求刑死刑判決無期懲役【2005年】






事件概要
罪 状
判 決
判決理由
備  考
元留学生(22)  別府大留学生である中国福建省出身の男(事件当時19)は、留学生朴哲容疑者と共謀。2001年12月26日夕、大阪市内のビジネスホテルに風俗店の女性(当時35)を呼び出し、男がナイフで脅して手足をテープで縛り、キャッシュカードを奪った上、ナイフで胸や首を多数回刺して殺害した。
 また朴哲、張越両容疑者、他2人の留学生と共謀し、2002年1月18日午前2時半ごろ、大分県山香町の建設会社会長(当時73)宅に強盗目的で侵入し、社長の妻の顔などを棒や拳で多数回殴り、刺し身包丁で胸部を刺すなどして重傷を負わせ、社長の腰部を刺して殺害した。
強盗殺人、強盗致死傷、強盗傷害、銃刀法違反、住居侵入 2005年4月15日
大分地裁
鈴木浩美裁判長
無期懲役
 検察側は二事件とも強盗殺人で起訴。裁判長は「殺意は認められない」とし、山香町の事件は強盗致死傷罪の適用が相当とした。さらに「大阪で女性を殺害した約3週間後に夫婦を襲うなど人命軽視の態度は顕著。死刑も考慮しなければならないが、捜査当局に進んで供述するなど事件解明に寄与した。極刑がやむを得ないとまでは認められない」と述べた。  社長は旧満州(現中国東北部)で暮らした経験から、留学生の世話を始め、30人以上の身元保証人になるなど物心両面から支援、「留学生の父」と慕われていた。4人の留学生のうち、1人は二審で求刑無期懲役に対し懲役15年判決、検察・被告側上告棄却で確定。1人は一・二審で求刑懲役15年に対し懲役14年判決が確定。
 朴哲、張越両容疑者は中国に逃亡したため、国際手配。2013年11月、中国当局が別の事件で身柄拘束したとの連絡が日本側にあった。張容疑者の拘束を受け、中国公安当局の関係者ら約10人が2013年春、被害者宅を訪れ、犯行現場を確認していた。日中間には犯罪人引き渡し条約が結ばれていないため、警察当局は、中国の国内法で司法手続きを行う代理処罰を求めた。
 2017年3月、中国の裁判所は、張越被告に執行猶予2年付きの死刑、朴哲被告には懲役15年の判決を言い渡した。2人は控訴せず、判決が確定した。
2007年2月26日
福岡高裁
正木勝彦裁判長
検察側控訴棄却
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
山香町の事件について、裁判長は「もみ合ううちに倒れ込んだ際、その力も加わって包丁が深く刺さった可能性も否定できない」などとして、殺意を認定するには不十分との判断を示した。その上で、元留学生に対し「被害者宅に侵入後、悲鳴などが聞こえたために外に逃げ出した上、共犯者に逃げるよう促しており、言動は消極的」と指摘。逃走中の2容疑者が主犯とした。
2009年12月17日
最高裁第一小法廷
宮川光治裁判長
検察側上告棄却、確定
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 裁判長は「刑事責任は誠に重大で、死刑を選択することも考慮される」と指摘。その上で、「夫妻殺傷事件で殺意は認められない」と判断。強盗致死傷罪を適用した一、二審の判断を支持した。犯行当時、未成年だったことも考慮した。
O・T(26)/O・M(24)  指定暴力団住吉会系組員O・T被告、O・M被告、暴力団交友者でとび職F被告は、2003年11月24日深夜、いわき市の同じ住吉会系暴力団員で建設業の男性(当時26)の事務所で男性と、交友者で飲食店員の男性(当時24)の頭を拳銃で撃って射殺。現金数十万円を奪い、遺体を広野町の山林に埋めた。男性は組長の息子だった。主犯がO・T被告、拳銃を撃ったのがO・M被告である。被告ら3人と被害者で組員の男性との間では、女性をめぐるトラブルや組織内でのトラブルなどがあった。 強盗殺人、死体遺棄、銃刀法違反 2005年4月22日
