最高裁係属中の死刑事件


氏 名
土屋和也
事件当時年齢
 26歳
犯行日時
 2014年11月10日/12月16日
罪 状
 強盗殺人、強盗殺人未遂、住居侵入
事件名
 前橋連続強盗殺傷事件
事件概要
 前橋市の無職土屋和也被告は2014年11月10日未明、同市に住む日吉町の女性(当時93)宅に侵入し、女性をバールで殴って殺害し、現金合計7,000円とリュックサック、パンと菓子などを奪った。土屋被告のマンションから約1kmの距離だった。
 12月16日午前3時30分ごろ、同市に住む夫婦宅に出窓を破って侵入し、林檎2個を盗んだ。トイレに潜伏し、侵入から約8時間20分後、鉢合わせした妻(当時80)を包丁で刺して2〜3か月の重傷を負わせた。妻は逃げ出したが、騒ぎに気付いた夫(当時81)の胸や首を包丁で刺して殺害した。土屋被告のマンションから約1.6kmの距離だった。
 土屋和也被告は12月21日、6月まで働いていた前橋市のラーメン店に侵入しチャーシューとメンマ、ひき肉、バター(約7,900円相当)を盗んだが、防犯カメラに映っており、23日、建造物侵入容疑で逮捕された。足跡が、夫婦宅に残された足跡と一致。さらに夫婦宅に残されていた林檎に付着していたDNAが、土屋被告と一致したため、群馬県警は12月26日、16日の事件の妻への殺人未遂容疑で逮捕。2015年1月15日、夫への殺人容疑で再逮捕。2月5日、女性への強盗殺人容疑で再逮捕。同日、前橋地検は林檎が財物に当たり、殺害は強盗の手段だったと判断し、夫への強盗殺人容疑で起訴した。
 土屋被告は幼い頃に両親が離婚し、4歳から中学校卒業まで児童養護施設で暮らした。高校卒業後も職を転々とし2014年10月以降無職で、親しい知人や身寄りもなかった。携帯電話の課金ゲームが原因で消費者金融に約120万円の借金があり、10月末には料金滞納でスマートフォンが停止したが、無料公衆無線LANを使用してネット接続し、ゲームをしていた。11月上旬に自室のガスを、12月中旬には電気を未払いのため止められた。逮捕時の所持金は100円程度だった。
一 審
 2016年7月20日 前橋地裁 鈴木秀行裁判長 死刑判決
控訴審
 2018年2月14日 東京高裁 栃木力裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 公判前整理手続きは計14回行われた。弁護側は土屋被告が4〜15歳まで児童福祉施設に入っていたことなどから、生育環境が事件に影響した可能性もあるとして影響を調べる情状鑑定の実施を要請。裁判長の交代などもあり、事件から1年半余りたった2016年5月に裁判の日程が決定した。争点は主に(1)殺害の計画性の有無(2)犯行の悪質性(3)犯行に至る経緯や動機−の3つが主に争点となる。被告は事件後、相続した父の遺産から150万円を贖罪寄付している。
 裁判員裁判。
 2016年6月30日の初公判で土屋和也被告は、検察官が起訴状を読み上げるのを、証言台の前に立ってうつむきながら聞いた。鈴木秀行裁判長が認否を問うと沈黙。再度認否を尋ねられると、体の芯を失ったかのように崩れ落ちた。係官に抱えられ、いすに座らされた。鈴木裁判長から「今は答弁できないか」と問われると、黙ってうなずいた。認否は弁護人が代わりに応じた。2人の殺害については結果として殺害したものの検察の指摘する強固な殺意はなかったとした。1人に重傷を負わせた強盗殺人未遂罪には「殺意はなく、切りつけて逃げる目的だった」として、事後強盗傷害罪にとどまると主張した。
 冒頭陳述で検察側は「土屋被告が課金制ゲームのために借金を重ね、金品を奪う目的で民家に侵入した」と指摘。事前に凶器を準備し侵入方法の練習を重ねていたことなどから、「殺害も想定し強盗を計画した。高齢で小柄な被害者を何度も殴り、刺すなど、一方的に攻撃を加えたことは執拗かつ残虐」と述べた。そしてバールや包丁で何回も首や胸を刺した点などから「強固な殺意があった」と指摘した。また男性を殺害後、大金を奪えなかったことから再び犯行を計画し、窓を火で熱した後に冷やして割る「焼き破り」の手口を調べて練習したり、自分の携帯電話に「覚悟を決めろ」と記し、気持ちを奮い立たせていたとした。
 弁護側は土屋被告が侵入後、犯行までに時間を要し、逃げ出すことを考えていた点などを挙げ、「犯行前に殺意はなく逃げようと夢中で、殺意は弱かった」として未必の故意によるものと主張した。さらに土屋被告が適応力に欠けるパーソナリティー障害や軽度の発達障害と診断され、犯行や犯行に至る経緯に影響したと主張した。
 7月1日の公判における被告人質問で、土屋被告は「取り返しのつかないことをしてしまった」と述べた。殺傷時の具体的な状況については、黙ったり、「覚えていない」と答えたりする場面が目立った。また、土屋被告の生い立ちや事件までの経緯が明らかになった。小学生の時、机に花瓶を置かれる「葬式ごっこ」の標的にされ、机に「ばい菌」などと落書きされた。中学校では所属していた野球部内で持ち物を隠されたり、ボールをぶつけられたりした。当時入所していた児童養護施設の職員や学校の教員に相談したが、その後も変わらなかったという。2014年9月に警備会社を辞めて、ひきこもり生活をしていた。借金70万円を抱える原因となった課金ゲーム上では、チャット機能を使い、ゲーム利用者と趣味や日常生活の愚痴を話していたと明かした。ただ、「ゲーム以外でそういう話ができる人はいましたか」と問われ、「いませんでした」。さらに虐めにあった経験から「どこかに相談することは考えられなかった。考える気がなかったのかもしれません」と述べた。
 4日の公判で、前回に続き被告人質問が行われた。土屋被告は事件の状況について、「覚えていません」といった曖昧な答弁を繰り返した。検察側は、土屋被告に8時間近い質問を行ったものの十分な回答は得られず供述書の信用性を高めることができなかったとして、新たな証拠を提出、警察が作成した土屋被告の供述書を読み上げた。ラーメン店勤務中にストレスがたまり課金ゲームに没頭、「ゲームではコミュニケーションに問題はなく、レベルを上げれば人に頼られ必要とされた」と話していた。当初は月額2万円ほどの課金は次第に増え、20万円余になったこともあったという。そして検察側は、「捜査段階では通常の応答をしていた」と指摘し、取り調べの録音録画の映像を証拠申請した。
 5日の公判で、情状鑑定した医師が出廷。土屋被告は軽度の「広汎性発達障害」と、ものの考え方や対人関係機能などが著しく偏っている「パーソナリティー障害」と診断された。そしてこれらの障害が、2人を殺傷したことに影響を与えたと証言した。その上で、被告のパーソナリティー障害は「元々粗暴なものではなかった」とした上で、「環境をうまく作ってあげられれば事件には至らなかったのではないか」と支援体制の必要性を指摘した。
 医師は女性殺害と女性に重傷を負わせた2件について、土屋被告が家の中で長時間待機し、「どう行動したらいいのか葛藤する中、女性が起きるなどの突発的状況の変化に感情が大きく動揺。衝動性が表われ、犯行に及んだ」と指摘、障害の影響があったと述べた。一方、殺害された男性については「顔を見られたことから保身の気持ちが強く作用した」として障害の影響を否定した。検察側からは「包丁やバールを持って侵入した点や2度目の犯行を計画、練習し、侵入したことは障害と関係あるのか」と問われ、「ないと思う」と答えた。医師によると、広汎性発達障害は対人関係がうまくいかず物事を全体でとらえ予想するのが困難な点が特徴。パーソナリティー障害は教育や環境などによる後天的な症状。感情が不安定で衝動的な行動に走るという。土屋被告は周囲になじめず相談できないまま職を転々とし、ゲームにはまり借金を重ねたとしている。検察側から「広汎性発達障害を持つ人が必ず刑事事件を起こすか」と問われると、「それはありません」と答えた。
 同日、検察側が土屋被告から十分な回答が得られなかったとして、被告の取り調べの録音・録画記録を証拠として採用するよう裁判所に求めたことに弁護側は、「一部不同意」の意向を回答。裁判所が証拠採用するか決定する。
 7日の公判で、検察官による取り調べ時の様子を録音・録画した映像証拠採用されるとともに、約70分間再生され、公判とは違って「通常の応答」をする被告の姿が映し出された。弁護側は、膨大な取り調べのうち一部を流したことに対し「被告の『悪性格』の立証に近い」と指摘した。
 同日、被害者参加制度を利用した遺族が意見陳述を行った。第一発見者であり、殺害された女性の長女は、「まじめな母が、なぜ残虐に殺されなければいけなかったのか。身勝手な犯行で、極刑を望む」と語った。殺傷された夫婦の長男は、「家族の大切な多くのものを奪ったことや、私たちの苦しみを深く考えてほしい」と述べた。重傷を負った妻は「自分がお父さんを呼んだことで、(土屋被告が)気付いて刺したと思うと、罪悪感がある。重い罪を犯した者は、重い罰を受けるのは当然だ」と訴えた。
 同日、土屋被告の母親が情状証人として出廷。弁護人から「最後に土屋君に一言」と求められ、「生きてください」と答えた瞬間、頭を机に付けるように首を垂れて座っていた被告の目から涙がこぼれた。
 11日の論告で検察側は、二つの事件について、被害者を何度も殴打し包丁で刺すなどした犯行の残虐性を指摘し、捜査段階で殺意を認める供述をしていることなどから「強固な殺意や、(見つかった場合には、という)条件付きで殺害を想定していたことは明らか」と主張した。そして土屋被告のパーソナリティー障害や広汎性発達障害については、離職に影響したことで「一定程度考慮すべき点もある」としたものの、「殺害と障害とは関係はない」と断じた。その上で、「永山基準」に照らし、殺害を悔い改めずに同様の事件を起こし犯行が悪質▽何の落ち度もない2人の命が奪われ、1人が後遺症が残る重症を負い、犯行結果が極めて重大などと指摘。犯行当時25、26歳という被告の年齢について「未成年ではなく、分別を持ってしかるべき年齢。人格形成期を越えている上、パーソナリティーの特性を変えたいという意志は見受けられない。将来的に変化する可能性は低い」として「刑事責任は重大。命をもって自らの罪を償うべきだ」と死刑を求刑した。
 同日の最終弁論で弁護側は、被害者への攻撃行為は「障害に由来する衝動性が表れ、パニックに近い状態になったからだ」として、改めて障害の影響を主張。また、証拠採用された検察側の供述調書や再生されたDVDについても「(被告自身が)実際に起こったことと考えていることの区別がつきにくくなっている」として再度、信用性に疑問を示した。そして被告は元々、凶悪な犯罪傾向を持っておらず、自身の障害をすでに把握していることなどから「更生の可能性が残されている」と無期懲役を求めた。
 最終陳述で証言台に座った土屋被告は、裁判長から「何か言いたいことはありますか」と問われ突然、ふらふらと立ち上がり、「すいませんでした」と遺族らに向かって約10秒間、頭を下げ、謝罪を口にした。
 判決で鈴木裁判長は、4歳で養護施設に入り、高校卒業後も転職を繰り返し借金を重ねた経緯に触れながら、「障害は不遇な成育歴等の影響で同情を禁じ得ないが、犯行に影響はしていない。パーソナリティー障害は性格の偏りであって、被告に対する非難を大きく低下させるとはいえない」と指摘し、弁護側の主張を退けた。そして動機について「仕事を辞め、借金返済に窮して大金を得ようとした」と指摘。争点となった計画性を巡り、取り調べ時の録画映像によって供述調書の信用性が十分と判断。用意した凶器で頭部などを複数回殴ったり、包丁で首を狙ったりするなどの殺害方法から「強固な殺意」を認定したうえで、「自分よりもはるかに小柄で非力な高齢者に対する一方的な凶行で、卑劣かつ冷酷」と非難した。さらに「犯した罪を悔い改めることなく人命軽視の強盗殺人を2回行った。厳しい非難は免れない」と指摘。「稚拙だが計画的で、強固な殺意に基づく執拗で残虐な殺害方法」と厳しく非難した。高齢者の多い住宅街での無差別犯行で、社会的影響も大きかったとした。土屋被告が150万円を贖罪寄付したことや、更生の可能性がわずかに残されている点を考慮しても「死刑をもって臨むことがやむを得ない」と結論付けた。
 判決の言い渡し後、土屋被告に向かって、「悩みに悩んでこの選択をしました」と述べた。

