高裁係属中の死刑事件


氏 名
平野達彦
事件当時年齢
 40歳
犯行日時
 2015年3月9日
罪 状
 殺人、銃刀法違反
事件名
 洲本5人刺殺事件
事件概要
 兵庫県洲本市の無職、平野達彦被告は2015年3月9日午前4時ごろ、自宅近くに住む無職の男性(当時82)宅で、男性と妻(当時79)の胸などをサバイバルナイフで複数回刺して殺害。7時ごろ、近くに住む嘱託職員の男性(当時62)方で、男性と団体職員の妻(当時59)、母親(当時84)をサバイバルナイフで刺して殺害した。
 同居していた長女(当時32)が110番通報。洲本署員が倒れている男女3人を発見、まもなく死亡が確認された。7時45分ごろ、同署員が近くにいた平野被告の服に血がついていたため職務質問したところ、関与を認めたため、この3人に対する殺人未遂容疑で現行犯逮捕した(後に容疑は殺人に切り替えられた)。その後、先に殺害された2名の遺体が発見された。

 平野被告は父親と祖母との3人暮らし。母親は淡路島内で別居していた。神戸市の私立高校を2年で中退し、実家に戻るなどしていた。
 2005年9月、平野被告は淡路島内で物品を壊したとして警察官に保護され、島内の病院に措置入院した。退院後の2009年7月、最初に殺害された男性の孫の男性と平野被告のオートバイの騒音を巡って口論となった。2010年7月、平野被告の母親が「インターネットへの書き込みを巡って近隣トラブルを起こした」と、洲本健康福祉事務所と洲本署に相談。12月、最初に殺害された男性の親族をネット上で中傷したとして名誉毀損容疑で逮捕されるも、精神障害のため、明石市内の病院に措置入院した。妄想性障害と診断され、2013年秋の退院後は明石市内に住んでいたが、医療機関での受診は2014年7月で最後となった。しかし両親は10月、「ネットでの中傷をしている」と相談。母親は洲本健康福祉事務所にも「息子が金の無心に来るかもしれない。以前にテーブルを蹴るなどしたことがあり、怖い」と話した。相談は両事務所に少なくとも7回あり、洲本健康福祉事務所は明石健康福祉事務所への相談内容と合わせ、同署に「母親が不安がっている」と伝えたという。
 洲本事務所は、平野被告の家族らから2005年以降に計5回、近隣トラブルなどの相談を受け、家族を介して支援していた。2014年10月の相談後も明石、洲本両事務所は内容を共有し、県警洲本署に協力を依頼。受け入れ先の病院を調整していた。しかし20日、明石事務所が問い合わせると、母親は「姿を見せなかった」と答えた。明石事務所は平野被告に面談し、健康状態に問題はないと判断。母親からの相談は途絶え、洲本事務所も追跡の電話や訪問はしなかったという。
 平野被告は2015年1月、洲本市の実家に戻った。平野被告は自宅に閉じこもり、会員制交流サイトのフェイスブックやツイッターなどに本名で登録し、被害者や近隣住民を批判する書き込みを繰り返していた。また、米軍や政府への批判も書き連ねた。
 2月14日、最初に殺害された男性の孫の男性が自宅近くで平野被告と口論になり、写真を撮られた。男性の娘が15日、自宅を訪れた県警洲本署員に不安を訴え、その後も連日、二つの別の駐在所を訪問。「写真を勝手にインターネットに掲載されたら犯罪になるのか」と相談し、地元でのパトロールの状況を確認した。20日、駐在所ではなく、洲本署を直接訪れた。「何とかできないか。犯罪にあたるなら捕まえてほしい」と訴えるも、対応した刑事課員は「写真を撮られただけでは事件化は難しい」と回答した。刑事課員がこの際、「何かあったら110番してください」と告げたところ、21日、男性が「(平野被告が)自宅付近を徘徊している」と110番通報。署員が駆けつけたが、平野被告の姿はなく、接触できなかった。一家は、平野被告が「ツイッター」に写真を掲載したのを確認し、家族が28日に駐在所を訪問。写真撮影やネット上の中傷行為について「人権侵害にならないのか」「事件化してほしい」と求めたり、「自宅周辺を徘徊している」と通報したりしていた。署は「写真を撮られただけでは難しい」と応じ、付近のパトロールを強化するなどしていた。署は平野被告本人への警告も提案したが、被害者側は望まなかった。3月2日には、親族が洲本市役所の人権推進課の窓口を訪れ、相談。市は弁護士の無料法律相談を紹介。3日には洲本署を訪れ、同署が捜査を始めた。親族は4日、弁護士の無料法律相談に訪れて相談していた。
 結果として、2月14日から3月3日まで9回、男性や親族は洲本署に相談していた。すべてデータベースに入力されていたが、県警によると、同署単独の取り扱い事案だったため、広域相談指導係のチェックから漏れたという。同署はパトロールのほか、駐在所員が2月15、16両日に平野被告宅を訪問したものの、父親に「(妄想性障害のため)ふさぎ込んでおり、入院させようかと思っている」と言われて本人に会えていなかった。また、繰り返し相談はあったが、被告の行為に暴力や殺害をほのめかす言動がなかったため、同署が凶悪性は低いと判断したとみられ、人身安全関連事案対策係にも報告されていなかった。また保健所は、平野被告は洲本市に戻っていることを知らなかった。

 2015年3月30日、先の2名の殺人容疑で平野被告は再逮捕された。
 神戸地検は、刑事責任能力の有無を調べるための鑑定留置を神戸地裁に請求し、認められた。4月9日から8月31日まで実施され、神戸地検は9月8日、「刑事責任能力があると認めた」として、平野被告を殺人容疑で起訴した。
一 審
 2017年3月22日 神戸地裁 長井秀典裁判長 死刑判決
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 裁判員裁判。地裁主導でもう1度、精神鑑定が実施されている。
 2017年2月8日の初公判で、平野達彦被告は起訴内容について「いずれも争います」と否認し、「事件は工作員によって仕組まれたものであり、本当の被害者は私。工作員に脳を支配され、殺害するよう強制された。完全な冤罪だ」と無罪を主張した。「無職ですか」と問われると「違います」と即答し、ウェブサイトの名前を3つ挙げて「サイトのサポーターをしている」と答え、長井裁判長から「それは何ですか」などと問い返された。
 検察側は冒頭陳述で、平野被告が2010年にインターネットの会員制交流サイトを利用して犠牲者の親類を中傷し、名誉毀損容疑で逮捕されたことに言及。被告が「復讐に一部成功」とネットに書き込むなどしていたことから、「正常な心理状態で殺害を実行した。犯行は精神障害によるものではなく報復によるものだった」と主張した。そして、「落ち度のない近隣住民を惨殺した。被害者が5人という結果も重大」と指摘。「被告は妄想性の精神障害があり、被害者らが工作員だと考えて殺害を決意した。犯行直後、警察官に『報復したんや』と話していた」ことから、「善悪を判断し、行動を制御する能力も著しく低下していなかった」として責任能力があると主張した。ナイフをインターネットで購入するなど準備をしていたとし、殺害の実行は妄想によるものではなく、完全責任能力があったと主張した。被告が事件の様子の一部をボイスレコーダーで録音していたことも明かした。
 弁護側は、被告の主張に沿って犯人性を争う姿勢を示すとともに、「被告の言っている通りならば、病的妄想に支配されていることは明らか」と述べ、被告が仮に犯人だとしても妄想によるものであり、心神喪失か心神耗弱の状態だった、と述べた。そして、被告の鑑定を担当した精神科医の証人尋問を通じ、被告が事件当時、心神喪失か心神耗弱の状態にあったことを立証していくとした。