仙台地裁
大沢広裁判長
無期懲役
 裁判長は判決理由でO・T被告には「交際相手を奪った相手の殺害が主目的で、典型的な強盗殺人とは類型を異にする」「冷酷かつ非情な犯行だが反省の態度もあり、矯正の可能性がないとは言えない」とした。弁護側の「財産を奪う目的はなく強盗殺人罪は成立しない」とする主張は「恨みによる殺人の付加的なものだが金を奪う合意があったことは疑いがない」と退けた。O・M被告には「O・T被告の従属的な立場にあり、犯行動機の一つに、暴力団から足を洗いたいという思いがあったことは考慮に値する」「O・T被告から命令されて犯行を実行したが、深く反省している」とした。  F被告は求刑通り無期懲役判決が一審で確定。
2005年12月22日
仙台高裁
田中亮一裁判長
検察・被告側控訴棄却
 双方とも量刑不当を理由に控訴。O・T被告は強盗目的を否認している。
 裁判長は「被害者に交際女性を寝取られて逆恨みした身勝手な動機で、2人の命を奪った重大な犯行だが、財産目当てに無関係の第三者を狙う典型的な強盗殺人とは異なる」と判断した。
2008年2月20日
最高裁第一小法廷
涌井紀夫裁判長
検察・被告側上告棄却、確定
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 3裁判官は多数意見で、「若い2人の命を奪い、冷酷、残忍で死刑も考慮されるが、被害者への恨みが動機で、拳銃は被害者から預かったものだった。一般市民を巻き込むような事案ではない」とし、暴力団組織内で起きた犯行だったことなどを理由に死刑を回避した二審・仙台高裁判決について、「破棄しなければ著しく正義に反するとまでは言えない」と述べた。これに対し、2裁判官はO・T被告について、「O・T被告は暴力団幹部で、拳銃を使った被害者2人の強盗殺人事件の首謀者。先例に照らせば死刑が相当」「被害者が暴力団員だからといって、これを酌量すべきではない。本件が拳銃を使用した凶悪犯罪であることを重視すべきだ」などと述べ、二審判決を破棄すべきだとした。死刑か無期懲役かが争われた事件で反対意見が付くのは極めて異例。
M・T(42)  佐賀県北方町の運転手M被告は1987年7月8日、路上に止めた車の中で武雄市の料理店従業員(当時48)の首を手で絞めて殺害。ほぼ同様の手口で、1988年12月7日に北方町の主婦(当時50)、1989年1月25日に同町の縫製会社工員(当時37)を殺害した。
 佐賀県警は3件目の被害者と交際していたM被告を任意で事情聴取。M被告は1988年秋、覚醒剤事件で拘置中に県警の取り調べを受け、いったんは殺害を認める上申書を提出したが、その後否認に転じた。1件目の時効直前の2002年6月、県警が強制捜査に着手し、3件とも起訴した。M被告は1件目と2件目の間の1988年1月、覚せい剤取締法違反の罪で有罪が確定したため3事件は併合罪が適用できず、検察側は1件目の事件で無期懲役を、残る2人殺害で死刑を求刑した。
殺人 2005年5月10日
佐賀地裁
坂主勉裁判長
無罪
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 佐賀地裁は67通の上申書のうち、殺害を認めた65通の証拠請求を却下、犯行を否認した2通を採用した。
 検察側は(1)交際していた女性の遺体の下着にM被告の唾液が付いていた(2)女性3人の遺体が同じ場所に捨ててあった、(3)被害者1人と面識があることを隠したり、虚偽のアリバイ供述を繰り返したりした、などの状況証拠を基に殺害を主張した。
