新潟市のデザイナー、高森由利子は24歳の誕生日の夜、何物かに誘拐された。その1時間後、700万円の身代金を要求される。翌日の身代金受け渡しは失敗し、数時間後に由利子の死体が発見された。1週間後、って発見された。自動車修理工場の経営者、寺尾浩二は全面否認したが、後に単独犯行を自供。公判では主犯が別に存在すると主張したが、死刑が確定。再審請求を手出するも、6年後に自殺した。(粗筋紹介より引用)
1981年4月30日、講談社より書き下ろし刊行。
本書は、新潟で起きたデザイナー誘拐殺人事件のノンフィクション・ノベルである。事件は以下のような展開をたどった。
1965年1月13日午後8時半頃、新潟市で、警察を装った人物からの電話で呼び出されたデザイナーOさん(24)が誘拐され、1時間後に700万円の身代金を要求される。翌日、犯人は映画『天国と地獄』を真似、走っている列車から金を落とさせ、奪い取ろうとしたが失敗。その数時間後にOさんの遺体が発見された。Oさんは身代金受け渡しの時刻には殺害されていた。1月20日、犯行に使った自動車から自動車修理工場の経営者Y(23)が逮捕された。逮捕当初は言語障害と半身不随を装っていたものの、数日後に全面自白した。
裁判では、別の三人組が犯行を主導し、自分は手伝わされただけだと主張したが、判決では単独犯であると認定。1966年2月28日、新潟地裁で求刑通り一審死刑判決。1968年12月19日、東京高裁で被告側控訴棄却。1971年5月11日、最高裁で上告が棄却され、死刑が確定した。
Yは1975年3月4日、新潟地裁に再審請求。しかし1977年5月21日、Yは東京拘置所で隠し持っていたガラス片を首に刺し、自殺した。35歳没。
事件の始まりから、死刑囚の自殺までを淡々と追ったノンフィクション・ノベルである。登場人物の名前こそ実際とは異なるが、事件の展開そのものは現実と変わらないと思われる(詳細な比較をしていないので……)。事件を知らない人、詳細を知りたい人には格好のテキストかも知れない。
作者はこう書いている。
私は、この事件をずっと以前から、作品にしようと狙っていた。だが、なかなか筆を執るふんぎりがつかなかった。その理由は、事件の実態を明確に?みきれなかったからである。
真実はどこにあるのか? 私は、関係者に会って話を聞き、あらゆる資料を読み漁り、自分なりの視座を確立しようとした。いくつかの仮説も構築してみた。だが、どれもどこかに矛盾か瑕疵があり、自信が持てないのだった。
やむなく、一つの策を考えた。それはこうである。
事件の発生や推移、捜査、起訴、公判状況などは、記録や資料に基づいて客観的に書く。主人公と、その周辺の人間像も、加盟にはするが、年齢、職業、事件との関わりなどは、現実そのままに書く。そして、後半に少数の虚構の人物を登場させ、彼らの複数の視点から、事件を解釈させる――。
この手法なら、独りよがりの独断に陥ることなく、事件の全体像を描き出すことができるのではないか、と思いついた。
ここでいう「虚構の人物」というのは、喫茶店主で稲葉昌史たちだろうか。後に寺尾から送られてくる短歌の投稿先である「草夢」の事務局長を務めている。本書では寺尾や母親の主張を信じ、共犯者がいるとして救援活動を、後に再審請求運動を続けている。それとも別の人のことなのかもしれない。
確かに客観的に書くにはこのような手法もあるだろうが、それだったら架空の人物なんか出さなくても、裁判の争点あたりを列記すればよいんじゃないかと思ってしまう。救援活動が広がったのは事実だろうが、それだったら普通に実在の人物を出せばよかったのにとも思ってしまう。こういうあやふやな描き方をすると、どこまでが真実でどこまでが虚構なのかわからなくなってしまう。「ノベル」だからそれでもいいという考えかも知れないが、事件や裁判の部分は実際に即した書き方をしているのに、もったいないことをしていると思ってしまう。確かに死刑囚が何も残さないまま自殺してしまった、という結果も考慮しなければいけないだろうが。
題材自体は面白いのに、料理が今一つな例。確かに取り扱いは難しいだろうが、もっと小説らしい大胆な料理をしてみてもよかったと思う。
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