 14日の第3回公判における被告人質問で平野被告は、弁護側から「5人をサバイバルナイフで刺殺したことを認めるか」と聞かれて、「はい」と答え、当時のことを「覚えている」と説明。5人を襲った理由について「思考や行動を操る電磁波兵器を工作員に使われた」などと述べた。
 15日の第4回公判で、被害者参加制度に基づいて遺族2人が「被害者に謝罪する気持ちはありますか」などと直接質問したが、平野被告は供述を全て拒否した。
 21日の第7回公判で、証人で出廷した平野被告の父親は「ご遺族にはできるだけのことをさせていただく。命をもって償いたい」と謝罪した。
 同日の被告人質問で、被害者参加制度を利用した遺族の質問に5人を殺害したことは認めた一方、「仕事もせず、親の金でナイフを買って殺人したことを恥ずかしいと思わないか」との問いには、「君は電磁波攻撃をやめなさい。今はもうやっていないのか」と反論。さらに「反省の弁はないのか」と促されると、「答えたくありません」と供述を拒否。遺族が「答えんかい」と怒鳴ったため、裁判長がたしなめた。
 22日の第8回公判で起訴後に精神鑑定をした医師が出廷し、動機について「精神障害による妄想の影響があった」と証言する一方、「事件当時は平素の人格だった」とし、事実上責任能力はあったとの見方を示した。地検が実施した精神鑑定の担当医も、同様の発言をした。
 3月1日の第9回公判で、被害者の遺族らが被害者参加制度を利用し「被告を死刑にしてもらいたい」と意見陳述した。
 3日の論告で検察側は、精神障害があったとしつつ、被告が量刑を事前に調べて事件後も落ち着いていたことから「精神障害の影響は及んでおらず、完全な責任能力があったことは明らかだ」と主張。事件前にサバイバルナイフを購入したり、殺人罪の量刑をインターネットで調べたりしていたことから「犯行には計画性があり、合理的な判断に基づいて行われた」と強調た。そして、「極めて残虐で執拗な犯行だ。何ら落ち度のない5人の命を奪った」と断じた。
 被害者参加制度を利用して遺族も出廷し「社会に戻ると同じ犯罪を繰り返す可能性が高い。被告に反省もなく、死刑にすべきだ」などと訴えた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「電磁波で操られていた」などとする被告の供述を踏まえ、「被告は向精神薬を服用していたことによる精神障害から電磁波攻撃を受けたと思い込み、正当な報復行為と確信して犯行に及んだ」と主張。「精神障害による妄想がなければ本件は起きていない。自分の行動が正当化されると確信して犯行に及んでおり、心神喪失か心神耗弱の状態だった」と述べ、無罪か刑減軽を求めた。
 平野被告は最終意見陳述で改めて殺害行為を認めた上で、「工作員に脳を操られ無意識下で殺意を抱かされた。私の体が殺害したとしても、私の自由意思からではなく、冤罪です」と無罪を主張した。
 判決で長井秀典裁判長は、向精神薬の大量摂取による薬剤性精神病で「被害者一家が電磁波兵器で攻撃してくる工作員だ」という妄想を抱くようになったと指摘。事件当時の精神状況について、直接的に殺害を促すような幻覚・妄想の症状はなく、自分の行為が殺人罪になり逮捕され裁判になると認識していたと判断した。さらに、「被告の犯行前後の行動は合理的で一貫していた」と指摘。被害者の就寝時間を狙ったことや、犯行時にハンドタオルを落として被害者の注意をそらしたこと、被害者家族に対し現実のトラブルから悪感情を持っていたこと、逮捕時に「弁護士が来るまで答えない」と話したことなどを列挙し、精神鑑定を実施した鑑定医2人の意見も踏まえ、「計画性があり、殺害を決意し実行した行動に病気は大きな影響を与えていない」と結論づけた。そして、「一定の計画性の下で非常に強い殺意があり、動機は極めて身勝手で悪質」と強調。「落ち度のない5人もの命を奪った上、犯行を正当化し続けている。犯行態様の悪質さからも死刑回避の事情は見当たらない」と断じた。

 2018年9月28日の控訴審初公判で、弁護側は、一審判決には責任能力に関して事実誤認があるなどと主張した。村山浩昭裁判長は職権で精神鑑定の実施を決めた。検察側は一審で十分な鑑定をしていると異議を申し立てたが、裁判長は退けた。鑑定人の精神科医が出廷し、来年1月末までに結果を提出することを了承した。
 2019年7月17日の第2回公判で、被告の精神鑑定をした医師の証人尋問が行われ、「薬剤性の障害という鑑定は誤っている」と指摘。被告が「電磁波攻撃から身を守る」などと主張した動機について「被害妄想しか考えられない」と指摘。被告は被害者から攻撃を受けているという妄想を抱いていたとして、「事件当時は被害妄想が圧倒的に影響していた妄想性障害だった」と主張した。妄想と本来の人格についての、どちらがどの程度事件に影響したかは「はっきりと分けては言えない」とした。一方、一審時の鑑定医の証人尋問もあり、薬剤性の精神障害だったと改めて主張。「妄想の著しい影響があったが、普段の人格が全く機能していなかったとは言えない」と述べた。
 9月18日の第3回公判で、犠牲者の遺族4人が意見陳述し、厳罰を求めた。事件で母と兄夫婦を奪われた女性は「人を殺していいはずがないし、刑を減らされるような事情とはとても思えない」「被告や(被告の)親族から謝罪はおろか、一本の連絡もない」「私たちの家族を戻してほしい」などと声を詰まらせ、死刑判決を求めた。
 30日の第4回公判で、弁護側は新しい鑑定結果を踏まえ、「心神喪失または心神耗弱の状態だった」と主張。検察側は「被害者が寝ている時間帯を選ぶなど、合理的に行動していた」と指摘し、結審した。
備 考
 地元の洲本保健所には、平野被告が洲本市に転居したことや通院をやめたことなどの情報が伝わっておらず、何の対応もできなかった。事件後、兵庫県の「精神保健医療体制検討委員会」は提言をまとめ、2015年12月16日、井戸敏三知事に提出した。今後は、現行の保健所と県警の連携体制を拡充し、自治体や医療機関なども含めるべきだと指摘。自傷、他傷の恐れがある精神障害者の治療が途切れないよう、関係機関がチームで支援することを求めた。市町の相談業務義務化も盛り込んだ。
 平野被告に対する県の対応について、田中究(県立光風病院長)座長は記者会見で「基本的に不十分。被告が治療を中断しなければ事件は起こらなかった」と結論づけた。
 兵庫県は洲本市の事件を受けを2016年4月、医師ら5人前後でつくる専門家チームを設けて県内13保健所に配置し、退院後も患者を訪問し、家族らの継続支援を行い、9月までに44人の患者をケア。措置入院の解除の是非などを医師に助言する第三者機関も2017年1月に新設した。厚生労働省はこうした取り組みをモデルケースとするが、県は十分に正規職員を追加配置できず嘱託職員で対応するなど問題も残っている。
 政府は再発防止策を盛り込んだ精神保健福祉法の改正案を2017年2月28日に閣議決定し、国会に提出。患者の入院中から行政側が医療機関と協力して退院後の支援計画を作成するようにし、計画の期間中に患者が転居した場合は移転先の自治体に計画の内容を通知することを柱としている。
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氏 名
岩間俊彦
事件当時年齢
 42歳(2016年5月逮捕時)
犯行日時
 2014年10月19日/2015年8月31日〜9月1日
罪 状
 殺人、詐欺、詐欺未遂、電磁的公正証書原本不実記録・同供用罪、有印私文書偽造・同行使罪