 弁護側は「M被告と女性は交際していたがトラブルはなかった」と主張。(1)女性が失踪する前日に会ったものの、事件当日に会った証拠はない(2)M被告と女性の車が目撃されたと検察側が主張する場所には事件当日行っていない、とした。他の女性2人については「面識がなく、殺害の動機もない」と述べた。検察側が指摘した女性の下着についた唾液のミトコンドリアDNAと被告のDNAの型が一致したことについて、弁護側は「犯罪捜査の専門家である科学警察研究所でも実用化しておらず、鑑定に信用性はない」と反論した。
 裁判長は最後に起きた女性殺害事件を中心に遺体の状況などを詳細に検討した上で、犯罪の証明がないと結論付け、他の2件についても無罪と判断した。交際していた女性が殺害された日のM被告の行動について「合理的な理由がないまま幾多も供述が変遷している」としてアリバイの成立は認めなかった。しかし「変遷や虚偽のアリバイ主張があっても、直接犯人とは推認できない」とした。
 Mは2011年6月〜12月、福岡、宮崎、大分、鹿児島の4県で127件の窃盗事件などを繰り返した。うち5件と、覚せい剤使用で起訴。2012年6月11日、福岡地裁で懲役2年10月(求刑懲役3年6月)の実刑判決が言い渡されている。
2007年3月19日
福岡高裁
正木勝彦裁判長
検察側控訴棄却(無罪
 控訴審で検察側は、M被告の軽トラック内にあった写真の付着物から検出したミトコンドリアDNA型が、被害者の女性(当時50)と一致したとの鑑定書を提出。「女性を軽トラックに連れ込んで殺害した」とする上申書の補強証拠とし、一審判決の破棄を求めた。これについて裁判長は「ミトコンドリアDNAは母系遺伝し、同一型の者は少なからず存在する」と指摘。「写真の保管状況も心もとない。個人識別の精度は判然とせず、証拠価値は低い」とした。
 M被告が任意の取り調べで作成した3人殺害を認める上申書については、「取り調べは遮二無二自白を獲得する目的でされた。任意の取り調べの限界を超え、違法捜査抑止の観点からも証拠能力を認められない」とし、一審同様に「迫真性が乏しく、取調官から相当具体的な指示、働きかけがあった」と述べた。そのうえで、「個々の状況証拠を詳細に検討し、総合考慮しても、M被告が犯人であると認めるには合理的な疑いが残る。被告と被害者が行動を共にしているところを見た目撃者はなく、指紋などの決定的証拠はない。直接的な客観証拠は皆無であり、この程度の証拠で被告人を有罪にはできない」と結論づけた。
上告せず確定。
G・H(40)  愛知県新城市の給食会社役員G被告は、フィリピンパブで知り合ったホステスとの結婚資金などを得るために、青年会議所(JC)仲間である新城市の建設会社役員の男性(当時39)を殺して金を奪い、家族から身代金名目の現金を脅し取ろうと、2002年4月17日午後10時10分すぎ、愛知県新城市の市商工会館の駐車場に止めていた乗用車内で、男性の首をロープで絞め殺害、現金約12万円などを奪った。
 翌18日には男性の生存を装い、家族に17回の脅迫電話をかけて身代金1億円を要求。東名高速道路上から現金を投下するよう指示したが失敗。19日、男性の遺体を同県額田町の残土捨て場に遺棄した。
強盗殺人、恐喝未遂、死体遺棄、脅迫教唆、犯人隠避教唆 2005年5月24日
名古屋地裁
石山容示裁判長
無期懲役
 裁判長は判決理由で「強盗殺人と恐喝未遂の犯行だが、実質は身代金目的の誘拐事件と同じ凶悪犯罪」と指摘。身勝手な動機や遺族の処罰感情から「死刑求刑には相当の理由がある」とした。しかし、たまたま条件が整った際の犯行で更生が困難とはいえないとし「量刑の平等性や同種犯罪の予防の見地から極刑がやむを得ないと断定できない」と述べた。  愛知県警はG被告を身代金目的誘拐容疑などで逮捕したものの、名古屋地検は最終的に誘拐罪の適用を見送った。
2006年12月15日
名古屋高裁
門野博裁判長
