようとしなかったのか。作者は「魂の行方」を描きたかったのかもしれないが、実はこの答えを小説の中では語っていない。我々が問い続ける難題なのかもしれない。
 大団円を迎えたかと思わせて、あえてその先の物語を用意するという展開に挑んだ作品。ただ個人的には、最後ぐらいすっきりした展開にして欲しかったというのが本音である。それは多くの読者にとっても同じではなかっただろうか。




サラ・ウォーターズ『半身』(創元推理文庫)

 門をいくつも抜け、曲がりくねった小径(こみち)をたどった奥にある石の迷宮――ミルバンク監獄。一八七四年の秋、テムズ河畔にそびえるこの牢獄を慰問のために訪れたわたしは、不思議な女囚と出逢った。十九歳のその娘シライナは、監獄じゅうの静けさをかき集めたよりも深い静寂をまとっていた。なぜこんな人が、こんなところに? すると、看守から聞かされた。あの女は霊媒なの。戸惑うわたしの前に、やがて、秘めやかに謎が零れ落ちてくる……。魔術的な筆さばきの物語が終局に至って突きつける、青天の霹靂のごとき結末。サマセット・モーム賞など多くの文学賞に輝く本書は、魔物のように妖しい魅力に富む、絶品のミステリ!(粗筋紹介より引用)
 1999年、ロンドンのGreene & Heaton Ltd.より刊行。アメリカ図書館協会賞やサンデー・タイムズの若手作家年間最優秀賞、さらに、35歳以下の作家を対象とするサマセット・モーム賞を受賞。2003年5月、翻訳。『週刊文春』2003年傑作ミステリーベスト10/海外部門第1位、『このミステリーがすごい! 2004年版』海外編ベスト10第1位。

 前評判はすごかったし、その後の年間ランキングでも大絶賛された一冊。しかし私、新刊で挑み、何回も跳ね返されていました。なんか、主人公のマーガレット・ブライアという上流階級の令嬢が監獄へ慰問に訪れるという展開がどうも好きになれなかったし、そもそも女囚が集められている監獄というのが好きになれない。女性ばかりが集まるというのはどうも苦手。日記調の淡々とした文章も、小説が纏う妖しさも不気味だったこともある。
 とはいえ、ようやくこの本に向き合おうという気力と時間が取れたので読んでみたけれど、思っていたほど読みにくくもない。日記調の文章も、慣れてしまえばわりとすいすい読める。ただ、女性ばかりの物語というのはやっぱり苦手。まあ、マーガレットに感情移入できないというのがいちばんの理由なのだが。本人にその気がなくても、上から目線的な雰囲気が醸し出されていることは否定できない。1873年という時代が時代だから仕方がないのだろうが。
 霊媒の少女の謎はさすがにしてやられたが、なんというか、ああそうなのとうなづくだけで終わってしまうのは、やっぱり感性が鈍くなっているのかもしれない。もうちょっと時間をかけて読むべきだっただろうか。




ヘレン・マクロイ『割れたひづめ』(国書刊行会 世界探偵小説全集44)

「あたしがやるようにやってごらん、割れ足さん!」少女の声に応えてすばやく答えが返ってきた。トン……トン……トン……。雪深い山中で道に迷ったベイジル・ウィリング夫妻が一夜の宿を求めた屋敷〈翔鴉館〉には、そこで眠る者は翌朝には必ず死んでいるという開かずの部屋があった。その夜発生したポルターガイスト騒ぎのあと、不吉な伝説を打ち消すため、くじで選ばれた男がその部屋で寝ずの番をすることになったが、30分後、突如鳴り響いた異常を知らせる呼び鈴の音に駆けつけた一同が目にしたのは、伝説どおり謎の死を遂げた男の姿だった。H・R・F・キーティング〈名作100選〉にも選ばれたヘレン・マクロイの後期代表作。(粗筋紹介より引用)
 1968年発表。マクロイの20作目の長編小説。2002年11月、翻訳。

