東野圭吾『探偵ガリレオ』(文藝春秋)

 火の気もなく燃えあがった若者、心臓の周りだけが腐った怪死体…常識では考えられない謎を、科学者湯川が解明する連作ミステリー。(粗筋紹介より引用)
「燃える」「転写る」「壊死る」「爆ぜる」「離脱る」の5編を収録。

 思ったより普通の作品。確かに摩訶不思議な謎を取り扱っているが、最初から機械的トリックと判っているのでそれほど不思議感はない。表題もなんか取って付けたような感じだし。それなりにまとまっているけれど、東野圭吾ならではという部分がないのは残念。★★★。




ジャック・フットレル『思考機械の事件簿III』(創元推理文庫)

 仮装舞踏会の夜、ランドルフ邸から貴重な金の皿が紛失した。仮装姿のまま逃走した犯人たちの身元は杳として知れない。新聞記者のハッチンソン・ハッチは、独自の調査で大学の同窓生に辿り着く。だが、友人は肝心なことには何一つ答ようとしない。彼はこの盗難事件の犯人なのか?『思考機械』初の、そして唯一の長編「金の皿盗難事件」をはじめ、六編の短編を収録した第三集。(粗筋紹介より引用)
「消えた女優」「ロズウェルのティアラ」「緑の目の怪物」「タクシーの相客」「絵葉書の謎」「懐れたブレスレット」「金の皿盗難事件」を収録。

 懐かしさに浸りましょう。名探偵が全てだった時代に。「神の如き」名探偵の活躍に。思考機械が出るだけで満足。たとえ、他愛のない事件でも構いはしない。趣味だけで★★★☆を付けます。個人的には、昔の装丁の方が好きだったんですが。折角だから未だに刊行されていない「ラッフルズ」を出しませんか、戸川社長。




矢口敦子『矩形の密室』(トクマ・ノベルズ)

 パソコンのネット上で募集した小説の中に殺人予告が含まれている。サイバーストーカーの執拗な嫌がらせが作者である車椅子の少年に届いた。双子の姉が選考委員の元を訪ねるが…。刺激的なメタ・ミステリー。(粗筋紹介より引用)

 北村薫推薦文の中にある「抽象絵画に近い作品」という言葉がぴったり来ますね。何ともとらえどころのない作品。「本格推理」とも「メタ・ミステリー」とも違うし……。心理サスペンスともちょっと違うしなあ。と言っても読み応えのある作品。これがいわゆる矢口流なのかな。女性作家の書く作品ってホント複雑。★★★☆。




藤木稟『ハーメルンに哭く笛』(トクマ・ノベルズ)

上野下町界隈から、児童三十名が忽然と姿を消した。翌日、未曾有の激しい雨と雷が帝都を襲った。台風の翌日、朝焼けの中、天王寺の僧侶・寛永は人気のない寺の裏手の墓地へ向かっていた。ほかの新米僧侶とともに、墓地の草刈りをいいつけられたのだ。汗だくになり、草刈りを続ける寛永の目の前に、お地蔵様の影がよぎった。こんな墓地の中にお地蔵様があったっけ。不思議に思い進むと、また一体、目を凝らした寛永は、黒っぽい霧と見えたものが、蝿の大群であることに気づいた。これは…子どもの死体だ。怪異な事件の始まりだった。帝都を襲う悪夢の事件。驚愕の新本格推理傑作。(粗筋紹介より引用)

 前半はどうなることかと思ったけれど、これだけのたたみ込みを見せてくれれば満足。乱歩的猟奇趣味と戦争直前という時代をここまで結び付けた手腕はお見事。他のキャラクターはともかく、朱雀十五というキャラクターはどこか壊れていて私好み。あとは戦争というキーワードを今後、どう生かすことができるかが勝負か。★★★★。




『逆転の瞬間 「オール讀物」推理小説新人賞傑作選III』(文春文庫)

