猟奇文学館2 人獣怪婚(ちくま文庫)



【初版】2000年12月26日
【定価】780円+税
【編者】七北数人
【紹介】
 時に蠱惑的に、時におぞましく、時に哀切に、この世では決して許されることのない情欲に身を浸した人と獣たちとの壮絶な恋。美女と野獣、つるの恩返し、オシラサマ伝説など、童話や民話などの形で古くから語り継がれてきた異類婚姻譚の現代版傑作短篇集。暗く不気味なエロティシズムが、息苦しいほどの熱を帯びて解き放たれる。
(裏表紙より引用)
【感想】
 人獣姦淫というタブーをテーマにした短編アンソロジー。これが面白い。幻想的なものからSF、怪異談、陵辱的なものまでオンパレード。幻の作家椿實も収録されているし、これはお得です。人獣姦淫は「タブー」と書いたけれど、「古事記」「日本書紀」の頃から人獣姦淫のエピソードは多いんだよね。民話でいったら「鶴の恩返し」では契りを結んでいるでしょう、間違いなく。これをテーマにしたら、結構面白い物が書けるんじゃないのかな。

【収録作品】

作品名
阿刀田高「透明魚」
初 出
 『小説推理』(双葉社)1974年12月号
底 本
 『ナポレオン狂』(講談社文庫)1982年7月
粗 筋
 青山の裏通りにある喫茶店に入った私。ガラス張りの水槽にいたのは、肉の部分が透き通った魚だった。
感 想
 わずか12ページの短編ではあるが、妖しき美と情欲の世界を描き切った作品。結末が実に素晴らしい。
備 考
 

作品名
赤江瀑「幻鯨」
初 出
 『小説新潮』(新潮社)1974年9月号
底 本
 『海贄考』(徳間文庫)1986年5月
粗 筋
 潮問の浦という村から二十七、八里ほど沖合にある王島。絶海の流人島だったが、今は鯨漁入漁場となっていた。しかしここ五年は海に鯨が一頭も見えず、とうとう代官から貸下金、飯米賃下げから差し止めのお達し状が届いた。その翌日、ついに鯨が見えた。
感 想
 ちょっとわかりにくいところのあった作品だが、鯨が女に変化するところは秀逸。
備 考
 本書収録に当たり、若干の加筆訂正。

作品名
眉村卓「わがパキーネ」
初 出
 『SFマガジン』(早川書房)1962年9月号
底 本
 『重力地獄』(角川文庫)1978年5月
粗 筋
 他の星の高等生命体であるユーカロ族の女性、パキーネが六か月契約で外務省経由の留学生としてやってきた。ユーカロ族は120kg以上に肥え、蒼白い肌と巨きな眼を持っていた。私は体重コントロール食品を食事に混入する。パキーネはどんどん痩せてきた。
感 想
 異形の宇宙人との繋がりというこれまた異形な形の話。結末の意外な展開が楽しめる。
備 考
 

作品名
岩川隆「鱗の休暇」
初 出
 『小説宝石』(光文社)1973年11月号
底 本
 『死体の食卓』(悠思社)1991年11月
粗 筋
 綾田弘雄は四日の夏休みを取り、ひとりで四国の山中を旅行していた。気ままに歩いていたが、誰かに尾けられている気配を感じる。日が暮れてきたので、一軒の屋敷の老婆に納屋でもいいから泊めてほしいと頼むも断られる。地蔵の側で眠りこけてしまった綾田は、夜露に濡れて目を覚ます。闇の中を再び歩き出すと、一軒の家を見つけた。泊めてもらうこととなった家には、老婆と若くて綺麗な娘がいた。
感 想
 序盤の雰囲気作りが非常にうまく、後半のおどろおどろしい展開に綺麗につながっている。
備 考
 「鱗の屋敷」改題

作品名
村田基「白い少女」
初 出
 『SFマガジン』(早川書房)1987年7月臨時増刊号
底 本
 『恐怖の日常』(ハヤカワ文庫)1989年2月
粗 筋
 既に留年を決めた大学四年の渡辺綾夫は、とにかく女性にもてる。そんな彼が、2か月前に引っ越したアパートの近くにある一軒家に住む少女に心を奪われた。少女の方も彼を好いたらしい。ある日、屋敷に住む父親の老人に、話し相手になってほしいので明日食事に来てほしいと誘われた。次の日屋敷に行ったが、少女は恥ずかしがって出てこない。老人はかつて、白アリ防除業者として働いていた。
感 想
 あまりにも耽美な作品。そして映像として思い浮かべたくない。背筋がゾゾっと来る傑作。
備 考
 

作品名
香山滋「美女と赤蟻」
初 出
 『宝石増刊』(岩谷書店)1954年8月号
底 本
 『香山滋全集』第七巻(三一書房)1994年3月
粗 筋
 カラハリの岩壁で見たのは、一匹の大赤蟻。地元の老人は、ボレオ・キ・ボという邪悪な女王蟻だという。ブンゴ・アンドンゴの町に戻った僕は、商売人のヌヤテウエに誘われホテルを出た。ロテテの城塞、そこは夕方に大赤蟻を見た場所。ヌヤテウエが紹介したカテマは、病気で寝ていた。鞭で折檻しようとしたヌヤテウエを止め、僕はカテマを買った。
感 想
 香山滋が得意とした秘境物の一編。色香がすごい。
備 考
 

