ボート転覆事件


【問 題】
 私立探偵の団は瀬戸内の小島で起きた事件を解決し、旅館に戻って夕食を食べた後、釣り道具を借りて岬の岩場で夜釣りと洒落込んだ。風のない穏やかな海で、一時間ぐらい前から満ち潮に変わっていた。
 団はそのとき、沖の方に一隻のボートが浮かんでいるのを発見した。波打ち際から50mぐらい離れたところだろうか。夜釣りをしているかと思ったが、人影が見えない。ボートが流されずにじっとしているところを見ると、錨をおろしているのだろう。
 団は気にせず一時間ほど釣りを続けたが、全く釣れない。海面が上がってきたので場所を変えたが、そこでも数匹しか釣れなかった。眠くなってきた団は帰り支度を始めたが、大きな水音がした。音の方を見ると、あのボートが転覆していた。団は助けに行こうと思ったが、助けを求める声も、溺れてもがく水音も聞こえてこない。やはりボートは無人だったと思い、旅館へ引き揚げることにした。それでも時計を見るのは、私立探偵の性だろう。夜の11時5分だった。旅館に帰った団は気になり、一応そのことを旅館のおやじに話した。
 翌朝、団が目を覚ますと、旅館のおやじが駈け込んできた。転覆したボートのそばで水死体が見つかったという。事情を聴きたいという駐在所の巡査に、団は全ての事情を話した。巡査は刑事が改めて事情を聴きに来るので、滞在を数日伸ばしてほしいと頼み、時間のあった団は了承した。
 昼過ぎ、刑事がやってきて、団に事情を聴いた。団が目撃したとき、近づいたものは誰もいなかったこと、風もないのにボートが転覆した理由がわからないことを確認すると、刑事はがっくりした。団は逆に刑事に聞いた。
 被害者は、近くの造船所の若い社員。海水を大量に飲んでの溺死であったため、眠ったままボートが転覆したときに死亡したものと推定された。被害者はボートに寝かせられていたので、団には見えなかったのである。被害者は致死量ではないとはいえ、睡眠薬を飲んでいた。睡眠薬を飲んで夜釣りをするものはいないから、これは他殺である。
 美人社員を被害者と争っていたという同僚が怪しかったが、その同僚には、二時間も前から友人の家で徹夜マージャンをしていたというアリバイがあった。  団は刑事に質問した。転覆した場所の水深は、干潮時で約5m、満潮時で約9m。干潮のピークは午後8時ごろだった。
 ではその同僚は、どうやってボートを転覆させて、被害者を殺害したのだろうか。もちろん、共犯者はいない。


【解 答】
 犯人は、午後8時の干潮時に、大きな錨か石を付けたロープを、ボートの舷側に鉤で引っ掛けて、海底にたらしたのである。ロープの長さを、干潮時の水深より少し長くしておいたため、この時点でロープはたるんでいた。そのまま、泳いで去り、麻雀を始めてアリバイを作った。
 潮が満ちてくると、水位が上がり、ボートも高く浮くため、ロープはぴんと張る。さらに潮が満ちると、ボートはロープの鉤がかかっている舷側へしだいに傾き、遂に転覆した。
 この時、ボートの中で昏睡していた被害者は海に落ちて溺死した。ロープはボートが転覆すると、舷側から鉤が外れて、海底に沈んだ。

【覚 書】

 この力学トリックは、他にもいろいろ使われています。海の底を攫えばたちどころにトリックがわかってしまいそうなものですが。
 島田一男の長編『金色夜叉殺人事件』に使われているようですが、1994年の作品なので、こちらのトリックが先ですね。もしかしたら島田一男が昔の短編で使っているのかもしれません。

 ※解答部分は、反転させて見てください。
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