 2017年9月6日の控訴審初公判で、土屋和也被告は、「申し訳ない気持ちでいっぱいです」と謝罪する一方、殺害状況については「覚えていない」と繰り返した。
 土屋被告は被告人質問で、侵入した際、包丁を持参した理由を問われると、「騒がれたり抵抗されたりしたら、場合によっては傷つけようと思ったから」と説明。殺害状況については記憶にないとし、質問に黙り込む場面もあった。
 公判では、女性の長女が「被告は許せません。改めて死刑を願います」と意見陳述。男性の長男も「被告の口から真実を知りたいと思っていたが、ただただあきれるしかなかった。死刑が確定することだけを望んでいる」と極刑を求めた。
 11月1日の第2回公判で、弁護側は「いずれの事件も住宅に侵入して金や物を奪うことを計画していたが、殺害行為には計画性がない。反省を深めており、更生する可能性が残されている」「犯行にはパーソナリティー障害が影響しており、確定的な殺意はなかった」と訴えた。検察側は「一審の判断に誤りはない」と控訴棄却を求め、結審した。
 判決で栃木裁判長は、被害者らに繰り返し包丁を突き刺したことなどから「殺害を想定して複数の凶器を持参し、住人に気づかれたら、ちゅうちょなく犯行に及んでいる。被害者を殺害する意思で攻撃を加えたことは明らか」と判断し、計画性がないという弁護側の主張を退けた。パーソナリティー障害に対しては「直接的な影響は認められず、犯行は被告の自由意思によるもの」と結論づけた。そして、「命を奪ったことを認識しながら悔い改めず、再度強盗殺人に及んだ。強固な殺意に基づく執拗、残虐な行為で、犯情は誠に重い。社会的影響が大きいことも明らかだ」とした。
備 考
 
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氏 名
肥田公明
事件当時年齢
 60歳
犯行日時
 2012年12月18日
罪 状
 強盗殺人
事件名
 伊東市干物店強盗殺人事件
事件概要
 静岡県伊東市の干物販売店元従業員、肥田公明(ひだきみあき)被告は2012年12月18日午後6〜9時ごろ、元勤務先の干物販売店店内で、社長の女性(当時59)と常務の男性(当時71)の首などを刃物で突き刺し、さらに業務用冷蔵庫の中に入れて殺害した。その後、店にあった現金約29万円を奪った。
 肥田被告は2009年5月〜2010年10月まで店に勤務していた。殺害された社長に「解雇したことにしてほしい」と迫りトラブルにもなっており、2011年6月には口論となって伊東署員が駆け付けたこともあった。
 翌日朝、敷地内の小屋で住み込みの従業員が遺体を発見した。

 肥田公明被告は2011年7月13日、伊東市内の食品加工会社で働いているのに失業中と偽って、虚偽の内容を書いた失業給付申告書をハローワーク伊東に提出し、失業給付金約6万円をだまし取ったとして、2013年2月26日に伊東署に詐欺容疑で逮捕された。さらに2011年8月10日、9月7日、10月5日の計3回にわたり失業給付金計約33万円をだまし取ったとして、3月22日に再逮捕された。
 2013年6月3日、静岡地裁沼津支部の薄井真由子裁判官は「自由に使える金ほしさから詐取を繰り返し、態様も悪質だが、不正受給した金を返納し、損害賠償金を支払っている」などとして、懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)を言い渡した。公判中、親族に約300万円の借金があったことを明らかにしている。控訴せず、確定。

 静岡県警は2013年6月4日、強盗殺人容疑で肥田公明被告を逮捕した。
 事件後店は閉じられ、同店に土地を貸していた所有者がさら地にすることを決め、2014年11月に店は解体された。
一 審
 2016年11月24日 静岡地裁沼津支部 斎藤千恵裁判長 死刑判決
控訴審
 2018年7月30日 東京高裁 大島隆明裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 裁判員裁判。
 肥田公明被告は逮捕段階から否認を続けている。殺害に使われた刃物などの凶器は見つかっていない。起訴当時「事件の日は干物店に行っていない」と供述していた。しかし公判前整理手続きで、現場付近を走る肥田被告の車を映したカメラの映像を検察側が証拠として開示後は「現場には行ったが、すでに死んでいた」と供述を変えた。手続きは2013年8月27日から2016年9月13日までに計35回行われ、争点は「肥田被告が犯人か否か」という点に絞られた。
 当初、2015年10月2日に初公判が予定されていたが「証拠調べの関係で急きょ、検討が必要な事態が生じた」として延期された。

