求刑死刑判決無期懲役【2008年】





   

事件概要
罪 状
判 決
判決理由
備  考
H・S(35)  秋田県藤里町の無職H被告は2006年4月9日午後6時45分頃、自宅から約3km離れた川にかかる橋の欄干(高さ約1m15cm)の上に川の方を向いて腰掛けた長女(当時9)が「怖い」と言いながら上半身をひねり、背後にいた被告に抱きつこうとしてきた瞬間、とっさに殺意をもって、左手で払うようにその身体を押し返し、長女を欄干の上から約8m下の藤琴川に落下させ、長女を溺水により窒息死させて殺害した。
 さらにH被告は5月17日午後3時半頃、2件隣に住む小学1年生の男児(当時7)を下校途中に自宅玄関に呼び入れ、殺意を持って後ろから腰ひもで首を絞めて窒息死させた。H被告は遺体を軽乗用車の荷台に乗せて、同4時5分ごろ、約10km離れた能代市の草むらに遺棄した。
殺人、死体遺棄 2008年3月19日
秋田地裁
藤井俊郎裁判長
無期懲役
 公判前整理手続きの適用により、争点は以下の4つに絞られた。(1)長女への殺意と実行行為の有無(2)長女の死亡原因に関する健忘の有無と程度(3)男児に対する殺害、死体遺棄当時の完全責任能力の存否(4)捜査段階の自白の任意性。
裁判長は長女への殺意を認め、H被告の健忘を否定した。また男児に対する完全責任能力を認定し、捜査段階の自白の任意性を認めた。しかし、2人に対する計画性を否定し、更正の余地は残されているとして、無期懲役を選択した。
 長女殺人事件では、最初に事故死と断定した秋田県警の初動捜査ミスが指摘された。2006年9月4日、秋田県警本部長が県議会で捜査不備を認めた。
2009年3月25日
仙台高裁秋田支部
藤井俊郎裁判長
検察・被告側控訴棄却
 裁判長は長女への殺意を認め、H被告の健忘を否定した。また男児に対する完全責任能力を認定し、捜査段階の自白の任意性を認めた。しかし「結果は重大で極めて凶暴かつ卑劣な犯行だが、利欲的目的を伴うものではなく、著しく執拗、残虐ではない。最高裁で死刑が相当とされた事案と比べると、当然に死刑を選択すべき事案であるとは必ずしも言えない」と述べた。
2009年5月18日
被告側上告取り下げ、確定

岩森稔(62)  埼玉県狭山市の無職岩森稔被告は2007年2月21日午後、顔見知りである本庄市の無職男性方で、男性(当時69)と妻(当時67)の頭などを鈍器で殴って殺害し、少なくとも現金1万円を奪った。また岩森被告は2月15日午後、同市内の知人男性方で、約1万円入りの財布を盗んだ。
 岩森被告は運送会社を経営していたが2004年頃に倒産。移転後も現場付近をたびたび訪れ、知人らに金を無心していた。
強盗殺人、殺人他 2008年3月21日
さいたま地裁
飯田喜信裁判長
無期懲役
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 検察側は2件とも強盗殺人で起訴。鈍器や針金等を持ち込んでいることから、犯行は計画的だったとした。
 岩森被告側は、現金を借りようとしたとして強盗目的を否定。男性殺害については借金を断られ、腹を立てて殺害した殺人罪と主張した。
 裁判長は「強盗目的で凶器を持参するなど、計画的な犯行。身勝手な動機で結果も重大」としたが「当面の生活費が目的で、夫婦殺害に計画性は認められない」「犯行は計画的とは言えず、死刑を選ぶには躊躇せざるを得ない」と述べた。