 雪に閉ざされた山荘で、しかも呪いが起きるという開かずの部屋での不可能殺人事件。うーん、マクロイって本格ミステリの味を持ちつつもやっぱりサスペンスの作家と勝手に認識していたため、ここまでカチッとした本格ミステリを書いているとは思わなかった。しかも精神分析学者ベイジル・ウィリングって、シリーズ探偵だったんだ……。
 1968年という書かれた時代を考えても、かなり古典的な作りの本格ミステリ。心理学的分析があるのはマクロイらしいが、本格ミステリとしては今一つ。警察が来ているのなら、死因を調べれば誰が犯人かなんて一発でわかると思うのだが。だいたい、最初に調べるでしょう。その時点でダメだなあ、これは、キーティングもどこが良くて名作100選に選んだのだろう。
 登場人物としては、館の借主である小説家の娘・ルシンダと隣に住む少年・アイヴァンがちょっと面白かったのだが、半分近くもこの2人のやり取りにページを費やされるのは興醒め。大人の視点だけにしておけば、あっという間に終わる事件だから、仕方のないことかも。
 原題は"Mr.Splitfoot"であり、ルシンダが叫ぶ「割れ足さん」である。この小説に出て来るだけの言葉かと思ったら他にもあったので、割と有名な幽霊なんだろうか。英語が読めないので、その辺はよくわからない。それにしても、これに「割れたひづめ」というタイトルを付けるのはどうかと思う。
 巻末にある加瀬義雄の「ヘレン・マクロイ――作家と作品」は良かった。作者の経歴と全作品解説が付けられており、これを読めばマクロイがどんな作家かわかるようになっている。本書でよかったと言えるのは、むしろこちらだったりする。




長江三郎『その男を追え 捜査実話シリーズ徳島編』(立花書房 はなブックス)

 徳島県警察の教養誌「うずしお」に二年間に亘って連載した捜査実録。1979年4月1日刊行。
 作者は大正5年、徳島県生まれ。昭和18年、徳島県巡査を拝命。翌年に警察部刑事課に配属して以来、22年間、捜査1課で強行犯を担当。所長歴任、鑑識課長、捜査1課長、刑事部長を歴任し、48年に退職。

【目次】
第一話 園瀬の川風
第二話 崩れた完全犯罪
第三話 女性の敵
第四話 罪はだれのもの
第五話 泊まりこんだ殺人犯
第六話 黒衣の悪魔
第七話 偽装を暴く
第八話 殺人鬼
第九話 怪盗一〇一号
第一〇話 失踪
第一一話 狙われた独居者
第一二話 三時間の空白
第一三話 自白
第一四話 放火魔
第一五話 下駄の謎

 警察の教養誌に連載されたもので、実際の事件を通し、捜査の教訓を教えようというものである。事件には被害者や犯人の人生が投影されるのであるが、本書はあくまで捜査が中心となっているので、讀物としては堅苦しいのだが、掲載誌を考えるとそれも当然の話か。捜査の臨場感を味わうには、ちょうど良いシリーズだったと思われる。




A・A・フェア『屠所の羊』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ630)

 失業していては、見栄も意地もあったものじゃない。貧すれば鈍すとやら――ちょっとくさい気もしたが、たまたま見つけた社員募集の広告をたよりに、B・L・クール事務所にとびこんだのは、本人にはたして幸せだったか、不幸せだったか……? しかし、体重わずか120ポンド、前日からろくすっぽ食ってないドナルド・ラムが、200ポンドはゆうにありそうな大男ミスタ・クール、いや、大女バーサ・クールの面接を受けたときは、さすがに驚いた。おまけに、この女、やけに口が悪かった。どうせ乗りかけた舟だ、ままよとばかりにクソ度胸をきめこんで、バーサの毒舌を巧みにかわしたり、かわさなかったりしているうちに、群がる競争者を抜いて、栄えある採用と決定したときは、さすがタフ・ガイをもってなるドナルドも、あいた口がしばしふさがらなかった。
 かくて、ドナルド・ラムは、輝かしき伝統を誇るアメリカ探偵小説の歴史に、はじめて登場することに相なった。だが、ありようは、この私立探偵、まさに屠所にひかれる羊だったのである。所長バーサ・クールの悋嗇に悪戦苦闘しながら、遂に事件を解決する異色のユーモア・ミステリ! ガードナーがA・A・フェアの名前で書きおろす問題の第一作!(粗筋紹介より引用)
 1939年発表。1961年4月、翻訳。

