雪富千晶紀『死と呪いの島で、僕らは』(角川ホラー文庫)
東京都の果ての美しい島。少女、椰々子は、死者を通し預言を聞く力を持ち、不吉だと疎まれている。高校の同級生で名家の息子の杜弥は、そんな彼女に片想い。しかし椰々子が「災いが来る」という預言を聞いた日から、島に異変が。浜辺に沈没船が漂着し、海で死んだ男が甦り、巨大な人喰い鮫が現れる。やがて島に迫る、殺戮の気配。呪われているのは、島か、少女か。怖さも面白さも圧倒的!! 第21回日本ホラー小説大賞<大賞>受賞作!(粗筋紹介より引用)
2014年、第21回日本ホラー小説大賞受賞。応募時タイトル『死咒の島』。同年10月、『死呪の島』のタイトルでKADOKAWAより単行本刊行。2016年9月、改題、加筆修正の上、ホラー文庫より刊行。
伊豆諸島東端にある須栄島の元領主で現町長である白波家の次男・杜弥と、島で村八分にされている孤児の打保椰々子が主人公。過去に行方不明となった外国客船が漂着してから、次々に島に異変が起こる展開。最初に出てくる「顔取り」は結構恐ろしい。これはよく書けていると思った。ところが、その後がいけない。お約束な展開がてんこ盛りとなって続くのだ。「犯人」とか「呪いの正体」とか、いかにも借りてきました感が強い。
これだけの題材をこの内容でよく収めたとは思うが、逆に言うと書き急ぎすぎて、読者を怖がらせる前に次の展開に進むのは残念。さらに主人公の少年、少女とのやり取りが不足している。この程度のやり取りで気にかかるようになる?と言いたくなるぐらい、時間と描写が足りない。
題材は悪くないし、見た目もきれいだが、レトルト食品のようで、さらに食べられるものの味付けが今ひとつ。そんな印象を受ける作品。青春ホラーにするのなら、もう少し舞台をシンプルにしても、十分成り立っただろう。いっそのこと、顔取りだけでよかったんじゃないだろうか。その分、もう少し人間関係にスポットを当てた方が、より面白くなったと思える。
岩城裕明『牛家』(角川ホラー文庫)
ゴミ屋敷にはなんでもあるんだよ。ゴミ屋敷なめんな――特殊清掃員の俺は、ある一軒家の清掃をすることに、期間は2日。しかし、ゴミで溢れる屋内では、いてはならないモノが出現したり、掃除したはずが一晩で元に戻っていたり。しかも家では、病んだ妻が、赤子のビニール人形を食卓に並べる。これは夢か現実か――表題作ほか、狂おしいほど純粋な親子愛を切なく描く「瓶人」を収録した、衝撃の日本ホラー小説大賞佳作!(粗筋紹介より引用)
2014年、「牛家」で第21回日本ホラー小説大賞佳作受賞。書下ろし作品「瓶人」を加え、2014年11月、角川ホラー文庫より刊行。
ゴミ屋敷の特殊清掃人であるジンさん、コバ、ツネ君が遭遇する奇譚。それにコバの病んだ妻が関わる。前半はゴミ邸をうまく使ったホラーで、それからループ現象が起きるSF設定が加わり面白くなるかと思ったら、最後は纏りつかなくなって放棄した印象を受ける結末。迷宮に入るなら屋敷の部分に絞り、妻の部分はいらなかっただろう。結局何をやりたかったのか、わからない。描写のグロさはまだしも。
「瓶人」は、母が甦らせたゾンビである父親と息子の物語。オチは分かりやすかったけれど、それでもこちらの方が面白かったかな。どうやって生活費を稼いでいたのかが分からないけれど。
内藤了『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』(角川ホラー文庫)
奇妙で凄惨な自死事件が続いた。被害者たちは、かつて自分が行った殺人と同じ手口で命を絶っていく。誰かが彼らを遠隔操作して、自殺に見せかけて殺しているのか? 新人刑事の藤堂比奈子らは事件を追うが、捜査の途中でなぜか自死事件の画像がネットに流出してしまう。やがて浮かび上がる未解決の幼女惨殺事件。いったい犯人の目的とは? 第21回日本ホラー小説大賞読者賞に輝く新しいタイプのホラーミステリ!(粗筋紹介より引用)
2014年、第21回日本ホラー小説大賞読者賞受賞。応募時タイトル『ON』。改稿の上、同年10月、角川ホラー文庫より刊行。
連続殺人事件を起こした人たちが、自ら犯した殺人事件と同じ手口で自殺するという連続事件の謎を、一度見たものはどんなものでも記憶できるという特技を持つ、八王子西署の刑事組織犯罪対策課の若手刑事、藤堂比奈子が追いかけるというもの。猟奇的な殺人方法などはホラーっぽさがあるものの、連続テレビドラマで取り上げそうな捜査物のミステリであり、ホラー小説大賞が応募先だったというのには違和感がある。
内容としても藤堂の目線で話が進むし、ベテラン刑事の厚田巌夫、若手先輩刑事の東海林、検死官の石上妙子といった周りの個性的なキャラクターも含め、シリーズ化を前提とした描き方には、作者の戦略が見えてきてあまり好きになれない。事件の真相も、動機こそは面白いが、これで本当に実行が可能かと読者を納得させる(想像させる)説得力が大きく欠けているのは残念。ただし、読みやすいこと自体は確か。凄惨な内容の割に怖さが伝わらない描写不足は、広範囲に読者を獲得するための作戦と好意的に解釈しよう。量産できるタイプの作品に仕上がっている。