2009年3月25日
東京高裁
若原正樹裁判長
一審破棄・死刑
 判決で裁判長は「夫婦宅を訪問した当初から、2人の殺害、強盗を計画していた」と一審の認定は誤りと述べた。そして「近所付き合いをしていた2軒隣の落ち度のない夫婦の頭や顔をめった打ちにした残虐な犯行で、真摯な反省も認められず、極刑をもって臨むしかない」と述べた。
2012年3月2日
最高裁第二小法廷
竹内行夫晴裁判長
被告側上告棄却、確定
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 判決は「定職に就かず金に困った動機や経緯に酌量すべき点はない。緊縛用の針金や凶器を事前に準備した計画性に加え、頭部など多数の部位を骨折させ、執拗で残忍。2人の生命を奪った結果も重大だ。刑事責任は極めて重く、死刑もやむを得ない」とした。
S・T(61)  指定暴力団会長代行Sは、長崎市長選挙期間中だった2007年4月17日午後7時52分ごろ、JR長崎駅近くの選挙事務所前で、4選を目指して立候補していたI前長崎市長(当時61)の背後に忍び寄り、所持していた拳銃で銃弾2発を発射した。伊藤前市長は心配停止状態で長崎大付属病院に運ばれたが、午前2時28分、大量失血のため死亡した。城尾被告は選挙事務所関係者にその場で取り押さえられた。Sは2003年2月、工事中の市道で自分の車が路面の穴にはまり、破損する事故を起こしており、市に修理代60万円の支払い要求をした。その後、主張はエスカレートし、総額200万円以上を求めてきた。市は「賠償する責任はない」として拒否したが、電話や面会は2004年秋までに約50回に及んだ。Sはこの件で伊藤前市長を刑事告発していたが、長崎地検は2004年に不起訴としている。他にSの知人が経営する建設会社が2002年、市の制度を利用して銀行から融資を受けようとして断られた件でも恨んでいた。 殺人、公職選挙法違反他 2008年5月26日
長崎地裁
松尾嘉倫裁判長
死刑
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 判決で裁判長は「市への不正追及だった」との被告側の主張を退けた。そして動機を「当選を阻止して市への恨みを晴らし、社会を震撼させて力を誇示しようとしたと推認できる」と指摘した。犯行について「選挙民の選挙権行使を否定するものだ。選挙妨害としてこれほど直接かつ強烈なものはない」と指摘。「I前市長が命を奪われる理由はなく、逆恨みの経緯は自己中心的だ」と述べた。さらに背後の至近距離から銃弾2発を撃ち込んだとし、「冷酷かつ残忍、凶悪で卑劣この上ない。通行人らを巻き込みかねない危険もあった」と指摘。被害者が1人にとどまることを考慮しても、民主主義を根底から揺るがす犯行であり、結果の重大性などから極刑を科すことはやむを得ないと述べた。  立候補した政治家が選挙期間中に殺害されたのは戦後初。
2009年9月29日
福岡高裁
松尾昭一裁判長
一審破棄・無期懲役
 判決で裁判長は動機を「被告の不当要求を拒否した長崎市の首長である被害者への怨恨」とし、犯行態様も「暴力団犯罪の典型で極めて悪質」と断じた。争点の一つだった計画性についても「用意周到ではないものの、十分に準備した上での計画的犯行」と認定し、事件を「民主主義の根幹をなす選挙制度をないがしろにするもの。行政対象暴力として極めて悪質」と位置づけた。一方で、「恨みを晴らそうという思いから犯行に及んだもの」として「選挙妨害そのものが目的だったとまではいえない」と指摘。暴力団組織を背景とした犯行ではないことや、被告が経済的に困窮するなどして自暴自棄になって暴発した側面があることなどを挙げた。そして「死刑を選択することについてはなお躊躇せざるを得ない。原判決は重すぎる」と結論づけた。
2012年1月16日
最高裁第三小法廷
寺田逸郎裁判長
検察・被告側上告棄却、確定
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 判決で裁判長は、双方の主張を「刑事訴訟法の上告理由に当たらない」と退けた上で理由を付言。二審判決が死刑判決を回避した点を「肯定できないわけではない」と述べた。一方で犯行の悪質性にも言及。被告の行動を批判したうえで、「無期懲役の判断が量刑面で甚だしく不当とはいえない」と述べた。
I・M(31)  茨城県土浦市の無職I被告(28)は2004年11月24日正午頃、土浦市内の自宅で母(当時54)、姉(当時31)を包丁や金づちで殺害。さらに、同日午後5時半頃に帰宅した同市立博物館副館長の父(当時57)の頭を金づちで殴るなどして殺害した。母親の遺体近くには、おいにあたる姉の長男(11ヶ月)が座っていた。
 I被告は専門学校中退後、19歳ごろから自宅に引きこもっていた。職に就かないことを巡って父からしっ責され、口論になったことから殺害を考えるようになり、包丁や金づちを購入。犯行当日は、里帰り中の姉と口論になり、暴力をふるったのをきっかけに殺害を決意した。
殺人 2008年6月27日
水戸地裁土浦支部
伊藤茂夫裁判長
無罪
 検察側は約4ヶ月の鑑定留置の結果、「刑事責任能力は問える」と判断して起訴。弁護側が請求した精神鑑定の結果、I被告は24歳ごろから統合失調症に罹患していた、などとしたうえで、〈1〉被告は事件当時、心神耗弱状態で、心神喪失だった可能性も否定できない〈2〉統合失調症が現在も悪化の一途をたどっており、治療の必要がある、などと指摘した。
 判決で裁判長は「長期間の引きこもり生活により、父親に殺されるという妄想が次第に悪化。犯行時は物事の善悪を認識して行動する能力を失っていた」と指摘。「被告は統合失調症で、心神喪失だった」とした。

