柴田哲孝『暗殺』(幻冬舎)
奈良県で日本の元内閣総理大臣が撃たれ、死亡した。その場で取り押さえられたのは41歳男性の容疑者。男は手製の銃で背後から被害者を強襲。犯行の動機として、元総理とある宗教団体とのつながりを主張した――。
日本史上最長政権を築いた元総理が殺された、前代未聞の凶行。しかし、この事件では多くの疑問点が見逃されていた。致命傷となった銃弾が、現場から見つかっていない。被害者の体からは、容疑者が放ったのとは逆方向から撃たれた銃創が見つかった。そして、警察の現場検証は事件発生から5日後まで行われなかった。
警察は何を隠しているのか? 真犯人は誰だ?(粗筋紹介より引用)
2024年6月、幻冬舎より書下ろし刊行。
2022年7月8日11時31分、奈良県奈良市の近畿日本鉄道大和西大寺駅北口付近にて、元内閣総理大臣の安倍晋三が選挙演説中に銃撃され、死亡した。太平洋戦争以後に総理大臣経験者が殺害されたのは初めて。犯人である男性は「旧統一教会(世界平和統一家庭連合)への恨み」から銃撃したと供述。自民党と旧統一教会とのつながりの深さが浮き彫りとなり、東京地裁からは旧統一教会への解散命令が出されることとなった。
しかし元総理大臣が銃撃により殺害されたということもあり、男性の単独犯ではなく複数の仲間がいるのではないか、別に銃撃した真犯人がいるのではないか、あの警備体制は不備ではなくて銃撃しやすいようにわざとああいう体制にしたのではないかなどの、いわゆる陰謀論が流付した。
柴田哲孝『暗殺』(幻冬舎)は、安倍晋三銃撃事件を題材としたミステリである。さすがに安倍元首相や犯人、さらに一部の人については別の名前となっているが、一部の登場人物については実名でそのまま出てくる。
内容としては、元総理を殺害したのは宗教二世の男性ではなく、実は別の人物であった。その黒幕は実は……、というストーリー。その組織は昔から日本にある神道系団体であり、昔から日本を裏側から動かしていて、赤報隊事件や古くは下山事件などにも関わっていた、という設定。元総理を殺害した動機は、新しい元号に「令和」を選んだことであった。なぜ「令和」を選んだのが問題だというのかは、実際に小説の方を読んでほしい。
前半はとにかくスケールが大きく、元総理を殺害するまでの計画が一つ一つ丁寧に描かれていく。この部分だけを読むのなら、フィクションではなくてノンフィクションなのでは、と思ってしまうほどだ。いわゆる「陰謀論」をうまく取り込み、狙撃犯を実際に掴まった人物に擦り付ける展開がリアルに描かれている。
ところが後半、週刊誌がメインのフリージャーナリストが事件を追うところから、いきなりB級作品に転落する。一介の雑誌記者が事件の真相に迫っていく展開自体が安っぽい。しかもそのジャーナリストの元恋人である女性記者が取材を続けるうちにその真相を知るらしき人物に迫っていくと、一晩付き合うだけで簡単にしゃべってしまうという展開は、もうあきれてものが言えない。
しかも最後は安すぎる活劇サスペンス。おい、お前はプロじゃなかったのか、と言いたくなるぐらいの杜撰な行動である。ここまで来ると、前半と後半は別の作者じゃないのか、などと疑いたくなるぐらいだ。もしかしたら、この設定はフィクションですよ、と言い張るためのわざとらしいオチの付けかたなのかもしれない。
山ほどの陰謀論があったのは、ケネディ暗殺事件でも同様である。本書で取り扱われた元首相銃撃事件は、犯人が奈良地裁で一審無期懲役判決(求刑無期懲役)を受け、控訴中である。そして裁判の中では、拳銃の角度の問題などについても明確に否定し、犯人である被告自身も単独犯であること主張。いわゆる陰謀論はただのデマであることが述べられている。それでも本作のような「陰謀論」は今後も書かれていくに違いない。ただ、本作を超えるスケールの作品を書くのは、難しいかもしれない。
【参考資料】
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