船戸与一『黄色い蜃気楼』(双葉文庫)

 その旅客機が墜落したのは灼熱の大砂漠だった。辛くも助かったのは鶴見浩二と何人かの女性たちだけ。鶴見は懐中に命と引換えともいうべき機密書類を抱いている。水、食糧ともに乏しい熱砂の中で懸命のサバイバル行が続く。が鶴見は知らなかった、その機密書類を狙う敵陣営が凄腕の刺客を放ったことを。かくて更に苛烈な死のゲームが開始された。(粗筋紹介より引用)
 1992年9月、単行本刊行。1995年9月、双葉文庫化。

 カラハリ砂漠に落ちた飛行機事故で助かった鶴見浩二、チェルシー・ブルーム、工藤洋子、小野早苗。カラハリ砂漠からの脱出に挑むも、鶴見が持つ機密書類を狙い、対抗組織が雇ったのは鶴見の自衛隊時代の同期で、鶴見に告発されて自衛隊を辞めさせられた山沖修介。さらに個人や組織の様々な思惑、アパルトヘイトが続く南アフリカならではの国民感情など、様々な要素が絡みつつ、追いつ追われつのサバイバルゲームが始まる。
 色々な人物の色々な思惑が絡み合い、登場人物の人生と運命を狂わせる。最初は首をひねるところがあったものの、途中でその絡まり合いがわかってからは非常に楽しく読めた。いったいどこで運命が交差するのか。船戸の手腕を信頼していればよく、そしてサバイバルゲームを素直に楽しむことができた。特に小道具の使い方が絶妙である。
 ただ、船戸らしい重厚さはやや影を潜めている。それをどうとらえるかは、好みなのだろうが。個人的には面白かった。それにしても、山沖って同情するところがどこにもないな。可哀想な役回りなのに。




雫井脩介『犯罪小説家』(双葉社)

 新進作家、待居涼司の出世作『凍て鶴』に映画化の話が持ち上がった。監督に抜擢された人気脚本家の小野川充は『凍て鶴』に並々ならぬ興味を示し、この作品のヒロインには、かつて伝説的な自殺系サイト〔落花の会〕を運営していた木ノ瀬蓮美の影響が見られると、奇抜な持論を展開する。待居の戸惑いをよそに、さらに彼は、そのサイトに残された謎の解明が映画化のために必要だと言い、待居を自分のペースに引き込もうとしていく。そんな小野川に、待居は不気味さを感じ始め――。全篇に充ちた不穏な空気。好奇心と恐怖が交錯する傑作心理サスペンス。(「BOOK」データベースより引用)
 2008年10月、書き下ろし刊行。

 雫井脩介にしては珍しい心理サスペンス。小説とは関係のないはずの自殺系サイトに興味を抱く小野川充に戸惑う待居涼司。さらに、かつてネット心中について著書を出した今泉知里の力を借り、サイトの人物の正体を追おうとする小野川。いくらなんでも強引な展開だと思うが、狂気という言葉と読みやすさで誤魔化している気がする。結局最後までそんなペースで進むものだから、違和感を抱いたまま終わってしまったのは残念。作者の言いたいことは分からないでもないが、それを言いきろうとするならもっと内面を深く掘り下げるべきじゃないのかと言いたい。読みやすさを優先して削っているのだろうが。
 待居涼司の鬱屈した部分は、作者自身を投影したものだろうか。となると、異常なハイテンションの小野川充にもモデルはいるのだろうか。
 読み終わってみて、悪くはないし、スカスカ読めるんだけど、もやもやしたまま終わってしまうもどかしさがある。もうちょっと説得力ある言葉が欲しかった。




稲見一良『猟犬探偵』(新潮文庫)

 失踪した猟犬探しを専門とするアウトロー探偵・竜門卓。相棒の猟犬ジョーとともに、北大阪の山林の丸太小屋に事務所を構える。犬探しの依頼が、数々の事件を巻き起こしていく――。野性、狩猟、そして男の生き方と友情を綴った、ちょっと泣かせるハートウォーミングな連作短編4編。惜しまれつつ逝った"永遠の不良老人"作家の遺作にして、ハードボイルドのひとつの到達点である。 (粗筋紹介より引用)
 1994年5月、新潮社より単行本刊行。1997年7月、文庫化。

 制作プロダクションの企画・脚本担当、金巻銅太からの依頼は、映画『聖夜物語』の共同制作者であるキタ動物ランドの経営者の四男・小雪が、骨折した上に破傷風にかかったトナカイ、トカチンとともに行方不明になったから捜してほしいというものであった。行先は有馬温泉。竜門は金巻とともに小雪の後を追う。「トカチン、カラチン」。
 建築業の社長の大きな犬小屋から逃げ出したワイマラナーは、梅田の流しの艶歌師が連れて歩いていた。「ギターと猟犬」。
 日本有数のサラブレッド競走馬の調教所から、最古参の馬丁が引退して伝染病にかかった馬とシェパードを連れて出て行った。社長からの依頼を受けた竜門は、かつて関わった長距離トラック運転手を通し、馬と犬の情報を探す。「サイド・キック」。タイトルのサイド・キックとは、相棒のこと。
 ストリート・ファイターである天童雷太からの依頼は、隣人の女性が飼っているチェスピーク・リトリーバーがいなくなったので、探してほしいというものだった。竜門は調べていくうちに、周辺で猟犬失踪事件が続いていることを知る。「悪役と鳩」。

