求刑死刑・判決無期懲役【2001年】






事件概要
罪 状
判 決
判決理由
備  考
O・T(53)  O被告は2000年2月13日夜、家政婦として住み込んでいたことのある元歯科医の女性(当時94)方に忍び込み、潜んでいたところを家政婦の女性(73)に見つかって騒がれたため、ガラス製の花瓶で頭を殴るなどして殺害。寝室で寝ていた元歯科医の女性も殺し、寝室や台所などにあった現金計約2万6000円を奪った。 強盗殺人、殺人他 2001年3月12日
名古屋地裁
石山容示裁判長
無期懲役
 裁判長は判決で「かけがえのない生命を奪われた2人の被害者の無念は筆舌に尽くしがたい。被害感情も厳しい。自己中心的で短絡的な動機にはくむべき事情もほとんどない」と指摘。死刑を選択しなかった理由について「事前に周到に計画された事件でなく、偶発的な要素がある。被告の健康状態が良くなかったことも事件の一因で、冷酷非情な人格とは断定できない。一生涯、反省と悔悟の日々を送らせるのが相当」と指摘した。検察側は強盗殺人罪の適用を主張したが、裁判長は家政婦の女性殺害について殺人罪を適用した。  
2002年3月29日
名古屋高裁
堀内信明裁判長
検察側控訴棄却
 裁判長は、被害者の一人について強盗殺人罪の成立を否定した一審判決の認定は相当と判断した。
上告せず確定。
M・Y(36)  岡山市のパチンコ店元店長で無職M被告は、同居していたトラック運転手の女性(一・二審懲役8年(求刑無期懲役)が確定)とともに1999年9月6日午前2時18分頃、かつて働いていたパチンコ店の駐車場で店の責任者の男性(当時41)を襲い、両手足をガムテープで縛った上、車のトランクに押し込み、倉敷市の海岸から車ごと海に落として溺死させた。この後、奪ったカギでパチンコ店の金庫などを開け、現金約1,064万円を奪った。
 他に無免許運転の余罪がある。
強盗殺人、建造物侵入、道路交通法違反、道路運送車両法違反、自動車損害賠償保障法違反 2001年3月29日
岡山地裁
楢崎康英裁判長
無期懲役
 被告側は起訴事実を全面的に認めた。
 裁判長は「完全犯罪、一獲千金を狙った短絡的犯行。殺害方法も極めて残忍、冷酷で厳しく非難されなければならない。犯行の首謀者であり死刑選択もありえない事案ではないが、深く反省している」と述べた。
 
2002年2月27日
広島高裁岡山支部
片岡安夫裁判長
検察・被告側控訴棄却
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 検察側は量刑不当を理由に控訴。被告側は殺意と計画性を否定し、被害者の妻と文通をするなど反省していることから酌量の余地があると控訴した。
 裁判長は、犯行を深く反省していることと、パチンコ店を辞めさせられたのは、トラック運転手の女性と中学の頃から性関係を強要してきた女性の母親の愛人が店に嫌がらせをしたためであることを考慮すると、死刑を適用することにはなお、躊躇せざるをえないと判断。しかし、酌量減軽すべき理由もなく、一審判決は不当では無い、とした。
上告せず確定。
N・K(39)  N被告は1996年7月26日夜、名古屋市中区栄のマンション7階で、帰宅した写真店経営者(当時70)と妻(当時66)の胸などを文化包丁で刺して殺害、現金約10万円などを盗んだ。N被告はこのほか、強盗致傷や強制わいせつ、覚せい剤取締法違反の罪に問われた。 殺人、窃盗他 2001年4月18日
名古屋地裁
山本哲一裁判長
無期懲役
 裁判長は「強固な殺意に基づく残虐な犯行で、非情さは際立っている。被害者の苦痛、無念さは筆舌に尽くし難く遺族の憤りは計り知れない」と指摘する一方で「極刑に処するべきだが、覚せい剤使用による影響で心神耗弱状態だった」と極刑を回避した。  捜査での簡易鑑定は責任能力を認め、一審での2回の精神鑑定は、刑事責任を問えない「心神喪失」と、責任能力を限定する「心神耗弱」に結論が分かれた。
2002年5月9日
名古屋高裁
堀内信明裁判長
検察側控訴棄却
 「ビルの屋上から隣のビルに飛び移るなど犯行時の行動は異常で、覚せい剤の影響があった」と判断。検察側の「覚せい剤乱用で殺傷事件を起こすかもしれないことを熟知していた」との主張も採用できないと退けた。
