殺し屋の偽装ミス
【問題】
銀行に勤めている三十後半の純子の死体が発見されたのは、死後十時間くらいである。玄関には鍵がかかっていたし、窓も閉まっていた。青酸化合物の自殺のようにみえたが、A刑事は疑問を持った。
遺書もなく、自殺する理由も見当たらなかったのである。だいたい、ネグリジェで自殺するだろうか。それに、純子が毒物をどのように飲んだのかも不明であった。死体の傍らにはコップも茶碗も、毒物を入れていたはずの紙包み、その他の容器もないのだ。
三間続きのマンションで、立派な台所はあったが、そこの容器には何一つ、それを証拠づけるものはなかった。
「ここの部屋の鍵は、いくつありますか」
「二つです。合鍵を作れるタイプではありませんから、それだけです」
「部屋の中に一つあるだけのようだが、もう一つは誰が持っているか知っているか」
「若い男の人がよく来ていたので、その人が持っているのではないでしょうか」
管理人はA刑事にそのように答えた。
調べてみると、若い男とは、純子の愛人だった。殺された純子は独身だった。それは容貌からくるものだった。だから貯金をした。その金を銀行の若い男子社員に融通していた。
そのうちの一人、美男子の野村は、純子から一番多額の金を借りており、返却できなかった。だから、純子にせがまれ、体で返していた。そのまま愛人になったのだった。
A刑事は野村を調べてみたが、犯行時刻には完璧なアリバイがあった。捜査は難航した。
犯人は野村だった。純子が疎ましくなり、殺したのだ。
青酸化合物は、純子が毎日使っている練り歯磨きのチューブの中に、注射器で青酸化合物を注入していたのだ。
純子は就寝直前、その歯磨きで歯を磨き、数分後に苦悶しつつ死んだ。
野村は時間を見計らってマンションにやってきて、毒物を注入したチューブを用意してきたチューブとすり替えた。
「あの歯磨きの中身は、半分以上使われていた。あの朝遠くのコンビニで買って取り換えたチューブも同じくらいに減らしておいた。そこを見逃さなかったのが、俺の頭のいいところだ。歯ブラシもよく洗った。誰にもわかるはずがない、完全犯罪だ」
野村は自信満々だった。
ところがA刑事は、意外なところから決め手を見つけ、野村を逮捕した。
その決め手とは。
【解答】
【覚書】
倒叙ものですが、さてこれは許される範囲だろうか。