検察・被告側控訴棄却
 検察側は「実質的に身代金目的誘拐殺人と同等で死刑が相当」と主張した。弁護側は「殺害は交際女性のことを(被害者に)なじられたもので、恐喝や金品強奪の意思はなかった」と殺人と窃盗罪を適用し有期刑を求めた。
 裁判長は「身代金目的の意図があったことは合理的かつ自然で極刑はやむ得ない部分もあるが、殺意は直前に抱いており、計画自体が周到な準備にあったとはいえない」と検察側主張を退けた。また「被告の供述は信ぴょう性が乏しい」などと述べ、被告側主張を退けた。そして「利欲目的の凶悪な犯行で卑劣極まりない。刑事責任は極めて重く、有期刑の選択は到底考えられず、死刑求刑も理由がある」と指摘。その上で「計画自体が周到な準備にあったとはいえないこと、罪刑均衡などの見地から極刑はちゅうちょを覚えざるを得ない」と述べた。
2007年1月15日
被告側上告後取り下げ、確定。

H・T(55)  静岡県富士市の会社員H被告は、近所の女性(当時76)から借りていた12万円の返済期限だった2004年2月17日までに5万円しか用意できず、返済の猶予を頼んだが、女性に「家族に話す」などと言われたため、殺害を決意。2004年2月18日朝午前7時ごろ、自宅にいた女性の頭を用意した金属製ハンマーで数回殴るなどして転倒させ、さらに背後から頭などを数十回殴って殺害し、7万円の返済を免れた上、現金約13000円などを奪った。 強盗殺人 2005年6月2日
静岡地裁沼津支部
姉川博之裁判長
無期懲役
 検察側は「以前も借金返済に困って強盗殺人未遂事件を起こしており、実質的には2人を殺害したのと同じである。公判で供述を翻すなど反省もしていない」と述べ、死刑を求刑した。裁判長は「高齢者を何度もハンマーで殴るなど凶悪な犯行だが、刑罰の均衡を考えると無期懲役でしょく罪の日々を送らせることが適当」とした。  H被告は1978年にも強盗殺人未遂事件を起こし、懲役9年が確定している。
2006年8月24日
東京高裁
池田修裁判長
検察・被告側控訴棄却
 裁判長は「周到な計画性はなく、前の事件の仮釈放後、16年余りは家庭を持ってまじめに働いていた。また遺族に謝罪の手紙を書き、反省の態度も示している。極刑選択には、躊躇を覚える」と述べた。
上告せず確定。
M・T(48)  元府警巡査で大阪刑務所刑務官M被告は、2002年4月14日、大阪市平野区の4階建てマンション3Fに住む養子の会社員宅にて、会社員の妻(当時28)の首を犬の散歩用のひもで絞めて殺害し、長男(当時1)を水を張った浴槽に沈めて水死させたとされる。さらに部屋に火をつけ、42平方メートルを全焼させたとして起訴された。。
 M被告は会社員の母親の再婚相手で養子縁組をしていた。また会社員が事業資金として借りた2000万円のうち500万円の連帯保証人となっていた。M被告は夫婦の生活に干渉したり、脅迫やセクハラまがいのメールを会社員の妻に再三送信したり、性的嫌がらせを続けていたが相手にされずトラブルとなっていた。
現住建造物等放火、殺人 2005年8月3日
大阪地裁
角田正紀裁判長
無期懲役
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 直接証拠はなく、被告側は無罪を主張。裁判長は「犯行は残忍かつ冷酷で、動機に酌量の余地はない」としたが、被告なりに被害者宅の金策に走り回るなど一家のために尽力していた▽犯行までの16年間を刑務官としてまじめに勤務しており、改善・更正の余地がないとはいえない――などと指摘した。  最高裁で死刑判決が破棄されて差し戻されたのは、1989年6月22日の「山中事件」最高裁判決以来(後に無罪確定)。
2006年12月15日
大阪高裁
島敏男裁判長
一審破棄・死刑
