求刑死刑判決無期懲役【2007年】






事件概要
罪 状
判 決
判決理由
備  考
A・S(29)  架空請求詐欺グループの「部長」であったA被告は、「社長」清水大志被告や「部長」渡辺純一被告、伊藤玲雄被告の指示に従い、他の仲間と共謀。伊藤被告の部下であった船橋市の飲食店員の男性Nさん(当時25)ら4人が、幹部らに比べて極端に分け前が少ないことに不満を募らせ、中国人マフィアを利用して清水被告ら幹部を拉致し現金を強奪しようと計画したことを知り、2004年10月14〜16日の間、東京都新宿区の事務所内に男性4人を監禁した。その際、1人に熱湯をかけ、別の1人の口を粘着テープでふさぐなどして死亡させ、残る2人の口を粘着テープを巻いたうえで、鼻をふさぐなどして殺害。暴力団に依頼し、4人の遺体を茨城県内の山林に埋めさせた。 殺人、傷害致死、死体遺棄、逮捕監禁他 2007年5月21日
千葉地裁
彦坂孝孔裁判長
無期懲役
 検察側は3人について殺人、1人について傷害致死の罪で起訴したが、判決は2人について殺人、2人について傷害致死とした。裁判長は「人命を全く軽視した非道な犯行で、主導的に殺害行為をした責任は極めて重大だ」と述べたが、A被告については一部で自首が成立すると認めた上、「伊藤被告らの言動に影響された面があった」として死刑を適用しなかった。  殺人や傷害致死、死体遺棄や監禁などの罪で18人が起訴されている。12人は無期懲役〜1年2ヶ月の実刑判決、2人に執行猶予付の有罪判決が出ている。清水大志被告は求刑通り一・二審死刑判決が最高裁で確定。渡辺純一被告は一審無期懲役判決も二審で死刑判決が最高裁で確定。伊藤玲雄被告は求刑通り一・二審死刑判決が最高裁で確定。
2009年8月18日
東京高裁
長岡哲次裁判長
検察・被告側控訴棄却
 判決で裁判長は「冷酷で残忍な犯行。だが被告の自首が被害者の遺体発見につながっており、死刑がやむを得ないとまでは言い難い」と述べた。検察側は殺害3人、傷害致死1人と主張したが、裁判長は「殺意があったとは認められない」と主張を認めず、殺害2人、傷害致死2人と認定した一審判決を踏襲した。
2009年10月19日
被告側上告取り下げ、確定

I・H(25)  山形県飯豊町の会社員I被告は、カメラ店経営者の長男から小学4〜5年の時、性的いじめを受けた。その時は嫌と思うだけだったが、中学生になって意味がわかり、怒りと悔しさがこみ上げるようになった。数年前に実家に戻り、我慢ができなくなり殺害を決意。2006年5月7日午前3時45分頃、自宅から約30mのカメラ店経営者宅に無施錠の玄関から模造刀(刃渡り約43センチ)を持って侵入。寝ていた経営者の男性(当時60)と長男(当時27)を刃物で刺したり素手で殴ったりして殺害。男性の妻で看護師の女性(当時54)も頭や腰などに重傷を負った。女性は襲われた後、自力で逃げ出して隣家に駆け込み、110番通報をした。I被告は逃走したが、同日夜、県警に逮捕された。 殺人、殺人未遂他 2007年5月23日
山形地裁
金子武志裁判長
無期懲役
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 裁判長は、傷の深さや攻撃の執拗さなどから3人全員に対する確定的殺意があったと認定した。争点だった被告が小学生だった15年前、長男から受けた性的ないじめの影響について「心的外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患したと認められないが、可能性は否定できない」と述べる一方「責任能力はあった」とした。そして「犯行には衝動的な部分もある。更生の余地が相当程度残されており、贖罪の生活を送らせることが必要と判断した」「犯行に10年以上前の性的暴行が大きく影響していることは否定できず、極刑を選択することはできない」と理由を述べた。