上告せず確定。
N・N(34)  オウム真理教元幹部N被告は以下の4つの事件で起訴された。(1)1993年11月からのサリン生成プラント建設。(2)1994年6月27日、長野県松本市でサリンを撒布し住民7人を殺害、被告は実行現場の警備役を担当。(3)1994年7月10日、信者の逃亡を手助けしようとした元信者の首をロープで絞めて殺害、遺体を焼却。(4)1995年2月28日、逃亡した女性信者の所在を聞き出すために信者の実兄である目黒公証役場事務長を逮捕監禁、死亡させ、遺体を焼却。 殺人、殺人損壊、殺人未遂、逮捕監禁致死、殺人予備 2001年5月30日
東京地裁
永井敏雄裁判長
無期懲役
 裁判長は「各事件はいずれも教団で絶対的な存在だった松本智津夫被告の指示で実行され、N被告は教団の仕事として犯行に加担し固有の動機はなかった」と指摘。一方で「被告が今も独自の宗教観にとらわれ、生じた結果を現実的なものと受け止めておらず、真しな反省は認めがたい」としたが「首謀者の松本被告とは行為の実質に大きな差異があることは否定できない」とし「極刑がやむを得ない場合とまでは認めることはできない」と結論付けた。  
2003年9月25日
東京高裁
仙波厚裁判長
検察・被告側控訴棄却
 検察側は一審で未必の故意にとどまるとされた判決について「確定的殺意による犯行。死刑とすべきだ」と主張。弁護側は「殺意はなく、今は反省している」と有期刑を求めた。
 判決理由で裁判長は「サリンをまくことは犯行前に認識したが、ボツリヌス菌培養など多くの失敗経験から多数の死傷者が出ることを見越していたとまではいえず、確定的な殺意とするには疑いが残る」と述べた。
2006年9月4日
最高裁第二小法廷
古田佑紀裁判長
被告側上告棄却、確定
 判決理由は不明。
横田謙二(52)  作業員横田被告は1999年1月9日、家事手伝いの女性(当時21)を誘い、東京都足立区の自宅で2万円の小遣いを渡したが、「これっぽっち」などと言われ腹を立て、女性を絞殺した。13日〜14日ごろにかけて、自宅のふろ場で女性の遺体を刃物でバラバラに切断して、それぞれポリ袋に包んだ。15日〜16日ごろにかけて計3回にわたり、自転車で足立区と埼玉県川口市内の荒川左岸にビニール袋に包んだ遺体を捨てた。胴体は見つかっていない。 殺人、死体損壊・遺棄 2001年6月28日
さいたま地裁
若原正樹裁判長
無期懲役
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 裁判長は「社会復帰して1年足らずで犯した大罪だが、犯行は偶発的」と述べた。  78年9月、千葉県松戸市で知人の男性(当時60)を絞殺して現金などを奪った罪で千葉地裁松戸支部で無期懲役の判決を受け、98年1月仮出所。2008年現在、再審請求中。
2002年9月30日
東京高裁
高橋省吾裁判長
一審破棄・死刑
 裁判長は「(羽振りがよいように装った)虚言に満ちた生活で自らが招いたもの。不合理な弁解をしており、真に反省しているとは言えない」「仮出獄から1年足らずで殺人を犯すなど、ささいなことに過剰に反応する性格は矯正は事実上不可能。被害者が1人でも、極刑はやむを得ない」と述べた。 とした。
2002年10月25日
上告取り下げ、死刑確定

小森淳(25)/芳我匡由(25)  少年集団10人が、集団リンチ事件を引き起こした。概要は以下。
【大阪事件】1994年9月28日、大阪市中央区の路上で通りがかりの大阪府柏原市の無職(当時26)を同区内のたまり場に連れ込み、絞殺。遺体を高知県の山中に遺棄。(殺人、死体遺棄)
【木曽川事件】同年10月6日夜、愛知県稲沢市の知人宅を訪れた同市の型枠解体工(当時22)をビール瓶などで殴打。翌7日未明、同県尾西市の木曽川堤防でさらに暴行、河川敷に放置して殺害。(傷害、傷害致死)
【長良川事件】同7日、稲沢市のボウリング場で3人に因縁をつけ、車で連れ回し暴行、11,000万円を強奪。翌8日未明、岐阜県輪之内町の長良川河川敷で3人のうち、尾西市の会社員(当時20)と同市のアルバイト(当時19)を金属パイプで殴り殺した。大学生は大阪市で解放。
