最高裁係属中の死刑事件


氏 名
小松博文
事件当時年齢
 32歳
犯行日時
 2017年10月6日
罪 状
 殺人、非現住建造物等放火、有印公文書偽造・同行使、詐欺
事件名
 日立妻子6人殺害事件
事件概要
 茨城県日立市の会社員、小松博文被告は2017年10月6日午前4時40分ごろ、3階建て県営アパート1階の自宅和室で妻(当時33)、長女(当時11)、長男(当時7)、次男(当時5)、双子の三男(当時3)と四男(当時3)を包丁で刺した後、玄関付近にガソリンをまいて放火した。6人は一酸化炭素中毒や失血、心タンポナーデで死亡した。
 小松被告は午前5時ごろ、日立署に出頭。同署が出荷を確認して市消防本部に通報。午前5時48分に鎮火したが、妻、男児4人の遺体が見つかった。さらに長女が市内の病院に搬送されたが、死亡が確認された。同日、日立署は小松被告を長女の殺人容疑で緊急逮捕した。
 小松被告は日立市内の自動車関連会社に見習いとして勤務していたが、9月下旬に、妻の体調が悪く入院するため、しばらく会社を休むとメモ書きを残したまま出社していなかった。犯行の6日前に妻のスマホを見て浮気を知り、問い詰めたところ逆に別れ話を持ち出された、誰にも渡したくないと思ったのが動機だった。
 10月26日、長女を除く5人の殺人と現住建造物等放火容疑で小松被告を再逮捕。水戸地検は11月8日から2018年2月16日まで鑑定留置を実施。2月23日、殺人と非現住建造物等放火の罪で起訴した。地検は「小松被告は6人が既に亡くなったと思い込んで火をつけた」と判断した。
 他に小松被告は、2017年5月11日午前11時35分ごろ、日立市内の銀行で、氏名の部分を偽造した自身の運転免許証を提示した上、書類に偽名を書き込んで預金通帳を受け取った。さらに、同日、同市内の携帯電話販売店でその免許証と預金通帳を使って、携帯電話など3点(総額約13万円)をだまし取った。2018年7月17日、日立署は小松被告を有印公文書偽造・同行使と詐欺の疑いで逮捕した。
 小松被告は2018年11月26日、日立署での勾留中に突然倒れ、病院に緊急搬送された。持病の肺高血圧症によるもので、一時、心肺停止状態になった。手術で一命を取り留めたものの、約2カ月間入院。後遺症で記憶の一部が欠落した。
一 審
 2021年6月30日 水戸地裁 結城剛行裁判長 死刑判決
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
控訴審
 2023年4月21日 東京高裁 伊藤雅人裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 有印公文書偽造・同行使や詐欺罪については区分審理となった。
 2020年6月2日、区分審理の初公判で、小松博文被告は「覚えていないので、何とお答えすればいいのか分からない」と態度を明らかにしなかった。弁護側は、被告が勾留中の2018年11月26日に心肺停止状態となり、後遺症で事件当時の記憶が欠落していると主張。「法廷で防御の前提となる事実の記憶がなく、自ら反論することができない」とし、公判停止を求めた。結城剛行裁判長は精神鑑定の結果などから、被告の記憶障害は投薬などの治療をしても回復の見込みがないと判断。その上で「自分の名前を答えられるなど状況は判断できており、弁護人の援助や裁判所の後見的支援があれば、意思疎通は可能だ」と指摘し、心神喪失にも当たらないとして公判停止を認めなかった。検察側は冒頭陳述で、被告がだまし取った携帯電話をリサイクルショップに売却していたことを明らかにした。
 弁護側は公判で、小松被告の訴訟能力を鑑定するよう水戸地裁に求めたが、地裁は鑑定しない方針を示した。
 2021年3月25日、水戸地裁は記憶喪失については認めたうえで「被告人質問の状況からみても心神喪失には当たらず、訴訟能力を有することは明らか」だとして、有罪の部分判決を言い渡した。

 殺人と非現住建造物等放火については裁判員裁判となった。