2013年1月15日
仙台高裁
飯渕進裁判長
検察・被告側控訴棄却
 裁判長は、「被告は事件当時、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患していた」と認定した上で、「PTSDの症状による解離状態が犯行に与えた影響は間接的かつ限定的」と指摘。「犯行はあまりに短絡的で、事件の責任は重大だ」と述べた。
2013年5月10日
被告側上告取り下げ、確定

渡辺純一(30)  架空請求詐欺グループの「部長」であった渡辺純一被告は、「社長」清水大志被告や「部長」A被告、伊藤玲雄被告や、他の仲間と共謀。伊藤被告の部下であった船橋市の飲食店員の男性Nさん(当時25)ら4人が、幹部らに比べて極端に分け前が少ないことに不満を募らせ、中国人マフィアを利用して清水被告ら幹部を拉致し現金を強奪しようと計画したことを知り、2004年10月14〜16日の間、東京都新宿区の事務所内に男性4人を監禁した。その際、1人に熱湯をかけ、別の1人の口を粘着テープでふさぐなどして死亡させ、残る2人の口を粘着テープを巻いたうえで、鼻をふさぐなどして殺害。暴力団に依頼し、4人の遺体を茨城県内の山林に埋めさせた。 殺人、傷害致死、死体遺棄、逮捕監禁他 2007年8月7日
千葉地裁
彦坂孝孔裁判長
無期懲役
 渡辺被告については「首謀者ではなく、清水被告らに事の成り行きを任せていた」と裁判長は判断した。検察側が殺人罪の適用を求めた被害者3人のうち1人の死亡について、傷害致死罪に該当すると判断した。  殺人や傷害致死、死体遺棄や監禁などの罪で18人が起訴されている。13人は無期懲役〜1年2ヶ月の実刑判決、2人に執行猶予付の有罪判決が出ている。清水大志被告は求刑通り一・二審死刑判決が最高裁で確定。伊藤玲雄被告は求刑通り一・二審死刑判決が最高裁で確定。
2009年3月19日
東京高裁
長岡哲次裁判長
一審破棄・死刑
 控訴審判決は、「事件が重大化したのは、渡辺被告によるところが大きい」と認定した。そして「4人を監禁した後、『殺すしかない』と積極的に発言し、グループでの影響力も大きかった。渡辺被告は反省の念が乏しく、改善・更生が著しく困難。犯行は執拗で残忍。刑事責任は極めて重大」として、死刑を選択した。
2013年1月29日
最高裁第三小法廷
岡部喜代子裁判長
被告側上告棄却、確定
 裁判長は、「4人の命が失われた結果は重大。被告は犯行の中核メンバーで、殺害の実行を指示するなど重要な役割を果たしており、死刑はやむを得ない」と述べた。
H・N(31)  静岡県沼津市の元暴力団組員H被告は、2003年3月11日未明、車を運転中に三島市内の国道交差点で、赤信号で停止していた同県裾野市に住む金属加工会社社長の男性(当時49)の車に追突。口論となり、近くの駐車場で男性の心臓を狙って拳銃を5発発射して殺害した。さらに遺体を函南町の山中に遺棄、男性の車を埋めるなどして隠ぺいを図った。H被告は当時、無車検・無保険の車を飲酒運転しており、覚せい剤の使用や拳銃を所持していた。 殺人、銃刀法違反他 2007年9月11日
静岡地裁沼津支部
原啓裁判長
無期懲役
 裁判長は「自己中心的かつ身勝手な動機に酌むべき事情は全く見当たらない」と厳しく批判したが、殺害が交通事故という偶然に端を発しており計画性がないことや、被害者が多数でない点などを挙げ、「矯正の可能性が皆無であるとは断定できない。極刑にはちゅうちょを覚える」と述べた。服役後の仮釈放について「被害者の遺族から意見を聴取して意向を十分に尊重することを特に希望したい」と述べ、被害感情への配慮を付け加えた。  死体遺棄は時効が成立している。H被告は2003年4月に覚せい剤取締法違反で逮捕され、服役中。