 『殺意の断層』『疑惑の構図』に続く待望の第三弾。「新・執行猶予考」(荒馬間)、「世紀末をよろしく」(浅川純)、「我らが隣人の犯罪」(宮部みゆき)、「庭の薔薇の紅い花びらの下」(長尾由多加)、「小田原の織社」(中野良浩)、「わが羊に草を与えよ」(佐竹一彦)を収録。短編はなかなか本に収録されないので、このシリーズは嬉しい。
 宮部の「我らが隣人の犯罪」はやはり別格。また長尾由多加の「庭の薔薇の紅い花びらの下」も異色作。個人的には、展開に無理があっても時代物に挑戦した「小田原の織社」がお薦め。しかし、このシリーズ、どれを読んでも損は無し。やっぱり賞に選ばれるだけのことはありますね(おっと、賞に選ばれても読み応えのない作品もいっぱいあったな、長編には)。過去でまだ出ていない作品もあることだし、もっとこのシリーズ続けてほしいですね。良質の短編を読みたい人には絶対お薦め。★★★★☆。
「オール讀物」だけでなく、「小説推理新人賞」も短編集を作ってくれないですかね。




西澤保彦『猟死の果て』(立風書房)

 事件は一月九日~十八日の十日間。名門青鹿女史学園の高校三年生が連続して殺される事件が起きる。しかし、殺される彼女たちに接点は全くない。一体動機はなんなのか。

 西澤保彦が本格的に警察小説に挑んだ作品。とにかくダークな結末になりやすい西澤保彦だが、今回は始まりから終わりまで暗い。その分力が入っているのかなと思ったけれど……。ああ、こんな台詞、決して吐きたくないのだが、どうしても言わせてもらおう。この小説、「全く人間が描けていない」。
 タックシリーズを除いた西澤保彦のミステリは個性を持たない記号化された登場人物が多いのだけれども、今までは設定の奇妙さの方に目を奪われていたためあまり気にならなかった。しかし、今回みたいにストレートに勝負されるとその欠点が目に付く。主人公の去川も位置づけのよくわからないキャラクターだが、他の人物となると、もう見分けも付かない。去川以外の警察の人間なんか書き分けが全くされていない。はて、どの刑事が殺されたんだっけと思っても全然頭に思い浮かばない。特に思わせぶりに登場する女性警視は結局ただの警視として終わるだけなのは一体何なんだ? 女子高校生にしたって家族にしたって一緒。ノイローゼになる女子校の教師と辞めた教師もほとんどキャラ的に変わっていない。去川の娘の旦那にしたって表の顔が浮かんでこないからどうにもならない。誰が誰なんだか一々ページを戻さなくてはならなかったので、いらいらしながら読んでいた。また、光門という刑事。あんな性格していて、警察学校をよく通過できたなあと不思議に思ってしまう。この辺はそのキャラクターの異常さを出そうとしたことによる失敗。人物が描けていないから、その人物像が作者の中でまるで浮かんできていない。そのせいでこのような矛盾したキャラクターを産み出してしまっている。
 そんな状態だったので、ミッシングリンクの真相なんかどうでもいいやと思いながら読んでいましたが、この真相に関してはなるほどと思いました。さすが、元教師。それと女子校の生徒の描写はなかなかですね(一人一人の見分けが付かないのが問題だけど)。ちなみに私の知り合いで女子校の教師をやり、ノイローゼ寸前になった人を知っています。女子校ってホント怖いらしい。
 気に入らないのは何もかも「狂気」で片づけてしまおうとしていること。『魔物どもの聖餐<ミサ>』でも書いたけれど、「狂気」というキーワードを使えば何でもできてしまうんだよね。「狂気」が溢れている今の世の中だからこそ、安易に使ってほしくないキーワードだと思う。
 ということで、力が入っているのは判るけれども、残念ながら西澤保彦の欠点ばかり目に付いてしまったので★。




はやみねかおる『機巧館のかぞえ唄』(講談社 青い鳥文庫)