事件名
 マニラ連続保険金殺人事件
事件概要
 山梨県笛吹市の元飲食店経営、岩間俊彦被告は、韮崎市の整骨院院長の男性Tさんの死亡保険金をだまし取る計画を立て、甲府市の無職K・S被告と、笛吹市の会社社長Nを誘った。岩間被告とK・S被告は、住所不定無職K被告と、K・S被告の元妻でフィリピン国籍のS被告に、殺害の実行犯を探すように依頼。K被告はフィリピンで日本人の男に、Tさんを殺害する実行犯の手配を依頼した。岩間被告とK・S被告、Nは、「フィリピンで新事業を設立する資金が必要だ」などと持ちかけて4人で資金を出し合うと伝えて、Tさんから300万円を騙し取り、その一部を殺害の報酬に充てた。その後、岩間被告、Nが私的旅行の費用に充てるため、Tさんから70万円を詐取する計画を立て、K・S被告が加わり、だまし取った。
 岩間、K・S被告とK被告がTさんをフィリピンに誘った。2014年10月19日午前0時半(現地時間10月18日)ごろ、マニラ南部でTさん(当時32)をK被告がタクシーに乗せて連れ出し、自分だけ下車した後、バイクで近づいた実行犯に射殺させた。S被告は、Tさんの顔写真を用意したり、殺害の実行犯に支払う現金を保管したりして、殺害を手助けした。K被告は仲介役と実行役に成功報酬を含め計40万ペソ(約92万円)を支払った。
 岩間被告とK・S被告は高校の同級生。岩間被告はTさんの整骨院に通院、他の3人は岩間被告を通じてTさんと知り合った。
 岩間被告は元々Nを殺害する予定で、K・S被告を誘った。ところが岩間被告とTさんが、台湾での共同事業を巡って対立。そのため、殺害の対象はTさんに代わった。そしてK・S被告とNは、Tさんを「一緒にフィリピンでビジネスを行おう」と説得。岩間被告とNが、Nの会社を受取人とする約1億円の海外旅行保険に、Tさんを加入させた。この会社には、岩間被告、K・S被告が役員に名を連ねていた。
 事件後、岩間被告らが会いたいとTさんの父親に繰り返し連絡。Tさんの保険金がNの会社へ支払われる際には、Tさんの家族の押印が必要だったためで、不審に思った父親らが面会を拒否。そして12月1日に契約が解除されたため、保険金は支払われなかった。
 岩間、K・S両被告はNとともに、K被告の殺害も計画。2014年12月から2015年3月までの間、同社名義の2億円の生命保険契約を結び死亡保険金を得ようと、K被告が同社の取締役に就任したとする虚偽の申請を法務局に提出するなどした。しかしK被告は2015年3月23日、行方不明となったため、犯行は行われなかった。
 岩間被告とNは金銭を巡るトラブルで仲たがいし、岩間被告が保険金殺害計画をK・S被告に持ちかけた。K・S被告は、自首したK被告の行く先を知っている人物がいると嘘をつき、Nをフィリピンに誘い出した。2015年5〜7月、K・S被告は殺害のために3回フィリピンに渡航したが、うち2回は実行犯を手配できず、1回はNがパスポートを忘れたと引き返したため、いずれも失敗。その後、K・S被告は仲介役を通して実行犯を手配。2015年8月31日〜9月1日、マニラ南部で、実行犯がNを銃で撃って殺害した。Nには約5,000万円の海外旅行保険が掛けられていた。なお、この件でも保険金は支払われていない。
 K・S被告は2015年10月、山梨県警に犯行を自供。県警は刑法の国外犯規定に基づいて捜査を行い、2016年2月にはフィリピンに捜査員を派遣して関係者から事情を聞くなどしてきた。県警捜査1課は5月12日、Tさんへの殺人容疑で岩間被告、K・S被告、K被告、元妻を逮捕した。元妻は後に殺人ほう助で起訴されている。6月7日、Nへの殺人容疑で岩間被告、K・S被告を再逮捕した。

 岩間俊彦被告は他に2010年10月、男性(懲役刑が確定、出所済み)と共謀し、男性が岩間被告の飲食店に車をぶつけ、保険会社から計約995万円をだまし取った。また2014年4月にも自動車事故詐欺を起こしている。
一 審
 2017年8月25日 甲府地裁 丸山哲巳裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。岩間俊彦被告は逮捕当初から犯行を否認している。区分審理が適用され、詐欺・詐欺未遂事件と殺人事件で審理が分けられた。

 2017年5月11日、詐欺未遂事件等の審理の初公判が行われ、岩間被告は起訴内容について「当事者でもなく、計画も共謀もしていない」などと述べ否認した。
 冒頭陳述で検察側は「岩間被告は書類を偽造して、殺害された男性の遺族から現金をだまし取ろうとした」と指摘。弁護側は「岩間被告に多額の債務はなく、金銭を得るために事件を引き起こす強い動機はない」と反論した。
 17日の公判で自動車事故詐欺の共犯者が証人として出廷し、岩間被告に持ちかけられたと証言した。
 25日の公判で岩間被告は、全ての事件について否認した。
 26日の公判で岩間被告は、2014年の自動車事故詐欺について、K・S受刑者やNの犯行であると関与を否認した。また保険金詐欺未遂については、K・S受刑者に騙されて行動したと主張した。
 6月8日、甲府地裁は詐欺、詐欺未遂事件について全て有罪の判決を言い渡した。丸山哲巳裁判長は「Tさんの死亡後、岩間被告がTさんの印鑑を作成して念書を偽造した」などとし、架空請求と認定。「共犯者に指示するなど積極的な役割を果たしていた」と指摘した。他の事件でも同様、「岩間被告が犯行を計画した」と結論付けた。

 6月12日、殺人事件の審理の初公判が行われ、岩間被告は「計画したり実行したりしたことはない。共謀したこともない」と述べ、起訴内容を否認した。
 検察側は冒頭陳述で、保険金目的殺人の行為は悪質で岩間被告は計画全体を主導したと主張した。弁護側は、K・S受刑者らが刑事責任を軽くするために岩間被告に濡れ衣を着せたと主張。フィリピンには2014年まで行ったことが無く、現地を知っているのはK・S受刑者らであり、岩間被告はK受刑者やS受刑者とは数回程度しか会ったことが無かった。経済的にも犯罪行為に及ぶほど困窮しておらず、保険金殺害の計画、実行した事実はないと主張した。
 13日の第2回公判でK・S受刑者が出廷し、「Tさんを殺害する約3か月前に、岩間被告から実行犯を探すよう頼まれた」と述べたほか、最初の標的はNだったと明らかにした。K・S受刑者はこのほか、N殺害を自分だけのせいにされることを恐れ、岩間被告との会話を録音していたことも明かした。
 15日の第3回公判でTさんの父親が出廷し、事件直後に会ったこともない岩間被告から、電話やLINEで保険金関係の手続きをするよう指示があったことを明らかにした。また事件に関して、岩間被告から聞いた内容と現地警察の説明が食い違っていたことから、「息子の殺害に岩間被告らが関与した疑いが芽生えた」と述べた。Tさんの保険金を受け取ったかについては、「犯人が掛けた金はいらない」と答えた。
 16日の第4回公判でK受刑者が出廷し、岩間被告から強い口調でTさん殺害について指示を受けたとし、「『銭、金じゃねえ』と強い口調で言われた。Tさんに恨みつらみがあるんだと思った」と証言した。
 19日の第5回公判でS受刑者が出廷し、「岩間被告から『ヒットマンを知ってるか』と言われた」と証言。K・S受刑者から「うまくいけば保険金がおり、岩間被告から金がもらえる」と説明を受けたとした。検察官に「誰が計画のボスか」と問われ、「岩間被告です」と答えた。Tさんらの傷害保険加入などの手続きを行った保険代理店の男性も出廷。「岩間被告の依頼で、TさんらがNの会社名義の海外旅行保険や傷害保険に入る手続きをした」と証言し、受取人欄が空欄だった理由は「岩間被告に言われたから」と説明した。