 裁判長は一審同様、状況証拠により森被告の犯罪であると認定し、被告の無罪主張を退けた。そして量刑について「残虐な犯行で罪責は誠に重大。事実を認めず、何ら反省しない被告には更生の可能性はなく、極刑はやむをえない」「1歳の子への徹底した攻撃など、被告には強い犯罪性向があり、反省の態度を一度も示したこともないことなどから、死刑を選択するほかなく、一審判決は軽きに失した」と指摘した。
2010年4月27日
最高裁第三小法廷
藤田宙靖裁判長
一・二審有罪判決破棄、地裁差し戻し
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 最高裁は、物証とされた事件直後に現場マンションの踊り場の灰皿から見つかった吸い殻が茶色く変色していた点について、合理的に説明する十分な検討がされていないと指摘。状況証拠を加えても被告が犯人でなければ合理的に説明できない事実関係があるかどうか疑問であるとし、審理が尽くされておらず、一審から再検討すべきだと結論づけた。そして、71本の中に被害女性が吸っていた銘柄が4本あることに注目。差し戻し審で71本を鑑定するよう促し、「被害女性のDNA型に一致するものが検出されれば、携帯灰皿の中身を(踊り場の)灰皿に捨てた可能性が極めて高くなる」と指摘した。裁判官1人は「一致すれば無罪を言い渡すべきだ」との補足意見を付けた。裁判官5人のうち3人による多数意見。1人は有罪方向の判断も許される余地があると意見を述べ、1人は被告の関与は十分立証されていると反対意見を述べた。
2012年3月15日
大阪地裁
水島和男裁判長
無罪
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 府警は、灰皿から見つかった残り71本の吸い殻を段ボール箱に入れ、平野署4階にあった捜査本部の整理棚に置いていたが、起訴から間もない2002年12月下旬に紛失が判明。府警は、公判で弁護側が吸い殻に関する証拠を開示するよう請求した後の2004年1月ごろまで検察側に紛失を伝えていなかった。また府警と検察はその事実を公表しなかった。弁護側は2003年12月から2004年2月の間に3回、吸い殻関連の証拠を明らかにするよう求めた。これに対し、検察は2004年1月、「開示に応じる理由がないので、開示しない」と回答。同年3月にも「証拠開示すべき具体的必要性が挙げられていない」などとして拒否したが、紛失には一切触れなかった。
 裁判で検察側は改めて有罪を主張。被告の靴の中から採取した犬の毛を新証拠として提出し、DNA型鑑定の結果、被害者宅の犬の毛の可能性があると主張。更に、被告自身が捜査段階で描いた現場室内の図面にある五月人形のかぶとは事件当日に飾られたものだとして、被告がその日に現場へ行ったことは明らかだと訴えた。
 裁判長は判決理由で、「短時間でも変色はあり得る」とした検察側の実験について「科学的知見に基づくとは言い難い」と一蹴し、「被告の吸い殻は携帯灰皿を経由し、被害者によって捨てられた可能性が高い」と述べた。獣毛についても、判決は「微物の採取状況を撮影した写真などは存在しない」と採取経過を証明する資料の乏しさを指摘。犬のDNA型の精度自体が低い点にも言及し「被告の靴内から採取されたという事実すら明らかでない」とした。他の状況証拠も、最高裁が示した「状況証拠で有罪認定するには被告が犯人でなければ説明できない事実が必要」との基準に照らし、いずれもMを犯人と推認させる事実とは言えないと結論づけた。そして裁判長は、「紛失がなければ、差し戻し前の審理の帰趨自体が別のものとなっていた可能性も否定できない」と付言をした。また、「物証の適切な保存管理は今後の捜査の最重要課題だ。紛失経緯の究明も不十分で、今一度、経緯を再検討し、組織などのあり方を含めた総合的な再発防止策を希望する」と、大阪府警を厳しく批判した。