 2016年9月20日の初公判で、肥田公明被告は「起訴内容に間違いはありますか」との裁判長の質問に、「全てでございます。お金を取ってないし、殺害していないです」と起訴内容を否認し、無罪を主張した。はっきりとした声で全面的に否認した。
 検察側は冒頭陳述で事件当日の目撃情報などから、肥田被告は午後7時15分から8時前まで店に滞在して犯行を行い、動機は現金を奪うためだった−と主張。さらに、肥田被告が当日着用していたトレーナーやズボン、運転していた車の背もたれなどに社長のもの矛盾しない血液が付着していた−とも指摘した。事件直後、奪われた現金とほぼ同額を使ったり預金したりした。奪われたとされる40万円には500円硬貨100枚、100円硬貨500枚が含まれ、被告が使ったお金と「金の種類も一致しており、犯行により入手したと考えられる」とした。▽アリバイ工作していた▽同店退職をめぐって社長とトラブルがあり、犯行動機があった−などと説明し、「被告が犯人でなければ、合理的な説明が付かない」と指摘した。さらに、肥田被告が「事件の日に現場に行ったが、2人が冷凍庫の前に血まみれで座っていたのを見てこわくなって逃げた」と説明していることについては「信用できない」とした。
 対して弁護側は、肥田被告が事件当日に店へ行った理由を、ともに殺害された常務が社長に自身の再就職の口利きをしてくれると言われたため、と主張。肥田被告は再雇用を頼みに午後7時すぎごろ訪れ、常務の車も確認できたため店内に入ると、2人が血まみれの状態で冷凍庫の前で座っているのを発見した。怖くなって逃げ出した−と説明。「肥田さんは大変驚き、怖くなって立ち去った。滞在時間は10分たらずだった」と反論。「肥田さんは2人の返り血を浴びておらず、けがもしていない。犯人であれば、返り血を浴びているはずだが立証できるような証拠はない。着衣などから検出されたのは、社長のDNAではない」とも述べた。事件翌日までに使った現金は「知人に貸していた金を返してもらったりしたものと自身でためていた小銭貯金など」と述べるとともに、そもそも店内に本当に現金40万円があったかにも疑問を呈した。そして弁護側は、「現場目撃者はおらず、凶器も発見されていない。肥田さんを犯人と裏付ける直接的な証拠は、何もない」と主張。さらに、▽妻と共働きをしていて金に困っていなかったが、転職先の勤務時間が長く同店への再就職を希望していた▽自分が犯人と疑われるような状況にあれば、アリバイ工作することはよくある。アリバイ工作自体が、犯人と決める証拠にはならない−などと主張した。
 冒頭陳述の最後に検察側は「肥田被告は否認し目撃者もいないので、状況証拠による事実認定が必要になる」と話し、弁護側は「検察官は肥田さんが犯人であると具体的に立証できない。肥田さんは無罪」と訴えた。
 同日は検察側の最初の証人として、当時の従業員で遺体の第一発見者の男性の尋問が行われた。男性は、肥田被告が店を辞める少し前にあたる2010年7月から店に勤務。事件の数か月前からは、店の敷地内にある小屋で生活していた。犯行当日は、休みのため外出し、午後6時頃帰宅。酒を飲み同8時頃に就寝したが、異常には「全然気づかなかった」と説明した。翌朝、駐車場に2人の車が止まっていたが、午前8時過ぎになってもいつものようにシャッターが開かず、別の出入り口から入店。冷凍庫のドアを塞ぐように魚の干し網や机などが置いてあり、急いで開けると、2人が横たわっているのを見つけ、119番したという。また、男性は、社長が生前、肥田被告が社長から30万円を借りたまま、返していないと話していたことも明らかにした。
 21日の第2回公判で、検察側証人として出廷した元経理担当の女性は当時の店の状態について「経営難で新たに正社員を雇う余裕はなかった」と証言した。この女性は同店の経営状態について「正社員にも転職を薦め、それ以外の人も仕事を早く切り上げてもらうなどしていた」と説明した。
 26日の第3回公判で、検察側は捜査報告書を基に、肥田被告は事件当時、知人や消費者金融4社から合わせて約251万円の金を借りていたことを示した。肥田被告は10月分の携帯電話代5,067円を支払えず事件直前の12月15日に携帯電話が止められ、口座残高が約5,000円しかなかったと説明。それにもかかわらず、事件が発生した12月18日の午後9時、帰宅時に妻に現金5万円、19日午前7時半頃には知人に現金15万円を渡したほか、同7時38分にコンビニの現金自動預け払い機(ATM)で28,000円、同43分に別のコンビニで40,000円、8時52分に金融機関で15,600円、9時4分には別の金融機関で94,400円を、自分の口座に入金した。金融機関への窓口では500円硬貨84枚、100円硬貨524枚を出していた、と説明した。
 また検察側は、肥田被告の携帯電話と自宅の固定電話の通話記録を明らかにした。被害者と肥田被告が通話したのは、10月18日に社長から肥田被告の携帯電話にかけた1回だけで通話時間は5秒間。メールの送受信はなかったという。
 当日、弁護側証人の肥田被告の妻はこの日の証人尋問で「当時、家計は困っていなかった」「12月18日の午後9時ごろに帰宅した時、変わった様子はなかった」などと述べた。肥田被告が逮捕されたことについて「信じられなかった。私と息子にとても優しく、大きな声を出したこともない。人を殺す度胸があったとは思えない」と述べた。弁護人は、肥田被告の自宅にあった小銭を入れる貯金箱を示し、使っていたかどうかを尋ねた。妻は「(硬貨を入れるところを)見たことがある」と答えた。
 27日の第4回公判で、画像解析に詳しい大学教授が証言に立ち、犯行時間帯とされる2012年12月18日午後7時57分ごろ、店の前の交差点を通過したタクシーのドライブレコーダーの画像を解析し、店の駐車場に止まっていた車の車種と開発歴、車の色を特定。被告が事件当時に使っていた車と同じタイプだったと述べた。車のナンバープレートは一部しか解析できなかったが、被告の車のナンバーと一部が一致したという。弁護側は「画質が大変悪く、(鑑定結果が)100%正しいと判断することはできない」などと反論し、複数の専門家による鑑定を求めた。
 30日の第5回公判で、検察側の証人として肥田被告と同時期に勤務していた元女性従業員が証言台に立った。女性は、社長が肥田被告について「製造中の干物をだいぶ腐らせた。貸した20万円を返さず、連絡しても出てくれない」と不満を述べていたことを明らかにした。また、事件当日午後4時半ごろ、社長が包丁で指を切り出血していたこと、「(肥田被告が再就職したいと)誰からも聞いていなかった」などと証言した。
 同日は検察側の証人として、当時伊東署に勤務していた警察官も出廷した。署員は「肥田被告の通報で駆け付けた。被告の借金と退職理由を巡りトラブルになったが、最後は2人で話がまとまったと聞いた」と証言した。
 10月3日の第6回公判で、検察側は肥田被告の軽乗用車の運転席など31カ所で血液反応が出たと明らかにした。検察側によると、血液反応が出たのは、運転席背もたれ11カ所▽同座面5カ所▽助手席座面1カ所▽運転席フロアマット6カ所▽運転席と助手席の間のフロアマット3カ所▽後部座席フロアマット5カ所。また、被告が当日着用していたトレーナー右袖から縦1ミリ、横2ミリと、縦4ミリ、横1ミリの2個の血痕が確認されたとした。トレーナーは肥田被告の妻が任意提出した。
 4日の第7回公判で、DNA鑑定に当たった検察側証人の県警科学捜査研究所の職員は、被告が事件当日に着ていたとされるトレーナーに付着した血痕から採取したDNAを調べた結果、15領域のうち4領域で殺害された社長と完全に一致するDNA型が検出されたと指摘。ほかの2領域でも女性の型の一部とされるDNA型が検出されたと主張した。被告の車両の背もたれに付着した血痕には、被告と女性のものとされるDNA型が混在していたという。弁護側は、科捜研の血痕検査方法は血液以外にも反応する可能性があり、鑑定結果の中には社長や肥田被告のものに由来しないDNA型があると指摘。鑑定方法や鑑定結果の信頼性に問題があると反論した。
 5日の第8回公判で、弁護側証人の本田克也・筑波大教授は、肥田被告が犯行時に着ていたとされるトレーナーの右肘に付いていた血痕のDNA型と社長のDNA型について、「違った型が検出されている」と指摘し、検察側の鑑定結果に疑問を投げかけた。トレーナーに付着した血痕がごく微量だった点について「何回も刃物で切りつけたのに、袖に血が飛び散らず、肘だけに付いているのは不自然。切りつけた時に血が噴き出したはず」と少なすぎる点も疑問視した。検察側は「立ち位置などによっては返り血を浴びないこともある」と反論した。本田教授は検出されたDNA型を社長や肥田被告のものと判断できるかどうかについては「何とも言えない」と述べるにとどめた。
 7日の第9回公判で、検察側は、事件現場の足跡に関する証人尋問と証拠調べを行い、犯人のものとみられる足跡以外は関係者の足跡と一致していると主張した。弁護側は、殺害された常務の血の付いた足跡が見つかっていない点などを指摘した。またこの日、検察側は、肥田被告が事件翌日、元交際相手の女性に電話し事件当日夕から夜まで「一緒にいたことにしてくれ」と頼んだ旨の供述調書を示した。
 11日の第10回公判における被告人質問で、同店を辞めた理由について肥田被告は「仕事中に腰を痛め、店から離職するよう言われた。不満もなく楽しかったので、辞めたくなかった」と述べた。また肥田被告は、同店に勤めていた時、社長が包丁で手をけがしたことがあると主張し、「店の中の血を水で流して掃除した。恐らく靴に付いたと思う」と話した。その後、自分の車に乗ったという。
 14日の第11回公判における被告人質問で、事件後、預金などで約40万円を使ったことについて肥田被告は「事件現場を見て、金を盗んだと疑われるのが嫌だった」と述べ、二つの貯金箱にためていた硬貨や借りた金などを使ったと主張した。検察側は、「金があると犯人と疑われると思った」「預金後間もなく出金した」「貯金箱の一つを捨てた」という肥田被告の主張や行動に疑問を投げ掛けた。また事件当日、店内で血まみれで座っていた社長らを見たと主張する肥田被告は「声を掛けても反応がなく、死んでいると思い、怖くなって逃げた」と話した。
 17日の第12回公判で、被告人質問で検察側は、常務らが見つかった冷凍庫の内側に血の付いた手形があり、冷凍庫に入る前は生きていたのではと問うと肥田被告は、血まみれの常務らが並んで冷凍庫の外に座っていたという主張を前提に「見るからに死んでいるようだった」と反論した。検察側は「肥田被告の証言を前提とすると、被告以外の人物が2人を刃物で刺し、肥田被告が現場を見たあとに、2人を冷凍庫に移したことになる」と指摘。これに対し、肥田被告は「店の駐車場に私の車が止まったのに気づいて、犯人がどこかに隠れたのではないか」と述べ、事件への関与を否定した。
 この日は常務の兄が被害者参加制度を利用して意見陳述し「最も重い処罰を受けてほしい」と極刑にすることを求めた。兄は「刃物で刺され、冷たい冷凍庫に閉じ込められ、出血して死んでいった時、どんなに寒かったか、どんなに痛かったか」と悲嘆。肥田被告に対し「事件の日、冷凍庫の前にいる兄を見たというなら、どうして救急車を呼んでくれなかったのか」と訴えた。常務の姉も証人出廷し「もし犯人なら苦しんで死んだ2人と同じような思いを、自分の体で償ってほしい」と述べた。
 21日の論告求刑で検察側は、事件後に肥田被告が約40万円を使ったり預金したりしたことや、車が干物店の駐車場に止まっていたとの目撃証拠、肥田被告の着衣の付着物から検出されたDNA型の鑑定結果などから犯人と断定。「肥田被告は事件当時、親族や知人に借金があったほか、消費者金融4社の借入残高も約130万円あった」と指摘するとともに、社長と退職理由についてトラブルがあったことを前提に、「経済的に困窮し、社長に個人的な恨みがあった肥田被告には強盗殺人の動機がある」を犯行動機とした。「肥田被告が社長と常務の首を刃物で刺して、息のある状態で冷凍庫に閉じ込め、出血性ショックで死亡させ、現金約40万円を奪ったことは明らか。自己中心的で身勝手な犯行であり、強い非難に値する」とした。そして、刃物で何度も突き刺した上、冷凍庫に閉じ込めた殺害方法を「極めて残虐」と主張。最高裁が死刑適用基準について被害者数や残虐性などを示した「永山基準」を説明し、「不可解な弁解に終始し、更生の可能性はない。死刑回避を相当とするようなくむべき事情はない」とした。
 検察側証人として出廷した社長の弟は「面倒見が良く優しい姉だった」と話し、「もし(肥田被告が)犯人なら、一番重い刑を与えてほしい。家族も、その思いは変わりない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、干物店の駐車場を撮影したタクシーのドライブレコーダーに肥田被告の車が映っていたという検察側の主張に対し、弁護側は「極めて不鮮明な画像で、鑑定結果は信用できない」と反論。肥田被告のトレーナーの血痕のDNA型についても「社長とは別人のもの」と断言した。さらに「(肥田被告は)当時お金に困っておらず、社長のことを恨んでもいなかった。事件が起きた夜から翌日にかけて使ったお金は知人から借りて持っていたお金と貯金していた小銭で、盗んだものではない」などと述べた。そして、「疑わしきは被告人の利益に」と推定無罪の原則を紹介。「2人を殺害しておらず、直接的な証拠は何もない。無実の人間が死刑にされてしまわないよう、判断を誤らないでほしい」と述べた。
 肥田被告は最後に「社長や常務の遺族に(犯人と)間違えられるようなことをしたのは事実。でも、検察の言うようなことをしていないのも事実。分かってもらいたい」などと涙ながらに訴えた。
 判決は、DNA型鑑定の結果から血痕は被害者のものとは断定できないと指摘し、「犯人性を示す力はほとんどない」と述べた。またアリバイ工作についても、犯人であることを疑わせるが、決め手にはできないとした。一方、現場近くを通ったタクシーのドライブレコーダーの記録などを基に被告が店の駐車場に車を止め約40分間は店内にいたと認定。その上で斎藤裁判長は「被害者の惨状を目にしながら立ち去った。被害者がいたという場所に血痕も見当たらず、被告の弁解は不自然で不合理」と退けた。また、店から奪われたとされる多額の硬貨を巡り、高利貸から借金返済を迫られていた肥田被告が、事件直後に金額、種類がほぼ一致する硬貨を使っていたことについて「単なる偶然の一致とは考えにくい」と指摘。被告が店から持ち去ったと判断した。肥田被告が店を訪れたのは、金に困り社長に借金を頼む目的だったとし「借金を断られ罵倒されるなどして殺意を抱いた」と殺意を認めた。さらに殺害後店内を物色したことから、被害者の殺害行為が「財物を奪うための手段」とし、強盗殺人であると結論付けた。そして、「刃物で刺され致命的な重傷を負った被害者を、冷凍庫に閉じ込めた行為は非人間的で残虐。2人の命が奪われた重大事案であり、自分の利欲目的を実現するための身勝手で残虐な行為。反省の情は皆無で、強盗殺人の中で重い部類に属するとの評価を免れず、極刑をもって臨むことはやむを得ない」と断じた。