続編が書かれるだろうなあ、と思っていたら、もう何冊も出ているし、テレビドラマ化もされていた。それ自体は納得。どうしたらシリーズ物として売れるのか、という模範的な作品である。
澤村伊智『ぼぎわんが、来る』(角川ホラー文庫)
“あれ”が来たら、絶対に答えたり、入れたりしてはいかん――。幸せな新婚生活を送る田原秀樹の会社に、とある来訪者があった。それ以降、秀樹の周囲で起こる部下の原因不明の怪我や不気味な電話などの怪異。一連の事象は亡き祖父が恐れた“ぼぎわん”という化け物の仕業なのか。愛する家族を守るため、秀樹は比嘉真琴という女性霊能者を頼るが……!? 全選考委員が大絶賛! 第22回日本ホラー小説大賞<大賞>受賞作。 (粗筋紹介より引用)
2015年、第22回日本ホラー小説大賞受賞作。応募時名義澤村電磁、応募時タイトル「ぼぎわん」。タイトルを変え、2015年10月、KADOKAWAより単行本刊行。2018年2月、文庫化。
出版当時、ホラー界に大物新人現れる、みたいな感じで大きく取り上げられたのを覚えている。それが気になって、いつか読もうと思っていたが、ようやく手に取ることができた。読んでみると、確かに大物感はあるなと感じた。ただ、あまり好きになれない作品でもあった。
ぼぎわんという化け物自体は、日本の妖怪ものを調べれば似たようなものは出てくるだろう。そもそも宣教師によってブギーマンと名付けられたものが日本語よみのぼぎわんになった、というのが設定だ。最初は単に妖怪小説の現代版焼き直しなのかな、と思ってい読んでいたら、いつの間にか現代の社会問題であるDVやイクメンなどが絡んできて、あらあらとなってしまう。第1章が田原秀樹の視点、第2章が妻の香奈の視点、そして第3章がオカルトライターである野崎崑の視点となっている。正直言って、ここまで登場人物を悪く描かなくてもいいじゃないか、と読みながら思ってしまった。そのせいか、感情移入できる人物が誰もいない。それが本当に苦痛だった。
事件を解決する霊能力者の比嘉琴子・真琴姉妹も、なんか性格的にダメ。悪く描かれているわけではないのだが、生理的に受け付けない。結局、嫌な気分のままで読み終わってしまった。これじゃ、素直に楽しめないよね。そりゃ人間って、何らかの闇は抱えているだろうけれど、それをここまで醜く描かなくてもいいじゃないか。
比嘉姉妹ってシリーズになっているようだが、これでは次を読む気が起きない。読者を選ぶ作品だったな、これは。
織守きょうや『記憶屋』(角川ホラー文庫)
大学生の遼一は、想いを寄せる先輩・杏子の夜道恐怖症を一緒に治そうとしていた。だが杏子は、忘れたい記憶を消してくれるという都市伝説の怪人「記憶屋」を探しに行き、トラウマとともに遼一のことも忘れてしまう。記憶屋など存在しないと思う遼一。しかし他にも不自然に記憶を失った人がいると知り、真相を探り始めるが……。記憶を消すことは悪なのか正義なのか? 泣けるほど切ない、第22回日本ホラー小説大賞・読者賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
2015年、第22回日本ホラー小説大賞・読者賞受賞。改稿の上、2015年10月、角川ホラー文庫より刊行。
表紙のイラストがいかにも今時の売れ線を真似ていたため、ヒットしていると知っていてもなんとなく手に取る気にならなかったのだが、読んでみてちょっと後悔。もっと早く読んでもよかった。読み終わってみると、このイラストで正解だったとも思った。
ジャンルとしてはセンチメタル系ホラーか。確かに「記憶屋」という都市伝説のような人物を登場させ、記憶を消すというのはホラーと言えなくもないが、内容は記憶を消すことの是非を問うた結構重い作品。登場人物に女子高生とか大学生が出てくるせいもあってか、読み始めた当初はそんなに重い雰囲気になるとは思わなかった。文体は非常に読みやすいけれど、読み終わってみると哀しくなってくる。何が正しいか、わからないまま……。
これは近年のホラー大賞でも上位に位置する作品(といっても、最近のはあまり読んでいないけれど)。大賞作品を読んでいないし、改稿前がどうだったかも知らないので、これがどうして読者賞止まりだったのかはわからないが、表紙のイラストに惑わされず読んでみた方がいいよとおススメできる一冊。意外な拾い物だった。続編が作られているのも納得である。
名梁和泉『二階の王』(角川ホラー文庫)