2008年3月13日
東京高裁
安広文夫裁判長
検察・被告側控訴棄却
 裁判長は判決理由で「落ち度のない一般市民に対し、至近距離から執拗に拳銃を撃つなど極めて身勝手な犯行」とした一方、「暴力団組長との養子縁組関係を解消するなど矯正可能性はあり、原判決の量刑が軽すぎるとは言えない」などと述べた。
上告せず確定。
T・E(35)  滋賀県長浜市の主婦T被告は、長女(当時5)と近所の園児らを送迎する「グループ送迎」当番だった2006年2月17日午前9時頃、同市の農道に軽乗用車を止め、後部座席に乗っていた女の子(当時5)と男の子(当時5)を刺し身包丁(刃渡り約21センチ)でそれぞれ約20ヶ所刺し、出血性ショックにより殺害した。長女も同じ車の中にいた。 殺人、銃刀法違反他 2007年10月16日
大津地裁
長井秀典裁判長
無期懲役
 裁判長は被告に殺意があったと判断した。しかし、統合失調症の影響により心神耗弱の状態において行われた」とし、「終生をもって罪の償いをさせるべきものというほかはない」として無期懲役を言い渡した。  T被告は精神的に不安定になって2003年9月〜2005年10月、通院や入院をしていた。精神鑑定では犯行当時、心神耗弱状態であったとされた。
2009年2月20日
大阪高裁
森岡安広裁判長
検察・被告側控訴棄却
 責任能力の評価が争点だった。判決で裁判長は「犯行時、統合失調症の影響で心神耗弱状態だったとした一審判決に誤りはない」と指摘。量刑についても「精神症状に影響されていたから、直ちに被告を責められない面もあるが、被害者からすれば理不尽極まりない」とした上で、「犯行は計画的で著しく残虐。刑事責任は重大だ。重過ぎるとは言えない」と一審を追認した。
上告せず確定。
N・K(37)  N・K被告は2001年1月17日午前3時過ぎ、広島市西区の自宅1階で寝ていた飲食店経営の母親(当時53)の首を両手で絞めて殺害。家に灯油をまいて火を付け、木造2階建て住宅を全焼させた。2階で寝ていた長女(当時8)と二女(当時6)も焼死させ、3人の死亡保険金など計約7300万円をだまし取ったとされた。
 またN被告は元妻であるC元被告と共謀して児童扶養手当をだまし取ろうと計画。実質的には結婚生活を続けているのに2000年5月29日、協議離婚したとする戸籍謄本を児童扶養手当認定請求書に添えて提出するなどして児童扶養手当約11万円をだまし取った。さらに、同年9月、安佐南区役所に虚偽の児童扶養手当現況届を提出するなどして、同年12月から2001年8月までに約64万円をだまし取った。
 N被告は事件から5年後、詐欺事件で逮捕。拘留中に保険金殺人を認め、起訴された。
現住建造物等放火、殺人、殺人未遂、詐欺 2007年11月28日
広島地裁
細田啓介裁判長
無罪
 N被告は捜査段階で犯行を認める供述をしていたが、公判で起訴事実を否認。「動機も当時現場にいたという証拠もない。自白調書は任意性、信用性がない」と無罪を主張した。裁判長は判決理由で、犯行を認めた捜査段階の自白調書の任意性や信用性を検討。「任意性に疑いはなく、客観的な証拠と整合しているところも多々あり、信用性もある程度認められる」と指摘したが、「より詳細に検討すると、犯人が被告と断定することはできない」と述べた。裁判長は判決言い渡し後、N被告に「シロではない、灰色かもしれないが、クロとは断言できない。冤罪を防ぐための刑事裁判の鉄則を守った。『疑わしきは被告人の利益に』を厳格に適用した」と呼び掛けた。  元妻のC被告は詐欺罪で起訴され、2006年8月7日、広島地裁で懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の判決が言い渡され、確定している。
