山崎昶『化学トリック=だまされないぞ!』


山崎昶『化学トリック=だまされないぞ!』
(講談社 ブルーバックス)




『化学トリック=だまされないぞ!』 『化学トリック=だまされないぞ!』
 著者:山崎昶
(1937年生まれ。東京大学卒。理学博士。1999〜2003年、日本赤十字看護大学教授。化学に関することをやさしく著した作品や翻訳多数)
 発行:講談社 ブルーバックス

 発売:2008年7月20日初版

 定価:800円(初版時)






 世の中のいろいろなカラクリには、それと知らず巧みに人の目を欺くために様々なものが活用されています。マジックやミステリーなどの世界で愛用されているもののほとんどは、物理的なトリックですし、考え物やパズルなどは数学的なトリックの出番です。
 しかし、それに比べると、化学や生物学などがトリックの源として活躍している分野は結構あるのに、あまり目立ちません。これはひとつには作家も評論家もこの分野には弱い面々ばかりなのが原因だろうと思われます。もうひとつは推理作家としても有名なロナルド・ノックス神父の『探偵小説十戒』のなかの4番目に、
「No hithero undiscovered poisons may be used, nor any appliance which will need a long scientific explanation at the end.」
(現在まで未発見の毒物を使用するのは望ましくない。また科学的に長大な説明を必要としそうな機械や器具を使用するのも望ましくない)
 というフレーズがあるのですが、ある批評家がこの「望ましくない」を「してはならない」と(故意に?)誤訳してしまったためか、毒物や機器を重要なトリックに用いた作品があると、めったやたらにけなす風潮がわが国にはあることも否めません。
 もっともこの十戒自体、ロナルド・ノックス神父が、モーセの十戒になぞらえてユーモアたっぷりに自らの執筆指針としただけのものですから、欧米の作家たちはこれを参考にはしても、いくらでも自分の都合によって自由に執筆しています。ですから、ドロシイ・セイヤーズやアガサ・クリスティーのように、一見珍しい化学物質や、かなり特殊な薬品を巧みに利用したミステリーをものした作家の数は、けっして少なくはありません。
 日本の作家がどうしても物理的なトリックに懲りすぎるのは、きわめて開放的な日本家屋の特性を活用して、より難しい密室をつくることに腕を競う結果となったからでもありましょう。
 本シリーズにはつとに仲田紀夫先生の『数学トリック=だまされないぞ!』という名著があるのですが、同じようにいままでどちらかというとなおざりにされてきた物質の性質(つまり化学なのですが)を利用したトリック類でも集大成ができないだろうかというご依頼をブルーバックスの堀越俊一部長からいただきましたので、なんとか本の形にまとめようと苦心してつくってみたのが本書です。全部で30のトリックが集めてありますが、どこからでも開いてご覧いただければと思います。
 なお、全体の枠組みやシチュエーションの設定などについては、ブルーバックス出版部の山岸浩史氏の提案されたアイディアを可能な限り活かしてまとめることにしました。ここにあらためてお二人に感謝いたします。

(「はじめに」より)


「まえがき」にあるとおり、日常に潜む謎を、化学の知識でもってエヌ氏が解決するクイズが22問収録されている。エヌ氏は、さる大企業を円満退職後、自身で考案した様々な特許の収入で暮らす「有閑貴族」である。他にエヌ婦人、一人娘のエヌ嬢、元同僚のエル氏、エル婦人などが登場する。
 身の回りで起きる謎や、テレビやニュースなどで出てくる不可思議な現象をクイズにしており、本のタイトルどおり化学的な知識をもって謎を解くため、クイズを解こうとすると当然化学の知識が必要となるため、“推理”することができる人は限られるだろう。出版元がブルーバックスであることからもわかるとおり、この本は楽しいクイズを通して科学的な知識を身に付けてもらおうという狙いがある一冊なので、よくあるクイズとは一線を画する。
 作者の山崎昶には『ミステリーの毒を科学する』など、ミステリに関する本も著しており、本書でもミステリと化学に関したエッセイなどを書いている。できれば今度は、そういう観点で一冊書いてほしいと思っている。

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