中薗英助『密航定期便』(講談社大衆文学館)

 美女の水葬死体と1枚の朝鮮文字(オンモン)が、対馬(つしま)沖の海底で発見された。だが警備艇が収容に向かったとき、死体は消えていた! そして、ビラに記された戦慄すべきメッセージと死体消失の謎が、朝鮮半島と日本を結ぶ謀略と利権の暗部を浮かび上がらせる。1960年代の朝鮮半島情勢を背景に、愛憎織りなす人間ドラマを緊迫感に満ちた展開の中に描き、日本スパイ小説の先駆となった記念碑的名作。(粗筋紹介より引用)

 労働心理相談所(結局は産業スパイ会社)の社員西条牧夫は、日韓貿易の新興商社である大韓実業の秘書であり、1500万円の現金を届ける途中に失踪した安間カナ子の後を追って対馬へ行くが、打倒朴軍事政権の計画に巻き込まれてゆく……。そこには、打倒軍事政権の穏健派と武闘派の対立、そして日韓貿易が複雑に絡み合っていた。
 1960年代の朝鮮半島の動静を背景にした巻き込まれ型(ちょっと意味合いが違うかも知れないが)のスパイ小説ではあるが、今読んでも古さはまったく感じられない。主人公の西条を始め、脇役たちも生き生きと書かれており、今にも飛び出してきそうだ。これほどの小説が何故今まで絶版だったのかが不思議である。はっきり言ってこれは傑作である。★★★★☆。




佐野洋『赤い熱い海』(角川文庫)

 航空物の傑作と藤原宰太郎が書いていた。
 東北航空グラマンG159型機が火災のため函館沖に不時着した。乗客18名中、死者3名と飛行機事故にしては奇跡的な死者の少なさであった。ところが、この時、一人の男が蒸発していた。この男は東京で金策に成功し、同機で帰ると妻に電報を打っていた。しかし、彼の名は乗客名簿にはなかった。妻の捜査依頼を受けた探偵社が男の行方を捜査するうちに、この飛行機事故には恐るべき真相が隠されていた……。
 十一章の章題のうち九章を人の名前(ほとんどが探偵社の調査員)にわけ、それぞれの調査結果を書きながら事件の全体像に迫っていき、最後に全てが集約し、意外な結末を迎えるという手法は、さすが技巧派、佐野洋である。しかし、綺麗にまとまりすぎた分、中盤までは盛り上がりに欠ける。この犯人像の設定には、心理的にかなり無理があると思うのだがどうだろうか。佐野洋ならもっと面白い作品(『透明受胎』『轢き逃げ』etc.)がいっぱいあるだろうと思うので、辛く★★。




山村正夫『湯殿山麓呪い村』上下(角川文庫)

 1980年度文春ミステリーベスト10第5位(『戻り川心中』より上!)かつ角川小説賞受賞。
 非業な死をとげた僧の即身物がある湯殿山。そしてその麓にある大師村出身の企業家の家に、怪しいお遍路がメイルボックスにミイラ状の人間の指を手紙と共に投げ入れ、路上で消失する。数日後、彼を含む大師村の御三家が三十三年前に犯した罪を誅罰するという電話が入る。そして翌日、企業家は密室の浴槽で殺される。そして犯人が残した遺留品はひからびたミイラ状の人間の指……。誰も犯人にたどり着けないまま、即身物の発掘の日、第二の事件が起こる。

 即身物という存在が舞台をリアルに覆っており、「伝奇本格探偵小説」の名に相応しい力作と思う。ただし舞台は現在であるため、所々で「伝奇」と「現実」の融合がなされない部分が見受けられる。特に探偵役が巨体の大食漢でクイズ狂という設定は、カーのフェル博士を意識しているのかも知れないが、小説世界から浮いている感があるのが残念。横溝正史とはひと味違った世界が面白く、★★★。




香納諒一『ただ去るが如く』(中央公論社)

 背けた貌と、飢えた牙―。組織を捨て、世間からもはぐれた男が冷たい炎を胸に、3億円強奪に挑んだ寡黙な狼たちの肖像。気鋭が放つ鮮烈なピカレスク。(粗筋紹介より引用)

