伊達邦彦全集5(光文社文庫)
『優雅なる野獣』



【初版】1997年8月20日
【定価】476円+税
【解説】馳星秋
【概要】
 法務大臣の娘・佐伯令子を相手に、ベッドで引き金を絞った英国破壊工作員・伊達邦彦に連絡が入った。「日ソ不可侵条約再締結を阻止しようとするアメリカ中央情報局の計画をつぶせ」。英国外務省情報局からの命令だった。危険な作戦を開始する邦彦。酷薄な彼は手段など選ばない。(「C・I・Aの暗殺者を消せ」)
 生還できる保証なし。伊達邦彦、工作員として日本で活躍!
(裏表紙より引用)

【初出】
 各短編はそれぞれ別の作品集にまとめられていた。こうして1冊になったのは、1979年3月、角川文庫より出版された『優雅なる野獣 牙を秘めたローン・ウルフ伊達邦彦』が最初である。

【備考】
 写真は1970年代後半に片岡義雄と対談中のもの。


【収録作品】

作品名
「汚れた宝石(ダイア)
初 出
 『宝石』(光文社)1966年2月号掲載。初出誌タイトル「日銀ダイヤ作戦」。1976年8月刊行の『汚れた宝石』(廣済堂出版)所収。
粗 筋
 英国の破壊活動班員としての命令を受け、伊達邦彦は日本に帰ってきた。偽名はフィリップ・ブラウン、職業は英国外務省二等書記官として。マフィアが日銀の地下第二金庫に眠っている戦時中の接収ダイアの残量16万1000カラット(時価約250億円)を狙っているとの情報をC・I・Aが掴んだ。世界中の殆どのダイヤの取引を扱っているダイヤモンド取引所をロンドンに抱える英国にとって、マフィアの作戦を成功させるわけにはいかない。そこで日本に精通している邦彦が派遣されてきたのだ。邦彦はうまくマフィアに入り込む。
感 想
 短編の割に扱う事件は大きい。ページ数が少ないせいか、展開も邦彦に都合がよすぎる。その辺の違和感を覚えたからこそ、のちに長編化したものと思われる。
備 考
 長編『日銀ダイヤ作戦』のプロトタイプ。

作品名
「C・I・Aの暗殺者を消せ」
初 出
 『別冊宝石』(光文社)1967年4月掲載。1968年3月刊行の『野獣の爪痕』(徳間オーヤブ・ホットノベル・シリーズ)所収。
粗 筋
 邦彦は三ヶ月前、日本に送り込まれた。今回の任務は、アメリカが好まない日ソ不可侵条約を締結するために来日するソ連の第一副首相を暗殺しようとするC・I・Aの計画を阻止することだった。
感 想
 C・I・Aから派遣される7人の暗殺者の殺人方法や、その処分方法にやや面白みはあるものの、それだけの作品でしかない。使えなかったアイディアをここで無理矢理押し込んだように思える。邦彦が主人公でなくても構わないような作品。こんな任務もあったんだよ、と言ってしまえばそれまでだが。
 珍しいのは、ほぼ地に落ちていた英国が普段は言いなりになっているアメリカの邪魔をする所である。
備 考
 

作品名
「みな殺しの銃弾」
初 出
 『別冊宝石』(光文社)1967年9月掲載。1968年3月刊行の『野獣の爪痕』(徳間オーヤブ・ホットノベル・シリーズ)所収。
粗 筋
 英国外務省情報部から半年の休暇を取った邦彦は、フィリップ・ブラウン少佐の偽名で日本に居た。邦彦はモーターサイクル・メーカーの世界一である本間技研工業の社長の一人娘、本間信子と知り合う。パーティの帰り道、邦彦と信子は拳銃で襲われる。幸い弾には当たらず、邦彦は信子の専用車に信子を押し込む。しかしその専用車は偽物だった。狙いは邦彦ではなく、信子にあった。誘拐犯は身代金を要求してきた。社長が持つ株40%の半分を、外資系で経営陣に参加しようとする日本フレンド自動車へ譲渡しろと。なめられたまま黙っている邦彦ではない。邦彦は信子を奪還しようと動き出す。
感 想
 邦彦が持つ騎士道精神(ギャラントリー)が十分に生かされた短編。いつの間にそのような騎士道精神を持ち合わせることになったのかが驚きだが。それと同時にアメリカ資本の強引さの一端を見せた一編。伊達邦彦というスケールを考える限りでは小さいかも知れないが、もっと掘り下げてほしかったテーマのような気がする。このようなテーマなど、大藪の作品には社会派としての一面があることを見逃してはいけない。むしろへなちょこな社会派作家より、よっぽど問題の本質を深く見据えている。
備 考
 

作品名
「連隊旗奪還作戦」
初 出
 『小説宝石』(光文社)1970年5月号掲載。1970年9月刊行の『ゲリラは太陽の下を走る』(徳間オーヤブ・ホットノベル・シリーズ)所収。
粗 筋
 邦彦は遂に英国外務省情報部の特殊工作員の職から解放される。しかも日本と英国による高度な政治的話し合いの結果、邦彦が日本で犯した数多くの犯罪は帳消しにされた。自由を得た邦彦は、連夜肉の快楽の追求におぼれる。しかし、連日連夜となると飽きが来る。邦彦の中にある戦闘的ストイシズムは、邦彦を孤独の猟野へと駆り立てる。邦彦は雪の北海道日高山地の原始林にいた。黄金時代の体力の復活を確認した邦彦は苫小牧の町に出て、女を買う。しかしそれは罠であった。邦彦はCIAの命により、金日成の執務室にある米第十軍第八騎兵連隊の連隊旗の奪還を命じられる。その連隊旗は毛沢東の警告を無視したマッカーサーが38度線を突破し、北朝鮮深く進撃した際に中国軍に破れ、敗走を重ねた混乱の中で奪われたものだ。邦彦はソウルで訓練を受け、平壌へ侵入する。
感 想
 「38度線現地取材 伊達邦彦読み切りシリーズ」と銘打たれた短編。その割に38度線に関する記述はほとんどない。大藪の作品にしては、取材結果が全く表に出てこない作品である。平壌への侵入のページはわずか1ページ。しかも結末は執務室に忍び込んだ邦彦が偽造軍旗と交換した後、北朝鮮を脱出するまでにはどんな危険に出くわすのだろうかと溜息をついて終わるのだ。これほどあっけない作品も珍しい。
 本作品は、邦彦が英国の頸城から外れて自由になったということを知らせるには重要であるが、それ以外には特に見るべきところがない。
備 考
 

作品名
「“紅軍派”大使拉致す」
初 出
 『小説宝石』(光文社)1970年6月号掲載。1970年9月刊行の『ゲリラは太陽の下を走る』(徳間オーヤブ・ホットノベル・シリーズ)所収。
粗 筋
 過激派学生集団“紅軍”がフランクフォード米総領事を誘拐した。引き替えの条件は、ハイジャック闘争の際に捕らえられた幹部以下数百名の釈放とキューバへの亡命であった。そんなことを許すことができない内務省保安局は、伊達邦彦に事件解決を依頼する。
感 想
 前作「連隊旗奪還作戦」と同じシリーズとして発表された短編。狐と狸の化かし合いと言った一編である。過激派学生集団“紅軍”が日本赤軍をモデルにしていることはすぐにわかるだろう。それにしても、現実にあった事件をここまでデフォルメするとは……。荒唐無稽もいいところと言いたくなる作品。後の作品にも登場する内務局保安部の鶴岡が初登場する作品、ということだけは覚えていていいかも知れない。
備 考
 

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