若桜木虔・矢島誠・秋月達郎『あなたは名刑事』


若桜木虔・矢島誠・秋月達郎『あなたは名刑事』
(二見書房 WAi-WAi文庫)




『あなたは名刑事』 『あなたは名刑事』

 著者:若桜木虔・矢島誠・秋月達郎

 二見書房 WAi-WAi文庫

 発売:1993年8月25日初版

 定価:480円(税込み 初版時)





 推理作家にとって、トリックを考え出すというのは、つらい作業である。
 とくに「本格」と銘打った推理小説の場合には、使ったトリックが月並みだというだけで、その価値は半減どころか八割引と、どこかに洋服の量産点のキャッチ・フレーズのようになってしまう。そこで「これは」というトリックを思いつくと、少しずつ“出し惜しみ”をして、大事に大事に、長編一冊を書きあげる。
 以前は私もそうだったが、日本テレビの『マジカル頭脳パワー』のなかの『ミステリー劇場』の発案にかかわった(私の場合は、期間は短かったが)あたりから、ちょっと事情が変わってきた。とにかく短期間にトリックを量産しなければならない。
 なぜなら、作られたなかからさまざまな条件で放映基準に満たない案(予算内で撮影できないもの、短い放映時間では読者に真意が伝わらないもの、難解すぎて解けないものなど)をふるい落としていくと、一割以下になってしまうからである。
 その落とされる九割の分だけ、よけいに作らなくてはならない。
 ところが、そういう“過酷な”草案作業に携わっていると、不思議な状態を体験するようになった。頭が柔軟になって、出し惜しみしていた時代と比較して、どんどんトリックが出てくるようになったのである。
「人間の頭というのは鍛えるほどよくなる、というのは本当だったのだな……」
と“自画自賛”の感心をしたもの、このころだ。
 そうなると、どんどん作り出すことが面白くなり、多田勝利編集局長にお話ししたところ、ご厚意でこうして一冊の本にまとめあげることができた。
 ただし、右のような状態で作りつづけているので、これでトリックが出つくしたのではなく、以後もどんどん出てくるにちがいない、その通過点のようなものである。
 今後にもぜひ期待していただきたい。
 ところで、本書をまとめるにあたって内容を点検してみたところ、私自身のトリックのジャンルに偏りがあることに気がついた。
 私の場合、密室トリックと物理的なトリックが得意で、アリバイくずしや犯人当て、暗号解読はあまり得意ではない。そこで、家が近所だというよしみで、秋月達郎氏と矢島誠氏に協力を要請して共著とし、トリックの内容バランスを図ることにした。
 秋月氏は東映の元敏腕プロデューサー・脚本家で、彼が脚本・プロデュースした作品名を聞くと「え、あれが?」と驚く人も多いにちがいない。小説家に転身してからは、『麒麟幻視行』(徳間ノベルス)などの、ベストセラーになった傑作がある。本書のなかでは脇田警部が登場するのが、秋月氏の作品である。
 矢島氏は、『星狩人』で第二九回の江戸川乱歩賞、『殺意泥棒』で第八回の横溝正史賞の候補(原田美枝子主演で『星座伝説殺人事件』のタイトルで日本テレビ放映)になり、『霊南坂殺人事件』(栄光ノベルス)でデビューした。私などとは違い本格ものしか書いていないという気鋭の推理作家である。本書のなかでは刑事の兄貴が妹の知恵を借りて……というユニークなキャラクター設定になっているのが矢島氏の作品である。
 私自身は本書につづいては『殺意の三鎖環』(双葉ノベルス)という長編を刊行する。
 とにかく、本書のためにトリックを作りつづけた好結果が出て、トリックの出し惜しみをする悪癖がなくなり、奇想天外な大トリックのミステリーが創作できるようになった。
 本書とあわせて、我々の今後の発表作品には大いに着目していただきたい。「読んで絶対に損をさせない」これが我々のモットーである。

(「はじめに」若桜木虔 より)


【目 次】
 第1章 トリックに挑戦
 第2章 アリバイを突きくずせ!
 第3章 密室の謎を解け!
 第4章 真犯人をあげろ!
 第5章 メッセージを解読せよ!


 作家として既に中堅の位置にいる3名が書き下ろした推理クイズ集。当時雪崩のように出版されていた文庫本の推理クイズ集に便乗した形になっているが、まあ便乗本なんだろう。
 若桜木虔の作品は、本人が「はじめに」に書いているとおり、物理トリックが中心であるため、推理する面白さに欠ける。物理トリックでオリジナリティを出そうとすると、どうしても推理そのものが難しいトリックになってしまうため、問題文でうまく伏線を張らないとクイズとして成立しなくなってしまう。
 秋月達郎の作品は「こういう解答がある」的クイズが多い。ONE OF THEMの解答が多いクイズもまた、謎を解く面白さに欠ける。
 矢島誠の作品は、刑事と妹の掛け合いという設定こそ面白いが、クイズとしてはオリジナルに欠ける平凡なものが多い。安易といえば安易な仕上げ方である。
 後に竹の子のように出版される点心会系の作品集と比べれば、曲がりなりにも中堅として活躍している3氏が書いたクイズなので、読むのが苦痛ということはない。トリックの品評会みたいなイメージでクイズを楽しむにはいいかもしれない。


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