 2017年11月17日の控訴審第1回公判で、弁護側は「不確かな事実で殺害を認定した」として一審に続き、無罪を主張した。弁護側は公判で、一審判決後に検察側から開示された証拠の中に、犯行時間帯に被告の車とは異なる車が現場店舗の駐車場から急いで出て行った▽犯行時間帯に被告の車とは違う車が駐車場に止まり、近くに2人の人物が立っていた−−とする目撃証言が、県警が記録した2通の「聴取報告書」にあったと指摘。被告を犯人とするには「大きな疑問がある」と主張した。これに対し、検察側は「一審判決では軽視されたが、被告の着衣や車の付着物が被害者の血液とみられることを考慮すれば、被告の犯人性は揺るがない」と反論した。
 2018年1月12日の第2回公判で、肥田被告は事件当日の行動について、午後7時10分ごろ干物販売店に行って血を流した2人を発見したがそのまま立ち去り、30分後に再び戻り、建物の中に入らずに離れた―と説明した。一審では戻ったことについては証言していなかった。
 2月9日の第3回公判で、検察側の証人として出廷した法医学者に対する証人尋問を行った。法医学者は検察側の質問に対し「2人は首の静脈を傷つけられており、意識がなくなるまで15〜20分かかったとみられる」「冷凍庫の扉の内側に社長のものと思われる血液が付いていることから、社長は意識がある状態で閉じ込められたと思われる」などと証言した。男性については、「すぐに死亡するような傷ではないので、恐らく意識があるまま冷凍庫の中に入れられたのではないか」などと推測した。弁護側は、意識を失った理由について、出血によるものだけでなく神経反射による失神もあり得ると主張した。法医学者は「普通はない」と否定的な見解を示した。
 4月20日の第4回公判で、証拠整理が行われた。新たに目撃者2人の供述調書やドライブレコーダーの画像などが証拠として採用された。証拠として採用された2件の目撃情報は「事件当日の午後7時ごろ、干物店の駐車場から1台の車が勢いよく出てきた」「同じく午後9時ごろ、干物店の駐車場に2台の車が止まっていて、車の外に2人が立っていた」などの内容。ドライブレコーダーには、午後9時10分ごろに干物店の2階に明かりがついていた画像が残されていた。
 6月8日の第5回公判で、弁護側は最終弁論で新たな目撃証拠により「明らかになった事実は、いずれも(肥田被告が)犯人でない可能性を示すものばかり」と主張した。そして「直接的な証拠はなく、一審判決が認定した事実は遺体の発見状況と整合しない」と無罪を主張した。検察側は「(午後7時ごろの車両は)何らかの用事で干物店駐車場に立ち寄ったにすぎず、不審な事実とは認められない。午後9時すぎの明かりは、被告がそれまで干物店に滞在していた可能性を示している」と反論した。さらに「全ての証拠を開示したが、被告の犯人性を疑わせるような証拠は一切存在しなかった」などとして控訴棄却を求めた。
 判決で大島裁判長は、駐車場が国道に接し、設置された自動販売機やトイレの利用者もしばしばいることなどから「目撃された人物と犯行の関連を疑う事情とはいえない」とし、弁護側の主張を退けた。そして「現金を強奪するため、確定的殺意で被害者らの首を刃物でかき切った」と認定。また、「2階の明かりが干物店のものかはっきりせず、被告がいたこともあり得る」と述べた。第三者が犯行に関与した可能性を否定できないとした弁護側の主張は「殺人犯と被告が入れ替わるようにして干物店に出入りしたとは考えがたい」と退けた。事件後に被告が消費した現金と被害金の額がほぼ一致する、店内に立ち入った時間が被害者が刃物で攻撃された時間帯と極めて近接していることなどを挙げ、無罪主張を退けた。ただし、一審が「約32万円」とした被害額は「約29万円」とした。そして「一審の中核的部分に不合理な点はない。被告が犯人であるという認定を左右する事情はない」として一審判決を支持。「被害者の首を切り裂き、生きたまま冷凍庫に閉じ込めた。極めて残虐。残虐性や強固な殺意があり、動機に酌むべき点は認められない。不合理な弁解に終始し、反省も示していない。刑事責任は誠に重大で死刑選択もやむを得ない」と述べた。
備 考
 
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氏 名
川崎竜弥
事件当時年齢
 32歳
犯行日時
 2016年1月29日〜7月5日
罪 状
 殺人、死体損壊、死体遺棄、電子計算機使用詐欺、窃盗、強盗殺人、有印私文書偽造・同行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用、詐欺
事件名
 浜名湖連続殺人事件
事件概要
 浜松市の宅地建物取引士・川崎竜弥被告は2016年1月29日頃、浜松市内に住む元同僚の無職男性Sさん(当時62歳)のマンションで、Sさんを何らかの方法で殺害。実印やキャッシュカードなどを奪った。2月1日にSさんの軽乗用車の所有権を自身に移すと、5日にマンション、8日にオートバイ2台の名義を、委任状を偽造して相次いで自身に変更。8〜14日には浜松信用金庫のSさんの口座から計454万円を1日にSさん名義で不正に開設したじぶん銀行の預金口座に送金し、じぶん銀行のキャッシュカードを使ってATMで20万円を引き出していた。さらに18日にSさん名義で三井住友銀行に預金口座を開設。3月26日にSさんの老齢厚生年金の受取口座をこの口座に変更し、6月15日までの間に振り込まれたSさんの老齢厚生年金16万9730円をだまし取った。7月14日までの間に遺体を焼いて浜名湖周辺に遺棄した。
 被告とSさんは2009年に浜松市内の会社で同僚として出会ったが、13年にSさんが定年退職した後、個人的な付き合いはなかった。川崎被告は会社でトラブルを起こして退職していた。2人はともにバイクが趣味だった。Sさんは一人暮らしだった。

 2016年7月5日ごろ、静岡県磐田市のアパートで、知人である北海道美唄市出身で京都市在住の工員・男性Dさん(当時32)の腹部を刃物で2回突き刺すなどして殺害し、8日までの間に遺体を切断したうえで浜名湖周辺に遺棄した。
 7月8日、Dさんの右脚、左脚、両手の付いた胴体、頭部が浜名湖で発見された。7月14日、静岡県警はSさんのキャッシュカードを使って現金20万円を引き出した窃盗容疑と、Sさんの口座から計454万円を不正に移した詐欺容疑で、川崎被告を逮捕。8月31日、同区舘山寺町の浜名湖岸でSさんの肋骨や肩甲骨など数本を近所の住民が見つけた。静岡県警は9月16日、Sさんの骨の鑑定結果などから殺人・死体遺棄事件と断定し、浜松中央署に捜査本部を設置した。9月22日、Dさんへの殺人、死体遺棄・損壊容疑で川崎被告を再逮捕。12月8日、Sさんへの強盗殺人と死体遺棄、有印私文書偽造・同行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで再逮捕。2017年3月3日付で、Sさんの年金を騙し取っていたとして、詐欺と有印私文書偽造・同行使の罪で被告を静岡地裁に追起訴した。

