ギネスブックと死刑囚




 何を今更な話ですが。

「ギネスブック」といえば日本でもおなじみの、世界一を収集した本。2002年からは「ギネス・ワールド・レコーズ」と改称したというのは今回調べて初めて知った。ここでは通りがいいので、「ギネスブック」で統一する。ついでではあるが、ここのタイトルにある「死刑囚」は「死刑確定囚」のことを指しており、死刑判決を受けながらも上訴している段階の被告については当てはまらないものとする。

 とある件で、帝銀事件の犯人とされ、死刑確定囚のまま獄死した平沢貞通氏のことを調べていたのだが、昔ギネスブックに登録されたみたいな新聞記事を読んだことを思い出した。多分世界最長の死刑囚かなんかで登録されたのだろうと思ったが、具体的な内容が思い出せない。肝心なことはすぐに忘れるくせに、こういうことは一度気になると頭から離れない。ということで、とりあえずネットで色々と調べてみることにした。ところが、文献によって書かれている内容が微妙に異なっているので、何が本当なのだかさっぱりわからない。昔スクラップしていた記事の中にあるかと思って調べてみると、あった、あった。読売新聞によると、平沢氏の養子である武彦氏と弁護団が、次の二つの記録を掲載してくれるように申請したらしい。

(1)世界で最も長く死刑執行が延期されている死刑囚
(2)世界で最高齢の死刑囚

 平沢氏は1987年5月10日に95歳で亡くなっている。世界中の死刑囚を調べたことなどないので100%言い切る自信はないが、90歳以上の死刑囚なんか聞いたことがないので、間違いなく最高齢だろう。そして、(2)の記録が破られる日が来るとはとても思えない。とはいえ、アメリカにおける判決から死刑執行までの平均期間は約20年間となっているから、案外アメリカではこの記録を打ち破る死刑囚が出てくるのかもしれない。ただ普通だったら、90歳を超えれば減刑を訴えてマスコミが騒ぎ出すのではないかと思う。
 ちなみに、「死刑に直面するものの保護の保障の履行に関する国連決議」というものが1989年5月に提出されており、日本を含む国連総会出席加盟国の全会一致で承認されている。この決議の中には、「死刑執行の最高年齢を定める」という文章も含まれている。しかし日本は、死刑執行の最高年齢を定めていない。今のところ、日本で執行された最高齢は、秋山芳光元死刑囚の77歳である。
 現在の執行されていない死刑囚で最高齢は、石田富蔵死刑囚の86歳。以下奥西勝死刑囚の83歳、浜田武重死刑囚の81歳、荒井政男死刑囚の81歳、坂本春野死刑囚の81歳、大濱松三死刑囚の80歳が続く。

 さて、(1)はどうだろうか。ちなみに平沢氏の場合は、1955年5月7日に死刑が確定し、1987年5月10日に亡くなっているから、単純計算をすると32年である。ところが色々なところを見ると、39年と書かれていることが多い。これは1948年8月21日に逮捕されてからの年数で計算しているようだ。他に37年ということもあるが、こちらは1950年7月24日に一審判決が出てからの年数と思われる。
 死刑が確定するのは、最高裁が下級審における死刑判決を確定した後、被告側から出された判決訂正申し立てを棄却する決定をした時点である。だから厳密に「世界で最も長く死刑執行が延期されている死刑囚」として計算すると、最高裁で死刑が確定した後だから、32年が正しい数字となる。ただし「死刑囚監房に最も長くいた」と書いている記事もあるので、こうなるとわけがわからなくなる。ただ、地裁や高裁で判決が出た時点では、死刑囚監房にいるとはいえないだろうから、このあたりがよくわからない。実際に「ギネスブック」にあたれば簡単なのだが、これだけのためにわざわざ買うのも躊躇われる。

 ところで、平沢氏の(1)の記録を抜く可能性がある死刑囚はいるだろうか。日本の場合、これがいるのだから笑えない。
 尾田信夫死刑囚の場合、逮捕が1966年12月27日。一審判決が1968年12月14日。二審判決が1970年3月20日。最高裁判決が1970年11月12日。
 奥西勝死刑囚の場合、逮捕が1961年4月3日。一審判決は1964年12月23日、ただし無罪。二審判決が1969年9月10日。最高裁判決が1972年6月15日。
 袴田巌死刑囚の場合、逮捕が1966年8月18日。一審判決は1968年9月11日。二審判決が1976年5月18日。最高裁判決が1980年11月19日。
 最高裁判決〜判決訂正申し立て〜確定までの期間は約2〜4週間ということでここでは全員1ヶ月として計算すると、2008年9月1日時点で3人の年数は以下となる(端数で間違えていたらごめんなさい)。

 尾田死刑囚:逮捕から41年9ヶ月、一審判決から39年8ヶ月、確定から37年8ヶ月。
 奥西死刑囚:逮捕から47年5ヶ月、二審判決から39年0ヶ月、確定から36年2ヶ月。
 袴田死刑囚:逮捕から42年0ヶ月、一審判決から39年11ヶ月、確定から27年8ヶ月。

 奥西死刑囚の場合、一審判決が無罪だったので、二審判決までの間は釈放されていた。よって、逮捕からの収監期間となると、一審判決から二審判決の間、4年9ヶ月を差し引く必要がある。その場合、44年8ヶ月となる。さらに奥西死刑囚の場合、2005年4月5日、名古屋高裁における再審開始決定から2006年12月26日、名古屋高裁で再審開始決定を取り消す決定が下されるまでの期間、死刑執行停止の処分が出されているため、このあたりの取り扱いはさらに難しい。

 逮捕からの収監期間では奥西死刑囚、連続でとなると袴田死刑囚が一番長い。一審判決からでも袴田死刑囚。確定からでは尾田死刑囚が一番長い。
 どの期間においても、すでに平沢氏の記録を抜いているということになる。再審が決まるか、執行されるか、病気で亡くなるか、減刑されるか、恩赦されるか、いずれかの処分が決まるまではこの記録が続くため、「ギネスブック」に申請されることはないだろうが、こんな記録が破られる日が来るとは、死刑存続論者も廃止論者も思いもしなかっただろう。


【参 考】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ギネス・ワールド・レコーズ
死刑廃止と死刑存知の考察:世界各国の死刑存廃状況 アメリカ合衆国

(2008年9月8日記)



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