 ハードボイルドの若手No.1の新作。外商企業から暴力団に渡ろうとしている3億円強奪に表、裏、そして過去で絡まっている男、そして女たちが演じるピカレスクドラマ。話の本筋に入るまでは結構長いのだが、その分、じっくりと登場人物を書き込んでいるので退屈はしない。ただし、最後がややバタバタした展開になっているのは残念。最後はもうちょっと(ホンのちょっとでいいから)、書き込んでほしかったと思う。香納諒一は、もう一度会いたいなと思わせるほどキャラクター作りがうまいが、今回の作品でも、充とちづるのコンビはもう一度会ってみたい。真保裕一みたいに早くブレイクしてほしいと思いながら、★★★★。




井上夢人『パワーオフ』(集英社)

 飛び散る鮮血。教室中に響きわたる悲鳴。高校生の掌にドリルの刃が埋まっていく。「おきのどくさま。このシステムはコンピュータ・ウィルスに感染しています」パソコンのディスプレイには、奇妙なメッセージが表示されていた。コンピュータ・プログラマ。人工生命研究者。パソコン通信事務局スタッフ。驚異の新型コンピュータ・ウィルスをめぐって、いま、人々が動きはじめる。(粗筋紹介より引用)

 これも借りて読んだ。コンピュータウイルス及びそのワクチンと、人工生命プログラムA-LIFEを絡めた近未来サスペンス。コンピュータを知らない人には、物語の構造と恐怖感が今一つ伝わらないのではないかと思う。しかし、世界中の至る所でコンピュータが使われている現状を思うと、実に怖い。さすがに人工生命プログラムはまだ先の話だが、ウイルスだけ関して言えば十分に現在でも起こりうる可能性はある。最後にあっけなさは残るものの、サスペンスSF(ミステリと書くよりもピンとくる)としては良く出来ていると思うので★★★★。そういえば、聖りいざの『Combination』第3巻(光文社)にはバイオコンピュータ・ウイルスというのが出ていた。当分、この手のネタははやると思う。




ディック・フランシス『敵手』(早川書房)

 落馬事故によって片腕となった元チャンピオン・ジョッキイ、シッド・ハレー。現在は競馬界専門の調査員となっていたが、放牧中の馬の脚を切断するという残忍な犯罪が連続して発生、かわいがっていたポニイを襲われた白血病の少女から、犯人を捜してほしいと依類される。だが、容疑者とした浮かび上がったのは、ハレー自身が犯人とは信じたくない人物だった。エリス・クイント―騎手時代のよきライヴァルで、私生活でもハレーの親友だった男。引退後は、テレビ・タレントとして国民的な人気を博し、誰からも愛される好男子だった。もちろんクイントは犯行を否定し、世間も彼が犯人とは信じなかった。かえって、恵まれているクイントを妬むあまり間違った告発をしたと、ハレーはマスコミからごうごうたる非難を浴びる。ところが、この執拗なマスコミの攻撃には、じつは裏があることが次第にあきらかになってくる…。『大穴』『利腕』につづき、不屈のヒーロー、シッド・ハレーが三度目の登場を飾る、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

 シッド・ハレー三度復活。放牧中の馬の足の連続切断事件の犯人に浮かび上がったのは、ハレーの騎手時代のライヴァルで親友、の人気テレビタレント。しかし、彼は犯行を否定し、マスコミもこぞって彼を非難するが……。久しぶりに読んだが、やっぱりフランシスは凄い(平凡な意見で申し訳ない)。あいも変わらず心理的、肉体的な面で窮地に陥るハレーだが、ぼろぼろになりながらも立ち向かっていく彼の姿は、男として見習いたい。フランシスにとって、シッド・ハレーとは別格なんだな、と思わせる筆の勢いである(大藪春彦における伊達邦彦みたいなモンだ)。しかし、ハレーってまだ35歳なんだ、と不思議に思いながら★★★★。ついでにいえば、『敵手』という題は非常に上手い!




