佐木隆三『白昼凶刃』(小学館文庫 隣りの殺人者2)


発行:2000.1.1




 通り魔殺人の狂気はなぜ繰り返されるのか。理解を超える不気味さを感じさせる、無差別殺人。本書はその原点ともいうべき事件の裁判取材を通じて、犯人の精神構造の核心に迫った作品である。

 一九八一年、元すし職人の男が東京の下町・深川で通りすがりの主婦、幼児らを包丁で殺傷。主婦一人を人質に、近くの中華料理店に約7時間にわたって立てこもった。
「電波が、テープが」と本人はいい、幻聴につき動かされての犯行だった。裁判の精神鑑定は心神耗弱を認め、判決は無期懲役。「隣りの殺人者」の恐怖を綿密に分析した、シリーズ第2弾。(粗筋紹介より引用)
 昭和58年6月、『深川通り魔殺人事件』のタイトルで文藝春秋より単行本として刊行。昭和62年10月、文春文庫より文庫化。2000年1月、本タイトルで小学館文庫より再刊。再刊に当たり、犯人や被害者の名前を仮名に変更している。

 本書は1981年6月17日、東京深川の商店街で発生した通り魔殺人事件を取り上げている。主婦と幼児の計4人を殺害した凶悪な事件でありながら、精神鑑定で心神耗弱が認められ、求刑も判決も無期懲役。被告のKは当初控訴するつもりだったとあるが、弁護人の説得で控訴せず、一審判決が確定。最後の方でKは「模範囚になれば十年で出られますから」などと言っているが、1983年1月6日に一審判決が確定してから現在(2013年)で30年が経過。一時期2chで出所したという書き込みがあったが、実際のところはどうなのかよく分からない。無期刑受刑者に係る仮釈放審理状況を見ると、おそらく仮釈放されていないと思われるが。昭和27年2月21日生まれと本書で書かれているから、現在61歳。仮釈放の平均年数はどんどん延びて、2011年では35年となっているし、仮釈放が許可される基準もどんどん厳しくなっているようなので、いくら心神耗弱とはいえ、被害者4人というのは仮釈放が許されるとはとても思えない。
 本書は犯人である川本軍平(仮名)の生い立ちから事件、そして裁判が終わるまでを克明に書いたものである。第3章から最後となる第8章までが裁判に充てられていることから、佐木は犯人の狂気がどこにあったのかという点に重点を置いた書き方をしている。確かにこの事件で明らかにすべきだったのは、犯人の動機と心理状態だっただろう。しかし裁判の中でしか追うことができない現状では、裁判の結果をそのまま受け容れるしか仕方がない。そして裁判でも詳細にならなかった点については、そのまま闇のなかに消えてしまう結果となる。そういう意味で、本書は犯人の狂気の原点に迫ることができなかった。しかし、想像だけで書くわけにはいかないのだから、ここまでが限界だったのだろう。それにしても今でも思う。この犯人は、本当は正気だったんじゃないだろうかと。
 この本が小学館文庫に収められることが決定した1999年、池袋通り魔殺人事件と下関通り魔殺人事件が発生している。どちらも死刑判決が確定し、下関通り魔殺人事件の犯人はすでに執行されている。


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