佐木隆三『一・二審死刑、残る疑問―別府三億円保険金殺人事件』(徳間書店)


発行:1985.7.31




 1974年11月17日、大分県別府市の国際観光港岸壁から乗用車が海中に転落した。脱出した荒木虎美(47)は釣り人に救助されたが、車の中に残された妻(40)と妻の連れ子である長女(12)次女(10)は溺死した。最初は事故と見られていたが、荒木が三人に、6つの生命保険会社との間に3億1千万円の保険金をかけていることが判明。マスコミは保険金目当ての殺人ではないかと騒ぎ立てた。荒木は報道陣の取材に素直に応じ、綿々とした口調で無実を訴えた。12月11日、荒木はワイドショー「3時のあなた」に生出演。喋りまくった後、矛盾点をアナウンサーに突かれると激怒、席を立ってテレビ局を出たところ、殺人の疑いで逮捕された。
 荒木は旧姓山口。保険金目当ての放火事件、傷害罪などの前科があった。結婚相談所、福祉事務所、町内の民生委員などで母子家庭の母親と結婚したいと相談し、荒木さんと知り合い、1974年に結婚していた。
 状況はほとんどクロであったが、決定的物証はなかった。荒木は一貫して無実を訴えた。検察側も目撃証言にこだわったり、作為的な検証を行うなどの不手際が多かった。公判は波乱続きだったが、一・二審死刑判決。上告中の1989年1月13日、八王子医療刑務所でガンで死亡。61歳没。

 第一章 控訴審初公判
 第二章 結婚のいきさつ
 第三章 保険加入の状況
 第四章 転落実験フィルム
 第五章 「虎美運転」証人
 第六章 「犯行計画」証人
 第七章 三人を呑んだ海
 第八章 刑事課長の証言
 第九章 攻防ケネディ事件
 第十章 荒木虎美の主張
 第十一章 文書発信の禁止
 第十二章 刑務所看守の証言
 第十三章 新鑑定「ハンマーで割った」
 第十四章 鑑定をめぐる「論戦」
 第十五章 「堀内鑑定」の登場
 第十六章 「被告人への質問」
 第十七章 9.4福岡高裁判決


 本書は高額保険金搾取殺人事件の嚆矢であり、劇場型犯罪の走りとも言われる別府三億円保険金殺人事件について描かれている。
 佐木隆三が『問題小説』1978年9月号に「三億円のダイビング」(『事件百景』収録)を執筆し、その後朝日新聞1980年3月28日西日本版夕刊に載っていた佐木の事件談話を見て、交流が始まった。本書は『問題小説』1981年8月号から82年7月号まで連載された「別府三億円保険金殺人事件」を基として、大幅に加筆したものである。控訴審初公判で始まり、事件の概要、福岡高裁における公判の状況、そして判決までを法廷ドキュメント風に書いている。
 本事件は三億円という高額な保険金もさることながら、犯人とされた荒木虎美という人物のキャラクターが個性的すぎて有名である。その強すぎるほどの自尊心は、本書においても十分に発揮されている。とはいえ、佐木はあくまで取材者として書いており、検察、被告のどちらかに荷担するという書き方ではない。
 事件そのものも衝撃的だったが、裁判でも有罪か無罪かについて法廷で火花が散ったこともあり、一つ間違えば退屈なものになりかねない法廷ドキュメントでも緊迫感溢れた仕上がりとなっている。本書のタイトルにあるとおり、控訴審判決や鑑定結果に対する疑問点についても、多くのページが割かれている。これをどう思うかは、読者の仕事だろう。
 個人的には、荒木虎美は犯人だと思っている。だが、あれだけ荒木が己を主張しなければ、裁判で証人を罵倒するなどの行為がなければ、状況証拠しか無かったことから、無罪判決もあり得たのではないかとも思っている。この本を読む限りであるが、確かに判決に対する疑問点は多い。それがどこにあるかは、本書を読んでの楽しみとしていただきたい。
 荒木虎美は上告するも、ガンにかかり、1989年1月13日に61歳で死亡した。

 本書は1990年9月、『別府三億円保険金殺人事件』(徳間文庫)と改題されて文庫化されている。




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