西村望『丑三つの村』(徳間文庫)




 小夜更けて鬼人衆こそ歩くなれ
 南無や帰依仏南無や帰依法南無や帰依僧
 昭和13年5月21日午前1時すぎ、犬丸継男は、祖母はんの枕許に立った。右手に薪割り斧を無造作に持って……。中国山地の山間に位置するここ日暮谷では22戸111名の全村民が深い闇の中で眠っていた。
 犬丸は斧を振りかぶり、そのままどさっと振り下した。「やったぞ皆殺しじゃ」叫びながら、一気に薮の向こうに駆け下りた。(粗筋紹介より引用)

 西村望は1926年1月10日、香川県生まれ。南満州鉄道社員、新聞記者、テレビレポーターなどの後、1978年、52歳のときに『鬼畜』でデビュー。『薄化粧』『丑三つの村』『刃差しの街』で直木賞候補になるも受賞できず。当初は犯罪小説が中心だったが、その後は時代小説を中心に執筆している。弟は作家の西村寿行。
 『丑三つの村』は『サンデー毎日』に連載され、1981年7月、毎日新聞社より刊行された。1981年下半期、第86回直木賞候補に選ばれるも落選している。
 1983年1月15日、松竹富士系にて公開された。古尾谷雅人が主演で、恋人は田中美佐子が演じている。全編が残虐という理由で、R-18(成人映画)に指定された。出演女優の大胆演技でも知られている。

 主人公こそ犬丸継男と名前を変え、舞台も日暮谷としているが、本書は「津山三十人殺し」のノンフィクション・ノベルである。同じ1981年には筑波昭によるノンフィクション『津山三十人殺し―村の秀才青年はなぜ凶行に及んだか』(草思社)が出版されているのは偶然だろうか。津山事件をモデルとした事件が出てくる『八つ墓村』の映画が1977年に公開されているから、それにインスパイアされた可能性はある。
 あくまで小説であるから、脚色は見られる。ただ作者は、最後の『「ノート」から』で取材していることを明らかにしており、できる限り実在に合わせようとした様子が窺える。
 いずれにせよ、陰惨な津山事件を読みやすい物語としてまとめた功績は絶大なるものであり、津山事件を世間に広めたのは『八つ墓村』よりむしろこの作品ではないかと思われる。もちろん、被害に遭われた方やその遺族からしたらたまったものではないかもしれないが。

 タイトルは、継男が姉宛に残した遺書の中にある「思へば日暮谷、江戸時代以来の深い闇にとざされた丑三つの村でした」という文章から来ている。


【参考資料】
 西村望『丑三つの村』(徳間文庫)

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