大多和伴彦『名探偵・金田一耕助99の謎』(二見文庫)

 金田一耕助が『本陣殺人事件』で初登場してから、今年はちょうど五十年にあたる。本書では、耕助が解決してきた78の事件を通して、その秘められた素顔に迫る。また、金田一耕助の生みの親である横溝正史についても、秘められたさまざまなエピソードを紹介。さらに、映画化・テレビ化された作品について特別に一章を割いて、歴代の金田一耕助を演じた俳優たちと作品のエピソードを発掘してみた。(粗筋紹介より引用)

 『八つ墓村』の映画化に合わせたとしか思えない。謎本でまともなのはあまりない。特にデータハウス社のは読者をバカにしているとしか思えないぐらいひどい。『金田一ファミリーの謎』(飛鳥新社)という本も出ていたが、あまりものチープな作りに呆れてしまった(ジッチャンはやめろよ)。しかし、他の謎本と違って、きちんと横溝夫人の出版許可済みだし、かなり良心的な作り方をしている。99に合わせるため無理矢理「謎」に仕立て上げたり、個人的に?と思うところはあるが、少年物も含んだ金田一の作品、映画やテレビ、そして横溝正史自身のデータや写真などなかなか読み応えはある。今さらという人がいるかも知れないが、安価でこれだけコンパクトにまとめてもらえれば結構嬉しいし、金田一の世界を再確認できるので、★★★☆。




折原一『ファンレター』(講談社)

 謎の売れっ子覆面作家の正体は? 男?女?年齢は?狂気と謎に包まれた事件が次々と……斬新な形式で描く異色推理。(粗筋紹介より引用)
「覆面作家」「講演会の秘密」「ファンレター」「傾いた密室」「二重誘拐」「その男、凶暴につき」「消失」「授賞式の夜」「時の記憶」の9編を収録した連作短編集。

 借りて読んだ折原一。2本は雑誌で読んだことがあるのだが、まさかこういう風にまとまるとは思わなかった。とにかく、覆面作家西村香(こらこら)をめぐる様々な事件を書簡形式Onlyで勝負しているため、後半になるほど展開が読めてしまうのは残念。とはいえ、最後のエピローグは結構面白いので★★★。




山田風太郎『天国荘奇譚』(廣済堂文庫)

 山陰地方の旧制中学で事件は起きた。寄宿舎・青雲寮の天井裏に「天国荘」と名づけた遊び部屋を作りたむろする悪童4人組は、教師への糞便攻撃の作戦を練り実行に移す。彼らの奇想天外なアイデアと抱腹絶倒のユーモアあふれた事件の裏には、時代の空疎な権威に対する反逆の意味が込められて…。(粗筋紹介より引用)
「天国荘奇譚」「恋罪」「ドン・ファン怪談」「童貞試験」「寝台物語」「大無法人」の6編を収録。

 読むのが辛かった。この「山田風太郎傑作大全」なのだが、第1巻の『妖異金瓶梅』以外はどうも今一つである。特に『十三角関係』は期待していたのだが……。もう少し「傑作大全」らしい作品を希望する(いや、出版自体は嬉しいが)。『天国荘奇譚』は戦前、戦後を舞台とした風刺たっぷりのコメディを中心とした短編集だが、全然笑えなかったとだけ言っておいて★☆。




折原一・新津きよみ『二重生活』(双葉社)

 復讐。この二文字の輪郭を浮かび上がらせるために、私は書くという作業を続けてきた気がする。私を裏切った男と私をあざ笑い侮辱した女。煮えたぎるようなこの思いをあの二人に味わわせるには…。夫婦合作の多重心理劇。(粗筋紹介より引用)

 いつか出ると思っていた、折原一・新津きよみ夫婦合作。新津きよみは読んだことがないので自信がないが、構成が折原一、文章や人物設定が新津きよみではないだろうか。舞台の切替えがあやふやすぎ、最後まで読んでも作品世界を理解するのが少々難しい。連載のままらしいが、本になる前に手を入れてほしかった。どうせ合作をやるのなら、がらっとイメージを変えてほしいと思いつつ、★★。