 女性上位の凸凹コンビ、クール&ラムシリーズの第1作。ガードナーが別名義で書いたシリーズで、全部で29の長編があってすべて邦訳されている。バーサ・クールは60歳前後の未亡人で、探偵事務所を切り盛りするドケチ。ドナルド・ラムは初登場時29歳で、元は弁護士。弁護士資格1年停止の失業中にB・L・クール事務所へ雇われる。クールと反比例するような小柄の男性だが、切れ味鋭い知恵を見せつけてクールの信頼を勝ち取り、のちには探偵事務所の共同経営者となる。
 シリーズ名は知っていたが、読むのは初めて。自分がミステリを読み始めるようになったころは、ポケミス自体を入手することが難しかったぐらい田舎に住んでいた。なお作品自体は第1作だが、日本ではすでにクール&ラムシリーズはすでに15冊訳されていた。
 サンドラ・バークスが、汚職事件で起訴されて逃走中の夫であるモーガンと離婚するために、モーガンを探し出して離婚訴訟における召喚状を送達する仕事を請け負った。モーガンを探している途中で、組織のもめ事に巻き込まれてしまう。知恵と法律知識で隙間をかいくぐるラムに喝采を送りたいところだが、本作品のハイライトである法廷でのラムの離れ業は法律の裏をかいたものであり、読み終わっても釈然としないところはある。そこを除けば、時間を忘れさせてくれる通俗ハードボイルド作品として楽しむことはできた。
 アメリカで出版されたタイトルは"The Bigger They Come"だが、イギリスでは"Lam to Slaughter"となっている。これは"Lamb to the Slaughter"(屠所にひかれる仔羊)のLambとLamをひっかけたもの。邦訳タイトルはここから来ている。




泡坂妻夫『亜智一郎の恐慌』(双葉社)

 江戸城の雲見櫓で地震乃間の警護するという名目で、一日中雲の動きを見て天気予報の真似事をしているという閑職・雲見番。安政の大地震と、機に乗じて城内に入り込んで変を起こそうとした賊を見破った事件をきっかけに、小普請方で上半身に普賢菩薩の彫物を入れている怪力男の古山奈津之助、甲賀百人組の一人で忍法百般を会得した名物男の藻湖猛蔵、元大手門の下座見役で、地震時に左腕を無くした芝居通の緋熊重太郎の3人が、番頭である亜智一郎の下、雲見番に拝命される。その正体は、将軍直属の隠密集団として。「雲見番拝命」。
 野州白杉藩にて若侍と奥女中の不義を発端として藩主が30数名の藩士を自ら処刑したという文が目安箱に入れられた。将軍からの命を受けた亜と藻湖は町人に変装して野州白杉藩に入るが、そこで病人を連れた行列にいくつも出会ってしまう。「補陀落往生」。
 将軍直々のお声掛けで嫁を世話された緋熊だったが気位が高く煙たくて仕方がなく、元吉原で今は本所にいる遊女の珠川に惚れてしまう。一方、地震を予知するという「地震時計」が、匠戸藩から将軍家定に献上された。そして珠川を含む2人の遊女と2組の客が一緒に心中を遂げた。「地震時計」。
 世継ぎのないまま亡くなった十三代将軍家定だったが、かつて大奥の女中に手をつけたことがあり、お暇を言い渡された女中が男児を生んだという文を持ち続けていた。雲見番衆は、そのご落胤と母親を探し出す命を受けた。「女方の胸」。
 家定から話を聞いていた十四代将軍家茂から雲見番衆に言い渡された最初の仕事は、家茂の写真を撮ること。藻湖が写真術を学び、無事に家茂の写真を撮ることはできたが、亜は写真に写った家茂の印籠に疑問を抱く。「ばら印籠」。
 大老井伊直弼による安政の大獄の後、井伊を狙う尊皇急進派の探索で奉行所の手が足りない。そこで雲見番は奉行所の代わりに、お上の寵愛を受けている大奥の娘の妹で失踪したという旗本の娘の行方を捜索する。「薩摩の尼僧」。
 尊王攘夷の嵐が吹き荒れるこの時節、将軍家茂に京都から孝明天皇の妹御、和宮を迎えるという話が持ち上がる。一方大奥で幽霊が出没するという話が蔓延する。命を受けた亜と緋熊が女に化け、大奥に入り真相を探る。「大奥の曝頭」。
 最初は『野性時代』に1992年12月号-1993年1月号掲載、残りは『小説推理』に1993-1997年に読切掲載。1997年12月、双葉社より単行本刊行。

