猟奇文学館3 人肉嗜食(ちくま文庫)



【初版】2001年1月10日
【定価】780円+税
【編者】七北数人
【紹介】
 なぜ人の肉を食ってはいけないのだ!? 人肉のうまさに取り憑かれてしまった人間たちの狂気と悦楽。そして、わが肉を捧げる愛。高橋克彦、夢枕獏、筒井康隆、宇能鴻一郎、山田正紀ら現代作家から、村山槐多、中島敦まで、カニバリズム傑作小説11篇を厳選。人肉嗜食魔たちが味わった天国の至福と地獄の業苦をとくと御賞味あれ。
(裏表紙より引用)
【感想】
 カニバリズムというテーマはタブーであるからか、昔から様々な作品で取り扱われている。ここに収められなかった作品を集めると、神話や歴史書、民話などを含めたらそれこそ何十冊にでもなるだろう。その中から選ばれた11選。なるほど、様々なアプローチがあるものだと感心してしまう。背筋が震えるほど恐ろしいものから、蠱惑の世界まで様々な禁忌が楽しめる。

【収録作品】

作品名
村山槐多「悪魔の舌」
初 出
 『武侠世界』(武侠世界社)1915年8月号
収 録
 『怪奇探偵小説集I』(双葉文庫)1983年12月
粗 筋
 私は2年前に知り合った詩人の金子鋭吉から遺書を受け取った。私は叫ぶ、彼は悪魔だと。遺書に残された自殺の理由は、あまりにも恐ろしいものだった。
感 想
 編者は本作を、近代小説における先駆的功績と位置付けている。22歳で夭折した作者が4年前に書いた名作である。これまた編者の言葉を借りると「当時まだ誰も書いたことのなかったカニバリズムのエロスと狂気が縦横無尽に描き切ってある」作品である。正直、これ以上の言葉はいらないだろう。
備 考
 

作品名
中島敦「狐憑」
初 出
 『光と風と夢』(筑摩書房)1942年7月(単行本書下ろし)
底 本
 『中島敦全集』I(ちくま文庫)1993年1月
粗 筋
 ネウリ部落のシャクに憑きものが憑いた。去年の春、北方から遊牧民ウグリ族の一隊が部落を襲い、撃退したものの、家畜を奪って逃げて行った。そのとき、弟のデックが頭蓋骨と右手を斬り取られて殺された。それからシャクは妙な譫言を言うようになった。一時は収まったが、再びシャクは譫言を言うようになった。それはシャクとは関係のない動物や人間どもの話であった。人々は珍しがり、シャクのもとに集まるようになった。
感 想
 ホメロスより以前にいた詩人の話、という体で書かれており、食肉シーンはごくわずか。テーマに合う内容というほどのものではないと思ったが。
備 考
 

作品名
生島治郎「香肉(シャンロウ)」
初 出
 『別冊小説現代』(講談社)1971年7月号
底 本
 『あなたに悪夢を』(講談社文庫)1982年2月
粗 筋
 香港の駐在員となった私は、赴任して一年半以上にもなるが、水があっているのかホームシックにならない。しかも秘書である中国美人の楊明芳と深い仲になっていた。妻はただでさえホームシックになっており、さらに明芳との関係を感づいてヒステリックになっていた。しかし妻は明芳に通訳を頼んで見物や買い物に出かけていたので、二人の仲はそれほど悪くなかった。明芳は色々な中華料理も教えてくれた。そして一番うまいのは狗の肉で、それは香肉と呼ばれている。狗肉を食うのは動物保護法で禁止されているが、いずれ香肉の秘密のパーティーに連れて行ってくれると約束した。
感 想
 読んでいる途中で誰もがその肉の正体に気づくだろうが、肉を食べる描写があまりにもおいしそう。そして結末で背筋が寒くなる。
備 考
 

作品名
小松左京「秘密(タプ)」
初 出
 『週刊小説』(実業之日本社)1973年11月
底 本
 『夜が明けたら』(実業之日本社)1974年8月
粗 筋
 夫が仕事の出張時に買い集めてきたがらくたの中にあった舌を吐き出した木の神像。妻と一緒の掃除中、同居している妹が頭部の泥に唾を吐きかけ、ごしごしこすった。夫が庭の芝刈りを行った後、妻にいきなり「お前が食べたい」と言い出した。妹はいったい何を言っているのかと思ったら、妻は了解。兄はシャベルで芝生に穴を掘りだした。そして兄は妹に、バナナの葉を四枚もらって来いと命令する。
感 想
 原型はポリネシアの民話らしい。愛ゆえの食人も恐ろしいが、それが伝染するのは恐怖。何気なく日常に戻るのは更に恐ろしい。
備 考
 

作品名
杉本苑子「夜叉神堂の男」
初 出
 『小説現代』(講談社)1976年4月号
底 本
 『夜叉神堂の男』(集英社文庫)1990年12月
粗 筋
 羅刹像が本尊である夜叉神堂へ泊った客に、男が話す節分の恐怖。淋しい漁村である奥州外ガ浜で生まれた男の両親は漁師ではあったが、裏では狂暴無残な悪人だった。節分の日には「雁の落とし木」という行事があった。雁が海を渡って日本にきたとき、銜えていた枝を捨てるが、それを拾い集めて節分の晩に湯を沸かして飲めば、その年いっぱい無病息災で暮らせるという言い伝えがあった。男が十三の節分、旅の山伏が泊めてほしいと家に来た。祠堂金の入った重い袋を見て両親は山伏を泊め、毒茸を仕込んだ酒を飲ませて寝入ったところを両親は細引きで首を絞めて殺してしまった。山伏は死ぬ直前、子供らに取り付いて目にもの見せようと呪った。山伏が死ぬと、すぐに姉が発狂し山伏の声で叫びだしたので、両親は姉を殺してしまった。私は逃げ出し、慈恩寺という禅寺に逃げ、寺小姓となった。
感 想
 山伏の呪いが取りついた男の懺悔話。1749年刊行の『新著聞集』奇怪篇の話が元になっている。ありがちな人食設定に前振りをつけるのがうまい。最後の浪人のエピソードが好き。
備 考
 