 短編「セント・メリーのリボン」に出てきた、猟犬捜しを専門とする探偵・竜門卓を主人公とした短編集。たしかにあれ1作で消えるには勿体ない造形だった。本当に猟犬捜し専門の探偵がいるのかどうかは知らないし、それで食べていけるのかは疑問だが、そういうくだらない現実は無視して、作品世界に没頭することが大事である。実際読んでいると、そんな些末なことは気にならなくなるし。
 老犬の相棒ジョーとともに猟犬を探すその姿は、まさに正統派ハードボイルド。己が定めたルールに従って生き、己のルールに従って行動する。例えそれがどんな相手であろうとも。一人で生きているくせに、人へ向ける視線は非常に暖かい。
 本当だったら、もう1、2編ぐらい書いていてから出版されたのだろう。文庫版で見ると、非常に薄い。しかし中身はとてつもなく厚い。読者の感動をひき起こす。それでも、もっともっと、竜門の活躍を読みたかった。




京極夏彦『死ねばいいのに』(講談社文庫)

 死んだ女のことを教えてくれないか。三箇月前、自宅マンションで何者かによって殺された鹿島亜佐美。突如現れた無礼な男が、彼女のことを私に尋ねる。私は彼女の何を知っていたというのだろう。交わらない会話の先に浮かび上がるのは、人とは思えぬほどの心の昏がり。極上のベストセラー。(粗筋紹介より引用)
 2009年、『小説現代』に「一人目」から「五人目」まで連載。書下ろし「六人目」を加え、2010年5月、単行本刊行。2012年11月、文庫化。文庫版として出版するにあたり、本文レイアウトに合わせて、加筆訂正がされている。

 タイトルに非常なインパクトがある作品。若い男が、亜佐美と関係のあった人物と接触し、亜佐美のことを尋ねる。不倫相手、隣人、情夫、母親、そして刑事。無礼な物言いに怒りながらも、亜佐美のことを何も知らなかったことに気づき、暴かれたくない自分の暗い部分に気づかされる。京極にしては珍しいぐらいお手軽に読めるスタイルであるが、突きつけてくる事実は結構重い。現実社会の問題点も薄らと洗い出されている点も興味深い。何となく自分が責められている感じがするのは気のせいか。
 ページをめくる手が止められないのは、やはり作者の巧さだろう。(執筆時点での)今時の若者言葉が何ともウザったいが、それでも目を離せない。そのくせ、気分がよくなるわけでもない。文庫版では「菩薩」の絵が載せられているが、亜佐美によって登場人物も我々も救われたのであろうか。




石黒耀『死都日本』(講談社ノベルス)

 20XX年、天孫降臨伝説で有名な宮崎県の霧島火山に噴火兆候が現れる。普通の火山活動と思われたそれは、やがて驚くべき霧島の正体をあばきはじめた。高まる緊張。募る不安。そして迎えたXデー……。多くの人々の災害観を圧倒的な筆力と、怒涛の論理展開で覆し、火山学者に激賛された第一級のクライシスノベル誕生! 第26回メフィスト賞、宮沢賢治賞奨励賞、日本地質学会表彰受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2002年、第26回メフィスト賞受賞。2002年9月、単行本刊行。2005年、宮澤賢治賞(奨励賞)受賞。同年、日本地質学会表彰。2007年10月、ノベルス化。

 霧島火山の噴火で宮崎県と鹿児島県が一時間でほぼ全滅し、一日で日本が壊滅する危機。何とも恐ろしい話だが、実際に起りうる可能性がある。7300年前に起きた鬼界カルデラの噴火が現在の日本に起きたら、という話である。
 狂言回しの黒木伸夫と岩切年昭の動きはどうかと思うが、噴火が起きてからの描写は見事なぐらいリアル。はっきり言って、怖い。しかも実際に起きる可能性があるかと思うと、より恐怖が増してくる。それでも暗くなるだけの作品にならない書き方が巧い。よく描けていると思う。
 ただ、日本政府が事前に準備し、対処するあたりの動きはさすがに絵空事だよなと思ってしまう。もちろん、国にはこれぐらい迅速に対処してほしいものだが、そこまでの実力があるとは思えない。
 作中で使われている「破局噴火」は作者の造語だが、現在では研究家たちにも使われている言葉となっているのが面白い。それだけインパクトのある作品だったのだろう。
 一言で言えば、感心する一冊。ここまで調べ上げて、かつ専門的な言葉も取り入れながら、エンターテイメントとして書き上げた筆力には脱帽した。物語を創造する力とは別の部分のような気もするが。