 20日の第6回公判で、保険代理店の男性が出廷。男性はTさんらの海外旅行保険の加入手続きを担当した際、「岩間被告からフィリピンで行う事業の視察に行くと説明を受けた」と明かした。Tさんの死を知った経緯について「現地にいる岩間被告から電話で聞いた」と説明。「傷害保険が下りるか聞かれた。事件性があるから下りないと答えた」と述べた。
 22日の第7回公判で、岩間被告の知人男性が出廷。男性が岩間被告のパスポートを取り上げたとする岩間被告らのLINEでのやりとりを「うそのメッセージだ」と否定。Tさんから70万円をだまし取る口実に利用されたとして、「怒りを感じる」と述べた。同日、弁護側の証人として岩間被告の妻が出廷。Tさん死亡時の岩間被告の様子を「泣いて落ち込んでいた」と証言。事件前、岩間被告とTさん、K受刑者が一緒に食事をしていたと説明を受けたとし、「TさんとK受刑者はタクシーで出掛け、タクシーが襲われてTさんが殺され、K受刑者は行方不明になったと聞いた」と述べた。
 23日の第8回公判で、岩間被告への被告人質問が行われた。弁護側のS受刑者にヒットマンを雇う依頼をしたかという質問に「(S受刑者とは)ほとんど内容のある会話をしたことがなく、依頼もしていない」と否定。また岩間被告がTさんと事件前に金銭を巡るトラブルになり、K・S受刑者に殺意を打ち明けていたとされることについて「言っていないし、(トラブルは)私が100%悪いことであり、恨みは一切ない」と否定した。
 27日の第10回公判における被告人質問で検察側は、岩間被告の自宅にあった本に、実体のない法人、その口座を設けて社員に保険金を掛ける手口があり、K・S受刑者が証言した計画と似ていると指摘。岩間被告は「他の漫画と併用して読んだ。悪用はない」と説明した。押収物やメールのやりとりなどに岩間被告が関わり、K・S受刑者の証言内容と合致すると指摘。証言の正確性をただしたが「違います」と否定した。質問はK・S受刑者が録音していた岩間被告との会話に及び、「おれんとう、売り飛ばされちもうよ」と発言した真意を聞いた。岩間被告は、Nによって「Tさん殺害で自分とK・S受刑者を警察に売られるということ」と説明した。一方、弁護側はこの日、Tさんからだまし取ったとされる70万円の詐欺について「架空請求」とした主張を取り下げた。
 29日の第11回公判からNさん殺害についての審理が始まった。検察側は、岩間被告がK・S受刑者らと共謀し、実行役をフィリピンで雇ってNさんを殺害したと主張。実行役に成功報酬を渡すため、フィリピンに20万円を送金したと述べた。弁護側は「(Nさん殺害には)一切関与していない」と否定。送金についても「Nさんの遺体を日本に搬送するため必要と(K・S受刑者から)頼まれた」と反論した。
 30日の第12回公判でK・S受刑者が出廷し、Nさんが殺害された事件を巡って「岩間被告の指示でNさんの会社の取締役に就任した。(事件後に)保険金を請求するように促された」と説明し、「Nさんの事件は自分のせいになると思った」と証言した。K・S受刑者は県警に自供後、家族が暮らすフィリピンへ渡ったが帰国した理由を問われ、Tさんが殺害された事件について「Nさんが首謀者になってしまうから」と説明。「今も否認しているやつがいる。本当のことを知らせて良かった」と述べた。またNさんが生前、K受刑者を探していたことにも質問は及んだ。Nさんの目的を問われ「(Tさんの事件で)岩間被告が首謀者だと証言してもらい、ビデオカメラで撮影するつもりだった」と述べた。
 7月3日の第13回公判でK・S受刑者が出廷し、Nさん殺害後の実行犯への報酬について、日本からの送金方法を岩間被告に提案した際、「自分の名前が残るから嫌だと言われた」と明かした。また、一連の事件への関与を県警に自供後、岩間被告との会話を録音していた理由については、「岩間被告が主犯だということが(証拠として)出てこないから」と説明した。最後に検察側から岩間被告に言いたいことを聞かれ、「やったことを償ってほしい。全てを話してほしい」と述べた。
 4日の第14回公判で、保険の手続きを担当した保険代理店の男性が出廷。岩間被告はNさんの失効していた生命保険の復活について依頼する際、「金を貸しているから、何かあっても困るので復活させてください」と話したと証言した。また、Nさんが殺害された後、岩間被告からNさんの保険について問い合わせがあったとも証言。「保険を請求するにはどうしたらいいか聞かれた」と述べた。
 5日の第15回公判で、岩間被告の知人男性が出廷。男性は、K受刑者の居場所をメモに残し、Nさんはメモを持ってフィリピンへ渡った。男性はNさん殺害が報道される前に「岩間被告から(Nさんは)撲殺され、捨てられていたと聞いた」と証言。メモは「岩間被告から(岩間被告が書くと)筆跡でNさんに気付かれると言われ、自分が書いた」と説明した。
 6日の第16回公判で、岩間被告の妻が出廷。Nさん殺害後に岩間被告がK・S受刑者に送った金の原資について、「主人が両親に頼んで貸してもらっていた」と証言。金が必要な理由について「Nさんの遺体搬送費と言っていた」と述べた。
 10日の第17回公判で、弁護側はNさんを殺害したとされる殺人罪などの公判の心境を質問。岩間被告は「人生の4分の3を過ごした友人のことでこんなことになり、惨めでつらい」と述べた。殺害計画の持ち掛けや実行犯への送金は否定した。検察側は、K・S受刑者がフィリピンから岩間被告に送ったとされる殺害実行を確認するメールの文言の受け止めを質問。岩間被告は、自分がフィリピンへ行くかどうかを確認する内容と受け止めたとした。また検察側は「殺害計画がばれるかもしれないのに、K・S受刑者がNさんに近い存在のあなたをフィリピンに呼ぶのか」と指摘し、岩間被告は「分からない」と答えた。
 11日の第18回公判でNさんの息子の意見陳述を検察官が書面で代読。「岩間被告は父の30年来の友人で、父の性格を分かっていてだまし、利用した。残忍な岩間被告に大切な命を奪われて悔しいし、悲しい」とし、「一番重い刑にして、父の無念や恐怖を味わってほしい」と訴えた。Tさんの両親も意見陳述し、極刑を求めた。同日、岩間被告は検察側の被告人質問で、自白する意思の有無を問われて「僕はやっていないから」と述べ、答えに悔いはないか聞かれると「はい」とした。検察側は銃撃されたTさんが搬送先の病院で岩間被告の名前を連呼したことについても聞いた。岩間被告は「僕に連絡をしてほしかったのかな」と話した。Nさんと岩間被告とのトラブルについての質問に対し、岩間被告は「僕、犯人じゃないから。関係ない」と主張した。Nさんが殺害される直前に「痛いよ、助けて」と叫び、共犯者とされるK・S受刑者に助けを求めた話の感想を求められ、「K・S受刑者はひどい」とした。
 13日の論告で検察側は、K・S受刑者が法廷で述べた「岩間被告から保険金殺人を誘われた」などの証言を列挙。通信アプリに残されていた記録をはじめ、客観的な証拠と矛盾点がなく、信用性が高いとした。その上で、岩間被告が中心となって、被害者2人の保険加入手続きを進めていたと指摘し「事件を主導する立場にいたことは明らか」と主張し、首謀者と指摘した。「全ての犯行を共犯者に押し付ける言動をしており、反省の態度がない。金銭を目的とした動機は非人間的で3人目の殺害も計画していた。犯行は巧妙で冷酷、残忍。2人の生命を奪った結果は重大だ」として死刑を求刑した。
