清水一行『迷路』(徳間文庫)




 フェアレディZを乗り回した身代金目的の女姓連続誘拐殺人事件の判決は、塩月智恵子については死刑、一方、共謀共同正犯と目された三谷忠には無罪の判決が下った。
 智恵子は、雪に閉ざされる陰鬱な郷里の富山を抜け出してから出会った最初の男、仲井との関係がうまくいかなくなっていた。すがるように三谷の積極さにひかれていったのだが、その三谷には妻がいることがわかり……。(粗筋紹介より引用)

 経済小説、犯罪小説を書き続けた清水一行の作品。1993年10月に勁文社より刊行された。1998年4月には徳間文庫化されている。
 粗筋紹介を見ればわかるように、富山・長野連続誘拐殺人事件を取り扱った作品である。この作品が出版された1993年10月は、すでに名古屋高裁の判決が1年前に出ていて、男性被告の無罪が確定している。そんな時期になぜこのような本を出版したのだろう。
 プロローグは判決主文。しかし第一章から第三章までは、上京して男と知り合い、結婚、出産、離婚、富山へ戻り義父が死ぬまで。残りの第四章は、三谷と知り合い、会社を作るが上手くいかない。そして何とかしなければという塩月の決意が書かれる。エピローグは、裁判における三谷の被告人質問である。
 文庫版解説の茶本繁正によると、「この小説には、凶悪な犯行はなにひとつ描かれていない。そこに至るであろうことを予感させる女ごころの、男にのめりこむ迷路のようなプロセスを、見事なまでに捉え、描ききっている。受動的でありながら惚れこんだ愛しさのために能動的になってゆく、その女ごころの傾斜を、多くの伏線と状況設定とを絡み合わせて、息もつかせず展開する──老練なこの作者ならではの、緻密に構成された文芸作品である」だそうだ。
 とはいえ、元となる事件を知っていないと、プロローグやエピローグが唐突な物のように思えるし、そもそも女心を描いた作品でしかなく、現実の事件を知っているから何とか読み通すことができたが、退屈な作品でしかない。塩月智恵子をヒロインに据えている関係で、時には苛立ちながらも男性のために何とかしようとする、ある意味男にとって都合のよい女になっているのが、現実の事件とのギャップがあって違和感がある。ただ、エピローグで被告人質問を受けている三谷が塩月のことを「都合のよい女」と語っているのは、何となく納得できた。実際の人物は、無罪判決が出て釈放された時に「会社のオーナーもしていると聞かされ、女性経営者として尊敬していた。私の目には女神のように映りました」と語っているのだが、どちらかといえば「都合のよい女」扱いをしていたのではないかとも思える。
 清水一行が今更この事件を取りあげた理由はわからないが、このような見方もできるんだという点では勉強になった。退屈だったが。


【参考資料】
 清水一行『迷路』(徳間文庫)


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