 亜愛一郎の先祖である亜智一郎が主人公。これは当然読まなければ、と思って新刊で買ったのだが、実際に読んだのは今頃。16年以上積ん読だったかと思うと、本に申し訳ない、と毎度の台詞を吐く。まあ、そんな本が山ほど残っているのだが。
 亜シリーズの番外編みたいな位置付けだから、こちらも奇想天外な推理が見られるかと思っていたのだが、残念ながらその辺は控えめ。特に後半、隠密という役職柄で幕末のご時世に絡んだ話が増えてしまうのは、仕方がないところかもしれないが期待はずれな部分でもあった。ただ、亜シリーズということを考えないと、幕末裏話という観点で読むことはできるので、それはそれで面白かった。
 亜に限らず、実在人物を除いた登場人物のほとんどが、泡坂妻夫の過去の作品の登場人物を彷彿させるような人物であるところは、作者の遊び心といってよいだろう。第一話の「雲見番拝命」は、作品自体も亜シリーズを彷彿させるものであり、できることならこのトーンで書き続けてほしかったところである。




ボアロー、ナルスジャック『悪魔のような女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 自殺と見せかけて妻を殺し、莫大な保険金を欺し取る――その戦慄の計画を考えついたのは、ラヴィネルの愛人の医師リュシエーヌだった。しがないセールスマンのラヴィネルにとって、彼女と暮らすためには他に方法はない。完璧に練り上げた計画は成功した。しかし、その直後、想像もできない恐ろしい事件が…予測不可能なストーリー展開、あまりに衝撃的な結末。あらゆる恐怖の原点となった、サスペンス小説の不朽の名作。(粗筋紹介より引用)
 1952年、フランスで刊行。1955年、早川書房で邦訳化。1996年7月、文庫化。

 フランス・ミステリ界の大御所であったボアロー、ナルスジャックの第1作。既にミステリを書いていたピエール・ボワローとトーマ・ナルスジャックの共同執筆ネームであり、「処女作」という書き方は当てはまらない。1955年にはアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督によって映画化されて世界的に知られている。映画がシャロン・ストーン主演で1996年にリメイクされたことから、40年以上たって文庫化されて簡単に読むことができるようになった。逆に言うと、これだけの古典を簡単に読むことができなかったというのは、非常に残念な話でもある。ということで文庫本が出てすぐに買ったんだけど、結局読むのは今頃だったりする。
 「サスペンス小説不朽の名作」と書かれているぐらい歴史的な作品であるが、今読むと古臭いイメージがあることは否めない。登場人物は5人だけで、主要人物は夫と妻と愛人しかいない。今の作品から見るとシンプルすぎるくらいシンプルだし、ひねりがあるわけでもないからオチも見えやすい。それでも読み進めてしまうのは、フランスミステリの甘い香りが流れているからだろうか。
 今更という人がいるかもしれないが、ミステリという文学の流れを知りたい人には一度は手に取ってほしい作品。シンプルだからこそ、見えるものがここにある。




石沢英太郎『カーラリー殺人事件』(講談社文庫)