 同日の最終弁論で弁護側は、岩間被告が保険金を受け取っていなかったことに言及。「K・S受刑者らが意思疎通がなかった岩間被告を事件に引きずり込もうとしたため、計画がずさんになった」とし、K・S受刑者らの証言の信用性を否定した。そしてK・S受刑者らに濡れ衣を着せられたと、無罪を主張した。
 岩間被告は最終意見陳述で「何もしていないのにどうしてこの場にいるのか分からない。善意で取り次いだだけなのに『主導した』と言われる。断じてやっていない」と述べた。
 判決で丸山哲巳裁判長は、「岩間被告が首謀者だった」とした共犯者の供述について「客観証拠と整合し、信用性を高め合っている」と指摘。被告側の弁解は「不自然、不合理で具体性を欠く」と退け、共謀の成立を認めた。そして「被告が殺害された2人の保険金の契約をみずから行い、受け取り先に自分が大株主だった会社を指定し、ほかの共犯者に殺害計画を実行するよう指示した」と指摘。さらに犯行の発覚を免れるために被害者をマニラに誘い出し、現地の実行役に殺害させたと認定。「非常に巧妙で計画性が高い。犯行態様も極めて冷酷、残虐だ。人命軽視の度合いが甚だしい。金銭を得るためには手段を選ばない非道さ、強欲さがある。死刑選択はやむを得ない」と述べた。

 2019年3月26日の控訴審初公判で、弁護側は「K・S受刑者が自分に都合の良い話をし、岩間被告を首謀者にしたてた」と述べ改めて無罪を主張した。
 4月16日の控訴審第2回公判で弁護側による被告人質問が行われ、岩間被告は改めて2人の殺害を否認し、うち1人について「女性絡みで殺されたと聞いた」などと述べた。また、共犯のK・S受刑者を名指しし「私に成り済ますなどして暗躍していた」と主張した。
 5月23日の控訴審第3回公判で検察側の被告人質問が行われ、共犯のK・S受刑者を名指しし、「自分になりすまされた」などと主張したことに対し、被告の証言が不自然だとする検察側の主張を否定した。
 7月18日の控訴審第4回公判で、弁護側の証人として岩間被告の知人男性が出廷。K・S受刑者がTさんの借金を回収しようとしていたが、岩間被告が止めようとしたと主張。「(岩間被告は)『無理だよ』と回収をあきらめるよう言っていた」と証言した。
 9月12日の控訴審第5回公判で、弁護側は弁論で「積極的に保険金を引き出そうとしたのはK・S受刑者。自らの罪を軽くしようと岩間被告に殺人犯の汚名を着せようとしている。K・S受刑者をいさめており、そもそも殺害に関与していない」と無罪を主張。検察側は「弁護側の主張は正当ではなく、いずれも理由がない」などと控訴棄却を求め、結審した。
備 考
 K・S被告は2017年2月14日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で無期懲役(求刑同)の判決が言い渡された。主導的な役割を果たしていないこと、自白して積極的に真相解明に協力したため、死刑求刑は免れた。控訴せず、確定。
 Tさん殺人の実行役の手配を行ったとして殺人罪等に問われたK被告は2016年11月14日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で懲役15年(求刑同)の判決が言い渡された。K被告はフィリピンに住む家族と一緒に生活するため、犯行と一緒に持ちかけられた共同事業に加わりたいと考え共謀した。2017年5月16日、東京高裁(朝山芳史裁判長)で被告側控訴棄却。上告せず、確定。
 Tさん殺人を手助けしたとして殺人ほう助罪に問われたK・S被告の元妻でフィリピン国籍のS被告は2016年12月22日、甲府地裁(丸山哲巳裁判長)で懲役6年(求刑懲役7年)の判決が言い渡された。控訴せず、確定。
 NはTさん殺人容疑で2016年7月13日に書類送検され、容疑者死亡で不起訴となっている。
 2017年1月13日、フィリピン警察当局は、Tさん射殺の実行犯としてフィリピン人の男を殺人容疑で逮捕した。男はN殺害にもかかわった疑いがある。また、別のフィリピン人の男も事件に関わっていたとみて行方を調べている。ただし、日本とフィリピンの間には犯罪人引き渡し条約が結ばれてなく、男が日本で裁判を受ける可能性はほぼない。県警や甲府地検は、捜査段階で男の存在を把握していたが、日本の警察権はフィリピンに及ばないため、逮捕することはできなかった。また、今までの裁判の判決でも、実行犯は特定されていない。
 2019年3月15日、フィリピン警察はフィリピン人の男に殺害を指示したとして、殺人容疑で首都マニラ在住の日本人男性容疑者を逮捕した。男性は殺害の関与を否定している。
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氏 名
今井隼人
事件当時年齢
 23歳(2016年2月15日逮捕時)
犯行日時
 2014年11月4日〜12月31日
罪 状
 殺人
事件名
 川崎市老人ホーム連続転落死事件
事件概要
 川崎市幸区の有料老人ホームの施設職員、今井隼人被告は2014年11月4日午前1時40分ごろ、要介護3の男性(当時87)を施設4階のベランダから投げ落として殺害した。12月9日午前4時10分ごろ、要介護2の女性(当時86)を4階のベランダから投げ落として殺害した。さらに12月31日午前1時55分ごろ、要介護3の女性(当時96)を6階のベランダから投げ落として殺害した。今井被告は1件目と3件目の第1発見者で、2件目の転落発生時も施設内で当直勤務をしていた。
 今井隼人被告は神奈川県綾瀬市の医療系専門学校に進学し、救急救命士の資格を取得。2015年4月下旬、老人ホームの採用面接を受け、介護職員として働き始めた。
 事件後、今井被告は当直勤務から外された。2015年1〜4月、今井被告は入所者の居室から現金や貴金属を盗む事件を計3件起こしたとして5月に窃盗容疑で逮捕され、懲戒解雇された。裁判で19件の窃盗を繰り返したことも明らかになり、同9月、懲役2年6月、執行猶予4年の判決を言い渡された。
 事件は当初、事件か事故か判断できない「変死」として処理されていた。3件の転落死を担当した検視官はそれぞれ別だった上、管轄の幸署は同じ施設で死亡が相次いでいることを認識していたものの、3件目が発生するまで、神奈川県警本部に状況を報告していなかった。遺体は司法解剖されずに火葬された。神奈川県警が本格的に捜査に参加したのは、2015年5月だった。
 不審な転落死が続いたことは、2015年9月、表沙汰となった。厚生労働省は介護保険法に基づき、老人ホームの親会社に業務改善勧告を出した。
 神奈川県警は2016年1月下旬から今井被告を任意で事情聴取。2月13日までは関与を否定していたが、県警が翌14日の聴取への協力要請をしたところ、「気持ちを整理したい。明日は休ませてほしい」と申し出た。同15日に再び聴取に応じた今井被告は一転、「本当のことを言わないといけないと思った」と話し始め、1件目の殺害を認めた。県警は同日、殺人容疑で今井被告を逮捕した。3月4日、2件目の殺人容疑で今井被告を再逮捕。3月25日、3件目の容疑で今井被告を再逮捕した。
一 審
 2018年3月22日 横浜地裁 渡辺英敬裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。被告が3人を転落させたことを示す具体的な物証や目撃証言はない。
 2018年1月23日の初公判で今井隼人被告は、「起訴状記載の時間帯に施設にいたことについては記憶はあるが、何もやっていません」と起訴内容を否認した。