2009年9月16日
東京高裁
植村立郎裁判長
一審破棄・無期懲役
 控訴審でも精神鑑定が実施され、「心神耗弱で限定的に責任能力があった」と指摘された。
 判決で裁判長は玄関に鍵をかけ、勝手口から帰るように仕向けて父親を殺害するなど一貫性のある行動を取っており、110番通報して自首するなど犯行の違法性を理解していたと指摘。善悪の認識能力などが著しく低下していたとしても、全くなかったとは言えないと判断した。その上で「犯行当時は心神耗弱で、善悪を判断して行動する能力が完全に失われていたわけではない」と被告が統合失調症だったと認めた上で責任能力の存在を部分的に認定。3人の殺害は残虐、冷酷で、刑事責任は極めて重大だと述べた。
2012年1月6日
最高裁第三小法廷
白木勇裁判長
被告側上告棄却、確定

Y・M(39)  埼玉県北葛飾郡のY被告は2007年7月18日午前3時ごろ、埼玉県杉戸町にあるファミリーレストランの駐車場に飲食店アルバイトの女性(当時44)を呼びだし、借金約200万円の返済7月分を払えないと告げたところ、全額を返済するように言われた。2人はY被告の乗用車に乗り、駐車場から殺害現場となった路上まで移動。Y被告は女性の頭を鉄製フェンスに打ち付け、殴るけるの暴行を加えて頸髄を損傷させた上、首などを持参していたハサミで数回刺して殺害した。レストラン駐車場に戻って女性の車からカーナビや携帯電話などを持ち去り、自宅へ帰って妻にカーナビや返り血のついたTシャツを鷲宮町内の川に捨てさせた。他に殺人未遂1件、強姦致傷1件、妻への暴行1件、窃盗2件がある。 わいせつ略取、監禁、強姦致傷、殺人、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反、窃盗、暴行 2008年9月4日
さいたま地裁
若園敦雄裁判長
無期懲役
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 検察側は改善更生の可能性はないとして死刑を求刑。弁護側は殺人事件について正当防衛を主張。他の事件についても、多量の飲酒による心神喪失を主張した。
 判決で裁判長は、「女性が抵抗困難な状態で切り付けた」と弁護側の正当防衛主張を退けた。その上で「犯行は執よう、かつ強力で残虐。人を人と思わない悪鬼のごとき所業。女性を人間として扱う気持ちがあったとは到底考えられない」と述べたが、計画性は認められず、「殺害は無差別ではなく、知人に対する偶発的な犯行だった。ゆがんだ人格を矯正する余地が完全にないとまではいえない」とし、死刑を回避した。