作品名
高橋克彦「子をとろ子とろ」
初 出
 『週刊小説』(実業之日本社)198年3月6日号
底 本
 『星の塔』(文春文庫)1992年3月
粗 筋
 人気DJの熔子と婚約者で番組担当ディレクターのぼくは、怖い民話を探す取材を兼ね、熔子の故郷である秋田を二人で訪れた。ほとんど覚えていない熔子の実の母親に会えればという目的もあった。しかし調べても怪談すら見つからない。実力者である熔子の祖父は、そんなぼくに怒りの表情を見せる。ぼくは取材の途中で熔子の母親を探し当てた。
感 想
 人食というテーマなのに、最後は感動的な佳品。作者にしては珍しいか。
備 考
 

作品名
夢枕獏「ことろの首」
初 出
 『野生時代』(角川書店)1984年4月号
底 本
 『悪夢喰らい』(角川文庫)1985年10月
粗 筋
 仕事の人間関係で失敗した私は、5年ぶりに山に登った。登山中に大雨が降り、慌てて峠を下りたが道を間違え、誰もいない見知らぬ小屋に入った。獣臭がすることから、そこはどうやら漁師小屋のようであった。火を起こし、服を乾かし、食事をしてホットウィスキーを飲んでいると、外から次々と人が訪れた。どうやら全員知人らしい。ウィスキーを進めて楽しむうちに、一人が歌を歌って踊り始めた。
感 想
 登山を舞台にしており、また不思議な人物が出てくるのは夢枕獏らしい。結末までの意外な展開が楽しめる。
備 考
 

作品名
牧逸馬「肉屋に化けた人鬼」
初 出
 『中央公論』1930年7月~8月
底 本
 『世界怪奇実話I 浴槽の花嫁』(現代教養文庫)1975年6月
粗 筋
 ドイツ、ハノウヴァ市で肉屋を営むフリッツ・ハアルマンは愛想よく応対し、気さくな人柄から人気者であったが、第一次世界大戦後で有名無実な状態だった警察のちょっとしたスパイをやっていた。そしてハアルマンは男色漢で、少年好きで、そして殺人鬼であった。肉屋で自ら捌いていたから、血だらけの前掛けも、店の前に転がっている骨も、当たり前のものだった。彼は二十八人の少年を殺したとして死刑となったが、本人は四十八人ぐらいまでは覚えていると語っていた。
感 想
 これは実話であり、後に映画化もされている。フリッツ・ハールマンはドイツでも有名な連続殺人犯である。
備 考
 

作品名
筒井康隆「血と肉の愛情」
初 出
 『Men's Club』(婦人画報社)1966年7月
底 本
 『ベトナム観光公社』(中公文庫)1979年3月
粗 筋
 私は父であり、部落の長でもあったパーツの心臓を食べた。長男として、次期長としてそれは当然のことであった。しかし、別の星から来たトーノはそれを見て禁忌だ、恥じないのかと私に怒った。、
感 想
 風習が違う別の星が遭遇すると、こういう悲劇にあうのだろうなと思わせる作品。確かに愛するものを食べるというのは、不条理ではないのかもしれない。
備 考
 

作品名
山田正紀「薫煙肉(ハム)のなかの鉄」
初 出
 『話の特集』(話の特集)1976年8月
底 本
 『終末曲面』(講談社文庫)1979年10月
粗 筋
 人類はほとんど滅び、生き残った人間は“人食い(マン)”と“草食い(カウ)”という二つのグループに分かれた。草食いは野草を食う。人食いは人を食う。しかし、人食いは草食いを食わなかった。しかしここにいる凶悪兄弟は、二つの大罪を犯していた。人食いなのに草食いまでも平気で殺戮すること。そして保存がきくように工場でハムに加工していることだ。私は人食いとして、彼らを殺しに来た。
感 想
 カニバリズムがテーマなのに、内容は徹底したアクション・ハードボイルド。このギャップが面白い。
備 考
 本書収録にあたり、著者による若干の加筆修正。

作品名
宇能鴻一郎「姫君を喰う話」
初 出
 『小説現代』(講談社)1970年3月
底 本
 『お菓子の家の魔女』(講談社)1970年10月
粗 筋
 もつ焼き屋に来た私は、隣で食べていた虚無僧が気にかかり、性的な内容で色々挑発した。するとその虚無僧はこんな話を始めた。昔は滝口の武者で、名は平の致光といい、伊勢神宮の皇大神宮にお仕えることになった、帝の血をひく処女の斎宮に仕えていたという。
感 想
 前半のあまりにも淫靡で俗悪的な内容から、後半の格調高い、しかし淫靡な世界に切り替わるのはさすが。エロティシズムを追い求めた作者らしい逸品である。
備 考
 本書収録にあたり、著者による若干の加筆修正。

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