 検察側は冒頭陳述で「事件性」「犯人性」「捜査段階の自白の信用性」「責任能力の有無」の4点を争点に挙げた。「入居者は自分で飛び降りる力は無く、全事件の時間帯に勤務していた職員は今井被告だけ。今井被告以外の犯行の可能性は極めて低い」と指摘した。また、 被告が逮捕前の取り調べで「殺そうと思った」などと3人の殺害を自白した様子を録音・録画した映像などで犯人性を立証するとした。さらに量刑を決める際には、「介護職員への信頼を利用した卑劣な事件」である点や、「3人死亡という結果の重大性」「高齢化社会への不安、影響が大きいこと」などを考慮するよう求めた。
 弁護側は「警察からの圧迫でうその自白をした。転落死は(事件ではなく)事故や自殺などの可能性がある」として殺人罪の成立を争い、無罪を主張した。また、これまでに実施された精神鑑定の結果から、「発達障害がある」などとして、被告の刑事責任能力を争う姿勢も示した。
 2月8日の公判で今井被告の母親が証人として出廷し、逮捕前に今井被告から電話で、「自分が殺した」と話したと証言した。
 13日の公判における被告人質問で、今井被告は3人が転落死した時間は施設内の別の場所にいたと関与を否定し、介護のストレスも「ありません」と供述した。
 14日の公判における被告人質問で、今井被告は捜査段階で犯行を自白したことについて、「警察官から言われたヒントをもとに想像したり、推測したりして犯行の様子を話した」と説明し、改めて無罪だと訴えた。また、「録音・録画が始まる前の任意の取り調べで警察官から圧迫された」と述べた。警察官のどんなヒントをもとに自白したのかを問われると、「覚えていません」などと述べた。
 15日の公判で、横浜地裁は今井被告の自白調書を証拠採用した。調書の信用性を判断する補助証拠として、取り調べを録音・録画した映像も採用した。取調官も証人出廷し、「この事件では供述が重要になるので、自白の信用性・任意性が疑われる行為は絶対にしないという県警の方針だった」などと証言した。
 16日の公判で、2016年2月15日に神奈川県警が今井被告に任意の取り調べを行い、今井被告が殺害を認め状況を詳細に話し、動機について語った映像が流された。同18日に黙秘になった様子も流れた。
 20日の公判で、検察側は「今井被告は軽度の発達障害や知的障害があり、犯行や動機に一部影響している」と前置きした上で、「心理状態は正常だった」などと刑事責任能力が問えると主張した。
 27日の公判で被害者3人の遺族がそれぞれ意見陳述し、いずれも「極刑を望む」などと訴えた。
 3月1日、2人の被害者遺族が被害者参加制度を利用、代理人を通じて「被告は不自然な供述ばかりで真実を明らかにせず、謝罪もない」と死刑を求めた。
 同日、論告で検察側は、被害者はいずれも高齢で身体能力が低く、ベランダの柵を自力で乗り越えることは難しいと指摘。「二カ月間で3人が夜中に転落死しており、同一犯による殺人事件であるのは明らか」と主張。すべての発生日に夜勤だったのは今井被告だけであり、転落する入所者を名指しで「予告」していた。関係者の証言や被告人質問などで「被告が犯人である立証は十分」と述べた。逮捕前の取り調べでの自白は詳細で信用性が高いとし、「被告は公判前には『人を転落させた記憶がない』などと不合理な主張をしていた」と非難した。動機については「入所者を減らしたかったのと、心肺蘇生している姿を見せて評価されたかった」などと指摘した。その上で「高齢な入所者の介護職員への信頼を利用した、冷酷、卑劣で残虐な連続殺人で生命軽視の態度は著しい。反省の色もなく情状酌量の余地もない。極刑は免れない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、3人の被害者は自力で歩行でき、同じ程度の要介護高齢者がベランダから転落死した事例が他の施設で報告されているとして、「自殺や事故の可能性がないとは言い切れない」と主張し、「事故だったという疑問は残らないか」と裁判員らに問いかけた。「予告」については「介護職員としての経験から危ないと感じる人を挙げただけだ」と訴えた。さらに、「防犯カメラの映像や目撃者の証言もなく、物的な証拠がない。事件性、犯人性を裏付ける客観的証拠は一切ない」と検察側に反論。自白については、任意の取り調べを始めた1月31日から録音・録画ができたにもかかわらず、警察がしていなかったことを指摘。撮影していない時に「お前がすべきなのは事実を認めること」「きちんと話すまで家には帰れない」などと言ったり、意に沿わないことを被告が言うと黙ったりする圧力があったために虚偽の自白や家族への告白をしたと主張した。そして「疑わしいだけでは処罰できない」と無罪を主張した。さらに、仮に犯人でも、生まれつき発達障害などがあり責任能力が限定的とした。
 今井被告は最終意見陳述で「取調官の圧力に負け、うその自白をしてしまった。今は取調官に強い怒りを覚えます」と語り、最後に「この法廷では真実しか話していない。どうか信じてください、私は何もやっていません」と訴えた。
 判決で渡辺裁判長は、主文の言い渡しを後回しにし、理由から読み上げを始めた。
 判決はまず事件性を検討し、転落死した3人のうち女性2人は「自力でベランダの柵を乗り越えることは不可能」と指摘。別の男性も「事故や自殺の可能性はほぼない」として3件とも第三者による事件と認定した。さらに、被告が3件の発生時にいずれも夜勤をしていたことや、逮捕直前に母親に電話で「自分がやった」と述べたことなどから「被告が犯人と推認できる」とした。焦点となった捜査段階の信用性については、法廷で再生された取り調べの録音・録画映像から「取調官の高圧的な態度や誘導姿勢はない。具体的、迫真的で現場の状況と一致する内容の供述で、自白の信用性は相当に高い」と述べた。被告が公判前の精神鑑定で診断された「自閉スペクトラム症」の影響も顕著ではないとして、責任能力も認めた。そして、「被害者を物でも投げ捨てるかのように転落させた人間性のかけらもうかがえない冷酷な犯行」だと厳しく指摘。「約2カ月で3回も殺害を繰り返し、入所者を守るべき立場を顧みず、施設や家族の信頼を踏みにじった。裁判での説明は全体として完全に破綻している。真実を知りたい遺族の前で犯行を否認し、反省の態度はみじんもうかがえず、更生の出発点にも立っていない。情状の余地は認められず、極刑もやむを得ない」と量刑理由を述べた。

 弁護側は即日控訴した。
備 考
 事件が起きた老人ホームでは、入所者への暴力や暴言などの虐待行為も発覚した。川崎市は転落死事件が表に出た2015年9〜10月、施設へ計3回の立ち入り検査を実施。12月、神奈川県警が別の元職員3人を暴行容疑などで書類送検。川崎市は転落死や虐待に関して施設側が正確に事実関係を把握できず、十分な対策も講じなかったと結論づけ、施設からの介護報酬の請求を2015年2月から3カ月間停止させる行政処分を出した。横浜地検川崎支部は2016年2月、暴行罪で男性1人を在宅起訴、業務妨害の容疑で書類送検された別の男性2人を不起訴処分とした。2016年4月18日、男性1人に対し、懲役8月執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決を言い渡した。
 神奈川県警は今回の反省から2015年8月、同一施設での過去の不審死などを検索できる新システムを導入した。
 川崎市は、介護施設の急増と市職員の人員不足により施設の実態把握が遅れたとして、2016年度から担当職員を4人増員し、13人態勢とした。
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氏 名
