江戸川乱歩・横溝正史『覆面の佳人』(春陽文庫)


 本作品は、乱歩・正史の合作長編探偵小説として、「北海タイムス」昭和4年5月21日~12月28日まで、『覆面の佳人』のタイトルで連載された。翌年の昭和5年2月1日~8月14日、「九州日報」には、『女妖』のタイトルで連載されている。当初は、米国閨秀作家A・K・グリーン原作の補訳という形になっていたが、後にグリーンの名前は消えているので、原作に忠実な翻案ではなかったようだ。しかもグリーンのどの作品を翻案したのか、不明である。
 合作という形になっているが、岡戸武平の解雇によると、横溝の単独執筆ということである。
 当時から名ばかり有名な翻案小説がついに刊行。これだけでも嬉しい事実だが、中身の方も、当時の胡散臭さがそのまま漂ってきて大満足。パリを舞台にした波瀾万丈のサスペンス物語。なのに出てくる登場人物は全て日本人名。しかも国籍はフランス、イギリスなどそのままだからもう大笑い。でかい市名こそそのままだが、通りや屋敷の名前は日本名。またまた大笑い。そして展開はといえば、これが逆転、逆転、さらに大逆転。とにかく一つ解決しようかと思えばまたまた事件が起きて、最後には何がなんだかわからず、些細な矛盾点など無視して一気に大団円へ。しかし、そんなことは問題にならない。読み始めれば最後まで一気に読み切ってしまうそのテンポの良さと展開の面白さ。現代の小説では忘れ去られた冒険と浪漫と大時代的な恋物語がここにある。これこそが、当時の新聞小説で求められた面白さなんだろうな。
 黒岩涙香の諸作品や、乱歩の『一寸法師』『吸血鬼』など、その小説を読みたいが為に新聞を取る人が多かったらしいけれど、その気持ちはよくわかる。次の日が待ち遠しくなるような展開ばかりだからね。これほどのカタルシス、最近の新聞小説では全然味わえない。やはり、冒険と浪漫が失われた時代なんだろうな、現代は。




大沢在昌『氷舞 新宿鮫VI』(光文社 カッパ・ノベルス)


 西新宿のホテルで元CIAの米人ブライドが殺され、新宿署刑事・鮫島の追う日系コロンビア人・ハギモリが消えた。事件の鍵を握る平出組の前岡に迫る鮫島。しかし、事件に関わるすべてが、なぜか迅速強固な公安警察の壁で閉ざされる。その背後には元公安秘密刑事・立花の影が。捜査の過程で鮫島は、美しく、孤独な女・杉田江見里と出逢う。その鮫島を幾重にも襲う絶体絶命の危機!!血と密謀にまみれた立花が守る、公安の奥深くに隠された秘密とは?ラストに絶望と至福が、鮫島を、江見里を、そして読者を待ち受ける。二年ぶり待望のシリーズ第6弾、新たなる興奮と感動のページが開かれる。(粗筋紹介より引用)

 今回はちょっと相手が大きすぎたようだ。普通だったらどこかで消されているんじゃないかな。最初の章が浮いているのは多分連載中の計算ミスなんだろうね。しかし、久しぶりに新宿鮫らしさを見せてもらった。二年ぶりだけれども、これぐらいのペースでいいよ、力作を読ませてもらえるのならば。★★★★。




津原泰水『妖都』(講談社)

 冥府にいざなう〈死者〉が東京を跋扈する!
 ロック歌手の飛び降り自殺を機に頻発する不可解な殺人、自殺、事故。凶念が都市を覆いつくすとき、世界は一変した!(粗筋紹介より引用)