古野まほろ『天帝のはしたなき果実』(講談社ノベルス)

 90年代初頭の日本帝国。名門勁草館高校で連続する惨劇。子爵令嬢修野まりに託された数列の暗号を解いた奥平が斬首死体となって発見される。報復と解明を誓う古野まほろら吹奏楽部の面子のまえで更なる犠牲者が! 本格と幻想とSFが奇跡のように融合した青春ミステリ。第35回メフィスト賞受賞作。(「BOOKデータサービス」より引用)
 2006年、第35回メフィスト賞受賞。2007年1月、講談社ノベルスより刊行。

 まず817頁という厚さに手をひきそうになる。裏を見ると、宇山日出臣からの最後の贈り物にして最大の挑発、とか虚無なる青春への供物などという有栖川有栖の惨事、じゃないや、賛辞を読むと、もう読む気が無くなる。作者の言葉に「一 本格劇であること、二 変格劇であること、三 青春劇であること、四 幻想劇であること、五 空想科学劇であること、六 読者への挑戦状其の他の古典的探偵劇に係る事項として内務省令を以て定むるものを含むものであること」などと書かれると、完全に読む気を無くした。しばらく放っておいたが、ちょっと前にインターネット上で作者が話題になったので、手に取ってみた。
 しかし、意味があるとは思えない過剰なルビ、会話文なのに過剰な括弧で辟易し、高校生とは思えない会話に呆れかえる。説明もないまま将校が出てきて、ここはどんな舞台なんだと首をひねる。どうやらパラレルワールドの世界らしい。そして止めは、意味があるとは思えないペダンティックな表現。小栗虫太郎なら衒学趣味って言える程度の内容は保っているけれど、作者の場合ただ放り投げて無理矢理飾り立てているだけの装飾過多。しかも多すぎて作品が支えきれず、倒れ掛かるような状態。とてもじゃないが、こんな調子では読む気が起きない。メフィスト賞読破という目標じゃなかったら、投げ捨てていたところだ。
 200頁ぐらい我慢してようやく殺人事件が起きるけれど、登場人物は皆冷静。いいのかね、本当にこれで。死体に慣れているとしか思えない。パラレルの世界はそんな世界なのか。606頁で読者への挑戦状。それから高校生たちによる推理合戦。最後に殺人事件が起き、そして繰り広げられるわけのわからない展開。ええっと、どこに褒める要素があるのだろうか。清涼院流水まで行けばギャグになるだろうけれど、多分作者は真面目なんだろうなあ。
 悪いけれど、時間の無駄だった。しかしこれがシリーズ化しているのだから、多分面白いところがあって、それを読み取れない自分が悪いのだろうなあ。




ドロシー・L・セイヤーズ『学寮祭の夜』(創元推理文庫)

 探偵作家のハリエットは、かつての級友の頼みに応えるべく、遠ざけてきた母校オックスフォード大の学寮祭に出席した。醜聞の歳月を経て、訪れた学舎。複雑な感慨に心は乱れたが、その夜、けがらわしい絵を描いた紙切れを、カレッジの方庭の片隅に見つける。さらに翌日、学友の袖に卑劣な中傷の手紙が忍ばされていた。苦い思いでロンドンに戻ったハリエットだが、数ヶ月後恩師から助力を請う便りが届いた。匿名の手紙と不快な悪戯が学内を震撼させているというのだ……。陰に潜む悪意の主を割り出す、ピーター卿の明晰な推理。英国黄金時代有数の大長編として屹立する、著者畢生の力業!!(粗筋紹介より引用)
 1935年11月、刊行。1936年6月、『大学祭の夜』のタイトルで春秋社より抄訳刊行。2001年8月、新訳刊行。

 『大学祭の夜』というタイトルだけは有名で、気になっていた。多分、ミステリファンなら当時、誰でも手に取ってみたいと思っていただろう。セイヤーズといえば邦訳しにくい作家の代表格だった気がする。完訳なんて絶対出ないだろうと思っていたら、浅羽莢子が第一作から訳し始めたので、この作品もいずれ訳されるだろうとは思っていた。まさに待望の一冊、というところだろう。しかし新刊で買いながら今頃読むのはなぜだ(苦笑)。
 しかしこんな作品だとは夢にも思わなかった。手に取ってみると、とにかく厚い。文学などの知識がないと訳せないような引用なども相変わらず。それに、殺人事件すらないとは思わなかった。結局ピーターとハリエットの恋愛小説に終わるし、なんて思ってしまった。それでも時間をかけて読むだけの本だったとは思う。ただ、それにしても厚かったなあ。
 はっきり言って、ミステリの部分はあまり印象に残っていない。何なんだ、このカップル、みたいな印象の方が強い。それでも目を離せない作品ではあった。いや、それ以外何を言ったらいいんだ、これに。シリーズキャラクター小説、ならではの作品。それをミステリでやってしまうところに意義がある……のか。



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