上村隆
事件当時年齢
 44歳(2011年4月、逮捕時)
犯行日時
 2009年4月〜2011年2月10日
罪 状
 殺人、逮捕監禁致死、監禁傷害、監禁他
事件名
 姫路連続監禁殺人事件
事件概要
 住所不定、無職上村(うえむら)隆被告は、兵庫県姫路市のパチンコ店運営会社の実質経営者であった、韓国籍の陳春根(しゅんこん)(日本名:中村春根(はるね))被告の指示を受け、以下の事件を引き起こした。
  • 上村隆被告は陳春根被告に指示を受け、複数人と共謀。2009年4月、東京都世田谷区の広告会社社長Mさんを、会議の席上で上村隆被告らが押し掛け連れ出した。そして2010年6月まで、兵庫県姫路市内のマンションや事務所内、倉庫などにMさんを監禁した。
     Mさんの会社は陳被告から10億円の融資を受けていたが、返済は滞っていた。
  •  上村隆被告は陳春根被告に指示を受け、複数人と共謀。2010年6月中旬頃、東京都世田谷区の広告会社社長Mさん(当時50)を兵庫県内またはその周辺で、拳銃を発射するなど何らかの方法で殺害した。遺体は発見されておらず、凶器の拳銃も見つかっていない。
  •  上村隆被告は陳春根被告に指示を受け、複数人と共謀。2010年4月13日、姫路市内に住む元暴力団組員で韓国籍の男性Tさん(当時57)を同市内のパチンコ店駐車場で乗用車に押し込んで拉致監禁し、三木市の倉庫まで走行。その間、車内でTさんの口に粘着テープを張り付けるなどして、Tさんと窒息死させた。Tさんの遺体は見つかっていない。
  •  上村隆被告は陳春根被告に指示を受け、複数人と共謀。2010年8月30日、姫路市内の路上で、陳被告の知人の30代男性を車に押し込み、手錠をかけるなどして三木市内の貸倉庫に連行。9月28日まで監禁した。同じ倉庫に監禁していたSさんが逃げ出したため、監禁の発覚を恐れた陳被告らは男性を解放した。
  •  上村隆被告は陳春根被告に指示を受け、複数人と共謀。2011年2月10日、兵庫県姫路市の元暴力団組員の作業員Sさん(当時37)の自宅マンション前でSさんを連れ去ってトラックに監禁し、首を絞めて殺害。姫路市の路上に止めた保冷車に遺棄した。
     10日午後6時過ぎ、女性の声で「『助けて』という男性の声が聞こえた」と110番があり県警が捜査。11日午後10時20分ごろ、遺体を発見した。
 2011年2月11日、Sさんへの逮捕監禁致傷の容疑で3人を逮捕。3月31日、兵庫県警は別の元会社役員(当時35)への恐喝容疑で陳春根被告や上村隆被告を全国に指名手配した。4月28日、上村被告は、宿泊先の広島市内のビジネスホテルで身柄を確保され、逮捕された。12月27日、陳被告が逮捕された。
 2013年10月23日、県警暴力団対策課などはSさんへの殺人容疑で陳春根被告と、上村隆被告を逮捕した。
 2014年3月6日、県警暴力団対策課などはTさんへの逮捕監禁致死容疑で陳春根被告と上村隆被告、その他3人を逮捕した。
 11月14日、県警暴力団対策課などはMさんへの逮捕監禁容疑で陳春根被告と上村隆被告、その他3人を逮捕した。
 2015年2月18日、県警暴力団対策課などは知人男性への逮捕監禁容疑で陳春根被告と上村隆被告、その他1人(後に起訴猶予)を逮捕した。
 6月10日、県警暴力団対策課などはMさんへの殺人容疑で上村隆被告を逮捕した。10月23日、殺人容疑で陳春根被告を逮捕した。社長の遺体や拳銃は見つかっていないが、社長の生存が長期間確認できないことなどから同課は社長が殺されたと判断した。
一 審
 2019年3月15日 神戸地裁姫路支部 藤原美弥子裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2018年10月1日の初公判で、上村隆被告は起訴内容を否認。陳春根被告の関与についても「共謀や指示はなかった」と全面的に否認した。
 冒頭陳述で検察側は「陳被告からもらえる金を目当てに、共謀して4人の男性を連れ去り、殺害や監禁によって3人の命を奪った」と指摘。 弁護側は2人の遺体が見つかっていないことなどから、「いずれの事件についても陳被告と共謀した事実はなく、有罪を裏付ける客観的証拠がない」と無罪を主張した。
 2019年2月7日の論告で検察側は「被害者とは面識も個人的な恨みもなく、陳被告からもらえる金目当ての犯行だった」とした上で、「肉体的にも精神的にも屈服させ、3人の命を奪った。人間の尊厳を踏みにじる冷酷で悪質な犯行。遺族に謝罪もなく、無反省な態度からは更生の意欲もみられない」と指弾した。  判決で藤原裁判長は、無罪を主張していたMさんの事件について、「拳銃で殺害し遺体を焼却した」と上村被告から打ち明けられたとする関係者の証言が信用できると認定した。他の事件についても、犯行の経緯を打ち明けられたとする知人の証言や状況証拠などを踏まえ、Mさんの事件を含む3人全員の殺害・死亡について陳被告の関与を認定し、被害者らとの間に過去の刑事事件に絡む怨恨や融資トラブルを抱えていた陳被告が主導したと判断。上村被告が陳被告の下で「裏仕事」をし、報酬目当てに陳被告の指示に従って実行したと指摘したうえで、「上村被告が果たした役割は重要かつ必要不可欠なものだった。3人の人命が犠牲となった結果は重大。不合理な弁解を繰り返し、反省していない。首謀者が他にいることをもって死刑を回避する理由にはならない。極刑をもって臨むほかない」と述べた。

 弁護側は即日控訴した。
備 考
 一連の事件で兵庫県警は陳、上村被告のほかに15人を逮捕し、14人は有罪が確定している。
 審理期間は166日間で、これは裁判員裁判で過去最長の207日となった陳春根被告に次ぐ2番目の記録である。
 主犯の陳春根被告は2018年11月8日、神戸地裁姫路支部(木山暢郎裁判長)の裁判員裁判で求刑死刑に対し、無期懲役判決。広告会社社長Mさんの殺害容疑については無罪判決が出ており、本裁判とは異なる判決となっている。検察、被告側控訴中。
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氏 名
中田充
事件当時年齢
 38歳
犯行日時
 2017年6月5日〜6月6日
罪 状
 殺人
事件名
 警官妻子3人殺害事件
事件概要
 福岡県小郡市の県警巡査部長、中田充(みつる)被告は2017年6月5日夜から6日朝の間に、自宅1階の台所またはその近くで、妻(当時38)の首を何らかの方法で圧迫し、2階の寝室で、小学4年の長男(当時9)と小学1年の長女(当時6)の首をひも状のもので絞め、それぞれ殺害した。司法解剖の結果、死亡推定時刻は妻が6日午前0〜9時、子供2人は同0〜5時とされる。
 中田被告は2002年10月に任官。警察署の交番や自動車警ら隊などを経て、2016年8月から県警通信指令課に勤務していた。
 同日午前8時40分ごろに小学校から「長男と長女が来ていない」と中田被告に電話があり、依頼されて9時20分ごろに訪ねてきた妻の姉が遺体を見つけ「妹が自殺している」と通報した。当初は母親に 目立った外傷がなかったことや、中田被告や姉が育児に悩んでいたと証言。妻の遺体の近くには練炭のようなものが置かれていたことなどから、妻による無理心中の可能性があると県警は発表したが、司法解剖の結果殺人であることが判明し、7日に捜査本部を設置。中田被告は県警に対し6日午前6時45分ごろ家を出たが、「3人は寝ていた」と話した。しかし、司法解剖の結果、子ども2人は同日午前5時までに死亡していたとみられることが判明。出勤前に子ども2人は既に死亡していたことになり、現場の状況と食い違うことから、県警は事情聴取を続けた。8日、県警は中田被告を妻の殺人容疑で逮捕した。13日、県警は中田被告を懲戒免職とした。関与を示す証拠が乏しいため捜査が長期化。家族以外に自宅に侵入した形跡がなく、妻が子どもを殺害する動機がないことなどから、2018年2月21日、2人の子供の殺人容疑で中田被告を再逮捕した。