作品名
宇能鴻一郎「心中狸」
初 出
 『小説現代』(講談社)1967年3月号
底 本
 『血の聖壇』(講談社)1967年9月
粗 筋
 阿波では雪隠に狸がつき、若い女の尻をなでたり、舌で舐めたりするという。蜂須賀候の姫に恋した阿波狸は、女中の苅藻を喰い殺して化け、厠で姫の後始末をするようになった。挙句の果てに、長い舌で隅々まできれいに舐めとり、綺麗に始末するようになった。姫もまたそれを喜ぶようになったが、男嫌いの姫がある日、若侍に恋をした。
感 想
 結ばれぬ思いを抱いた阿波狸の、あまりにも哀しく、そして変態的な交流。どことなく昔話を語るような設定が秀逸。
備 考
 

作品名
澁澤龍彦「獏園」
初 出
 『文學界』(文藝春秋)1986年2月号
底 本
 『高丘親王航海記』(文春文庫)1990年10月
粗 筋
 天竺を目指していた高丘親王たちは、密林を抜けると深い谷底に集落があった。安展と円覚が先に谷底におり、高丘親王と秋丸が待っていると、一匹の獣と出会った。獣の動きを見ていると、いつの間にか後ろに土民たちが現れ、親王たちは縛られて牢に入れられた。二日後、牢の二人に盤盤国の太守が現れ、良い夢を見るかと尋ねる。そう答えると太守は喜び、二人は獏園に連れていかれた。
感 想
 遺作である『高丘親王航海記』の一編。高丘親王は平城天皇の第三皇子で、後に僧侶となり、仏法を求めて老齢で入唐し、さらに天竺を目指して旅立って消息を絶ったという。そのため、何の説明もなく登場人物が出てきて、わからないところはある。エロティシズムを追究した澁澤龍彦だが、本作品はエロとともにどことなく女体の温かさを感じる一編となっている。
備 考
 

作品名
中勘助「ゆめ」
初 出
 『三田文学』(三田文学会)1917年2月号
底 本
 『母の死』(角川文庫)1956年9月
粗 筋
 わたしは熱帯の密林で、彼女といる。そこに顔は猿みたいな顔をして胴体はカンガルーの人獣が彼女をさらっていった。周りを見ると、他からさらわれた裸の女たちが、人獣にしがみついている。
感 想
 掌編に近いページ数の作品だが、何とも幻想的な作品。『銀の匙』の作者とは思えない、愛欲幻想譚である。
備 考
 

作品名
椿実「鶴」
初 出
 『長風』1959年2月号
底 本
 『椿実全作品』(立風書房)1982年2月
粗 筋
 山陰の温泉街での深い秋。少年はきたない鶴を追いかけ、池まで来た。血だらけの雌の鶴を、雄が強引に交尾していた。
感 想
 ショートショートと言っていいような長さの作品だが、リアルなタッチなのに、何とも不思議な幻想的作品。幻の作家の、筆を絶った後に1編だけ発表したものである。
備 考
 

作品名
勝目梓「青い鳥のエレジー」
初 出
 『問題小説』(徳間書店)1977年12月号
底 本
 『その傷口を刃で飾れ』(徳間文庫)1986年4月
粗 筋
 友彦と佳枝の情事中、コバルトブルーのセキセイインコが窓から入ってきた。人に慣れているようで、裸の佳枝のあそこを歩き回り、羽で撫でまわし、頭を突っ込み、佳枝を悶えさせた。友彦はインコを飼い始めるが、アパートは生き物禁止。友彦は張り紙を出し、インコの飼い主を探した。10日後、若い女性が友彦の部屋を訪れる。
感 想
 バイオレンスのベルで有名な作者だが、本作品はそれより前に書かれたものらしい。奇妙なインコと、それにまつわる女性の哀しい物語である。
備 考
 

作品名
皆川博子「獣舎のスキャット」
初 出
 『小説現代』(講談社)1973年9月号
底 本
 『トマト・ゲーム』(講談社)1974年3月
粗 筋
 薬局の家に生まれた野本亜也は、7歳下の弟である亘が少年院を出所するので迎えに来た。亜也は亘を小さいころからいじめていた。亜也は亘が少年院に入る前から、亘の部屋に盗聴器を仕掛け、亘が何をしているかを聴き、テープに取っていた。
感 想
 作者のデビュー直後の作品で、単行本の文庫化の際には自粛して差し替えてしまったという。あまりにもおぞましい作品で、作者がこのような作品を書いていたのがとても意外。確かに、当アンソロジーの掉尾を飾るにふさわしい、背筋が震える作品である。
備 考
 

【猟奇文学館(ちくま文庫)】に戻る