鹿島圭介『警察庁長官を撃った男』(新潮文庫)


発行:2012.7.1



 1995年3月、日本中を震撼した国松孝次警察庁長官狙撃事件。特別捜査本部を主導する公安部がオウム犯行説に固執する一方、刑事部は中村泰なる老スナイパーから詳細な自供を得ていた。だが、特捜本部は中村逮捕に踏み切らず、事件は時効を迎えてしまう。警察内部の出世とメンツをかけた暗闘や、中村の詳細な証言内容など、極秘捜査の深層を抉るノンフィクション。解説・立花隆。(粗筋紹介より引用)
 新潮社より2010年3月に単行本刊行。2012年7月、新潮文庫化。

【目次】
  プロローグ パイソンを買った男
  第一章 公安捜査の大敗北
  第二章 悪夢、再び
  第三章 捜査線上に急浮上した男
  第四章 謎に包まれた老スナイパー
  第五章 取調室の攻防
  第六章 そして、アメリカへ
  第七章 動機
  第八章 幻の男
  第九章 「―神よ もう十分です…」
  最終章 告発の行方
  エピローグ ゲバラになれなかった男
  参考資料

 1995年3月30日早朝に発生した国松孝次警察庁長官狙撃事件。事件概要は以下である。

 1995年3月30日午前8時半頃、東京都荒川区の自宅マンションで国松孝次警察庁長官(57)が約20m離れた場所から拳銃で狙撃され、4発中3発が腹などに命中し重傷を負った。
 警視庁捜査本部は、事件翌日に配布した「警察庁長官撃たれる」と書かれたビラに、事件当日に捜査中止を求めた脅迫電話のかかってきた時間が未公表にもかかわらず正確に記されていたことなどから、当時地下鉄サリン事件などで家宅捜索を受けていたオウム真理教が捜査攪乱を狙い、松本智津夫(麻原彰晃)教祖(45)が指示した組織テロであるとの疑いを強めた。要人を狙った事件ということもあり、今まで一連のオウム真理教事件を捜査していた刑事部捜査一課ではなく公安部が捜査に当たった。
 1996年3月、教団幹部からの供述を元に公安部は在家信者だった警視庁巡査長(34)を聴取したところ、「長官を撃ったような記憶があるんです」と供述した。極秘のプロジェクトチームが編成され、巡査長を都内のウイークリーマンションに隔離し事情聴取を重ねた。しかし決定的な供述は得られず、10月には表面化。当時の公安部長は更迭、警視総監は引責辞任を余儀なくされた。巡査長は翌月に懲戒免職となった。
 公安部はその後も元巡査長に聴取を重ねた。元巡査長が実行犯に貸したというコートから、拳銃を発射した際にできる溶解穴があったことなどから物証が得られたと判断。2004年7月、元巡査長を含む教団幹部ら4人を殺人未遂容疑などで逮捕したが、狙撃者を特定できず不起訴となった。
 その後も元巡査長のアタッシュケースから新たに火薬成分を検出したことを踏まえ、元巡査長を狙撃手と見て2009年10月に任意聴取を再開。しかし現場近くに待機していたことは認めながらも、狙撃については否定した。
 2003年、別の強盗殺人未遂事件で刑事部捜査一課から取り調べを受けていた中村泰に事件との関連性が浮上。事情聴取で「自分が撃った」と認めた。捜査一課は独自に捜査を続け、2007年12月28日に当時の警視総監へ経過を報告。以後、聴取を担当した捜査一課管理官が捜査本部へ入り、中村に関する捜査を続けた。中村の供述は詳細だったが、共犯者は特定できず、物証は出てこなかった。
 2010年3月30日午前0時、時効が成立した。ただし中村には渡航歴があるため、中村が犯人である場合は時効が1年近く延びることとなる。捜査に動員されたのは延べ約482,000人であった。警視庁公安部は同日、捜査結果概要をホームページに公開。事件はオウム真理教信者による組織的なテロと断定。元巡査長や元幹部など8人を容疑者グループと指摘した。翌日、教団主流派の団体Aleph(アレフ)の広報部長が記者会見し、重大な人権侵害であるとして削除を求める抗議書を警視庁に送ったことを明らかにした。Alephは東京都などに5,000万円の損害賠償と謝罪を求め、東京地裁(石井浩裁判長)は2013年1月15日、100万円の賠償と謝罪文の交付を都に命じる判決を言い渡した。当時の警視総監への請求は棄却した。