 宗谷岬から出発し、佐多岬まで走りつくす画期的な日本縦断カーラリー。この催しの背後には、さまざまな野望と悪とが隠されていた。盲目ながら天性の勘と頭脳をもつ田浦二郎は、純粋な競技心で運転補助者としてラリーに加わる。しかし故意ともみえる落石事故が襲って――。卓抜な設定による、名主の推理長篇。(粗筋紹介より引用)
 1973年、光文社のカッパ・ノベルスで書き下ろし刊行。1980年、講談社文庫化。

 整理中に昔読んだ作品が出てきたので、思わず再読してしまった。何回読んでも面白い一冊である。
 カーラリーという競技があることは知っていても、それがどのような競技なのかを知っている人は少ないと思う(単に私が無知なだけかも知れないが)。作者はまずカーラリーがどのような競技かということについて、盲人となった田浦二郎が兄夫婦と共にカーラリーの常連となるまでを通して簡潔かつ面白く伝えている。
 そして、いよいよ迎える日本列島縦断カーラリー。企画側であるカー・マガジン社の下川隆・脇田陽介・横田敏夫、参加側の田浦一家、退職教師で最高齢の東夫妻、格好の宣伝の場で優勝を狙う自動車メーカー、そして強奪事件を追う刑事コンビなど、様々な背景を持つ人たちの人間模様が交錯する。作者は多くの登場人物たちを自由に操り、物語を彩っていく。
 この作品にはいくつもの軸がある。日本縦断カーラリー、愛人の夫にはめられて愛人を轢いてしまい執行猶予判決を受けてしまった男の復讐劇、札幌で起きた8500万円強奪事件の犯人捜し、そして田浦二郎の物語である。カーラリーでは、主催者側と参加者側の動きを追うとともに、いわゆるトラベルミステリ的な風景描写も見所である。参加者側も全員ではないが複数の人物に視点を当てている。特に順位よりも旅を楽しむことに重点を置いている東老夫婦には癒される。
 これだけ盛り沢山の内容を、作者はいとも簡単にまとめきっている。視点の切り替えは多いが描写が巧みなので描き分けができていないなどといった不満はなく、テンポが良くて余計な描写はないので読んでいて楽しい。しかも殺人事件が起きての犯人捜しも入るのだから、何とも贅沢な小説である。特に復讐劇を企む犯人の正体は、巧みに隠されていたと思う。本格ミステリとしても十分に楽しめる。残念なのは、北海道以降のレース展開や風景描写が簡単になってしまったことぐらいだろうか。せっかくのミステリーツアー、もっと楽しみたかった。スポンサーである郷宮弥右衛門ももっと絡むと面白かったかもしれないが、それはさすがに贅沢か。
 これは文句なしの傑作。うるさ型のミステリファンも、キオスクで暇つぶしに文庫本を手に取る層も楽しむことができる作品である。これが絶版なんて、何と勿体ないことか。




別冊宝島編『プロレス熱狂時代』(別冊宝島2195)

 1980-1995年、プロレスが熱かった時代の記録。とはいえ、1章は「新日本vsUWF魂の激闘」とあるように新日本とU系の話。2章「わが青春の名勝負BEST3」は、プロレスマスコミの人々による名勝負語り。3章「プロレスカルチャー黄金時代」は、ビデオ、漫画、ゲーム、CDなどの紹介。
 まあ確かにこの時代は熱かったかもしれないけれど、全日本プロレスがないがしろにされているのはどうかと思うし、FMWについてもほとんど触れられていない。それで「熱狂時代」と書かれてもなあ……。坂口や宮戸へのインタビューはあるけれど、はっきり言ってタイトル負けの一冊。プロレスファンを集めて座談会をやった方が、よっぽど濃い話が書けると思うのだが。




高田郁『天の梯 みをつくし料理帖』(ハルキ時代文庫)