 2021年5月31日の初公判で、小松博文被告は「倒れてしまってからは記憶がなくなってしまったので、分からないとしか言えない」などと態度を示さなかった。弁護側は罪状認否に先立ち、「事件当時の記憶を失い、真実を述べることができず、訴訟能力に欠ける」として公判を停止するよう求めたが、結城裁判長は「裁判所の支援や弁護人の援助があれば、意思疎通を図ることはでき、訴訟能力があることは明らか」などとして退けた。
 検察側は冒頭陳述で、小松被告が定職に就かず、妻から愛想を尽かされて、離婚を切り出されていたと指摘。「他人に妻子を取られるなら全員を殺そう」と考えたと動機について、説明した。そして弁護側の主張に対し、包丁、ガソリンを準備していたことを挙げ、「事件後、警察で殺害当時の状況を具体的に供述しており、被告自身が行い、行為の危険性を認識していたのは明らか」などと指摘し、事件当時に精神障害はなく、責任能力はあるとした。弁護側は、小松被告が離婚話で悩み、「当時は善悪の判断能力や行動を制御する能力が失われていたか、著しく低下した状態だった。凶器は自殺のために購入したもの」と強調した。
 6月4日の第4回公判で妻の友人女性が出廷。被告の日常生活について女性は「働かず、家にいるときは基本的にゴロゴロしながらテレビを見たり、スマホを触ったりしていた。子どもたちが『遊ぼう』と言っても応じていなかった」と証言。妻と小松被告がけんかをする場面にも遭遇したと話し「子どもたちの目の前で、物を投げたり妻に暴力を振るったりしていた」と説明した。また小松被告の雇い主だった男性は小松夫妻が「家賃を滞納している」と、15万円以上を前借りしにきたことがあったと説明。小松被告について「仕事はまじめだが、お金の面でいい評判は聞かなかった」と話した。また事件前、妻から、結婚したいと考えている相手がおり、小松被告との離婚について、相談を受けていたことも明かした。
 8日の第6回公判で妻の両親が出廷し、父親は「6人を殺すなんてむごすぎる。どうか最高の刑をお願いします」と極刑を求めた。母親は、小松被告の仕事が長続きせず、生活費を援助していたと証言。孫たちの足や娘にあざを見つけたこともあり、被告の暴力的な部分を目撃したと語った。被告に対しては「6人がされた以上につらい処罰を与えてほしい」と述べた。
 9日の第7回公判で、事件を担当した警察官3人が出廷。取り調べを担当した男性警察官は、小松被告が妻を殺害する際、まず首を狙ったと供述したことに触れ、その理由を「(妻に)声を出されて子どもたちが起き、犯行が邪魔されるのを防ぐため」と話したと証言した。さらに「妻については数十回ほど刺したと聞いた」と述べた。小松被告が日立署に出頭した際に対応した男性警察官は「動揺していたが、受け答えははっきりしていた」と振り返り、精神的な異常などは感じられなかったと話した。別の男性警察官は、逮捕直後の被告が犯行の様子を詳細に供述していたとして、「本当のことを話しているようだった」と説明した。
 10日の第8回公判で、小松被告が記憶障害を起こしたきっかけになった疾患を発症後、被告を精神鑑定した医師が検察側証人として出廷。医師は2019年11月から2020年3月まで、小松被告の精神鑑定に当たった。診断基準に照らし合わせ、面接や身体検査、捜査の証拠などを踏まえて複合的に判断した結果、「精神障害は認められなかった」と述べた。犯行前から不眠や食欲不振などの抑うつ的な症状はあったものの、うつ病とまでは言えず、「離婚を切り出されたことによって引き起こされた正常な反応」と説明した。
 15日の第10回公判で被告人質問が行われ、弁護側の「殺害をした記憶はあるか」との質問に、小松被告は「全くない」と答えた。結城裁判長が事件直後の状況について「自分の手から血が垂れていたり、足がやけどしていたりした記憶はあるのか」と尋ねたのに対しては、「映像として頭の中にうっすら残っている」と説明した。被告は事件前の出来事で最後に記憶していることとして、事件の4日前に妻と親しかったとされる男性の自宅に出向き、関係を尋ねたことだと述べた。裁判員から事件についてどう思っているのかを問われると、「自分がしたことだとしたら責任を取る」と述べた上で、殺害したとされる6人に対しては「とにかく『ごめんね』としか言えない」と語った。