2017年3月2日
大阪高裁
福崎伸一郎裁判長
検察側控訴棄却(無罪
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 検察側の請求を受け、凶器とされる犬のひもなど計10点のDNA型鑑定を実施。被告と一致するDNA型は検出されず、別人男性の型が検出された。検察は被害者の遺体に付着していた多数の皮膚片などのDNA型を調べる独自の鑑定も行ったが、被告と一致するDNA型は検出されなかった。
 判決で裁判長は、唯一の物証とされた吸い殻が捨てられた経緯について、最高裁で示された疑問に検察側が反証できていないと指摘。過去に被告から携帯灰皿を譲り受けた被害者が中身を捨てた可能性を否定できず、「被告がマンションに立ち入ったと認められない」と述べた。さらに、被害者が玄関の鍵を開けていた点などを踏まえ、「犯人は被害者に近い人物で、被告しかいない」とした検察側の立証内容を批判。「仮説の域を出ず、刑事裁判で取り上げる価値がない」と切り捨てた。また、事件後の被告の言動が不自然だったなどとも主張に対し、「印象による犯罪事実の認定につながりかねない」と厳しく批判した。そして、「仮説を立て、犯人像に一致する人物にたどりついたとしても、確実な証拠が伴わなければ意味がない」と捜査に苦言も呈した。そして「被告は犯人と推認できない」と述べた。先のDNA鑑定で別人男性の型が検出されたことについて、判決では触れなかった。
上告せず、確定。
O・J(43)  松永太被告とO被告は福岡市小倉北区のマンションで、監禁被害女性の父(当時34)に通電虐待を繰り返して1996年2月に殺害。1998年1〜6月には、O被告の母(当時58)と妹夫婦一家4人の計5人の首を絞めたり、虐待して殺害した。1997年12月には、O被告の父(当時61)を通電虐待により死亡させた。 殺人、傷害致死、監禁致傷、詐欺、強盗 2005年9月28日
福岡地裁
若宮利信裁判長
死刑
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 O被告はO被告の父と監禁被害女性の父については傷害致死罪の適用を主張したが、その他については起訴事実を大筋で認めており、一連の犯行は松永被告の主導と主張。弁護側は「松永被告の支配下での犯行だった」と強調するとともに、事件の全容解明に貢献したとして情状面から死刑回避を求めていた。判決ではO被告の父についてのみ傷害致死を適用した。  松永太被告は無罪を主張したが、2011年12月12日に死刑が最高裁で確定。
2007年9月28日
大阪高裁
虎井寧夫裁判長
一審破棄・無期懲役
 O被告は「過酷な虐待で精神的に支配され、松永被告の『道具』として殺害行為を行った」と述べ、利用された側は罪に問われない「間接正犯」にあたるとして無罪を主張した。判決は、O被告は犯行当時、松永被告に暴力で支配されていたと指摘。「ドメスティックバイオレンスの被害者特有の心理状態に陥っていたことは否定できない。適法な行為を行う可能性は限定されていた」と述べ、殺害の実行行為の中心だったが立場は従属的だったと判断した。
2011年12月12日
最高裁第一小法廷
宮川光治裁判長
検察側上告棄却、確定
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 最高裁は「共犯者から異常な暴行、虐待を繰り返し加えられ、正常な判断能力が低下していた」と判断した。宮川光治裁判長ら4人の多数意見による結論で、横田尤孝裁判官(検察官出身)は死刑が相当だとの反対意見を述べた。