30歳過ぎのひきこもりの兄を抱える妹の苦悩の日常と、世界の命運を握る<悪因>を探索する特殊能力者たちの大闘争が見事に融合する、空前のスケールのスペクタクル・ホラー! 二階の自室にひきこもる兄に悩む朋子。その頃、元警察官と6人の男女たちは、変死した考古学者の予言を元に<悪因研>を作り調査を続けていた。ある日、メンバーの一人が急死して……。第22回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作。文庫書き下ろし「屋根裏」も併録。
2015年、第22回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞。2015年10月、KADOKAWAより単行本刊行。加筆修正のうえ、書下ろし「屋根裏」を併録して2017年9月、文庫化。
ひきこもりとそれに悩む家族の姿はよく書けていると思うけれど、「悪因」の設定描写が今一つでわかりにくい。また「悪因研」のメンバーの描写が少なすぎて、毎回こいつ誰だっけとページを戻る羽目に。結局まどろっこしいまま、最後まで行ってしまった。二階の王にまつわるどんでん返しは面白かったが、それ以外は設定のわりに描写が少なかったので消化不良感が残るばかり。読んでいて退屈だった。
最東対地『夜葬』(角川ホラー文庫)
ある山間の寒村に伝わる風習。この村では、死者からくりぬいた顔を地蔵にはめ込んで弔う。くりぬかれた穴には白米を盛り、親族で食べわけるという。この事から、顔を抜かれた死者は『どんぶりさん』と呼ばれた――。
スマホにメッセージが届けば、もう逃れられない。『どんぶりさん』があなたの顔をくりぬきにやってくる。脳髄をかき回されるような恐怖を覚える、ノンストップホラー。第23回日本ホラー小説大賞・読者賞受賞作!(粗筋紹介より引用)
2016年、第23回日本ホラー小説大賞読者賞受賞。改稿し、2016年10月、角川ホラー文庫より刊行。
『最恐スポットナビ』という本を読むと、スマホのメッセージアプリ「LIVE」に文字化けしたメッセージが届き、【既読】が表示されると「目的地が設定されました。目的地まで××キロです」とナビが開始され、行方不明となり、そして別の事件が起きた場所で死体となって発見される。番組制作会社ポジットの袋田翼と朝倉三緒が事件の謎を追いかける。
「どんぶりさん」という存在自体は新しいものかもしれないが、それ以外を除くと、古い設定。昔でいう恐怖の手紙やチェーンメールなどがスマホに変わっただけにすぎない。反発しあいながら事件の謎を追いかける主人公たちというのもよくある話だし、終わり方も今一つ。警察はほとんど動いていないし、どうにかならないのか、と思ってしまった。
文章力はそれなりにあるようなので読むことはできたが、恐怖を感じることもなく、終わってしまった。もう少し設定に新味を加えないと、次はきついぞ。
木犀あこ『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』(角川ホラー文庫)
霊の見える新人ホラー作家の熊野惣介は、怪奇小説雑誌『奇奇奇譚』の編集者・善知鳥とともに、新作のネタを探していた。心霊スポットを取材するなかで、姿はさまざまだが、同じ不気味な音を発する霊と立て続けに遭遇する。共通点を調べるうち、ふたりはある人物にたどり着く。霊たちはいったい何を伝えようとしているのか?
怖がり作家と最恐編集者のコンビが怪音声の謎に挑む、第24回日本ホラー小説大賞・優秀賞受賞作! (粗筋紹介より引用)
応募時タイトル「文字列の幽霊」。「幽霊のコンテクスト」と改題し、加筆修正。さらに書き下ろし「逆さ霊の怪」を収録。2017年9月、刊行。
作者は2014年に橘雨璃名義でジャンプ小説新人賞'14Springキャラクター小説部門銀賞を受賞し、『放課後の魔女』(JUMP j BOOKS)でデビューしている。主人公熊野惣介も二作目が出せなくて苦労しているが、作者自身を投影しているのだな、と思わせる。
タイトルを変えること自体は賛成だが、この本のタイトルは無いだろう。本当に応募時から雑誌のタイトルは『奇奇奇譚』だったのか。あまりにもチープだ。
売れない新人ホラー作家と編集者のやり取りはまあ楽しめるのだが、そのせいでホラーっぽさが消えてしまっている。表紙も含め、どことなくライトノベルっぽい仕上がりは、ここ数年の流れを意識したものだろうか。しかも霊の正体というのがこれでは、セルフパロディなのだろうかと思ってしまうぐらいだ。
書き下ろしは本作の前日譚。もうちょっとページがあってもよかっただろうに。
どうせ売れ線を目指すなら、女性作家にしてしまえばよかったのに。それとも、男同士の方がトレンドなのか。そこらへんはよくわからないが、なんにせよ、無理やりホラーを書かなくてもいいのに、とは思った。
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