 17日の公判で被害者参加制度で出廷した妻の父親は、「幸せな日々を奪った被告への憎しみは今も消えない。可能な限り一番厳しい刑罰を与えて」と述べた。
 同日の論告求刑で検察側は、小松被告が出頭後の調べに対し、殺害を迷っていたと供述した上で、殺害行為の一部や放火の経緯を具体的に説明したと主張。「完全な責任能力があった」と述べた。また、妻と子供5人の就寝中に襲いかかり、心臓などを狙って刺していたと説明。「危険性を認識しながら殺害したことは明白」とした。そして「6人の命が奪われた結果は重大。就寝中で無防備なところをためらいなく包丁で刺すなど、殺害方法は残虐極まりない」と指摘。妻から離婚を求められたので殺害を決意したという動機も身勝手で強い非難に値するとし、被告には責任能力があったと主張した。
 同日の最終弁論で弁護側は、小松被告は離婚を切り出されてほとんど眠れず、うつ病や抑うつ状態だったと主張。「善悪の判断能力や行動を制御する能力が失われていたか、著しく低下した状態だった」と述べ、心神喪失か心神耗弱の状態だったと指摘。改めて無罪か刑の減軽を求めた。このほか、勾留中の2018年11月に病気で心肺停止となり、「後遺症で事件の記憶を失った」と改めて訴えた。法廷で認否すらできず、訴訟能力がないとして、公訴棄却も求めた。
 最終意見陳述で小松被告は結城裁判長から「言っておきたいことはあるか」と問われ、「特にないです」と答えた。
 判決で結城剛行裁判長は、「小松被告が事件の数日前、妻の母らを訪ねた際に不自然な言動がなかった」「小松被告が離婚によって家族を他人に取られたくないとして殺害を計画し、犯行直前まで数日間にわたり思い悩んだ上で実行に及んだ。日立署に出頭し、犯行内容を相当程度具体的に供述している」と指摘。「犯行の違法性や重大性など、自らの行為を十分理解しており、心神喪失でなかったことは明らか。犯行時だけ意識解離状態になるというのは考えにくい」と指摘し、刑事責任能力はあると認定。小松被告が事件当時の記憶を失ったと認めたが、弁護側の援助などにより意思疎通は可能で、訴訟能力はあると判断した。量刑の検討にあたっては、柳刃包丁やガソリンをあらかじめ準備し、被害者を複数回刺したことなどから計画性や殺意があったと認定。6人が殺害されたことなどを踏まえて「犯行態様が危険かつ残忍で同種の事件と比べても悪質。妻や子を取られたくないために殺害するなど、動機は身勝手かつ自己中心的。被告が1年間定職に就かないことから離婚を切り出されたなど、強い殺意に基づく残虐かつ悪質な犯行で、死刑を回避すべき事情はない」とした。

 2023年1月27日の控訴審初公判で、小松被告の弁護側は、「勾留中の心不全の後遺症で事件当時の記憶がない」としたうえで、死刑判決を破棄して審理を地裁に差し戻し、記憶が戻るまで裁判を停止すべきなどと主張した。これに対し、検察側は「手続きに問題はない」と反論した。
 2月15日の第2回公判で行われた被告人質問で小松被告は、妻子6人を殺害した動機や方法の記憶があるかどうか弁護人に問われ、いずれも「ないです」と繰り返した。事件で使用したナイフやロープ、ガソリンを購入した記憶もないと語った。
 弁護側は「被告は、自らの記憶に基づき防御する機会を与えられるべきだ」と強調し、「被告は記憶を喪失し、訴訟能力が認められない」として一審判決を破棄して差し戻すよう求め、結審した。
 判決で伊藤裁判長は、「被告は記憶を喪失しているものの、物事の理解力や判断力、意思疎通能力が障害されている様子はうかがわれない」と指摘。一審の公判時も弁護人の援助を受けることで、被告としての利害を認識し、自身を守る訴訟能力はあったと結論付けて、弁護側の主張を退けた。
 さらに「離婚を切り出されたことを発端に、就寝中の妻と幼い子どもたちを柳刃包丁でかなり強い力を込めて突き刺した。強固な殺意に基づく非常に残虐な犯行で、動機も身勝手だ。結果の重大性や悪質性を踏まえると、同種事案の中でも特に悪質であるとした一審判決の認定、評価に誤りはなく、死刑を回避する事情はない」と指摘した。
備 考
 
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