 今回も三部構成。第一部でよくある怪談を何でもミステリに結び付けて無理矢理解決してしまう清志郎には笑えてしまうし、第三部の赤ちゃんの誘拐に絡むエピソードには思わず微笑んでしまうのだけれども、問題は第二部「夢の中の失楽」。ジュヴナイルでまさかと思うが作中作を採用しているのだ。しかもこの第二部の終わり方はホント複雑。我々だって一回読むだけではちょっと理解しがたいところがあるのに、こういう作品を小中学生に出して大丈夫なんでしょうか。ましてや夢の世界とはいえ殺人を扱ってしまって。しかもこの終わり方、ちょっと割り切れていないんじゃないですか? 何かもう、全てが「夢の中」みたい……。
 しかし、ジュヴナイルでこんな仕掛けをしようとしてくれるだけで文句無し。多分、はやみねかおるの使命はいたいけな少年少女をミステリという泥沼に誘い込むことに違いない。多分、あちらこちらでそんな底なし沼にはまっている少年少女たちがいることでしょう。筆が遅くても待ちますので、良質なミステリを書き続けていってほしいですね。この人の作品を読むと、本当にミステリが好きなんだなと思ってつい微笑んでしまいたくなります。★★★★。
 はやみねかおる作品の楽しみは所々に散りばめられたマニアックミステリネタ。第二回の乱歩賞から全ての受賞作を言える主人公にも笑ってしまう(なぜ第一回は言えないのだ? ポケミスの出版は覚えていて、中島河太郎は覚えられないのか?)し、パーティに参加しているおかしな人たちは、ああ、多分この作家だと思い浮かぶでしょう。そういう本筋とは全然関係ないところでも楽しんで下さい。




積木鏡介『魔物どもの聖餐<ミサ>』(講談社ノベルス)

 野呂啓介宛へ縄文寺久羅が書いた手紙には「幽羅が今日、桔梗荘に集まる人々を皆殺しにする」と。慌てて桔梗荘へ電話をするが誰も出ない。そして桔梗荘ではおぞましい連続殺人が。

 前作『歪んだ創世記』がなんじゃこりゃという内容でかつ二作目を書きにくい作風に見えたのでさてどうなるかと思ったが、出てきた作品はこれですか。この人、ミステリを茶化したいだけなんですかね。それとも何か新しいことをやりたいって考えているんでしょうか。ミステリのお約束を下品な笑い話に仕立て上げようとしているところを見ると、とてもそのようには見えませんが。童話とミステリを結び付けようとするにはあまりにも内容がちゃちだし、しかもトリックが流用じゃあねえ。こういう話にこそオリジナルのトリックを使った方が作品の完成度が高くなると思うんだが。ましてやこの童話風の話と現実部分の接点が全然なっちゃいない。いや、あるのだろうけれども、結び付け方があまりにも安易。「狂気」だけで逃げるのはあまりにも不親切である。「狂気」でごまかすのは「逃げ」にしか過ぎない。こんな結末で誰が納得するのだろうか。タイトルも内容と全然あっていないし。もっと勉強しろって言いたいですね。☆。
 帯は作者ではなく編集者が考えたものだろうけれども、今回の帯の惹句ほど小説の中身と全然あっていないのも珍しい。今年度の迷帯大賞はこれで決まりでしょう(笑)。




鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』(創元推理文庫)

 舞台はカウンター席だけの地下1Fの店。登場人物は店のバーテンダーに、私立大学文学部教授で日本古代史専攻の三谷敦彦、助手で世界史専攻の早乙女静香、そして在野の歴史研究家宮田六郎という三人の客。いつしか静香と宮田の間で歴史談義が始まり、宮田が今までの歴史とは全く異なる説を唱え、静香と宮田の間で議論が始まる……というより、宮田が屁理屈で静香をやり込める(笑)。

