折原一『追悼者』(文春文庫)




 浅草の古びたアパートで絞殺された女が発見された。昼は大手旅行代理店の有能な美人OL、夜は場末で男を誘う女。被害者の二重生活に世間は沸いた。被害者の二重生活に世間は沸いた。しかし、ルポライター・笹尾時彦はOLの生い立ちを調べるうち、周辺で奇妙な事件が頻発していたことに気づく。「騙りの魔術師」が贈る、究極のミステリー。(粗筋紹介より引用)
 2010年11月、文芸春秋より単行本刊行。2013年5月、文庫化。

 折原一が実在事件をモチーフに叙述トリックを駆使する「〇〇者」シリーズ。本作は粗筋を読めばわかるとおり、東電OL殺人事件を基にしている。
 東電OL殺人事件は1997年3月19日に起きた事件で、昼は東京電力のエリート社員で夜は売春を行っていた女性が殺害されたものであるが、被害者の女性の二重生活がマスコミに大きく取り上げられ、被害者のプライバシーはどこに行ったんだというぐらい根掘り葉掘り暴き立てられ、問題となった。犯人としてネパール人の男性が逮捕されるが、2000年4月14日の東京地裁は無罪判決、だが2000年12月22日の東京高裁では逆転有罪判決、2003年10月20日、最高裁で上告が棄却され、求刑通り無期懲役判決が確定した。しかし再審請求審で遺体から採取された精液のDNAが男性のものではなく、さらに現場に残された体毛のDNAと一致することが判明。さらに被害者の胸についていた唾液のDNAとも一致。2012年6月7日、東京高裁は再審の開始と男性の保釈を認めた。男性は不法残留であったため、6月15日にネパールへ帰国。さらにわずか2か月後の7月31日、東京高裁は検察の異議申立を棄却。検察側が特別抗告を断念し、再審が確定した。再審開始後、被害者の爪から精液と同じDNAが検出されたため、検察側は無罪を主張することになった。2012年11月17日、東京高裁は無罪判決を言い渡した。検察側は上訴権を放棄し、無罪が確定した。
 この事件は再審で無罪となったというだけでなく、様々な問題点を起こしたことから、ノンフィクションで多く取り上げられている。それと同時に、被害者の二面性が大きくクローズアップされたこともあり、フィクションでも題材として用いられている。

 本書でも大手旅行代理店に勤める大河内奈美が殺害され、その後夜に浅草で売春したことが発覚し、マスコミに大きく取り上げられることとなった。しかし犯人は捕まらず、奈美の母親が過熱する取材委クレームを出したため、新聞社や週刊誌は取材を控えるようになるも、一部の夕刊紙などは引き続き家族を追いかけた。そして一部のノンフィクションライターが手を出し始める。昨年、春秋ノンフィクション新人賞を受賞してデビューした30歳の笹尾時彦。今年の同賞受賞者である25歳の高島百合子。そして大物ノンフィクション作家加山修一郎の下請けで働く城戸義和。授賞式の二次会後、百合子に誘われて一緒に現場となったアパートの部屋を見に行った笹尾は、誰かがその部屋に入っているのを見つけ、追っていくとその部屋で笹尾は襲われた。百合子の悲鳴を聞いて通報し、駆け付けた警官に逮捕されたのは、その部屋の持ち主であり、百合子に部屋を貸していた桜田賢治だった。
 以後、笹尾、百合子、そして城戸がそれぞれ事件の背景を追いかけていく。

 事件の素材こそ東電OL殺人事件を使っているが、その後の展開は全くのオリジナル。となると折原一お得意の叙述トリックがどこで使われているか、ということだが、真相を明かされるとちょっと肩透かしを食らう。うーん、本当に可能なんだろうか、という気もする。それを除いても、憎しみでここまでできるのか、という気がしなくもない。それ以上に、笹尾と百合子がふらつきすぎていて、何なんだろうと思ってしまう。終わってみても、なんかもやもやするよね。素人が解けるなら、警察もわかりそうなもんだが。
 ちょっと残念な一策。もう少しすかっとしたかった。


【参考資料】
 折原一『追悼者』(文春文庫)
 各種新聞記事

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