『食は、人の天なり』――医師・源斉の言葉に触れ、料理人として自らの行く末に決意を固めた澪。どのような料理人を目指し、どんな料理を作り続けることを願うのか。澪の心星は、揺らぐことなく頭上に瞬いていた。その一方で、吉原のあさひ太夫こと幼馴染みの野江の身請けについて懊悩する日々。四千両を捻出し、野江を身請けすることは叶うのか!?厚い雲を抜け、仰ぎ見る蒼天の美しさとは!?「みをつくし料理帖」シリーズ、堂々の完結。(粗筋照会より引用)
 一柳の柳吾と芳が澪に来てほしいと言うも、既にどういう料理人になるかを決めていた澪はその依頼を断る。澪は借家に引っ越し、昼は鼈甲珠を作ると同時に持ち帰りのお菜を売り、夜はつる家を手伝っていた。友人の美緒の家が再び店を開くことになったが、家事や子育て、店の手伝いまで一人で行い苦労していた。「結び草 葛尽くし」。
 澪は徒組の下級武士より少ない予算で住人分の弁当を作ってほしいと頼まれ、承諾。工夫を凝らした弁当作りを見て、つる家の料理人政吉は自信を無くす。つる家に取れたての自然薯が届けられ、政吉は妻のお臼に勧められ得意料理を作る。見た目は悪いが味が素晴らしいその料理に澪と種市は感嘆。つる屋にも出され大評判となる。一方、澪の弁当が江戸城でも話題になり、源斉の母かず枝に同じ物を作ってほしいと頼まれた。「張出大関 親父泣かせ」。
 一柳の忘れ物を届けた柳吾が捕まった。それは将軍のみが食べられる御禁制の「酪」(チーズ)であり、無許可で作ったと疑われたのだ。心配する澪は、佐兵衛たちを裏切った元天満一兆庵の奉公人富三と出会い、「酪」の話から元天満一兆庵の跡取りであった佐兵衛が江戸で破滅した原因を知った。そして、登龍楼との因縁が決着する。「明日香風 心許り」。
 摂津屋が澪を訪ねてきて、あさひ太夫の身請けの日が早まったことを伝えた。四千両という大金をどうやって工面すれば良いのか。澪が考えた奇策とは。そして美緒が源斉の苦しい状況を澪に伝えた。「天の梯 恋し粟おこし」。
 2014年8月9日、書き下ろし刊行。

 ドラマにもなった人気シリーズ最終巻。残り1冊なのに残されている問題多くないか、などと思っていたが、全ての問題が解決し、ここまで大団円で終わるとは思わなかった。色々張られていた伏線も見事なくらい回収できているし、言うことなし。
 登場人物の全てに温かい視線が向けられており、名もないつる家の客にまで出番と美味しいところを用意しているのは見事としか言い様がない。文句を言いまくりながら周囲のことを考えて動いていた清右衛門に感心しつつ、しっかり笑いを取ってくれるところなんて、坂村堂も含めて本当にいいキャラクター。ポジショニングも絶妙だし、よく考えてられている。台所奉行の小野寺(小松原様)も表には出てこないがいい味を出しているし、澪のことを見守っていることもよくわかる。澪の後を継いだ政吉とお臼の夫婦も活躍するところが用意されているし、今まで出てきた料理人とは別の意味で澪と対比できるキャラクターになっているところもさすが(酒の燗なんて、飲む人じゃないと確かに味の違いがわからない)。それに源斉、よくぞそこまで言い切った! 男の中の男だ。
 主人公である澪の成長ぶりも見逃せない。「名を残す料理人ではなくて料理を残す料理人になりたい」なんて、なかなか言えないなあ。この小説、いい台詞が本当に多い。種市の「どれほど無慈悲な仕打ちを受けようとも、耐えて生き抜いていれば必ずどこかで救われる」なんてみんなに聞かせたい。
 全10冊、悲しいシーンも多くてどうなることかと思ったが、ここまで感動させてくれるとは思わなかった。読んだことがない人がいるのなら、すぐに手に取るべき。
 澪と野江のその後も見たいし、ふきとか心太などがどう成長するのか気にかかるところだが、作者も番外編を出す心積もりなので、それを気長に待ちたい。いや、早く読みたいな、やっぱり。



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