深木章子『鬼畜の家』(原書房)

 「おとうさんはおかあさんが殺しました。おねえさんもおかあさんが殺しました。おにいさんはおかあさんと死にました。わたしはおかあさんに殺されるところでした……」 保険金目当てで家族に手をかけてゆく母親。その母親も自動車もろとも夜の海に沈み、末娘だけが生き残ることになった。母親による巧妙な殺人計画、娘への殺人教唆、資産の収奪…… 信じがたい「鬼畜の家」の実体が、娘の口から明らかにされてゆく。(内容紹介より引用)
 2010年、第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。2011年4月、原書房より単行本刊行。

 作者は元弁護士で、60歳でリタイア後、執筆活動を開始している。
 正直、まったくノーマークの新人賞なので、なぜ手に取っていたのか全然覚えていない。調べてみると、受賞後も結構著書を出しているのね。本格ミステリ大賞の候補になっているのに、全然調べもしなかったし。
 唯一生き残った末娘からの依頼を受け、元刑事で私立探偵の男が関係者に聴いていくうちに、北川家で起きていた「鬼畜の家」の実態が明らかになっていく。まあ、はっきり言っちゃうとよくある手法。構成で驚く部分がないので、あとは中身がどうかな、というところ。殺人を繰り返し、保険金を得ていくというパターンはありがちだが、弁護士出身の作者らしい味付けや法律知識が出てくるとこは、ほかの作品とちょっとした違いの味を提供している。ただ、ラストの謎解きはありがちな展開でそれほど驚くものではなかった。しかも、頭の中で浮かべてみると無理だろうと思わせる内容で、かなり興覚め。この手の作品だったら、もうちょっとリアリティが欲しかった。
 元弁護士という割には文章の硬さが少なく、意外と読みやすい。せっかくだから知識を生かした作品を書いてほしいと思った。




フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』(東京創元社)

 一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の息子。羊の目を恐れ、眼球をくり抜き続ける伯爵家の御曹司。彫像『棘を抜く少年』の棘に取り憑かれた博物館警備員。エチオピアの寒村を豊かにした心やさしき銀行強盗。――魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち。
 弁護士の著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの哀しさ、愛おしさを鮮やかに描く連作短篇集。ドイツでの発行部数四十五万部、世界三十二か国で翻訳、クライスト賞はじめ、数々の文学賞を受賞した圧巻の傑作!(粗筋紹介より引用)
 「フェーナー氏」「タナタ氏の茶碗」「チェロ」「ハリネズミ」「幸運」「サマータイム」「正当防衛」「緑」「棘」「愛情」「エチオピアの男」の十一編を収録。2009年、ドイツで発表。2011年、東京創元社より邦訳単行本刊行。

 作者はナチ党全国青少年最高指導者バルドゥール・フォン・シーラッハの孫。1994年からベルリンで刑事事件弁護士として活躍している。なお本書は映画化に伴い2012年にペーパーバック版が出版されたが、このときに作者が大幅な改定・増補を行っている。
 実の事件をたどれないようにさまざまな要素を組み合わせたり、改変したりして小説として成立させているとのこと。とはいえ、「棘」「エチオピアの男」みたいにフィクションじゃないのと思わせる作品もあるので、何が本当かどうかわからない。
 個人的には、法廷中をだまそうとした「ハリネズミ」が一番面白かった。読んでいてやりきれなくなったのは「チェロ」。なんとも悲しい姉弟の話。怖かったのは「タナタ氏の茶碗」。こういう人物を怒らせちゃあかんな。
 やはり犯罪の裏には一つのドラマがある。そんなことを再認識させる短編集の傑作だった。




多岐川恭『落ちる』(創元推理文庫)

 旧<宝石>誌に投じた「みかん山」でデビューした多岐川恭は、白家太郎の筆名でスタートしたのち長編『氷柱』の刊行に際して多岐川恭名義となり、同年『濡れた心』で第四回江戸川乱歩賞を受賞、第一作品集『落ちる』を上梓するなど一気呵成に作家活動の開花期を迎えた感がある。自己破壊の衝動に苛まれる男を描く「落ちる」、江戸川乱歩が“云いしれぬ妙味”と評した「ある脅迫」、間然するところのない倒叙作品「笑う男」――第四十回直木賞を受賞した三編など、第一作品集を核に活動初期の秀作十編を収める。(粗筋紹介より引用)
 第40回(昭和33年度下半期) 直木賞を受賞した「落ちる」「ある脅迫」「笑う男」を含む7編を収録した短編集『落ちる』(河出書房新社,1958年11月)に、『宝石』短篇探偵小説懸賞佳作を受賞し、白家太郎名義で発表したデビュー作「みかん山」や「黒い木の葉」「二夜の女」を収録した短編集。2001年6月、刊行。