 この歴史ミステリ短編集、とにかくタイトルだけで興味がわいてくる。
「悟りを開いたのはいつですか?」
「邪馬台国はどこですか?」
「聖徳太子はだれですか?」
「謀反の動機はなんですか?」
「維新が起きたのはなぜですか?」
「奇蹟はどのようになされたのですか?」
 ちなみに上から仏陀、邪馬台国、聖徳太子、光秀謀反、明治維新、キリストを扱っている。
 誰でも知っている歴史的事実を取り上げているため、まず事実関係を勉強する必要がない。通常の歴史ミステリ(特に海外物)だとまず事実関係を勉強しなければならず、物語の面白さをそいでしまう部分があるのだが、その点でこの作品は非常に有利である。そしてとにかく取り上げられる仮説がとんでもない。一体どのような仮説が取り上げられているのかは本編を読んでからのお楽しみ。ただの屁理屈じゃないかと思えるものから、おっこれはと思えるものまで様々(まあ、正直言って不都合なところは隠してばかりの展開だけど)。基本的に静香と宮田の会話で話が進み、所々で素人のバーテンダーが素人らしい疑問を提出してくれるので、学校で歴史が嫌いだった人にも十分理解でき、そして楽しめる内容になっている。
 問題点といえば、静香がバカに見えること。わざわざ「世界史」という分野を史学科に作り上げた一種の天才でマスコミにも取り上げられる機会が多い27歳という触れ込みの割には、何でこんなこと知らないのみたいなところが多い。もっと丁々発止の議論を楽しみたかったな。それともう一つは、三谷教授の存在感がまるでないこと。折角出したのならもっとうまい使い方を考えてほしい。
 しかし歴史ミステリに新しい一ページを刻んだことは確か。これをミステリと見るかどうかは難しいところではあるが、やっぱり「謎」の提供とそして「論理的」な「解決」が示されているのだから、ミステリといってもよいだろう。「論理的」じゃないって。まあ、いいじゃないですか、楽しめたのだから。次作は難しいだろうなあと思いつつ、できれば同じキャラクターで次作を書いてほしい。★★★★。ただ、あの解説だけは納得いかないなあ。




山田正紀『神曲法廷』(講談社ノベルス)

 かつて神宮球場があった位置に建てられた神宮ドームで火災事故が起きる。神宮ドームの防火管理責任者を業務上過失致死罪で起訴した裁判の弁護士が公判当日、「公衆控室」で殺される。心臓を一突きされて。しかし、傍聴人は全て「金属探知器」でボディチェックをされている。メモ以外の手荷物も全て預けられている。絶対に凶器を持ち込むことができないはずなのに……。続いて担当判事が絞殺される。黒い法服を着て、そして公判が開かれるはずだった法廷の被告人席に座った状態で。しかし判事はマスコミに囲まれた裁判官室の中におり、出ていった姿を見たものは誰もいなかった。更に続く奇怪な事件を「神の烙印」を押された検事、佐伯神一郎が追う。

 次々と起きる不可能犯罪に奇怪な殺人。異端の建築家が建設した神宮ドーム。さらに加えて小説全編で奏でられる「神曲」。これだけ舞台が揃えば文句がない。途中で出てくる検察・警察機構体制批判が邪魔なほどだ。はっきり言ってはまりました。おまけに衝撃のラスト。あれ、この事件解決されていないじゃないと思ったところでタネが明かされるので、思わずあっと言ってしまった(もっとも、警察が見落としたっていうのも信じられないけれど)。今までの山田正紀って付いていけなかったんだけれども、これには参りました。冷静に考えると、なにもここまで「神曲」にこだわらなくてもと言う気がするし(はっきり言って鬱陶しかった)、ちょっと冗長な部分も見受けられるけど、そんな欠点を感じさせないほどの圧倒的なパワー。ただ、本格を読んだという気が全くしないのは何故なんだろう。少なくとも手掛かりを見つけて推理するというタイプの本格ではないね。★★★★☆。

 物語の最後の方で「人に人を裁く権利はない」という言葉が出てくる。ならば人に問おう。「一体誰が人を裁くのか?」 人が人を裁けないのなら、誰が人を裁くのだ? 人自身が犯す罪を人が裁かないで誰が裁くというのだ。



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