清水一行『惨劇 石油王血族』(光文社文庫)
池谷幸雄は、伯父長原家の三人をつぎつぎ惨殺していった点…。石油王長原家の莫大な遺産を一人占めした憎い一家。サラ金の返済期限が目前に迫っていた幸雄は、伯父に借金を申しこんだが、にべもなく断られてしまったのだ。──綿密な心理描写で、戦慄すべき凶悪犯罪の中に塗り込められた「人間の怕さ」「罪と罰」を浮き彫りにする、推理小説を超えた推理小説。(粗筋紹介より引用)
『心象の中の惨劇』の原題で「小説推理」1983年12月号~1984年1月号に連載。本タイトルに改題し、1984年4月、カドカワノベルズより刊行。1987年、角川文庫化。1991年5月、光文社文庫化。
本作品は、1983年に東京都大田区で発生した、元昭石重役一家殺人事件について、主に犯人側の視点から描いた小説である。第一章では犯行に至るまでとその惨劇の様子が、第二章では生まれから犯行に至るまでの幸雄の半生と、事件に至るまでの蓄積された恨みが描かれる。第三章では主に警察の捜査から逮捕までが、第四章では幸雄の結婚から惨劇に至るまでの幸雄が描かれるとともに、取り調べにおいて最後までしらを切る姿が描かれる。そう、幸雄は自供しないまま終わるのである。
事件発生から1年以内に連載が開始というのも少々異様な気もする。そこまで注目された事件だったのだろうか。また、作者がなぜこの事件を取り上げたのか、作品からは今一つ見えてこない。「常識では納得できない人間の怕さ」を描いたとの作者の言葉だが、私から見たら、本来だったら自分が継いでいたに違いない財産を奪われたという思い込みと、才能もないままに経営していた保険代理店が負債を抱えていたこと、さらに本来だったら才能があるはずだった(と個人的に思っているだけだが)絵の道に進めなかったという恨みなどが重なった犯行にしか見えず、自らの才能を勘違いした男が悲劇に突き進んだだけとしか言い様がない犯行に思えた。
本事件で逮捕された男は、1984年6月5日、東京地裁で求刑通り死刑判決。1985年11月29日、東京高裁で被告側控訴棄却。1988年10月24日、天皇陛下ご逝去に伴う恩赦を期待して、上告取り下げ。ただし、恩赦にならなくても悔いはないと家族に伝えたらしい。恩赦はなく、1996年12月20日に死刑が執行された。
【参考資料】
- 清水一行『惨劇 石油王血族』(光文社文庫)
- 新聞記事多数
【「事実は小説の元なり」に戻る】