 綾辻行人、小野不由美、井上雅彦、菊池秀行といったホラー作家たちが推薦文を書いているんで期待していたんだけれどなあ。正直言ってあらすじを書きにくい作品。それほどストーリーが分からない。いや、ストーリーは有るんだけれども、そのストーリーを追うことが出来ない書き方をしているといっていい。
 一背景毎の文章は巧い。ただ、その一背景、一背景のつながりがよく分からない。それほど文章をそぎ落としている。そぎ落としすぎて、何がなんだか分からなくなってしまうのだ。しかも、場面展開があまりにも唐突。時間の進み方も不明。これではストーリーに没頭することが出来ない。だからホラーとしての恐怖感を感じることが出来なかった。
 一背景、一背景毎の文章におけるホラーの描写は怖い。その描写力は認めよう。しかし、ストーリーを追えないようではその魅力が半減する。これを進化とか超新星と言い切れる推薦人の方々はどうやって本を読んだんだろう。それほど自分の読み方が悪いとは思わないんだけれどもね、★★。




結城恭介『朝刊暮死』(祥伝社 NON NOVEL))

 人気本格作家結城恭介は、<作中の小説内で起こった殺人通りに現実の殺人が起こる推理小説。登場人物は全て実在>という設定で毎朝新聞の朝刊に連載を開始する。しかし、その連載の初日に実際の殺人が、連載通りの方法で起こる。しかもその当日の夜、結城が次回原稿を書き上げた頃、その通りの方法で殺人事件が起きていたのだ。さて、この不可能犯罪を「報酬のまま依頼通りの人間を真犯人に仕立て上げる」名探偵雷門京一郎はどう解くか?

 う~ん、設定を読むだけでは非常に興味を引かれる。そう思ってつい買ってしまったが、どうも設定負けしたようだ。わざわざ実作家の結城恭介を小説に出すこともないんじゃないという話なのだ。しかも設定されている謎が魅力的なのに、解かれた結果がちょっとあっけなさ過ぎるのだ。しかも最後は人情話に逃げてしまっているのも気にくわない。はい、よくできましたね、という感じの小説に終わってしまっている。残念だよね、ホント、期待していたから。
 とまあ、かなり悪口書いたけれども、本格初心者にとっては、こんなトリックも有るんだよといってもいいかもしれない。途中までだけれども、読んでいて悪くはなかったよ、小説としては。探偵の設定は面白いので、他の作品も読んでみようと思う。★★。




立原伸行『事件記者が死んだ夜』(講談社)

 『東西新聞』の社会部事件担当デスクだった秋沢聖一郎は不倫相手が死亡した事件で左遷され紙面子となり、妻とも別居され、毎日怠惰な日々を送っている。そんなとき、社会部と対立する政治部出身の編集局長赤羽が編集局長室で急性心不全で亡くなる。しかし、実際は青酸ガスで殺されたのだった。赤羽の子分だった政治部記者の吉永からその話を聞いた秋沢は真犯人を追おうとするが……。

 雑誌「メフィスト」のメフィスト賞特別編というべき作品。確かにこれなら、××賞(サントリーか?)は取れたんじゃないかな。乱歩賞でも十分取れると思う。もっとも最近の乱歩賞のレベルから考えればと言う意味だけれどもね。
 帯の賛辞は小宮悦子。

「報道は真実を伝えているか。マスコミの暗部を抉った問題作」

 なんて書かれているほど、新聞記者と政治家のつながりを書いた作品。ミステリとしての面白さは全くないが、新聞記者の暗部を書いた作品としては充分に面白い。もっとも今更という気もするけれどね。Y新聞は完全な自民党応援団体だし(すみません、○○さん)、S新聞の「教科書に載らないうんぬんかんぬん」という連載なんて、アホらしくて読む気にもならないしね。あれは「教科書に載らない……」じゃなくて、「右寄りや憲法改正論者にとって都合のいい話を書いて、都合の悪いことは隠そう」という呆れるしかない連載だし。もっとも、A新聞みたいに意見が硬直してしまったのもイヤだけどね。
 この作者は全国紙の事件記者だったらしいけれど、事件記者時代、溜まっているものがあったんだろうな。そんなことを感じさせる筆である。
 今後、ミステリ作家としてやっていくにはちょっと首を傾げるところがある作者。むしろ新聞記者の内幕ものでがんばっていってほしいよね。その方が絶対面白いと思う、★★☆。



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