2009年9月30日
東京高裁
若原正樹裁判長
検察側控訴棄却
 裁判長は「殺人事件では、経済的利益を得る目的や、用意周到な計画性までは認められない」と指摘。ほかの女性三人に対する事件も含め「犯行は悪質だが異常な殺人者とまではいえず、矯正不可能と断定するには疑念が残る」などとして退けた。
上告せず確定。
G・S(45)  青森県八戸市の無職G被告は2007年12月18日午前7時ごろ、八戸市の自宅で寝ていた父(当時76)の頭や胸などをハンマー(長さ87.5cm、重さ4.7kg)で何度も殴って殺し、現金約24,000円とローンカード1枚を奪い、水の張った1階浴槽内に遺体を隠した。また後日、奪ったカードで現金計173万円を引き出した。
 G被告は2007年9月下旬まで父親と同居していたが、トラブルを起こし、父親の口座から約128万円を引き出して家出。その後、金に困って同日早朝に帰宅し、犯行に及んだ。G被告は事件前から定職に就かずパチンコなどを繰り返しては、父親の預金を数回、計400万円を勝手に引き出していた。
強盗殺人他 2008年9月4日
青森地裁
渡邉英敬裁判長
無期懲役
 判決で裁判長は「犯行は悪質で結果は重大」「動機は短絡的で身勝手極まりない」と非難。犯行態様についても「極めて強固な殺意に基づき、執拗で残虐」としたが、「周到な計画性は認められない」「謝罪の意思を示し、更生意欲の兆しが見える」として死刑を回避した。  過去に住居侵入や窃盗などの罪で刑務所に服役している。
2009年5月26日
仙台高裁
志田洋裁判長
検察側控訴棄却
 裁判長は「残虐非道な犯行だが、安易かつ粗雑で、周到に計画したとはいえない。更生の兆しもある」と退けた。
上告せず確定。
S・A(48)  神戸市のテレホンクラブを経営していたN・K被告は1999年12月ごろ、神戸市内で経営するテレホンクラブの営業をめぐり、ライバル関係にあったテレホンクラブ「リンリンハウス」の営業を妨害しようと、広島市の覚せい剤密売グループ会長S・A被告に1000万円で犯行を依頼した。S被告はS受刑者、K受刑者、H被告に犯行を指示。3人は2000年3月2日午前5時5分頃、乗用車で神戸駅前店に乗りつけ、一升瓶で作った火炎瓶1本を店内に投げ込んで同店の一部を焼き、店員1人に軽傷を負わせた。10分後には東約1キロの元町店に2本を投げ込んでビル2、3階部分計約100平方メートルの同店を全焼させ、男性客4人を一酸化炭素中毒で殺し、店員ら3人に重軽傷を負わせた。N被告はS被告の求めに応じ、犯行後、報酬や逃走資金などとして計約1億100万円を渡した。
 他にS被告は2004年2月9日午前0時5分頃、広島市中区の広島東署正面玄関に向けて拳銃を1発発射し、自動ドアのガラス2枚(189000円相当)を割った。
殺人、現住建造物等放火他 2008年12月8日
神戸地裁
岡田信裁判長
無期懲役
 S被告は逮捕当初から全面否認。判決で裁判長は、S被告がN被告から依頼を受け、S受刑者ら犯行を指示したと認定。しかし「殺意は未必の故意に止まっており、程度は低い。生涯、罪を償わせるのが相当」と死刑を回避した。同じく審理されていた広島東署発砲事件では無罪判決を言い渡した。  実行犯S被告は無期懲役判決(求刑死刑)が2006年に確定。実行犯K被告は求刑通り無期懲役判決が2006年に確定。運転手H被告は一・二審懲役20年(求刑無期懲役)。依頼したN被告は無期懲役判決(求刑死刑)が2010年に確定。手引き役のN被告は二審で懲役6年(求刑懲役15年)判決が最高裁で確定。
2011年5月24日
大阪高裁
的場純男裁判長
一審破棄・無期懲役
 被告側は一審に続き「共謀の事実はない」と無罪を主張、検察側は死刑判決を求めた。
 裁判長は一審判決について「殺人や放火について有罪とした部分は正当」と判断したが、銃刀法違反罪を無罪とした部分が誤りだとして破棄。「被告の指示で撃ち込んだとするメンバーの供述は信用できない」として無罪とした一審の判断を覆し、「火炎瓶の使用を提案したというメンバーの供述は信用できる」と指摘した。そのうえで量刑を検討し、「火炎瓶の大きさなど、具体的なことは認識していなかった。火炎瓶を投げ込むことで多数の死傷者が出るとは予想していなかった」などとして死刑を回避した。
2013年7月8日
最高裁第三小法廷
岡部喜代子裁判長
被告側上告棄却、確定。

O・H(52)  愛知県長久手町の元暴力団組員O被告は2007年5月17日午後、自宅別棟に元妻(当時50)を監禁。駆けつけた県警愛知署長久手交番の巡査部長や長男、次女に発砲して重傷を負わせた。さらに巡査部長救出で特殊部隊(SAT)が突入した際、現場近くの路上で警戒に当たっていた機動隊員の巡査部長(当時23)に発砲し死亡させた。 殺人、殺人未遂、公務執行妨害、銃刀法違反、監禁、傷害 2008年12月17日
名古屋地裁
伊藤納裁判長
無期懲役
 裁判長は判決理由で、死亡した巡査部長の発砲について「誰かに弾丸が当たって死亡する危険性は認識していた」と殺意を認定する一方、「積極的に狙ったとまではいえない」と判断した。また重傷を負った巡査部長と長男に対しては確定的な殺意を認定し、次女への殺意は認めなかった。薬物の大量服用で心神耗弱状態だったとの弁護側の主張については「行動は合理的で完全責任能力が認められる」と退けた。そして「被告の人命軽視の態度は甚だしいが、綿密に計画された犯行ではない。一生、自らの行為が引き起こした結果の重大性に思いを至らせ、償いを続けさせるべきだ」とした。
2009年9月29日
名古屋高裁
片山俊雄裁判長
検察・被告側控訴棄却
 裁判長は被告を厳しく批判した。しかし一審同様、警部に対する確定的な殺意は認めず、「犯行は短絡的、場当たり的に敢行された」とも指摘し、「一連の犯行が綿密、周到な計画に基づくとは言い難く、警察官の殺害については偶発的な要素もあるなど死刑が相当と断ずることはできない」と述べた。
2011年3月22日
最高裁第三小法廷
那須弘平裁判長
検察・被告側上告棄却、確定
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 裁判長は「刑事責任は重大で、死刑にするべきだとする検察側の上告理由も理解はできる」としたが、「警察官1人を殺害した犯行は、死亡してもやむを得ないという程度の殺意にとどまり、周到な計画性もなく、遺族らに謝罪の態度も示している」と指摘。「一、二審の判断を破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められない」とした。


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