 この他に川崎被告は浜松市の無職男性と共謀し、2014年11月16日午前5時ごろ、浜松市の男性会社員宅の駐車場で止めてあった乗用車2台の窓ガラスなどを割った。さらに無職男性は、会社員の男性を暴行し、顔に2週間のけがを負わせた。浜松中央署は2017年9月13日、住居侵入と器物損壊の容疑で川崎被告を、住居侵入、器物損壊、傷害の容疑で無職男性を逮捕した。さらに2014年2月3日午前1時ごろから6時半ごろにかけて、同市にある会社の駐車場で、止めてあったトラック9台と乗用車6台のフロントガラスやサイドミラーなどを割ったとして、浜松中央署は2017年10月4日、2人を器物損壊の容疑で再逮捕した。
 この件について川崎被告は起訴されていないものと思われる。無職男性は起訴された。
一 審
 2018年2月23日 静岡地裁 佐藤正信裁判長 死刑判決
控訴審
 2019年3月15日 東京高裁 藤井敏明裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。公判前整理手続きは2017年6月から2018年1月5日まで8回行われた。
 2018年1月16日の初公判で、川崎竜弥被告は起訴内容の認否について問われ、「黙秘」とだけ述べた。
 冒頭陳述で検察側はまず、事件の全体像を示した。続いてSさんの事件の説明に入り、川崎被告が男性の生前から「(Sさんの)財産の情報収集をしていた」と指摘し、財産を奪う目的で計画的に犯行に及んだとの見方を示した。そして被告がSさんの生前からインターネットでマンション周辺の状況を調べたり、「不正な方法で入手」した合鍵でマンションに出入りしていたことも明かした。Sさんが2016年1月29日深夜に自宅マンションの防犯カメラに帰宅する姿が映って以降、出て行く姿が映っていないことを指摘。一方、被告が30、31の両日に「白いカバーで覆ったものを台車で搬出したり、畳を搬出したりする姿が映っていた」と述べた。被告が4月に友人に犯行をほのめかしていたことなどを挙げ、「川崎被告が犯人だ」と主張した。また、川崎被告が窃盗容疑で逮捕された7月以降に留置場の隣の房の男に犯行を告白していたとした。
 さらに検察側は(1)川崎被告とSさんは職場の同僚だったが、Sさんが定年退職した2013年以降個人的な付き合いはなかった(2)Sさんの所有物の名義が川崎被告に変更され始める2016年2月1日以前にSさんが家族や友人に自分の財産を手放す旨の発言をしたことはなかった−点などを挙げ、Sさんが自発的に川崎被告に財産を譲ったとは考えられないと主張した。
 弁護側は「川崎被告は実家に住んでいて資産には困っておらず、被告とSさんの間にトラブルが起きたことはなく、川崎被告が犯行を起こす動機はない」と訴え、無罪を主張した。
 午後の公判で検察側の証人として出廷した県警の捜査幹部は、被告の実家の倉庫にあった南京錠の掛かった工具箱にSさんの携帯電話機や自動車運転免許証をはじめ、Dさんの眼鏡や住基カードを発見し、重要証拠品として押収していたことを明らかにした。そして、犯行に使われたものとみられる台車が発見され、「(Sさんのものと)推認される血痕が付着していた」とも説明した。川崎被告は当初の窃盗容疑の調べに「(現金の引き出しは無職男性から)代理権を得ている。地方公務員に取り調べられる筋合いはない」などと述べ、以降は県警に対して一貫して黙秘を続けたという。
 17日の公判で証拠調べが行われ、検察側は、静岡県警による川崎被告の実家の捜索で、Sさんの血痕が付着した枕を押収していたことを明らかにした。Sさんの骨と枕カバーの血痕を照合したところ、DNA型が完全に一致したという。また、検察側はSさんの骨について「体全体にわたって、相当な火力で長時間焼損したと考えられる」とする解剖医の鑑定結果も示した。骨は死後3カ月以上経過しており、「別の場所で遺棄され、長時間漂流した可能性がある」としている。
 19日の第3回公判で証拠調べを継続し、検察側は須藤さんの遺体を切断後に搬出したとする見方を示した。犯行2日後の31日未明、川崎被告はマンションから血痕や赤い染みのついた畳を2枚一組にして3回にわたり計6枚を軽トラックに積み込み運び出したとしており、前日にはホームセンターで新調するための畳の見積もりを依頼していたことも明らかにした。また、川崎被告は犯行前の25日、近くのショッピングモールでSさん宅の合鍵4本を作成。その後、頻繁にSさんのマンションに出入りするようになり、地下駐車場や駐輪場付近を動画で撮影するなど、入念に下調べしていたことも明かし、綿密な犯行計画のもとに実行された殺人であることをうかがわせた。
 22日の第4回公判で証拠調べを継続し、検察側は被告実家の台車から見つかった血痕のDNA型が、Sさんのものとする鑑定結果を示した。それから、川崎被告がSさんの財産に関する情報を集めていたと明らかにした。また、川崎被告は2月下旬、Dさんと友人の男性に対して、Sさんとの養子縁組をメールで持ちかけていたことを明らかにした。このほか、川崎被告の元婚約者の供述証書も朗読。2016年4月、川崎被告から「良くないことをしてSさんの家を自分のものにした。こんな状態で結婚できない」などと伝えられたと説明した。
 23日の第5回公判で、弁護側と検察側による被告人質問が行われた。最初にたった弁護側の3問に対し、川崎被告はすべて「黙秘」とだけ答えた。続いて検察側は100以上の質問を行ったが、川崎被告はしっかりとした口調で「黙秘」とだけ答え続けた。送検後の取り調べについて検察官が「取り調べをしたのは私だったが覚えているか」と尋ねたのに対し、「よく覚えている」と答えた際と、別の質問にやはり「覚えている」と答えた時だけ、黙秘以外の言葉を発した。
 24日の第6回公判で、裁判員1人と裁判官3人が川崎被告に質問。Sさん方マンションから運び出したとされる血痕のような染みの付いた畳の処分場所や方法、Sさんの財産が移転された経緯などを尋ねたが、被告は終始「黙秘」とした。その後検察側は、「真相を知りたい」「犯人が憎い。何をしたのか聞きたい。許せません」などとする遺族や友人の供述調書を読み上げた。
 26日の第7回公判から、Dさんの事件を審理。検察側は、防犯カメラの映像などから川崎被告は7月5日午前3時28分ごろ、磐田市のアパート付近におり、同日午前9時29分過ぎには近くの郵便局で特大サイズの段ボール3箱を購入。この約6時間の間にDさんを殺害したと推定。被告の実家から押収した軽トラックの荷台にDさんの血痕が付着していたと指摘した。弁護側は「身元引受人になってほしい」と申し出るなど、2人の関係は良好だったと主張。「2人の間に暴力に発展するトラブルが生じたこともなく、Dさんを殺害しても川崎被告には何の利益もない」と改めて無罪を主張した。
 同日の証拠調べで検察側は、アパートからDさんの血痕と骨片を発見したことを明かした。居間などに血液が飛散し、致死量に達していたと推定されるとした。一部には川崎被告の血液が混ざり、アパート居間からは頸椎の一部とみられる骨1片と歯の一部とみられる骨片2片が発見されたとしている。また、解剖の結果、Dさんの首や両足の皮膚などは刃物で切断され、骨は木工用のこぎりで切断されたと指摘。致命傷となった右わき腹の傷を含め9つの刺し傷があり、右後方から刺されたと明らかにした。
 29日の第8回公判で証拠調べが行われ、川崎被告が覚醒剤所持事件で京都刑務所に服役中だったDさんと交わした手紙や、Dさん出所後の2人の無料通信アプリLINEでのやり取りなどを証拠として提示。川崎被告はDさんの服役中にDさんの荷物を預かっていたが、Dさんの出所後、ラインで「7月3日に静岡にいなければ(荷物が入った)段ボールは処分する」などと圧力をかけていたと説明した。また、7月4日深夜から5日未明までのインターネットゲーム内のチャットには「上はカメラないかも」「狙うなら女子寮優先。会社には痛い」などと川崎被告が以前勤務していた会社への破壊工作をDさんにやらせようとしていたとも受け取れるやり取りも残されていた。検察側は、川崎被告がSさん失踪後の同年2月20日にDさんに送った手紙で、「浜松市にSさんという60代の子供がいない人がいるので、D君が養子縁組をしてくれれば助かる」などとSさんとの養子縁組を持ちかけていたことも明らかにした。
 29日の第9回公判で、警察署の留置場内で川崎被告の隣室にいたという男性の証人尋問が行われ、男性によると、川崎被告は「1人目(Sさん)はパーフェクトに殺したが、2人目(Dさん)は急ぎの仕事だったので、遺体を発見されてしまった」などと説明。殺害理由についてSさんは「マンションを取るため」、Dさんは「(「先生」と慕う男性の自宅に)泥棒に入ったので許せなかったから」と話していたことも明らかにした。検察側は証人尋問後、川崎被告が「先生」と慕う男性宅で窃盗があった事実は確認できなかったと指摘した。一方、弁護側は留置場内で男性が警察職員とトラブルになり、川崎被告が警察職員の味方をしたため2人の仲が悪化していたはずだと指摘。川崎被告も「『腕をへし折ってやる』と脅したのを覚えているか」「これで関係が悪化したと考えて良いか」と男性を問い詰めたが、男性は「それは仲直りしているでしょ」と反論した。この日はDさんの母親の証人尋問も行われ、黙秘を続ける被告に「なぜ殺害したにもかかわらず黙秘を続けるのか。卑怯だと思う」と述べ、「日本で最も重い死刑を」と極刑を求めた。
 2月2日の第10回公判で、3回目となる被告人質問が行われたが、川崎被告はこれまで通り「黙秘」を繰り返した。検察側は意見陳述としてSさんとDさんの遺族の手紙を朗読。Sさんの母親は手紙の中で「(Sさんは)大人になっても親や兄弟のことを大切に思ってくれていた。優しい子だからつけ込まれたとしか思えない。(川崎被告は)極刑以外にあり得ない」と訴えた。
 2月6日の論告で検察側は、これまでの公判で取り調べた証拠から、Sさんが殺害された事件について、被告が男性を死に至らしめた犯人▽被告に男性殺害の故意があった▽財産を奪う目的だった―などの点が認められるとした。Dさん殺害事件についても「被告が犯人でないなら、合理的な説明ができない」と強調。動機は「Sさん殺害の口封じ目的と考えるのが自然」と指摘した。そして「犯行の悪質性は極めて高く、極刑は免れない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「いずれの公訴事実についても無罪を主張する」との姿勢を改めて示した。
 川崎被告は最終陳述でも「(述べておくことは)ありません」とした。
 判決で佐藤裁判長は、主文の読み上げを後回しにせず、冒頭で死刑を宣告した。防犯カメラの映像など間接的な証拠を積み重ねていった検察側の主張を全面的に認め、「第三者による犯行の可能性はほとんど考えられない」と指摘。
 Sさん事件では、2016年1月30日に使用した台車に、SさんのDNA型と矛盾しない血痕が付着していたことや、31日にマンションから血痕のようなものが付着した畳を搬出していたことなどから、佐藤裁判長は殺害手段は「不明」としながらも、「川崎被告がマンションから運び出した段ボールの中にSさんの遺体が入っていた可能性が高い」とした。また、Sさんの財産移転に関して、判決では「Sさんが川崎被告に財産のほとんどを譲渡する理由がない」として検察側の主張を認定した。さらに、免許証や携帯電話など被害者の貴重品を持っていたことも「任意に預かったとは考えがたい」とし、被告から犯行を告白されたとする知人らの証言も「客観的な証拠と合致し、信用できる」と認定した。動機については「財産を奪う目的だったことは明白。周到に準備された計画的な犯行で、狡猾で物欲が際立っている」と非難した。
 Dさん事件では、Dさんが磐田市内のアパートで寝泊まりを始めて、遺体が発見されるまでの期間が短いことを挙げ、川崎被告以外にアパートに容易に入ることのできた第三者は存在しない可能性が高いとした。また、第三者の関与があれば、Dさんの遺体を切断するなどの行為は合理的ではないとして、「川崎被告が犯人でないとしたら合理的な説明がつかない」と結論付けた。ただ、Dさん殺害の動機に関しては、Sさんの殺害を察知した可能性は高いとはいえないとして検察側の主張を退け「明らかでない」とした。しかし、「強固な殺意に基づく情け容赦のない犯行」と指弾した。
 留置場の隣房にいた男性への犯行告白の信憑性については、「Sさんの遺体が発見される前のことであり、アパートで発見された中性洗剤など客観的証拠とも合致している」として、弁護側が主張した虚偽とする供述を退けた。
 そして、「半年以内に2人の命を奪った刑事責任は極めて重大。被害者両名の無念さは察するにあまりある」と批判した。また、黙秘を続ける被告に対し、「遺族が黙秘を続ける被告に峻烈な処罰感情を示すのも理解できる」と被害者遺族の感情を考慮。被告から謝罪や反省の言葉が一切なかったとし、「生命軽視の態度が著しく、一連の犯行は冷徹で残忍。死刑の選択はやむを得ない」と結論付けた。

