伊藤素子(聞書き 江森陽弘)『愛の罪をつぐないます』(二見書房 サラ・ブックス)


発行:1982.8.31




 三和銀行1億3000万円オンライン横領事件の犯人である伊藤素子が書いた作品……ではなく、聞書きとある通り、江森陽弘が書いたものである。では、江森が伊藤に聞いて書いたのかと言ったら、それも違う。この頃、伊藤も主犯の南敏之も公判中であった。そこで江森たちは取材スタッフを編成し、公判や取材で集めた情報を、伊藤の弁護士であった丸尾芳郎弁護士と伊藤の家族に見せ、材料と材料の間の微妙な雰囲気、つまり伊藤の心情を代弁してもらったものである。犯行についての一部始終は、公判資料、メモ、母親あての伊藤の手紙などに頼っている。また、当時伊藤の不倫相手でも会った男性にもインタビューしている。  結局、「聞書き」と書きながら、本人には取材すらしていないのだ(できなかったと言えるが……)。ある意味、詐欺に近いような気もするが、本人の言葉を集めたものだからこれでもいいのだろうという判断だったのだろうか。そのせいか、事件の核心に迫ったと言えるような心情は、どこにも出てこない。ある意味淡々と、事件を犯すまでの記録が綴られているに過ぎない。
 本人がどこまで了承していたか微妙だが、名前を出すことで原稿料をもらい、少しでも弁財に当てようとしたのかもしれない。もしくは、週刊誌等で広まったイメージを、少しでも本当の物に近づけようとしたのかもしれない。結局、つまらない作品で終わっているのだが、事件の記録そのものは正確だから、事件を調べようという人には役立つかもしれない。もっとも、一審判決の直後に出版されたものであるため、裁判については何も書かれていないのが残念であるが。

 江森陽弘はジャーナリスト。執筆当時は朝日新聞出版局・編集委員。後の1983年から1986年、テレビ朝日『江森陽弘モーニングショー』でメインキャスターを務める。


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