 この中村泰という男、まさに犯罪をするために生まれてきた男と言ってよい経歴を持っている。
 1930年生まれ。東京大学教養学部理科二類に入学するが左翼活動に走り、窃盗事件を起こして2年で中退。服役後、銃器を大量に仕入れるとともに金庫の構造を研究し、金庫破りに走る。1956年11月23日午前3時頃、都民銀行に忍び込もうとしたが、侵入口が見当たらず断念。車で走り去る途中に眠くなり、武蔵野市の市営グランド前で横になっていたが、午前6時頃、派出所の巡査(22)が職務質問をしてきたため、ピストルで巡査を射殺し、逃走。車から中村が浮上し、翌年2月に共犯者とともに逮捕される。
 無期懲役(求刑死刑)判決が確定し、服役。1976年3月に仮釈放、1986年に恩赦で執行が免除された。
 仮釈放後の行動は不明。
 2001年10月5日午前10時25分ごろ、中村は大阪市にある三井住友銀行都島支店(当時)駐車場で現金輸送車の警備員(当時53)に拳銃を発砲して左足に重傷を負わせ、500万円入りのジュラルミンケースを強奪した。
 さらに2002年11月22日、中村(当時72)は名古屋市西区のUFJ銀行(当時)で警備員2人に拳銃を発射し、1人の両足に1ヶ月の重傷を負わせたうえ、現金5,000万円を奪ったが、もう1人の警備員に取り押さえられた。中村は強盗殺人未遂他で起訴され、2003年9月2日、名古屋地裁で懲役15年(求刑懲役20年)の判決。2004年3月15日、名古屋高裁は殺意を認めず、強盗致傷を適用したうえで一審を破棄し、改めて懲役15年を言い渡した。2004年10月26日、最高裁第二小法廷で被告側上告が棄却され、刑が確定した。
 裁判中、東京都新宿区内の保険会社貸金庫に拳銃10丁と実弾約1千発を隠し持っていたことが発覚し、中村は2004年2月12日に逮捕された。さらに2004年6月11日、2001年の大阪市の事件の犯人であることが発覚し逮捕された。
 中村はこの件について冤罪を主張するものの強盗殺人未遂他で起訴され、2007年3月12日、大阪地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2007年12月26日、大阪高裁で被告側控訴棄却。2008年6月2日、最高裁で被告側上告棄却が棄却され、確定した。


 あくまでオウムにこだわった警視庁公安部。別事件から浮上した老スナイパー中村泰を追う警視庁刑事部。この本を読む限りであるが、サリンなど毒ガスにこだわったオウムがこの事件に限り拳銃「コルト・パイソン」を使い、しかも希少なホローポイントタイプの357マグナム弾。オウムにはこの拳銃や弾を入手する機会はなかった。今までの事件についてはすべて自供してきたオウム幹部たちも、この事件については心当たりがないと否認。一方中村は同様の拳銃を持ち、弾を購入する機会もあった。また狙撃能力も持ち合わせていた。しかし中村は逮捕されることなく、事件は時効を迎える。公安部は時効当日に捜査結果概要をホームページに公開し、オウム真理教信者による組織的なテロと断定し、元巡査長や元幹部など8人を容疑者グループと指摘した。あまりにも不可解としか言いようがないが、その謎については本書において述べられている。

 謎が謎を読んだ、国松孝次警察庁長官狙撃事件。すでに何が真実かはわからないが、公安部の捜査が大失敗に終わったことは、この事件が時効を迎えた事実が証明している。警察は時にメンツにこだわって真実が見えなくなることがあり、縄張り争いに精力を使い果たすことがあるが、本事件はその典型的な例だったと言えよう。もちろん、本書に書かれている「推測」が「事実」かどうかはわからないが、中村泰という存在を知ってしまうと、この男が犯人ではないかと思ってしまう。それぐらい本書は衝撃的であった。実際のところは、中村犯人説にも疑問があるらしいが、それでも本書の「説得力」がかなり大きい。
 本書は犯罪ノンフィクションとして一級の作品である。題材そのものもよかったと言えるが、やはり隠されていた裏がここまで書かれると、読む方の興味も湧いてくる。面白い作品なので、是非お勧めしたい。  作者の鹿島圭介は、1966年、和歌山県生まれ。早稲田大学卒業後、雑誌を中心にルポライターとして活動。

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