 2018年12月19日の控訴審初公判で、一審判決に事実誤認があるとして再び無罪を主張した弁護側の控訴趣意書について藤井裁判長は、「一審の有罪判決に事実誤認があるとの内容の控訴趣意書で間違いないか」と確認。さらに弁護側が補充書を提出していて、一審の裁判員裁判の被告人質問で一貫し「黙秘」と発言した被告に検察側が記憶喚起のため証拠を提示することを許可した点について「裁判官の訴訟手続きに法令適用の違反がある」と指摘したことも確認した。新証拠の提出はなく即日結審した。
 判決で藤井裁判長は「一審判決に事実誤認がある」と弁護側が主張した点を挙げた上で「論旨は理由がない」といずれも退けた。Sさんの事件では、弁護側が反論した▽男性宅マンションから被告が運んだ箱に遺体が収納されていた▽防犯カメラに映った畳の染みが血痕―とする推認を「不合理な点はない」と述べた。Dさんの事件でも動機の不明確さを指摘した弁護側に対し「殺害犯と被告の同一性が認定できないことにはならない」と被告の犯人性を認めた。警察署の留置場で被告から2人の殺害を告白されたと語る男性の証言は「被告から聞かなければ知り得ない情報を含み、客観的事実とも整合している」と信用性を認めた。一審の被告人質問で黙秘する被告に検察官が証拠を示すことを許した地裁の訴訟手続きについて「記憶喚起の必要があったとは言えない」と弁護側主張を一部認めたものの、黙秘権侵害は否定した。
備 考
 
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氏 名
筧千佐子
事件当時年齢
 67歳(2014年11月逮捕時)
犯行日時
 2007年12月〜2013年12月
罪 状
 殺人、強盗殺人未遂
事件名
 青酸連続殺人事件
事件概要
 京都府向日市の無職、筧(かけひ)千佐子(ちさこ)被告は以下の事件を起こした。
  1. 筧千佐子被告は2005年夏、結婚相談所で神戸市北区の男性と知り合った。筧被告は男性から投資名目で多額の金銭を2007年ごろより受け取っていたが、返済約束日だった2007年12月18日午後2時ごろ、神戸市内で男性に青酸を飲ませた。男性は路上で倒れて救急搬送され、高次機能障害や視力障害が残り、1年半後の2009年5月5日、胃の悪性リンパ腫で79歳で死亡した。筧被告は約4000万円の返済を当面の間、免れた。借金は2008年中に返済されている。
  2. 筧千佐子被告は2010年秋、大阪府貝塚市に住む男性と結婚相談所で知り合い、後に内縁関係になった。事件の3か月前、「死亡の際には(千佐子被告に)全財産を遺贈する」という公正証書を作成させた。2012年3月9日午後5時ごろ、筧被告は貝塚市の喫茶店で男性(当時71)に青酸を飲ませ、男性はその直後大阪府泉佐野市の路上でバイク運転中に青酸中毒で倒れて死亡した。千佐子被告は1700万円以上の遺産を取得。男性は事件当時病死とされたが、事件発覚後に残っていた血液から青酸成分が検出された。
  3. 筧千佐子被告は2012年秋、兵庫県伊丹市に住む男性と結婚相談所で知り合い、後に内縁関係になった。事件の3週間前、「死亡の際には被告人に全財産を遺贈」との公正証書を作成。2013年9月20日午後7時ごろ、千佐子被告は伊丹市のレストランで男性(当時75)に青酸を飲ませて殺害した。千佐子被告は1500万円以上の遺産を取得した。県警は検視したが、男性が以前にがんを患っていたこともあり、死因をがんと判断、事件性はないと結論付けた。司法解剖で毒物の有無も調べなかった。しかしがんはほぼ完治していたことから、遺族は県警伊丹署などに「急に倒れて亡くなるのはおかしい。交際して間もない千佐子被告に遺産が渡っている」と不審点をあげ、捜査するよう繰り返し求めたという。しかし、県警は病死という判断を変えなかった。
  4. 筧千佐子被告は2013年6月ごろ、京都府向日市に住む男性と結婚相談所で知り合って交際を開始させ、11月1日に結婚。2013年12月28日、京都府向日市の自宅で夫を殺害した。千佐子被告は遺産270万円を取得。遺体の血液等から青酸成分が検出された。男性は数千万円相当の財産があり、千佐子被告は、男性の死後、預金を引き出そうとしたが、京都市内の信用金庫は、男性の死について捜査が進められていることを理由に支払いを拒否。千佐子被告は2014年6月、同信金に相続分425万円の支払いを求める訴えを京都地裁に起こしたが、逮捕後の12月5日に取り下げている。また男性の生命保険(500万円)についても受け取り手続きを進めようとしたが、止められた。
 その他、下記の件でも追送検されたが、捜査本部は供述以外に男性の死因などを裏付ける客観的証拠が乏しいと判断し、逮捕を見送った。
  • 2005年3月、兵庫県南あわじ市内の牛舎で、内縁関係にあった牧場経営の男性(当時68)にカプセル入りの青酸を飲ませて殺害した。当時の警察の検死で病死とされ、司法解剖は行われなかった。千佐子被告は牧場で経理を担当し、男性の死亡前から売上金の一部を自分名義の口座に移し、遺産の一部も受け取っていた。
  • 2008年3月下旬、結婚相談所を通じて知り合って交際していた、奈良市の元紳士服店経営の男性(当時75)の自宅で、男性にカプセルに入って青酸を飲ませて殺害した。当時の警察の検死で病死とされ、司法解剖は行われなかった。
  • 2008年5月下旬、結婚相談所を通じて知り合って結婚した、大阪府松原市の農業の男性(当時75)の自宅で、男性にカプセルに入って青酸を飲ませて殺害した。当時の警察の検死で病死とされ、司法解剖は行われなかった。千佐子被告は上記の件と併せ、2人が生前に作った公正証書遺言などに基づき、3億円を超える遺産を受け取っていた。
  • 2013年5月、架空の投資話を持ちかけて借りた約300万円の返済を免れるため、内縁関係にあった堺市の元造園工事会社経営の男性(当時68)にカプセル入りの青酸を飲ませて殺害した。当時の警察の検死で病死とされ、司法解剖は行われなかった。
 千佐子被告はこれまで得た資金で不動産を取得したほか、ハイリスクな金融商品への投資にも充てていた。しかし、金融商品への投資は、多くが失敗。千佐子被告は1000万円以上の借金を抱えていた、とされる。
 4の事件で現場を調べた京都府警の捜査員は、千佐子被告が男性と結婚して間もなかったことに加え、部屋から過去に結婚した男性の印鑑がいくつも出てきたことに疑問を抱いた。府警検視官は毒物混入を疑い、科学捜査研究所で血液検査するよう指示。検査の結果、青酸化合物の陽性反応が出た。京都での捜査進展を受け、大阪府警も捜査を開始。2014年5月ごろ、2の事件で男性を司法解剖をした大学が保存していた血液から青酸が検出された。夏ごろには、向日市の自宅のプランターにあったビニル袋から、青酸が検出された。
 京都府警は2014年11月19日、4の事件における殺人容疑で筧千佐子被告を逮捕。大阪府警は2015年1月28日、2の事件における殺人容疑で筧被告を再逮捕。2月23日、京都地裁で第1回公判前整理手続きが開始された。
 3月23日、京都、大阪、兵庫の3府県警が合同捜査本部を設置。奈良県警が4月17日に加わった。
 合同捜査本部は6月11日、1の事件における強盗殺人未遂容疑で筧被告を再逮捕。9月9日、3の事件における殺人容疑で再逮捕した。
 2015年10月27日、合同捜査本部は奈良市と大阪府松原市の男性に対する殺人容疑で筧被告を追送検。11月6日、兵庫県あわじ市と堺市の男性に対する殺人・強盗殺人容疑で筧被告を追送検。11月20日、大阪地検は追送検された4事件について嫌疑不十分で不起訴処分とした。
 2017年6月23日、公判前整理手続きが終結した。