K・S(38)  指定暴力団住吉会系元組幹部K被告はもう1名とともに2004年10月24日午後1時40分頃、東京都台東区のホテル1階の喫茶店で、対立する指定暴力団山口組系暴力団幹部と話し合い中に拳銃6発を発砲。幹部2人(当時55、41)を拳銃で射殺し、別の幹部2人(ともに当時38)も重軽傷を負った。 殺人、殺人未遂、銃刀法違反他 2005年10月3日
東京地裁
毛利晴光裁判長
無期懲役
 裁判長は「組織間の勢力争いを原因とした犯行で酌量の余地はないが、組織性がなく反省の態度も見られる。更生の可能性がないとは言い切れない」と述べた。  被告側は一審判決後(?)、被害者の遺族らに示談金約1100万円を支払った。
2006年7月10日
東京高裁
原田国男裁判長
検察・被告側控訴棄却
 裁判長は犯行を非難するも、「市民の巻き添えをいとわずに発砲したとはいえない。結果は重大で責任は相当重いが、激情にかられた犯行で、計画性が高いとは言い難い。被告は被害者側に慰謝料を支払い、遺族らは減刑嘆願書を出している。一審の刑を見直すには至らない」と判決理由を述べた。
2006年11月27日
最高裁第一小法廷
泉徳治裁判長
被告側上告棄却、確定
 判決理由は不明。
O・S(37)  東京都のゲームセンター店員O被告は、パチスロなどにのめり込んで借金を重ね、返済のために1999年頃から空き巣を繰り返していた。2003年7月7日、茨城県水戸市に住む会社員の女性(40)方に侵入し、帰宅した女性に包丁で切り付け重傷を負わせ、何も取らずに逃げた。7月17日、茨城県那珂市に住む会社員の女性(当時37)の自宅アパートに侵入したが、在宅していた女性に見つかったため絞殺、キャッシュカードで現金166万円を引き出した。 強盗殺人、強盗殺人未遂、強盗強姦、窃盗他 2005年10月13日
水戸地裁
林正彦裁判長
無期懲役
 裁判長は凶器を準備していなかったことから、計画的な殺人ではないと判断した。
2006年6月22日
東京高裁
阿部文洋裁判長
検察側控訴棄却
 裁判長は判決理由で「盗みに入った留守宅で帰宅した女性2人を殺傷した凶悪な犯行。その悪らつさ、結果の重大性、遺族の処罰感情などから死刑も十分考慮に値する」と指摘。その上で「ただ殺傷などに計画性はない。一部反省がうかがえ、改善可能性がないとはいえず、前科がないことも考えると、極刑がやむを得ない場合に当たらない」と判断した。
上告せず確定。
K・S(32)/M・B(26)  中国人留学生K、M被告は同じ留学生4人と共謀。2002年12月4日午前6時20分頃、風俗店を経営する中国人女性(当時43)を乗用車で連れ去って約16時間監禁し、内縁の夫の中国人男性(当時43)に身代金8000万円を要求した。その後、840万円まで要求額は下がったが、6人は警察に察知されたと思い込んで身代金受け取りを断念し、同日夜、女性の首を絞めて旅行かばんに詰め込み、名古屋港で海に投げ込んで水死させた。 身代金拐取、拐取者身代金要求、逮捕監禁、殺人、住居侵入 2005年11月29日
名古屋地裁
伊藤新一郎裁判長
無期懲役
 裁判長は争点だったK被告の殺意について「捜査段階での『殺そうと思った』との供述は信用出来る」と認定。しかし「殺害することも予想はしていたが、計画時点で共謀があったとは認められない」と殺人の計画性を否定した。その上で、K、M被告の量刑について「中心的な役割だが、他の共犯者を支配していたとまでは言えない」と指摘した。  他に起訴された4被告は求刑通り無期懲役が確定。
2007年2月21日
名古屋高裁
門野博裁判長
検察側控訴棄却
 裁判長は「誘拐前から殺害を決めていたとの事前共謀は成立せず、一審判決に事実誤認はない」「残虐極まりない犯行だが、事前に確定的な殺害計画があったとはいえず、死刑にはちゅうちょを覚えざるをえない」とした。
上告せず確定。


【「求刑死刑・判決無期懲役」に戻る】