 起訴された8人のうち、小森被告ら3人を除く5人は有罪判決が確定。また2人は少年院送致されている。
強盗殺人、殺人、傷害致死、死体遺棄、傷害、強盗致傷、監禁 2001年7月9日
名古屋地裁
石山容示裁判長
無期懲役
 小林正人被告は求刑通り一審死刑判決。一審判決で木曽川事件については殺人ではなく、傷害致死を適用。小森被告、芳我被告は追従的立場だったとして無期懲役判決。  同一の少年事件で、複数の被告の死刑が確定したのは戦後初。
2005年10月14日
名古屋高裁
川原誠裁判長
一審破棄・死刑
 木曽川事件は殺人を適用。3被告の果たした役割に差はないとした。
2011年3月10日
最高裁第一小法廷
桜井龍子裁判長
被告側上告棄却、確定
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 争点となった3人の役割については、小林被告を「犯行を強力に推進し、最も中心的で重要な役割を果たした」と認定した。一審では従属的とみなされた他の2被告については、小森被告を「小林被告とともに主導的立場で犯行を推進した」とし、芳我被告も「進んで殺害行為に着手するなど主体的に関与し、従属的とは言えない」と指摘、いずれも積極的に関わったと認めた。そして「3人が少年だったことや場当たり的な犯行、遺族に謝罪の意を示していることなどを最大限に考慮しても、死刑はやむを得ない」と述べた。
H・T(49)/O・M(51)  測量会社事務所に勤務していたH被告は約束の給料をもらえないまま働かされ、逃げ出しても連れ戻されたため社長夫婦の殺害を計画。H被告はO被告とともに1999年8月30日午後6時40分ごろ、同市東原の測量会社事務所で、社長(当時47)の首を絞めて殺し、遺体を茨城町の山林に埋めた。さらに、同年9月6日午前9時ごろ、栃木県湯津上村の路上で、社長の夫である金融業者(当時48)を棒で殴って殺し現金7万円入りの財布を奪い、遺体を同県黒羽町の山林に埋めた。H被告は住宅購入や事務所の運転資金などで銀行やサラ金から合計約7,686万円の借金を、またO被告もギャンブルと住宅購入資金として、サラ金などから約340万円の借金をそれぞれ抱えていたが、被害者の社長夫婦がその多額の借金を立て替えていた。 強盗殺人、死体遺棄他 2001年7月26日
水戸地裁
鈴木秀行裁判長
無期懲役
 裁判長は「刑事責任は極めて重大」と指摘したが、暴力団関係者と付き合いのあった社長夫婦から執ように脅されていた事情などを考慮し、「極刑以外にないと断ずるには躊躇を覚える」と述べた。  
2002年11月27日
東京高裁
村上光鵄裁判長
検察側控訴棄却
 裁判長は、両被告に約束通りの給料が支払われなかった事情を考慮し、「被害者に恨みを持ったことが不条理とはいえず、極刑とするにはちゅうちょせざるを得ない」と述べた。
上告せず確定。
I・Y(29)  人材派遣業I被告は1997年4月21日深夜、人材派遣会社設立の出資金を巡ってトラブルになった福井市の日系ブラジル人の男性(当時30)方で、男性と同居人(当時30)の胸や背をナイフで刺して殺害、遺体を福井県丸岡町の山中に捨てた。 殺人、死体遺棄 2001年8月2日
福井地裁
松永真明裁判長
無期懲役
 被告側はアリバイを示して無罪を主張。物的証拠は乏しい。検察側が凶器と位置付けたサバイバルナイフは「凶器とは認められない」と裁判所は否定。凶器を特定しないまま殺人を認定した。裁判長は「犯行は残忍で悪質だが、犯行時24歳で、矯正の可能性がないとは言い切れない」とした。  
2003年10月30日
名古屋高裁金沢支部
安江勤裁判長
検察・被告側控訴棄却
 裁判長は「状況証拠や証拠隠滅工作から、I被告の犯行を強く推認できる。交際相手の女性の証言は信用できず、遺体の搬送や投棄は単独でも可能」と述べ、被告側の「犯行時間帯は恋人と一緒にいた。犯行や証拠隠滅は単独では不可能」とする主張を退けた。そして「証拠隠滅工作などから被告人の犯行と認めるべきだが、矯正不可能とはいえない」として、一審判決を支持した。
2004年7月29日
最高裁第一小法廷
横尾和子裁判長
被告側上告棄却、確定



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