 筧千佐子被告は佐賀県で生まれ、福岡県北九州市で育った。福岡の名門県立高校を卒業し、大手銀行に就職した。1969年に結婚した最初の夫と大阪府貝塚市で暮らし、プリント工場を営んだ。しかし経営が傾き、1994年に夫が急死。千佐子被告は親戚や知人から借金を重ねたが、最終的に数千万円の負債を抱え、2003年に自宅や工場を差し押さえられた。以後、結婚相談所通いが始った。
一 審
 2017年11月7日 京都地裁 中川綾子裁判長 死刑判決
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
控訴審
 2019年5月24日 大阪高裁 樋口裕晃裁判長 被告側控訴棄却 死刑判決支持
裁判焦点
 裁判員裁判。京都地裁が2016年4月22日〜9月30日に実施した精神鑑定で、筧千佐子被告は軽度の認知症と指摘されたが、責任能力、訴訟能力に問題はないとされた。
 2017年6月26日の初公判で、筧千佐子被告は4事件いずれについても「全て弁護人に任せてあります」と話した。
 検察側は以下の要旨を述べた。四つの事件には共通点がある。被害者は全て高齢の男性で被告と親しかった。被告の夫や知人の男性が事件発生時に被告と一緒にいた点や、被告が男性らの死亡直後に遺産や利益を得ていた点も共通している。被害者は全員死亡し、2、4の被害者の遺体と、被告の自宅からは青酸化合物が検出された。1、3の被害者の死亡診断も青酸中毒と矛盾しない。犯行当時、被告には多額の借金があった。事件前、2人の被害者には公正証書遺言をつくらせており、被告による遺産を狙った犯行であることは明らかだ。
 弁護側は以下の要旨を述べた。被告は犯人ではない。4人の被害者が、本当に青酸を飲まされて亡くなったり体調が悪くなったりしたのか、事件性について大きな疑問がある。被告が4人について死んでほしいとか、死んでもかまわないと考えたことは一切なく、殺意もない。被告は認知症を発症している。直前のことも事件のことも記憶はなく、事件当時も物事の善悪を判断し、判断に従って自分をコントロールできない状態であり、責任能力は無い。法廷でも自分の権利を守るために何をしていいのかわからず、裁判を受けることができない状態だ。また本件はマスコミで大きく取り上げられており、捜査した検察官や医師らが余談や偏見を持っていた危険性がある。裁判員は厳しい目でチェックしてほしい。検察側は死刑を求刑する可能性があるので触れておくが、死刑は憲法違反の処罰である。

 26日午後から、4の事件における審理が始まり、検察側は、「目撃者はなく、被告の(捜査段階の)供述を除けば、直接証拠はない」と断り、証人尋問など審理を通じ、4点を軸に有罪立証を進めると説明。千佐子被告が結婚相談所を通じて男性と見合いをし、結婚した経緯を説明。その上で「すぐに別の男性と交際を始め、夫にカプセル入りの青酸化合物を飲ませた。2人でいた際に死亡しており、千佐子被告のみにカプセルを飲ませることが可能」と主張した。さらに千佐子被告が捜査段階の取り調べで「夫を遺産目当てで青酸を飲ませて殺害した」と自白したと指摘。自宅のプランター内の袋から微量の青酸が検出され、堺市内の別宅ではカプセルが見つかったと明らかにした。一方、弁護側は「夫は自殺や病死だった可能性があり、殺人事件とは断定できない」と反論。千佐子被告は青酸を飲ませておらず、証拠もないとして争う姿勢を示した。
 30日の第4回公判で検察側は、男性と筧被告とのメール22通を証拠として提出。このうち、死亡する前の2013年12月に夫から送信されたメールに「ともに健康でこれからも楽しい人生を過ごしていきたい。明るい老後に向けて頑張ろう」と書かれていたことを明らかにし、弁護側が主張する自殺の可能性を否定した。
 7月10日の第8課後半における被告人質問で、まず、被告は弁護人から、この後の検察側などからの質問に答えるかどうか尋ねられ、「黙秘します」と答えた。しかし、検察側から「夫に毒を飲ませて殺害したことを認めるか」「重い刑になることが分かっていて認めるのか」と尋ねられ、いずれもはっきりと「はい」と答えた。殺害の動機は「申し訳なさが50%、不信感と腹立たしい気持ちが50%。(夫が)私より前に交際していた女性に比べ、(金銭面で)差別されているという思いがあった。腹立たしかった」などと説明した。一方、青酸化合物の入手先については「(1番目の夫が経営していた印刷会社の)出入り業者にもらった。商売をやめたときに捨てたらよかった」と証言。「たぶんカプセルに入れた。(健康食品だと)疑うことなく飲んだ」と答えた。一方、千佐子被告が事件後に処分した自宅のプランターからは微量の青酸成分が付着した袋が見つかっているが、土に埋めたことを否定。「汚い生ゴミが入ったビニール袋に入れて、ゴミ収集車の人に直接手渡した」などと説明した。ただ、「だいぶ認知症が進んでいるみたい」と述べ、具体的な質問には「詳しいことは覚えていない」と繰り返したりもした。一方、「生きていくのがしんどい。明日、死刑といわれたら喜んで死んでいく」と話す場面もあった。
 12日の第9回公判で、筧被告は夫の殺害について「私があやめました」と改めて認めた。裁判官質問で殺害の動機は「殺したいほど、憎しみがあった」と述べた。筧被告は「老化は進んでいるが、逮捕前後に受診した病院でも『年相応で薬を出すまでではない』と太鼓判を押された。今も変わらないと思う」と述べた。弁護側が、前回公判で殺害を認めた理由を問うと、被告は「弁護士に黙秘するよう言われたが、検察官には答えなあかんと思いました」と述べた。
 13日の第10回公判で、起訴後に被告を精神鑑定した医師が証言し、「事件当時、被告に精神疾患はなかった」と証言。認知症を発症したのは最初に逮捕された後の2015年頃とした上で、「軽度の認知症で記憶障害があるが、裁判で(自分を)防御する能力はある」と述べ、現在の訴訟能力については、治療薬を飲んでいることなどから問題はないとした。一方で、被告の性格を「明るく、すぐに人間関係を構築するが、ウソを繰り返す傾向がある」と分析。供述の一部について「意図的にウソをついている可能性が否定できない」とも述べた。
 18日の第12回公判で検察側は中間論告を行い、夫に自殺をする様子がなかった▽死後間もなく被告が遺産取得を図った▽被告が犯行を自白している−ことなどから、「遺産目当てで青酸化合物を飲ませて毒殺したという殺人の事実を認定できる」と述べた。そして「被告は犯行当時、善悪を判断したり、行動をコントロールしたりでき、計画性の高い犯行を成功させる能力があった」と述べ、被告に責任能力があるとした。また「認知症は現在も軽度で、裁判で自己を防御する能力は欠けていない」と述べ、訴訟の浮くもあるとした。弁護側は弁論で、夫の死因や体内から青酸成分を検出した検査方法、被告周辺から発見された青酸成分の入ったポリ袋の保管状況に疑問を投げかけた。その上で、被告の供述について、「あいまいで一貫しておらず、証拠とも合致していない」と主張した。さらに「筧被告は認知症が進行しており、供述にも変遷がある。証拠とも整合性がとれない。審理は打ち切られるべきだ」などと主張した。

 7月31日の第13回公判から2の事件の審理が始まった。検察側は冒頭陳述で、筧被告について「男性と結婚予定の内妻で、怪しまれることなく毒を飲ませることができた」と指摘。男性が遺産を全て被告に移譲する内容の公正証書を作成後も、被告が複数の男性と交際していたとし、「遺産目当てで毒殺した」「男性の死後、遺産の大半を取得した」と主張した。弁護側も冒頭陳述を行い、「殺意はなく、犯行時は認知症で責任能力がなかった」などと主張。「病気などで死亡した可能性がある。男性の死亡直前に(筧被告が)一緒にいたという明らかな証拠がない」と犯人性も否定した。
 8月7日の第17回公判で、筧被告はまず弁護人からの被告人質問で、弁護士以外の質問は「答えません」とした。だが、続く検察側の「男性を殺害した事実は間違いないか」という質問には、一転して「間違いない」と述べた。男性の殺害方法は、夫を殺害したとされる事件と同じものを飲ませたとしたが、摂取させた方法は「食べ物に混ぜた」「カプセルだと思う」などと二転三転し、「複数あやめているので、そのときの状況によって考えた」と話した。殺害の動機は「自分より先に付き合っていた女性と比べてお金の差別があった」と述べたが、夫殺害事件の動機とほぼ同一の内容だった。裁判官から質問があり、殺害場所を尋ねられると、筧被告は改めて「喫茶店で私があやめた」と殺害を認めた。さらに「(毒入りのカプセルを)健康食品と言った」とし、男性がカプセルを口の中に入れる瞬間を「確認している」とも述べた。だが、再度弁護側の質問になると、事件当時は「(男性に)会ったかどうか、はっきり覚えてない」と一転。「男性を殺したと思っていません。男性を殺したイメージがわいてこない」と午前の供述を翻し、「男性はお金も持っていないし、私が殺してもメリットがない」と動機のないことも述べた。
 9日の第19回公判で検察側は中間論告を行い、病死と当初判断された男性の血液などを調べ直し、青酸を検出したと説明。死亡直前に千佐子被告が男性と喫茶店で会ったことも供述調書などで立証されているとし、「怪しまれず青酸を飲ませられたのは、親しい立場にあった千佐子被告だけ」などと強調した。そして「男性に自殺の兆候はなく、千佐子被告が遺産目当てに毒殺した」と主張、「犯行当時、被告には認知症などの精神障害はなく、計画性の高い犯行を成功させるだけの能力があった」と述べ、筧被告に責任能力があるとした。弁護側は弁論で、千佐子被告が殺害を認めたとされる捜査段階の供述などについて「(認知症の影響で)誘導されれば簡単に発言が二転三転し、事実認定するのは危うい」と指摘。喫茶店で2人が会っていたという検察側の主張も「単なる推測」と反論した。そして「殺害した証拠がない」などとして無罪を訴えた。

