新名智『虚魚』(KADOKAWA)


“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
 ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。(粗筋紹介より引用)
 2021年、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞。加筆修正のうえ、2021年10月、単行本刊行。

 作者の新名智(にいな さとし)は1992年、長野県生まれ。ワセダミステリクラブ出身で現在は会社員。学生時代に初めて書いた長編小説がとある賞の最終選考に残ったことがあるとのこと。社会人になってからは、二次創作をコミケに出していたという。
 虚魚(そらざかな)とは①釣り人が自慢のために、釣り上げた魚の数や大きさなどを、実際よりも大きく言うこと。また、その魚。②(主に釣り人同士の)話の中には登場するが、実在しない魚。のことを言うらしい。ただ、ネットの国語辞書を探しても出てこなかった。
 主人公の丹野三咲は怪談師。美人女子大生怪談師としてデビューしてから七年。11歳の時に交通事故で両親を失い、事故を起こした人物を祟りで殺すために怪談を捜している。一年以上同居しているカナちゃんは自殺志願者で、呪いか祟りで死にたいと言い、三咲が怪談を探すのを手伝っている。これもまた共存といっていいのだろうか、とは思うが、何とも不思議な二人の関係性ではある。そんな二人のやり取りは、気怠そうにしているにもかかわらず面白い。そんな二人が、釣りあげた人が死んでしまう魚がいるという怪談を聞き、静岡へ向かう。
 苦肉の策で誕生したと思われる横溝正史ミステリ&ホラー大賞。横溝正史は怪奇作品も書いているのだから、元の横溝正史賞に戻せばいいじゃないか、と思ってしまうのは私だけではないはず。それに「ミステリ&ホラー」というのが苦手。ホラー風味が欠片もないミステリ作品を送りにくくしているとしか思えないのだが。
 ところが本作は、ミステリとホラーの両要素がやじろべえのようにあっちこっちふらふらしながら、進んでいく。そのバランス感覚が絶妙。登場人物は過不足なく、描写も悪くない。文章にも無駄はなく洗練されており、構成もすっきりしている。残念なのは、選考でも黒川博行が指摘しているが、ストーリーに起伏が乏しいこと。そのせいか、短めの長編なのに中弛みしている。その大きな原因は、これまた黒川の指摘通り、途中で出てくる怪談が怖くないことだ。ここが直っていれば、この作品の評価もさらに上がっていただろう。
 才能が感じられる作家なので、次作に期待したい。三作目ぐらいで大化けする予感がする。



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