高沢皓司『宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作』(新潮文庫)


発行:2000.8.1




 1970年3月末、赤軍派メンバー9人が日航機をハイジャックし、北朝鮮へ亡命した「よど号」事件。謎に包まれた犯人たちのその後の人生とは。犯行の計画、北朝鮮の思想教育、日本人拉致の実態、そして日本潜入工作―。恐るべき国際謀略の尖兵と化し、世界を舞台に暗躍した彼らの秘密工作の全貌を丹念な取材で初めて明らかにした衝撃のルポルタージュ。講談社ノンフィクション賞受賞。(粗筋紹介より引用)

【目 次】
プロローグ
1 名曲喫茶
2 空賊
3 偽装空港
4 闇への亡命
5 平壌
6 思想改造
7 金の卵
8 秘密の招待状
9 潜入渡航
10 妻たちの北朝鮮
11 結婚作戦の真実
12 日本人革命村
13 マドリッドの失踪者
14 生存の証明
15 ロンドンの罠
16 チボリの夏
17 密輸シンジケート
18 双面のヤヌス
19 接線
20 ウィーン工作
21 背後の影
22 消息不明
23 山桃の家
24 思想対立
25 海上への脱出
26 破綻した虚構
27 日本潜入
28 密告
29 国内工作
30 撤収
31 祖国喪失
32 時間の迷路
33 黙契
エピローグ
あとがき
地図
文庫版刊行に際して


 1970年3月31日午前7時30分過ぎ、羽田空港発板付空港(現在の福岡空港)行きの日本航空351便(ボーイング727型)が飛行中、田宮高麿をリーダーとする赤軍派9名にハイジャックされた。日本で初のハイジャック事件であり、ハイジャックされた飛行機に日本航空がつけていたた愛称よりよど号ハイジャック事件と一般的に呼ばれている。
 田村は朝鮮民主主義人民共和国(以後、北朝鮮)の平壌へ飛ぶよう指示。板付空港で給油後、平壌へ飛んだはずが、誘導によって韓国ソウルの金浦国際空港に着陸。韓国側は平壌空港であるように偽装するも見破られ、膠着状態に。結局、韓国に渡っていた山村新治郎運輸政務次官が乗客の身代わりとなり、4月3日、平壌へ飛んだ。
 北朝鮮は田村たちの亡命を受け入れ、よど号を返還。4月5日、よど号は日本へ帰国した。

 ハイジャック事件だけならそこで終わりなのだが、事件にかかわった人物はみな生きていた。山村政務次官やよど号の機長や副機長、それに乗客たちの運命も変わった。そして実行犯である田村たちは歴史の裏舞台を北朝鮮の操り人形として暗躍し、その断片が時々表舞台に照らされることとなる。

 この本の作者である高沢皓司はフリージャーナリスト。専門は日本の社会運動と学生運動であり、田宮高麿とは旧知の仲であった。1990年以降、北朝鮮訪問を重ねて取材を続け、1998年8月、新潮社より本書を発行。翌年、第21回講談社ノンフィクション賞を受賞する。

 この本のすごいところは、よど号ハイジャック事件の全貌だけではなく、むしろその後の彼らの足取りについて克明に記した所である。革命、革命と叫びながらも方針や理論、思想も固まっていないまま北朝鮮へ飛んでしまった若者が、「北朝鮮の赤軍化」という無謀な試みを圧倒的な現実で否定され、徐々に北朝鮮側の思想に染まっていくところなどは本当に恐ろしい。さらにその後、北朝鮮の手先となって日本人拉致などの海外工作に携わる姿を見て、当時の赤軍派だった人たちは何を思っただろうか。
 1995年11月30日、52歳の田宮高麿は心臓麻痺で死亡する。ただし、その前日に赤軍派議長だった塩見孝也が平壌であっており、元気であったという証言から、その死亡には何らかの不審な点があるのではないかと疑われている。
 9人のうち、田村を含む3人が死亡。2人が日本へ極秘帰国していたが捕まり、裁判を受けた。4人がまだ北朝鮮にいる。
 文庫本で680Pに及ぶ大作でありながらも、この本ですべてが明かされているわけではない。しかし、これ以上の事実が明らかになる可能性は限りなく低い。すでに破綻しながらもいまだベールに包まれた北朝鮮という国の霧が明かされない限り、謎は謎のままで終わるだろう。

 この本の評価は講談社ノンフィクション賞を受賞した事実でも十分だろうが、さらにエピソードを付け加えると、この本に衝撃を受けたある新聞社の社会部長、そして高名な週刊誌の編集長が「これがジャーナリストの仕事だ」と前置きして、編集部のすべての記者編集者にこの本を読むように奨励したという。


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