 25日の第20回公判から1の事件の審理が始まった。検察側は冒頭陳述で、事件発覚後に救急搬送先の検査データなどを精査した結果、「青酸中毒と矛盾しない症状だった」と指摘。事件の2年前から投資名目で被告は男性と多額の金銭をやりとりし、「当日は返済約束日で会っていたが、返済資金はなかった」と述べた。そして「金銭の返済を免れる目的で男性を毒殺しようとした」と述べた。弁護側は司法解剖や毒物検査が実施されていないことから、「男性の身体から青酸成分が検出された証拠はない。青酸中毒とするには疑問が残り、証拠は不十分だ」と批判し、「病気や青酸化合物以外の薬毒物で障害が発生した可能性がある」などと無罪を主張し、殺意や動機も否定した。認知症を理由として訴訟能力も争う姿勢を示した。
 午後、男性が搬送された病院の医師が証言台に立った。医師は当時、男性が患っていた肺結核の治療薬による薬物中毒と判断した。だが約7年後に捜査機関から青酸中毒の可能性を問われ、精査し直したところ、「症状を全て説明できるのは青酸中毒」と述べた。
 29日の第22回公判で、男性の長女と二男が証人として出廷し、倒れる直前まで男性が元気だったことなどを証言した。長女は、男性の知人女性から、筧被告から金銭の返済を受ける日に倒れたことを聞いたといい、「にわかに信じられなくて、(筧被告の)連絡先がわかるものがないか探してみた」結果、筧被告の名前が書かれた金銭貸借終了書の下書きや領収書などを見つけたという。2008年2月以降、男性から借金をしており返済する意思もある、などと書かれた筧被告の手紙が3通届き、長女は「6月に直接会って小切手と現金を手渡してもらった」と述べた。
 9月4日の第24回公判における弁護側からの被告人質問で、筧被告は男性への借金を認め、借りた金は「投資にまわして、だめになった」と説明。男性に青酸を飲ませた理由は「私以外に交際した女性に何千万円もの金を渡していたから」とした。すでに審理された2事件とよく似た動機だったため、裁判長から「夫の事件と混同していないか」と問われる場面もあった。一方、検察側に動機を尋ねられると「返すべきお金を渡せなかったから」と回答。青酸の飲ませ方は「たぶん健康食品といって渡した」とし、他の事件と同様に、筧被告自身でカプセルに入れたことを認めた。
 9日の第26回公判で検察側は中間論告を行い、公判で4人の医師が「青酸中毒の特徴的な所見が認められ、青酸中毒とみて矛盾しない」と証言したことや、千佐子被告が捜査段階の供述、公判での発言で事件への関与を認めていたことを指摘。「被告は金銭の返済を免れるために男性に青酸を飲ませ、毒殺しようとした」と述べた。弁護側は弁論で、毒物検査が実施されず男性の体内から青酸が検出されていないことから、原因について「病気や他の薬毒物中毒の可能性を排除できない」と批判。動機についても、「投資として預かったお金で返済義務はない。さらに後日、金銭を支払っており、返済を免れようとした意思はない」と検察側の主張を否定した。自白についても「認知症の影響で記憶のすり替えや思い込みがあり、法廷での供述は信用できない。被告に訴訟能力はない」と無罪を主張した。

 19日の第27回公判から3の事件の審理が始まった。検察側は冒頭陳述で「男性は被告と一緒にいた際に青酸中毒になった」「男性が救急搬送された時の所見に、青酸中毒の特徴的所見が認められる」と指摘。さらに「男性は、財産を筧被告に渡すとの内容の遺言公正証書を作成したばかりで死亡した」と述べた。弁護側も冒頭陳述を行い、「男性の体内から青酸が検出されておらず、青酸化合物による殺人事件とするには証拠が不十分」と反論した上で、筧被告は事件当時から認知症で刑事責任能力がないと訴えた。
 20日の第28回公判で、男性の救命措置を行った女性医師が出廷。検視では死因を特定できる所見がなかったため、「被告の話や(男性の治療時の)カルテから、明確に断定をしたわけでないが死因を肺がんとした」と述べた。
 21日の第29回公判で、男性の主治医が証言。男性は肺がん治療をしていたが、事件3日前の診察でも異変はなかったため「急死したと聞いて疑問はあった」と話した。
 22日の第30回公判で、毒物の専門家が、男性が重度の意識障害に陥り急死したことを「シアン(青酸)中毒だと説明できる」と証言した。
 25日の第31回公判で、男性と筧被告のメールが証拠として提出され、筧被告が「鍵を持っていないと家に入れない。安心して鍵を渡してください」などと送信していたことが明らかになった。
 26日の第32回公判における被告人質問で、弁護側は「今日は誰が被害者とされている裁判ですか」と質問。筧被告は「わかりません。言われたらわかります」と答えた。その後、男性と交際していたか尋ねられると、「もちろん」と返答。男性を「仏さんみたいな人でいい人だと思ったが、お金もないし、かい性もなかった」とした。検察側は殺害方法についてただし、千佐子被告は「毒しか考えられない。健康食品のカプセルに入れた」と説明。遺族への気持ちを問われると「一日も早く死刑にしてください」などと述べた。一方、質問の途中で「男性はお金がなくて殺してもメリットがない。うらみもなかった」「病気で死んだと思う」と話し、前言を翻す場面もあった。
 10月2日の第34回公判で検察側は中間論告を行い、所見などを矛盾なく説明できる死因は青酸中毒以外に見当たらない▽男性が作成した遺言公正証書により被告は遺産の大半を取得した−などと主張。救急搬送時に被告が救命や死因解明を妨害したことから「(死因を)病死と誤診させることにより、スムーズに遺産を手に入れようとした」とした。弁護側も中間弁論を行い、「青酸検出の証拠はない」と否定。「認知症の影響で、法廷供述は検察官らの質問の情報を基に無意識に作話した。訴訟能力はない」と無罪を主張した。

 10月5日の公判で4事件の被害者の遺族の意見陳述があった。それぞれ極刑を求めた。
 10日の公判における検察側はの最終論告で、千佐子被告が独身の高齢男性4人に健康食品と偽って青酸入りカプセルを飲ませたと主張。2、4の事件の被害者の遺体から青酸が検出されたことを強調し、司法解剖されていない他の2人についても「医師の証言などから青酸中毒とみて矛盾がない」とした。また、千佐子被告の自宅のビニール袋から微量の青酸を検出したことを指摘し、「被告は青酸との接点があった」と強調。4人とも千佐子被告と一緒にいた直後に倒れたとして、検察側は「千佐子被告にだけ実行可能」と主張。男性らは死亡前に千佐子被告に財産を譲る公正証書を作るなどしており、事件の動機は遺産取得や借金返済と訴えている。そして、「手口は巧妙で卑劣。6年間で4回にわたって、金銭目的で冷静かつ計画的に犯行を繰り返し、極めて悪質。何の落ち度もない被害者の命が奪われ、結果は重大」と述べた。被告の認知症については、「犯行当時は発症しておらず、現在は軽症。責任能力や訴訟能力があるのは明らか」と述べた。
 11日の公判における弁護側の最終弁論で、弁護側は、死亡した男性4人のうち2人については警察が司法解剖をせず、遺体から青酸が検出されていないことを指摘。「専門医の証言などから青酸中毒とみて矛盾がない」と主張する検察側に反論し、「他の原因でも説明できる。病死や事故、自殺などの可能性は否定できない」と訴えた。遺体から青酸が検出された2人についても「検査方法に疑問がある」と述べた。青酸化合物をプランターの土中に埋めて業者に廃棄したとする検察側の主張に対しても、被告が説明する入手先や保管、廃棄方法は曖昧だとして、第三者による混入の可能性を指摘した。また、弁護側は千佐子被告が患っている認知症の影響にも言及。千佐子被告は捜査段階の取り調べで4事件全てへの関与を認めたとされるが、「記憶に基づかず思いつきで話した。捜査官の誘導により虚偽の自白をした」と主張。公判の被告人質問では「私があやめた」と話した直後に「殺して何の得があるのか」と語るなど発言が二転三転しており、「曖昧な点や客観的な証拠との矛盾が多い。作り話で信用できない」とした。そして死刑が憲法違反であると指摘したうえで、「千佐子被告が犯人とは言えない」と、無罪を主張した。
 筧被告は最終意見陳述で、弁護人から渡された書面を読み上げ、「全て弁護士に任せてあり、私から言うことはありません」と述べた。
 判決で中川裁判長は、4の事件で自宅プランター内の袋から微量の青酸が検出されており、判決は「被告は青酸を所持し、事件発生前後の時間帯に被害者と一緒にいた。遺産も取得しようとしており、犯人は被告しか考えられない」と述べ、青酸をカプセルに入れるなどして飲ませ、殺害したと認定した。さらに2の事件についても殺人罪の成立を認定。「死亡直後から遺産取得を始め、約1600万円を得た。生活費目的という主張は不自然」とした。3、1の両事件についても、「搬送時の所見などから青酸中毒以外の可能性は極めて低い」と指摘した。そして千佐子被告が患う認知症の評価も争点になった。変遷が指摘された千佐子被告の法廷での供述について判決は「青酸を飲ませて殺害したという核心部分では一貫している」と判断。「事件では計画的に行動しており、当時は認知症ではなく完全責任能力があった。現在も軽症で訴訟能力はある」と弁護側の主張を退けた。量刑については「被害者らが信頼していたことを利用し、青酸化合物をカプセルに入れて健康食品などと偽って服用させた。金銭欲のために人命を軽視した非常に悪質な犯行で、結果は重大。極刑を選択せざるを得ない」とした。

 弁護側は「判決は結論ありきで納得できない」として、即日控訴した。
 2019年3月1日の控訴審初公判で、検察側は「一審段階で訴訟能力があったことは明らか。精神鑑定の結果などから完全責任能力もあった」などと控訴棄却を求めた。弁護側は改めて起訴内容を否認し、全事件の無罪を主張。その上で、筧被告について「一審の被告人質問で直前の質問も覚えていなかった」「弁護方針を理解できない」と訴訟能力がないことを強調。筧被告の認知症が進んで訴訟能力がないとして、公判を停止するか新たな精神鑑定を実施するよう求めたが、樋口裕晃裁判長は却下し、即日結審した。
 5月24日の判決言い渡し前、弁護側は再度の精神鑑定の請求と被告人質問の実施を申し入れたが、樋口裁判長は「必要性がない」として却下した。
 樋口裁判長は判決理由で、4件の事件について被害男性らの当時の生活状況などから、病死や自殺などの可能性を否定した一審の事実認定はいずれも「正当」と指摘。一審後の認知症の影響については「訴訟能力に影響を与えたとしても限定的。精神状態に大きな変化があったという状況は見当たらない」として、訴訟能力に問題はないと退けた。

 弁護側は高裁判決を不服とし、即日上告した。
備 考
 裁判員裁判は6月26日の初公判から11月7日の判決まで、計38回の公判となった。判決までの実審理期間は135日で、裁判員裁判では全国で九頭竜湖事件に続き過去2番目(判決当時)という異例の長期審理となった。出廷した証人は延べ52人に上った。
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