一 審
 2019年12月13日 福岡地裁 柴田寿宏裁判長 死刑判決
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2019年11月5日の初公判で、中田充被告は「一切身に覚えがなく事実無根。直接的な証拠や動機が見当たらないのに、理不尽な理由で起訴された。間違いなく冤罪です」と無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、2005年の結婚後、生活態度などに関して妻から繰り返し叱責されるようになり、残業と偽って家に帰らなくなるなど夫婦関係が悪化。同僚に「(妻に)死んでほしい」と話し、事件前には離婚話も出ていたと背景を説明した。事件当日には、妻から励まされていた5回目の昇任試験に落ちたとの連絡があったことも指摘した。また「被告による犯行を直接証明する証拠はない」と認めた上で(1)被告が事件当日は家にいた(2)自宅付近の防犯カメラ映像や歩数計アプリの履歴などから、被告は3人の死亡推定時刻に自宅にいて、活動していた(3)妻子の周りにライターオイルがまかれており、被告の勤務先のロッカーに使い残しのライターオイルが保管されていた(4)自宅に第三者が侵入した形跡がない(5)中田被告に新しい傷があり、妻の首から採取した微物のDNA型が被告と一致――などと指摘。こうした状況証拠を積み重ねて有罪を立証すると述べた。
 弁護側は「アプリの履歴だけで被告が起床していて、犯行までしたといえるか。防犯カメラに死角があり、第三者が侵入した可能性を否定できていない」などと、証拠に「穴」があると疑問を投げ掛けた。検察側が考える3人の死亡推定時刻は、最大9時間半も幅があるため「本当に死亡推定時刻を特定できているのか」と捜査の不十分さにも言及した。そして「夫婦関係は悪かったが、殺害の動機につながるものではない」と反論。「状況証拠を積み重ねても直接の証拠はなく、被告が犯人とは断定できない。検察側の主張では第三者が介在した可能性を否定できない」とした。
 同日、現場の鑑識に当たった福岡県警捜査員は「玄関ドアは不正な方法でこじ開けられた痕跡はない」と証言し、外部の侵入や第三者の犯行を疑わせる事情はないことを立証しようとした。
 6日の第2回公判で、検察側証人として3人の司法解剖を担当した医師が証言。3人の死後硬直の状況や直腸内の温度を基に「いずれも未明に死亡したと考えるのが自然で、午前6時半より前の死亡は確実」と述べた。中田被告は捜査段階の調べなどで、死亡推定の時間帯に在宅し午前6時50分ごろ出勤したことは認めているが、「出勤した際に3人は寝ていた」と説明している。弁護側は「気温や湿度により死亡推定時刻は変わる」と反論した。
 15日の被告人質問で中田被告は「家族のためにもう一度捜査して犯人を捕まえてほしい」と改めて無罪を主張した。被告は同6時の起床時には全員寝ていたと説明。検察側が殺害時に抵抗されてできたと指摘する左腕の傷は「前夜に風呂から出た時、妻からたたかれ付いたと思う」と述べた。また、被告のスマートフォンの記録から被告は6日未明に活動していたとする検察側の主張には「妻から定期的にスマホを点検すると言われており、妻が操作したのかと思った」と反論。「子供が一番大事で、子供のために死ぬことはあっても手をかけることは絶対にない」とも語った。
 18日の中間論告で検察側は、@殺害時刻とされる2017年6月6日未明に、被告のスマートフォンのアプリに自宅の1階と2階を上り下りした記録があるA被告の左腕に真新しい傷があるB第三者の侵入はうかがえない――などの間接証拠を列挙。さらに夫婦が長年不仲で、事件直前には警部補昇任試験に不合格となったことを妻から責められるなど「動機となり得る事情」があったと主張し、「これだけの事実が偶然に重なることはあり得ない」と結論付けた。
 弁護側は、スマホは妻が操作した可能性があり、左腕の傷も事件時のものとは限らないと反論。昇任試験の結果は妻に伝えておらず、子供との関係も良好で殺害動機はないと訴えた。
 12月2日の論告で検察側は、被告が事件後に普段通りに出勤し、他人の犯行であるかのように振る舞ったとして「無理心中とは全く異質の身勝手かつ自己中心的な犯行」と主張。また、3人が数分間にわたり首を絞められて殺害されていることから「強固な確定的殺意に基づく、冷酷かつ残忍な犯行だ」と非難した。これら事件の悪質性を踏まえ、事件に計画性が認められない点や、殺害の動機が明確になっていない点が死刑回避の理由にはならないと強調。さらに、事件後に3人の遺体をつなぐようにライターオイルをまいて燃やすなど証拠隠滅を試みたと主張、遺族の厳しい処罰感情などからも、3人が死亡した他の殺人事件と比較し死刑が相当と結論付けた。
 弁護側は同日の最終弁論で、いずれの証拠も「被告を犯人と推認するものではない」とし、第三者が殺害した可能性を指摘するなど無罪を主張した。また無罪が認められなかったとしても、量刑については「死刑の適用は回避されるべきだ」と主張。過去の判例から、殺害への計画性の有無は、死刑かそれ以外かを分ける大きな点であると主張した。その上で、事件後の証拠隠滅行為も場当たり的で計画性はなく、現職警察官が逮捕されたとはいえ「被告が権限利用した犯罪とは異なる」と指摘。被害者が3人の殺人事件の判決を挙げ、「死刑は生命を奪う究極の刑。特別な検討が必要で、特に慎重に考えるべきだ」と訴えた。
 最終意見陳述で中田被告は、「量刑に関して言うことはない。適切な判断をお願いします」と述べた。
 判決で柴田裁判長は、仮に第三者の犯行だとすると、この時間に自宅にいた被告に「気付かれることなく3人を殺害したとは考えられない」とし、周辺の防犯カメラ映像や自宅の指紋状況などからも第三者侵入の可能性を排除した。その上で、被告の左腕に妻が抵抗した際に付いたとみられる傷があり、妻の右手薬指の爪の間から採取した微物が被告のDNA型と一致したことなどは、妻を殺害した犯人と裏付けるものだと指摘。動機は「不明」としつつも、被告が妻から日常的に叱責されるなどしていたことを踏まえ、育児や県警の昇任試験などをめぐる夫婦関係の悪化を挙げ、「何らかのきっかけでこれまでの鬱憤を爆発させ、衝動的に犯行に及んだとみるのが自然」と述べた。さらに、妻が日ごろから熱心に子育てに取り組み、事件以降の子供の予定も入れていることなどから、妻が子供2人を殺害した可能性も否定。「妻を殺害した被告が冷静さを欠いた心理状態のまま衝動的に子供たちを殺害したという想定は可能」と判断した。また、3人の遺体をつなぐようにライターオイルをまいて火をつけた痕跡があることについて「証拠隠滅を図ろうとしたと推測できる」と指摘。「現職警察官が妻子3人を殺害したという衝撃的な事件で社会的影響も軽視できない。結果は重大で、とりわけ子供たちを殺害したことに酌量の余地はなく、犯行態様が非常に悪質」と指弾し、「計画性は認められないとはいえ、死刑の選択は免れない」と結論づけた。
備 考
 
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