中村光至『特別捜査本部―佐世保・筑豊・小倉連続強姦殺人事件』(トクマノベルス)




 一月半ばの夜、佐世保市南部の南風崎駐在所の巡査長・俣野俊三は防犯協会役員の山口から、「近くの雑木林の中に人形のようなものが転がっているけど、もしかしたら人間かも」と届けでられた。一緒に行ったところ、上半身裸の若い女性の死体が転がっている。遺留品は全くない。三月末、今度は筑豊の笹藪の中で全裸女性の死体がみつかり、つづいて小倉でも……。三件とも死因は扼殺である。同一犯人による連続強姦殺人と断定され、地道な聞込みの結果、三人とも、ベレー帽の男と歩いているところを目撃されていたが……。(粗筋紹介より引用)
 『捜査』『刑事』に続く警官小説シリーズ第3作。

 「警官小説シリーズ」と書いたが、特に統一した主人公がいるわけではなく、単に九州の警察を舞台としているに過ぎない。それでも前二作は一応時間的なつながりがあったものの、本作では舞台が1969年となっており、つながりは全くない(最後のページで、岡野大介の事件が解決した六年後の昭和49年という記述がある)。1985年8月に書下ろしで刊行された。
 本作品は、1962年に発生した福岡県の女姓連続殺人事件がモデルである。1月に佐世保市で、3月に山田市(現、嘉麻市)で、4月に小倉市で強姦、扼殺された女性の死体が発見されるという連続強姦殺人事件を警察が追う。しかし、それぞれの警察署で捜査本部が設置され、黒いベレー帽の男・岡野大介を追うという展開になっている。  ここで中村が主題としてあげようとしたのは、複数の県にまたがる事件に対応しようとする警察の姿だろう。本書でも、連続事件と思われながらも別々に捜査本部が立てられているという警察の姿を描いている。特に当時は、他県同士の警察が協力し合うということは少なかった。福岡県警察本部に勤務していた中村は、そのような警察組織の不合理さを無念と思っていたのだろうか。だからこそ、本書の最後の方で唐突に「広域重要事件捜査要綱」が出てきたのだろうと思われる。
 しかし、そういう警察の姿を描きたいのなら、何も実在の事件をモデルにすることはなかったんじゃないかとも思うのだ。それもわざわざ時代をずらしてまで。どうも取り上げ方が中途半端であるとしか言い様がない。広域重要事件の問題点を挙げるというのであれば、実在の西口彰事件を取り上げた方がよかっただろう。もっともこの事件を題材にした小説で、佐木隆三『復讐するは我にあり』という傑作があることから、作者が避けたのかも知れないが。

 なお本事件のモデルとなった連続強姦事件だが、ここを見る限りではかなり内容が異なる。
 実際の事件であるが、犯人である坂野某は1962年1月23日に小倉市で女姓(当時20)を殺害。3月29日に遺体が発見された。3月28日では某政党県連幹部の愛人だった女姓(当時20)を脅して連れ出し、強姦後に絞殺。4月16日に遺体が発見された。小倉署と山田署で合同捜査を開始し、ベレー帽を被った男を突き止める。その男・坂野は詐欺、横領、強姦傷害容疑で長崎、佐賀県警から全国指名手配中だった。4月25日、伊万里市郊外の山林で坂野は若い主婦を襲ったが主婦は逃げ出して警察に通報。山狩りの結果、翌日に坂野は発見され逮捕された。逮捕後、坂野は1956年6月に佐世保市でホステスの女姓(当時21)を殺害したことも自供した。坂野には佐賀県で殺人、同未遂で逮捕された懲役8年の実刑判決を受けた過去があった。他に詐欺、横領などの前科もあった。
 坂野は当時拘置所で一緒だった免田栄に、「女性18人を殺したが、警察が調べたのは8件で、残りは調べが難航して放棄した」と語っている。起訴されたのは、上記3件のみである。
 1970年6月21日、死刑執行。再審請求棄却と同時に処刑通知が来たとある。


【参考資料】
 免田栄『免田栄獄中ノート』(インパクト出版会,2004)
福岡・女性3人連続殺人事件事件史探求


【「事実は小説の元なり」に戻る】