殺し屋の失敗


【問 題】
 おれは一匹狼の殺し屋だ。金さえもらえば、老若男女を問わず、どこのどいつでも殺すのが俺の商売だ。
 今日の依頼客は、青い目の金髪美人だ。
 その金髪美人は、今夜10時、郊外に住むジム・ケネディという男をピストル自殺に見せかけて偽装してくれという。
「自殺なら、遺書が必要ですがね」
「用意してあるわ。あなた、英文のタイプライターが打てますか?」
 おれが打てると答えると、
「ジムの書斎に、タイプライターがあるから、このメモに書いてあるとおりを、こちらの用紙に打って下さい」
と、彼女はレースの手袋をはめたまま、一枚のメモとタイプ用紙を俺に渡した。
 メモには、もちろん英語で、もっともらしい自殺の文句と、遺産の全てはミス・アン・ニクソンに譲ると書いてあった。ミス・アン・ニクソンというのは、この金髪美人のことだ。
 タイプ用紙の方には、下にジム・ケネディの署名だけが記入してあった。
「そのサインは彼が書いたものだし、彼の指紋も付いているから、遺書がニセモノだとばれる心配はないわ」
 何から何まで用意のいい依頼客である。
 夜の10時きっかり、俺はジム・ケネディの家に行った。
 薄いゴム手袋をはめた手で、玄関のブザーを押すと、ケネディがドアを開けた。のっぽの男だった。
 俺がピストルを突きつけて押し入ると、彼はたわいなく両手をあげて、書斎の椅子に座り込んだ。からっきし意気地のない外人だ。
「金ならやる。う、うたないでくれ……」
「ケチなピストル強盗じゃねえ。殺し屋だ」
「こ、殺し屋……!? だ、誰に頼まれたんだ?」
「商売上の秘密だ。それは言えない」
「教えてくれ。でないと、死んでも死にきれん」
「じゃ、天国の土産に教えてやろう。素敵なブロンド美人さ」
「ま、まさか、わたしの妻の妹が……」
と、ジム・ケネディはひどく驚いて、喚いたが、あとの祭りである。
 おれは、すぐに引き金を絞った。
 小型ピストルだから、大した銃声はしないが、手応えは十分あった。ひたいに穴が空き、一発でおだぶつだ。
 さっそく、俺は机の上のタイプライターに署名入りの用紙を挟んで、メモの文句通り、キイをたたいて遺書を作った。
 そしてきちんと机の上に置いて、俺は静かに立ち去った。何事もなかったように……。
 署名と同じ万年筆が机の上にあることも確認した。ピストルは彼の右手に握らせて、その手に火薬のかすを付けるため、もう一発空砲を撃っておいた。もし、薬の粒子が手に付いていないと自分でピストルを撃って自殺したことにならないからだ。俺のやる仕事に抜かりはないさ。
 ジム・ケネディの死体は、翌朝、通いの家政婦が来て見つけたらしく、夕刊に記事が出ていた。
 だが、それを読んで、俺は驚いた。なんと警察では、ケネディの死を他殺と断定して、捜査を開始しているのだ。
 どうやらあの遺書が問題らしい。
 署名は彼のものだし、彼の万年筆には念のため指紋を付けておいた。彼のタイプライターを使ったのだから、誰が打とうが、絶対に警察にわかるはずがないのだ。
 俺は手袋をはめていたから、俺の指紋が残っているはずもない。
 いったい、おれはどんなへまをやったんだろうか? こんなへまがたび重なれば、俺の国際的信用は丸つぶれだ。
 だれかわかるものがいたら、教えてくれ。


【解 答】
 殺し屋はゴム手袋をはめたままタイプライターを打ったのがまずかった。そのため、せっかくタイプのキーに付いているジム・ケネディの指紋が消えてしまったのだ。ケネディが自分でタイプを打って遺書を作ったなら、当然キーにはケネディの指紋が残っているはずだ。
 殺し屋は自分の指紋を付けないように用心したばっかりに、ケネディの指紋を消してしまったというわけだ。

【覚 書】

 証拠がないのが証拠、という面白い偽装トリック。これも最初に考えた人は偉いです。クイズ映えするトリックの一つ。

 ※解答部分は、反転させて見てください。
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