 求刑死刑に対する一・二審無罪判決が最高裁で確定したのは、三鷹事件の2名以来。
2009年12月14日
広島高裁
楢崎康英裁判長
検察側控訴棄却(無罪
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判決理由で「『灯油をまいて放火した』と供述しながら、本来見つかるはずの灯油成分が着衣などから検出されないなど、自白の信用性に見過ごせない疑問が生じている」と指摘。さらに、妹との接見時の発言や手紙を通じ、犯行を告白したとする検察側主張について「自白内容への疑問は解消されず、状況証拠だけでは被告を犯人と認定できない」として退けた。
2012年2月22日
最高裁第一小法廷
金築誠志裁判長
検察側上告棄却、確定(無罪
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 小法廷は(1)自白内容が母の死因など客観的な証拠と一致(2)逮捕前から起訴まで自白を維持(3)妹に「極刑になる」と手紙を送っている――などを挙げ「信用性は相当に高いという評価も可能」とした。
 しかし、保険金目当てなのに契約や額について漠然とした認識しかなかったことや、放火時にまいたとされる灯油が被告の服に付着していなかったことなどを不自然として信用性を否定した二審判決の評価を「論理則、経験則に違反するとはいえない」と支持した。そして「被告が犯人である疑いは濃いが、自白内容の不自然さは否定できない」と言及をした。
N・K(66)  神戸市のテレホンクラブを経営していたN・K被告は1999年12月ごろ、神戸市内で経営するテレホンクラブの営業をめぐり、ライバル関係にあったテレホンクラブ「リンリンハウス」の営業を妨害しようと、広島市の覚せい剤密売グループ会長S被告に1000万円で犯行を依頼した。S被告はS受刑者、K受刑者、H被告に犯行を指示。3人は2000年3月2日午前5時5分頃、乗用車で神戸駅前店に乗りつけ、一升瓶で作った火炎瓶1本を店内に投げ込んで同店の一部を焼き、店員1人に軽傷を負わせた。10分後には東約1キロの元町店に2本を投げ込んでビル2、3階部分計約100平方メートルの同店を全焼させ、男性客4人を一酸化炭素中毒で殺し、店員ら3人に重軽傷を負わせた。N被告はS被告の求めに応じ、犯行後、報酬や逃走資金などとして計約1億100万円を渡した。 殺人、現住建造物等放火他 2007年11月28日
神戸地裁
的場純男裁判長
無期懲役
 N被告は逮捕当初から全面否認。判決で裁判長は、N被告が実行グループのリーダーに犯行を依頼したとする下見役とされたN被告の供述について、「謀議の内容などは具体的で臨場感にあふれ、信用できる」と指摘し、N被告の共謀共同正犯の成立を認定。さらに未必の殺意を認めた。しかし裁判長は「死者が出ることは本意ではなく、殺意の程度は低く、生涯罪を償わせるのが相当」などと述べた。  実行グループのリーダーで仲介役のS被告は無期懲役(求刑死刑)判決が2013年に確定。実行犯S被告は無期懲役判決(求刑死刑)が2006年に確定。実行犯K被告は求刑通り無期懲役判決が2006年に確定。運転手H被告は一・二審懲役20年(求刑無期懲役)。手引き役のN被告は二審で懲役6年(求刑懲役15年)判決が最高裁で確定。
2009年3月3日
大阪高裁
的場純男裁判長
検察・被告側控訴棄却
 N被告は一審同様無罪を主張。裁判長は一審判決を認定し、N被告の無罪主張を退けた。また未必の殺意があったことは否定できないが、その程度は高くないとして検察側の死刑主張も退けた。
2010年8月25日
最高裁第一小法廷
横田尤孝裁判長
被告側上告棄却、確定



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