 自己破壊の本能を過度に具えたおれは、妻と主治医が浮気をしていると疑う。「落ちる」。
 大学生の私は、下宿の向かいに住む若い笹野夫婦とちょっとしたことから友達となった。しかし夫のほうは私に告白し、そして妻のほうは絞殺された。「猫」。
 九州にあるホテル兼下宿屋の望海荘の二階で、政治運動家の男が拳銃で頭を撃たれて死んだ。居合わせた人は皆下の応接間に居たので自殺と思われたが、凶器の拳銃は見つからず、そして2m程度離れて撃たれたものと判明した。「ヒーローの死」。
 臆病な中年万年銀行社員の男が宿直の夜、銀行強盗が入ってきた。この強盗の正体は意外な男だった。「ある脅迫」。
 今は金融業を営む男だったが、市役所時代、ある建築会社に利便を図り多額の金を得たことがあった。その時の事情を知るかつての部下は二号となったが、当時の上司の収賄が発覚し自殺。万が一を考え、男は二号を殺害する。関係は誰にも知られておらず、迷宮入りするかと思われたが、ある証拠のことを思い出し、男は事件現場に戻る。「笑う男」。
 独り暮らしで資産家の老人は、若い甥夫婦を自宅に住まわせることにした。ところが甥夫婦はその本性を現し、川で転落死したように見せかけ、物置に監禁してしまう。「私は死んでいる」。
 結婚してから半年もたたないうちに、夫が無理心中を図り死亡、そして若妻はなんとか逃げ出して助かった。十歳以上離れている夫の嫉妬の果てに見えた事件だったが。「かわいい女」。
 太平洋戦争以前、みかん山の経営者の妹である早苗は、高等学校の寮に住む私たちにとっての憧れであった。私たちがみかん山でみかんを注文し早苗と話をしていると、早苗と付き合っているらしい学生が早苗の家にやってきた。皆に冷やかされた早苗は家に行くも、早苗は悲鳴を上げた。学生は殺害されており、家にいた兄が容疑者となった。「みかん山」。
 入院中の少女のもとへ通う少年。しかし少年の父親は、少女の母親の元恋人で、今も売れないアル中の画家だった。そのことを知った母親は二人の交際を禁じるが、二人は木の葉の合図を出し、親がいないときにひそかに会っていた。しかしある日、少女が殺害される。「黒い木の葉」。
 旅館へ療養に来た名和は、公衆浴場で出会った女と親しくなる。「二夜の女」。

 短編「落ちる」は読んでいたが、短編集『落ちる』は読んでいなかったな……と思って手に取った一冊。書かれている時代こそ昭和20〜30年代だが、平成の今になっても古くささを感じさせない瑞々しさはさすがというべきか。「落ちる」における心理描写の巧みさと衝撃の結末、「ある脅迫」の奇妙な設定、「笑う男」の不安感と心の揺れ、「私は死んでいる」に漂う不思議なユーモア、「かわいい女」の意外な素顔。非常に読みごたえのある作品群だ。「猫」「ヒーローの死」は本格推理小説だが、逆に物足りない。多岐川恭らしさが足りないと言ってしまえばそれまでだが、作者の本領はやはり別のところにあったのだろう。
 処女作「みかん山」は若書きに近い短編。逆に同じく白家名義の「黒い木の葉」は少年時代の潔癖さと純情さが描かれており、実に興味深い。「二夜の女」は打って変わって抒情性あふれる佳品。男と女の機微が美しい。
 多岐川恭と言えば売れっ子になった後は量産作家になったイメージがあるものの、やはり初期作品は力が入っており、非常に読みごたえがある。それは短編でも同様であったことが再確認された一冊。もっと評価されてもいいだろう。



【元に戻る】